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第266話 闇墜ちユウタ
しおりを挟む――実家に帰らせて頂きます。
このセリフを聞いてドキッとする人はどれくらいいるだろうか。ドラマで良くある展開だと笑いながら楽しむ人、そうなるに至った原因を思い出して顔を青くする人、これがいい機会だと縁を切ろうとする人……。このセリフにはそれだけの重みがあり、無闇矢鱈に使って良い言葉じゃないという事を覚えておいて欲しい。でもそれはごく一般的な家庭の事であり、ユウタファミリーに関してはネタの一つで片付けられるレベルなのでご安心下さい。
どうやらアリスさんは『俺様ハーレム』という女性向けの漫画にドハマりしてしまったらしく、ボクが種付けレンタルに行く話を聞いてチャンスと捉えたようだ。そして家出の実行である……。
だけど、この男性の少ない世界において女性が怒って出て行くというシチュエーションは諸刃の剣である。アリスさんもボクに愛想尽かされないかドキドキしていたようです。夏子さんと桜さんには事前に相談済みだったらしく、全部桜さんが教えてくれました。
桜さんの話をまとめると、アリスさんはボクにドSな感じで迫って欲しいようだ。『俺から離れるんじゃねーぞ』とか『お前の居場所はここだろ?』って感じでキュンキュンしたいらしい。まあ分からなくもない。
アリスさんも桜さんも、過去に横暴な男性の態度を見て男嫌いになったという話だったが、好きな男にならちょっとSな感じで愛されるのは別腹だって言ってました。まあ分からなくもない。
普段はボクが受け身な事が多い夜の営みだけど、たまにはズッコンバッコンとドSなプレイがしたいって事だよね。ユウタ理解した。
そんなこんなでボクはアリスさんのお家に迎えに行く事になったのでした。最近はアリスさんに寂しい思いをさせてしまっているので家族サービスしようと思う。
「ユウタ様、そろそろ到着します」
「はーい!」
わざわざ西園寺家のお手伝いさんを迎えに寄こすという至れり尽くせりなシチュエーションはどうなのかと思うけど、ボクはビシィっと頼れる旦那役をこなして見せましょう。
◇
「アリスさん迎えに来ましたよー!」
「…………」
お手伝いさんに案内してもらった応接室に向かうと、一人でポツーンと座るアリスさんが居ました。白いセーターが作り出す大きな膨らみは芸術的で、赤いチェックのミニスカートに黒いニーソックスというボクを喜ばせる衣装は百点満点と言わざるを得ない。
でもボクが迎えに来たというのに頬をぷっくりと膨らませてご機嫌斜めなアリスさんです。もしかして来るのが遅れちゃったのかな?
「あのあのっ、アリスさんの大好きなユウタが来ましたよー! ほらほら、一緒に帰りましょうー!」
「…………」
椅子に座って静かにお茶を飲むアリスさんの姿は凛として綺麗だけど、その鋭い眼光はボクの背筋を凍らせた。
ここに来る前に『俺様ハーレム』という漫画を少しだけ読ませて貰ったのを思い出した。あの作品は男主人公がハーレムを作るのかと思いきや、芋っぽい女性主人公がたくさんの俺様系男子に言い寄られる逆ハーレム物語だった。そして桜さんが教えてくれたページには、今のボク達と同じシチュエーションがあったのです。御曹司の俺様系であるタクヤ君と同棲して初めて迎えた芋女さんの誕生日、芋好きな彼女のためにタクヤ君が買って来たのはケーキではなく栗きんとんだったのだ。キレた芋女さんが『モンブランが良かったのに、何で栗きんとんなんて買って来るのよー!!』って言って家出しちゃったのだ。実はタクヤ君の地元は岐阜県であり、栗きんとんの有名なお店がお気に入りで紹介したかったらしいのです。最終的に家出した芋女さんを迎えに行ったタクヤ君は栗きんとんモンブランという謎のアイテムで仲直りをしたという話でした。つまり!
「あっ、栗きんとんモンブランを買って来るの忘れました。ちょっと買ってきますね!」
「そんなんじゃありませんわー! どうしてユウタちゃんはそんな普通の対応なんですの!? もっとこう、『アリス、俺様が迎えに来たぜ』とか『寂しい思いをさせて悪かったな』とか、そういうキュンキュンするセリフを言って欲しいのですわー! 桜ちゃんに『俺ハー』の単行本を全部渡しておきましたのに、予習してきてくれませんでしたの!?」
「ひーん、ごめんなさいー!」
どうやらボクに俺様系の演技を期待して待っていたようだ。アニメとかで良くみる俺様系って誰だろう。パッと思い浮かんだのはテニス漫画に出て来る俺様系のカッコイイ男性だ。でもボクに彼のような俺様ムーブが出来るだろうか……?
アリスさんがチラチラと期待の目を向けて来るので一回くらいチャレンジしてみてもいいかもしれないな。喉をコリコリっとして跡部様を思い浮かべた。
「お、おいアリス、俺様がむかえにきたぜぇ!」
「…………3点ですわ。もちろん100点満点ですのよ」
「ガーン……!」
くっ、アリスさんの求める俺様ムーズは難しいです。そもそもボクは王子様系のイケメンであり、決して俺様系のイケメンじゃないのです。爽やかで清々しいイケメンにドSな俺様系ムーブは無理なのだ……。
そう言えばここに来る前に桜さんが言っていた。しっかりとこの本を読んで練習した方がいいですよって。少女漫画とか嫌いじゃないけど、あの芋女ちゃんには主人公としての魅力がないんだよね。どこからそんな自信が湧くのって聞きたい感じ。たぶん女性が少ない世界だからイージーモードな設定なのだろう。前の世界でも冴えないモブ男が急にモテモテになるラブコメとか腐る程あったもんね。
「もっとドSな感じでガツンと来て欲しいのですわ!」
「でもでもっ、ボクは爽やか系な王子様だからちょっと難しいっていうかぁ、女の子を傷付けるようなドSなのはちょっと無理かもしれません……」
「はぁ……しょうがないですわね」
ふふふ、どうやら納得してくれたようだ。もうこの茶番はお終いです。早く帰ってみんなでご飯食べましょう!
そんな風に考えていたところ、アリスさんが立ち上がりボクの手を引いて歩き出した。
「あのあのっ、アリスさん?」
「ちょっと私の部屋に行きますわよ。もう最後の手段を使うしかないですわ。ついていらっしゃいユウタちゃん」
昨晩のヘタレたアリスさんとは違い、芸能人オーラを発するアリスさんは有無を言わせぬ迫力があった。最後の手段って何ですか?
長い廊下を歩き、すれ違うお手伝いさんからいやらしい笑みを向けられて進んで行くとアリスさんのお部屋に到着しました。綺麗に整頓されたお部屋は甘い香りがします。クンカクンカ。
「ちょっと準備しますので座って待ってて下さいまし」
「はーい!」
何をするのか知らないけど、ボクはアリスさんのベッドにダイブして枕に顔を埋めてクンカクンカしちゃいます。ああ、女の子の甘い香りが癒される。でも残念な事に夏子さんは匂いを嗅がれるのはお気に召さないようなのです。桜さんはウェルカムだからいつもクンカクンカしちゃいます。ボクは匂いフェチかもしれない。桜さんの長い黒髪をクンカクンカするのが日課なのです。ぐへへ!
そんな感じでアリスフェロモンを胸いっぱいに満たしていたところ、ついに準備が完了したようです。タブレット端末を持って来ました。もしやエッチな動画を見るのか!?
「じゃあユウタちゃん、お願いしますわね」
「むむっ、テレビ電話ですか? 相手は……京子さん!?」
「こんにちはユウタさん、久しぶりね」
そこには京子さんが映っていました。先日、ソフィア監督と一緒にお仕事をした京子さんですよ。覚えていますか?
百合プリズンの主演を果たし、CMでもママさん役をビシィっと決めた今話題の女優さんです。そう言えばアリスさんと知り合いって言っていたような気がするけど、テレビ電話で何をするんだろ?
「えっと、ソフィアさんはお元気ですか?」
「ええ、元気よ? でもちょっと生理が来ないってソワソワしているわねぇ」
「ご、ゴクリ……」
CM撮影の時、ホテルで催眠術のテストとしてエッチしちゃったやつです。もしかしてアレで孕んでしまったのだろうか。
「何ですのアレって?」
「な、ななな何でもないですよー! それで京子さん、今日はどうしたんですか?」
「怪しいですわ……」
あのホテルでの一件は内緒です。いいですね?
「あら、ユウタさんは聞いていないのね。催眠術を掛けて欲しいってアリス先輩から聞いたんだけど?」
「催眠術!?」
「そうですわ。ユウタちゃんにはこれから催眠術で俺様系のカッコイイ男の子になってもらいますの」
「な、なんだってー!?」
催眠術(笑)ではなく催眠術です。テレビでやってる催眠術は催眠術(笑)だけど、京子さんの使う催眠術は本物だ。だってさ、インテリなボクが一瞬で催眠術に掛かっちゃうんだよ。ヤバいわよ!
そしてアリスさんが明かした恐ろしい作戦。催眠術で強制的に俺様系ユウタを作り出そうとしているのだ!
「あっ、ソフィアが呼んでるからチャチャッとやっちゃうね。じゃあユウタさんはこのコインを見てね~。ほら、段々眠くな~る」
画面には紐で結ばれたコインがユラユラと揺れている。規則正しく一定のリズムでユラユラと……。
「テレビ電話で催眠術なんて掛かる訳ないじゃないですか~。ねえアリスさん? こんな画面越しにコインを見たって…………別に…………なん……とも……Zzz」
「めちゃくちゃ早いですわっ!」
遠くから驚くアリスさんの声を聞きながらボクの意識が闇に飲まれた……。
◇
――遠くからボクを呼ぶ声が聞こえる。
『いいですかユウタさん、あなたはこれから生まれ変わります。これまでの早漏で弱弱しくてヘタレで早漏な自分を捨て、強くて逞しい自信満々でドSで俺様な自分に生まれ変わるのです』
どこからそんな声が聞こえて来た。早漏って2回も言うのは心外です!
――体の表面からパリパリと殻を破るような音が聞こえて来た。
『もうすぐユウタさんは新しい自分に生まれ変わるのです。自分の殻を破り捨て、理想の俺様系イケメンになりましょう』
なるほど。生まれ変わるなら女性上位なエッチをされても逆転出来るくらい強い男にボクはなりたい!!
――古い殻を脱ぎ捨て、ボクは新しい自分になるのだ!
『さあ羽ばたきましょう。あなたは強い男、もう誰にも邪魔されない強い男になりました。これからあなたは沢山の女性を屈服させるのです』
ぐうっ、体が悲鳴を上げている。体の奥底から力が湧き出て来るのだ。ああ、この力さえあればどんな女性が相手だろうと負けない自信がある!
さてと、手始めにアリスで力を試すとするか……!
◇
「…………」
目を開けるとそこはアリスさんの部屋だった。ベッドに寝かされ、アリスさんがボクを心配そうに覗き込んでいた。
「だ、大丈夫ですのユウタちゃん!? 京子さんの話ではバッチリ決まってるって話でしたのに全然起きてくれなくて心配したんですのよ? はぁ、ユウタちゃんが無事で良かったですわ~」
薄っすらと涙を浮かべた銀髪の美女は美しかった。ああ、こんな素敵な女性がボクのお嫁さんなのだ。不安にさせてしまったのは旦那失格だな。強い男に生まれ変わったのだ、ビシィっと安心させましょう。
「ああん? ユウタちゃんだとぉ?」
「えっ、なんですの?」
ど、どういう事だ……ボクの口から勝手に言葉が飛び出て来た。まるで二重人格にでもなったような……!?
「俺様の事をユウタちゃんなんてふざけた名で呼ぶんじゃねぇ。俺様の事はユウタ様と呼べ。分かったか、アリス?」
「はうっ♡♡♡ ユウタ様~♡」
体の自由が利かない。意識はあるのに体が制御出来ないのだ。勝手にボクが立ち上がり、アリスさんを見下ろした。
「フハハハハハ! そうだ、お前は俺の女だろう? どうした、旦那様の前だぞ。キチンと挨拶が出来たら褒美をやろう」
「わ、分かりましたわユウタ様~っ!」
アリスさんが頬を赤く染め足を震えさせながら床に座った。そして床に這いつくばるように頭を下げて挨拶をして来た。こんなドSなセリフがボクの口から出てるなんて信じられなかった。
でも何故かアリスさんは嬉しそうですよ?
「わ、私はユウタ様のメスですわっ! ユウタ様の事を思うと股を濡らしてしまういやらしい女ですの。どうか私にお仕置きをして下さいませ♡」
「ほぉ、どうやら最低限の躾けは出来ているようだな。いいだろう、たっぷりと褒美をくれてやる」
体を乗っ取られたボクは見ている事しか出来なかった……。これってどうやったら戻れるの?
応援ありがとうございます!
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