婚約破棄をしてくれた王太子殿下、ありがとうございました

hikari

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プロローグ

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「アーデルヘイト。きみとの婚約は破棄させて頂く! 私にはきみよりも素敵な聖女がいるのだ。そして聖女としての雇用契約も解除させて頂く」

突如、王太子より婚約破棄される。しかも、聖女との契約解除? 目の前に叩きつけられた現実にアーデルヘイトは一瞬たじろいだ。

「王太子殿下。どういう事ですか?」

「きみにはもう用は無い。きみとの関係は終わった。もうどこへでも行っちまいな」

そう言えば最近、王室に聖女として仕える同僚のマルシアとどうりで良い仲だとは思っていた。自分よりも素敵な人とはマルシアを指しているんだな、と直感した。

もういい。婚約破棄は婚約破棄だ。アーデルヘイトは左手の薬指にはめている婚約指輪を思い切りその場に叩きつけた。

「信じられない。私よりマルシアが良いという事ですね?」

「申し訳ない。そういう事だ」

婚約指輪は目の前を転がった。と同時に脱力しその場にもたれこんだ。腰まである長い髪が床についた。

「その婚約指輪はきみにあげるから、返さなくていい。売るなり煮るなり焼くなり好きにするがいい」

アーデルヘイトは再び婚約指輪を手に取り泣いた。

「王太子殿下。さようなら。短い間でしたがありがとうございました」

泣きながら、嗄れた声でそう言った。涙が止めどなく溢れてくる。

二人きりで王宮の庭園や、王立の公園を歩いた事。植物園に出向いた事。一つひとつの思い出がビジョンとして蘇っては消え、蘇っては消えを繰り返していた。

涙が頬を伝い、床へ落ちる。もうダメだ。辛くて苦しくてやるせない思いに支配される。目下、これが夢であることを祈ったが、夢ではない。紛れもない現実。顔は涙でぐっしょり濡れている。

「さようなら。王太子殿下」
静かにそう言って立ち上がりその場をあとにした。右手で婚約指輪をきつく握りしめた。これが王太子からもらった最後のプレゼントだった。

王太子の部屋の中は寒かった。吐く息が白く濁る。オイフィア王国に長い長い冬がやってきた。この冷たいキンとした寒さが王太子の冷たい心を反映しているかのようであった。

婚約破棄されただけでなく、聖女としての任務を解かれ、失業してしまった。これからどうすれば良いのだろう?

悲しみに満ち溢れ、アーデルヘイトは足がおぼつかないまま自身の実家のオルウェン邸へ向かった。外は一面真っ白い雪だった。雪に打たれ、髪の毛がぐっしょり濡れている。空もまるでアーデルヘイトの婚約破棄を嘆き、泣いているかのようだった。悲しみが凍り、やがて冷たい雪に。アーデルヘイトはしんしんと降りしきる雪の中を歩く。

ある初冬の物語。
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