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父であり、オルヴァート公爵の当主でもあるカリオンにアーデルヘイトは王太子との婚約破棄の事を告げた。
「お父様、突然ですが、王太子殿下との婚約が破棄になりました」
カリオンは顔をしかめた。その間少し時間があった。
「馬鹿者! なぜ唐突に王太子殿下から婚約破棄が言い渡されようか。アーデルヘイト、お前に落ち度が無かったのか?」
雷でも落ちたような父の怒り。高身長でありながらも、横もある大きな身体に赤茶色の瞳。黄金をまぶしたような金髪を後ろで束ね、金髪を移植したかのような口ひげにあごひげをたくわえ、刺すような鋭い目つき。そして押しの聞いたテノールの声。怒声が部屋中に響き渡った。
「ですからお父様、王太子殿下は他の女性に情が移ってしまっただけです」
カリオン目を閉じながら首を左右に振る。
「いや、違う。お前に嫌われる要素があるから飽きられたんだ。王太子殿下は身分が身分ゆえ、そう容易く婚約破棄などする人物ではない」
『ない』を強く発音し、後ろを向いた。
「確かに私にも落ち度はあったかもしれません。しかし、婚約破棄をされたのは紛れもない事実です」
目には涙が溢れていた。
「泣いても無駄だぁ! お前などオルヴァート家の恥だ」そう言うと再びこちらを向き「お前など出ていけ!」と指を差しながら言ってきた。
その言葉に反応するかのように何人かの警備隊がアーデルヘイトを取り囲んだ。
「アーデルヘイトはもう我が家の人間ではない。外部の人間だ。領地の外へ放りだせ」
再び声が部屋中に響き渡る。
「しかし」
と、警備隊の一人が言った。
「私の命令だ!」
カリオンが指を差しながら半円を描いた。
「は、はい」
警備隊は敬礼をして、アーデルヘイトの手を取った。
「アーデルヘイト様。オルウェン公様のご命令です。悪く思わないで下さい」
そう言われ、屋敷を追われる。警備隊に導かれるまま歩く。今までの優しかった父親ではなくなっていた。目からは涙が溢れる。何度も執拗にまばたきをした。
庭に出ると、眼前には一面雪景色が広がる。吐く息が白く濁る。まるで口から煙を吐いているかのようだ。風が頬をかすめる。氷のように冷たい。叩かれたような感触がする。
雪が降りしきる中、庭を歩く。足も冷える。雪を踏む音が微かに聞こえる。雪もそこそこ厚みを増してきたようだ。
しばらく行くと正門だった。
(門番! お願いだから私を引き止めて)
そう願ったりもした。
「オルヴァート公様よりアーデルヘイトがオルウェン公様の顔に泥を塗るような事をしたそうで、領外追放処分になりました」
警備隊の一人が門番に言った。
「わかりました。オルヴァート公様のご命令なら従う以外ありません」
そう言って門番は門扉を開けた。
「さあ、アーデルヘイト様、いや、アーデルヘイト。出て行ってもらいましょう」
アーデルヘイトは門をくぐった。
警備隊の人たちが手を離すと、おもむろに敷地の中へと入っていった。そして、大きな金属音が鳴るのと同時に門扉が閉まった。先程の願いは虚しく外に放り出された。
「アーデルヘイト。もうこの中には入れません!」門番の一人がそう言った。
「今までありがとうございました」アーデルヘイトは門番に一礼し、踵を返した。
もう二度とあの門の中には入れない。私はこれから外部の者として生きていかなければならない。
何度かまばたきをした。涙が出る。
私はこれからどうしたら良いのだろう?
アーデルヘイトはそうひとりごちた。領地内にはいられない。これからはさすらいの旅人。そう思い、まずは隣まちを目指して歩くことにした。
夕闇が迫り、太陽はもう見えない。これから夜がやってくる。アーデルヘイトは門を背にして歩き出した。
後ろを振り返ると、門は小さく見えた。
お父様さようなら。
お母様さようなら。
兄よ、さようなら。
妹よ、さようなら。
家の使用人さようなら。
私はもう、戻らない。
みんな、みんなさようなら。
そして、前を向き歩いた。
「お父様、突然ですが、王太子殿下との婚約が破棄になりました」
カリオンは顔をしかめた。その間少し時間があった。
「馬鹿者! なぜ唐突に王太子殿下から婚約破棄が言い渡されようか。アーデルヘイト、お前に落ち度が無かったのか?」
雷でも落ちたような父の怒り。高身長でありながらも、横もある大きな身体に赤茶色の瞳。黄金をまぶしたような金髪を後ろで束ね、金髪を移植したかのような口ひげにあごひげをたくわえ、刺すような鋭い目つき。そして押しの聞いたテノールの声。怒声が部屋中に響き渡った。
「ですからお父様、王太子殿下は他の女性に情が移ってしまっただけです」
カリオン目を閉じながら首を左右に振る。
「いや、違う。お前に嫌われる要素があるから飽きられたんだ。王太子殿下は身分が身分ゆえ、そう容易く婚約破棄などする人物ではない」
『ない』を強く発音し、後ろを向いた。
「確かに私にも落ち度はあったかもしれません。しかし、婚約破棄をされたのは紛れもない事実です」
目には涙が溢れていた。
「泣いても無駄だぁ! お前などオルヴァート家の恥だ」そう言うと再びこちらを向き「お前など出ていけ!」と指を差しながら言ってきた。
その言葉に反応するかのように何人かの警備隊がアーデルヘイトを取り囲んだ。
「アーデルヘイトはもう我が家の人間ではない。外部の人間だ。領地の外へ放りだせ」
再び声が部屋中に響き渡る。
「しかし」
と、警備隊の一人が言った。
「私の命令だ!」
カリオンが指を差しながら半円を描いた。
「は、はい」
警備隊は敬礼をして、アーデルヘイトの手を取った。
「アーデルヘイト様。オルウェン公様のご命令です。悪く思わないで下さい」
そう言われ、屋敷を追われる。警備隊に導かれるまま歩く。今までの優しかった父親ではなくなっていた。目からは涙が溢れる。何度も執拗にまばたきをした。
庭に出ると、眼前には一面雪景色が広がる。吐く息が白く濁る。まるで口から煙を吐いているかのようだ。風が頬をかすめる。氷のように冷たい。叩かれたような感触がする。
雪が降りしきる中、庭を歩く。足も冷える。雪を踏む音が微かに聞こえる。雪もそこそこ厚みを増してきたようだ。
しばらく行くと正門だった。
(門番! お願いだから私を引き止めて)
そう願ったりもした。
「オルヴァート公様よりアーデルヘイトがオルウェン公様の顔に泥を塗るような事をしたそうで、領外追放処分になりました」
警備隊の一人が門番に言った。
「わかりました。オルヴァート公様のご命令なら従う以外ありません」
そう言って門番は門扉を開けた。
「さあ、アーデルヘイト様、いや、アーデルヘイト。出て行ってもらいましょう」
アーデルヘイトは門をくぐった。
警備隊の人たちが手を離すと、おもむろに敷地の中へと入っていった。そして、大きな金属音が鳴るのと同時に門扉が閉まった。先程の願いは虚しく外に放り出された。
「アーデルヘイト。もうこの中には入れません!」門番の一人がそう言った。
「今までありがとうございました」アーデルヘイトは門番に一礼し、踵を返した。
もう二度とあの門の中には入れない。私はこれから外部の者として生きていかなければならない。
何度かまばたきをした。涙が出る。
私はこれからどうしたら良いのだろう?
アーデルヘイトはそうひとりごちた。領地内にはいられない。これからはさすらいの旅人。そう思い、まずは隣まちを目指して歩くことにした。
夕闇が迫り、太陽はもう見えない。これから夜がやってくる。アーデルヘイトは門を背にして歩き出した。
後ろを振り返ると、門は小さく見えた。
お父様さようなら。
お母様さようなら。
兄よ、さようなら。
妹よ、さようなら。
家の使用人さようなら。
私はもう、戻らない。
みんな、みんなさようなら。
そして、前を向き歩いた。
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