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補習

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サーラはとにかく魔法が苦手だった。いわゆる方向音痴。魔法がいつもとんでもない方向へと向かっていく。風魔法を使えば西から東に流したつもりが、北から自分へと流れて来たり、炎魔法を使えば自爆をしてみたり……。何が何なのかサーラにはわからなかった。

雷魔法もまた苦手で、何度自分の魔法で感電したか。その度にクリストフ先生がフォローしてくれた。

放課後。クリストフ先生と一対一の補習だった。

「先生、申し訳ありません。私は何の悪気もありません」

「それはわかっているさ。きみは釜の扱いはうまいんだから。だから、エレメント魔法もきっと上手に扱う事ができると思うよ」

クリストフ先生は笑顔だった。

「とりあえず私は頑張ります」

サーラは気合を入れた。

「じゃあ炎魔法から入ろうか。いいかい? まずはあの的に向かって炎を放つんだ」

サーラはお腹いっぱいに空気を吸い込んだ。そして、炎魔法を放った。

が、しかし、炎はやはりサーラを包み込んでしまった。クリストフ先生が慌てて水魔法をかけた。

「す……すみません」

「いいんだ。僕はきみのことを見捨てないよ」

エレメント魔法を苦手とするサーラに寄り添ってくれるクリストフ先生がお気に入りだった。

それは恋愛とは違うものだった。

恋愛……クリストフ先生ほどの殿方なら、絶対に結婚している、とサーラは判断していたからだった。

しかし、左手の薬指に指輪がはまっていない……。とはいえ、たまたま指輪をしていないだけ、と思っていた。

「クリストフ先生」

「なんだい?」

「どうして魔法が苦手な私を見放さないでいてくれるのですか?」

これはサーラ自身もわからなかった。

魔法が苦手なら、切り捨てるはずだからだ。

しかも、忙しい時間を割いて、サーラ一人のために補習をしてくれるのだ。

「先生、忙しいんですよね?」

「ああ、もちろんだが?」

「なのに、私のために貴重な時間を……」

「いいんだ。魔法が苦手な人を得意にさせるのが教師の役目。これも仕事の一貫だからね」

クリストフ先生はまたもや笑みをみせた。

サーラも思わず笑顔になった。

「もう一度やってごらん。的。的をしっかり見るんだ。サーラ、きみは下を向いているんだ」

「はい、気をつけてみます」

サーラは下を向かないよう、ひたすら的に注目した。

そして、炎を放った。

と同時に

「今度こそうまくいきます様に」

と祈った。

リベンジだ。

「やった! やったよサーラ!的に近くなってきたよ!」

サーラは自分の成長に思わず嬉しくなってきた。

「サーラ。その調子だ! 的まであと少し!」

――魔法が苦手なサーラとはもう卒業よ。

「ではもう一度行こうか」

サーラは再び的に向かった。

そして、唇を噛みながら炎を放った!

炎は的にまた少し近づいてきた。

「サーラ。的に近づいてきたぞ! その調子だ!」

サーラは再び唇を噛み締め、的に向かって炎を放った。

炎はついに的に的中した。

「やったー!」

「サーラ! やればできるじゃないか!」

サーラは天にも昇る気持ちだった。

ついに炎が的に当たったのだ。

「サーラ。じゃあその勢いで次は風を起こしてごらん」

サーラは的に向かって風を起こしてみた。

風を操る感覚。これが難しい。

風は的には当たらず目の前を掠めた。

「サーラ、大丈夫だ。確実に良くなっている」

クリストフ先生の応援がモチベーションを高める。

それに応じなければ!

サーラは再び風を起こした。

風は右から左へと向い、的には行かなかった。

「どうしてでしょうか?」

「バランスだよサーラ。風魔法はバランスなんだ」

「バランス。はい。何とか頑張ってみせます!」

バランス……それが難しい。

「きみは釜が扱えるんだ。だから、エレメント魔法も釜と同じように自由に扱える筈なんだ」

不思議な釜は何とか扱える。しかし、エレメント魔法とくればダメそのもの。

しかし、サーラは諦めなかった。

諦めたらそこでおしまい。

本当の失敗とはあきらめだ! それは以前クリストフ先生が言っていた言葉だ。

「私は絶対に諦めません」

「そうだサーラ、きみにはできるんだ」

可能性はある。見込みもある。

サーラは風を起こした。

風は見事に的に的中した。

「サーラ! やったじゃないか!」

「ありがとうございます。クリストフ先生」

「じゃあ次はその勢いを保ったまま雷魔法に挑戦だ!」

的に向かっていく……という基礎を体得し、サーラは雷を放った!

やった! 的に的中した!

「サーラ、やればできるじゃないか!!」

クリストフ先生がサーラの肩を軽くたたいた。

「はい。ありがとうございます」

「じゃあ次は水魔法だ!」

サーラはできると確信していた。

そして、的に向かって水を放った!!

水は見事に的に的中した。

「サーラ。コツが掴めてきたようだな」

「はい」

「これでエレメント魔法はうまく扱えるようになった。この感覚を忘れないで欲しい」

「はい。私はできました。先生のお陰です」

「いや、私の力だけではない。サーラが努力をしたからだ」

その言葉がとても嬉しかった。これでブリジットやアーチュウ殿下を見返せる!







帰り。外はすっかり暗くなっていた。

サーラは疲れ切っていた。

クリストフ先生……。不可能が可能になった。

サーラはクリストフが結婚していようがなかろうが想いを募らせるのであった。
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