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拾弐 恋と変
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1.
「だから、今は関係ない。急にチューされて俺も驚いたのよ」
「それは……そうかもしれませんが……」
言葉を濁して敦を眺めた真由は複雑な表情を見せた。
敦が住まう木造アパートの外、通りに面した道端で彼らは話をしていた。先ほどまで作業していた大型バイクは移動の途中で再度スタンドに立てかけられている。
事の成り行きを察した後の敦の対応は手馴れたものだった。冷静な声音で淡々と彼が行っていた作業の説明、女との関係、真由が到着する前に交わした会話で女のプライベート情報が含まれない程度の説明。
女絡みの修羅場を何度も経験しているせいで、感情的に自分の言いたい事だけを喋っても妙な風にこじれる事を熟知している男の対応は簡潔でスムーズだった。しかし、それが逆に真由の気持ちを波立たせる事になってしまっているのだが、残念ながら敦も全能ではない。さすがにそういった乙女心までは思いやってあげられない。
「敦さんはズルイです」
「は? ズルイって何が?」
アンナからも同じ言葉をぶつけられたばかりなので思わずムッとする。ズルクないからこうやって説明している。アンナにしてもそうだ。念書まで取り交わしているわけではないが、最初からお互いに納得ずくで始めた関係だ。彼もそうだが、彼女も他に男がいる。今さら、何をガタガタ言ってるのか意味がわかんない。
「マユ、わかるように説明しろ。俺のどこがズルイんだ?」
正面から睨みつけると動揺した彼女が小さく身震いした。道路から一段高くなったアパートの敷地に座って話している敦の前に真由は立ったまま対峙している。
最初、アパートに入る素振りを見せた敦に首を振って抗ったのは真由だ。彼のテリトリーに入ると、そのまま捕まって有耶無耶にされそうな気配があったせいだ。それでは隣に座れと手招きされたがそれも拒否した。身体を触られると絶対に自分は流される。彼から与えられる快感に弱い事を自覚している真由は冷静に話し合う為に彼から距離をとっているのだ。
「経験が沢山おありの様ですので、私の様な小娘を手玉に取る事は容易い事でしょうし」
「は? 経験って言われても、んなものは個人差があって当たり前じゃない?」
違う。真由が感じる理不尽さはこんなものではない。自分が言いたい事の百分の一も上手く説明できない事に苛付きながら真由は自分の頭の中を整理しようとするが出来ない。敦を前にすると何故か頻繁に思考停止をしてしまう。「恋」というものは「変」である。似ていて当然なのだろうか?
自分は普段はこうではない。彼以外の人間になら幾らでも説明できる。論戦を挑む事にも躊躇はしないし、勝つ為の算段もかなり先の手まで考えられる。しかし、くどい様だが敦相手にはそれが上手く機能しないのだ。
この男が関わるだけで、真由は驚くほど動きが悪くなる。先が見通せなくなった棋士の様なものだ。戦法も戦略もあったものではない。直前の相手の動きに振り回されてクタクタだ。
真由と付き合い始めたからと言って、あっさりと彼が他の女を切るのを見るのも嫌だし、その事を当然と考えるその精神構造にもついていけない。あの様な場面を目撃されても冷静に説明できるその倣岸な態度が彼の経験の豊富さを物語っていて、彼の過去にまで嫉妬する自分が嫌だ。では、あの女性以外で関係がある女が他に何人居るのか気になるのにそれを口にする勇気も無い自分の狭量さ、小心さにも嫌気が差す。
真由は敦に騙されたりしてもきっとそれを見抜けられないだろう。惚れた弱みで彼が口にする甘い嘘にきっと飛びつくだろう。それがわかっているのに逆らえない、そんな自分の馬鹿さ加減に呆れる。
「マユ?」
「はっきりとご説明できかねますわ。でも敦さんはきっとズルイのです」
「ってか、脈絡が無いし。おい?」
色々な感情が交錯して、混乱した娘の目から涙が零れた。それを見た敦に来いと言われるが、それでも彼女は首を振って彼を拒む。
「お断りします。……結局、最終的に勝利されるのは敦さんだから……ズルイのです」
「マユ、泣くな。俺が何したんだよ?」
「これは……んっ……目が乾くのを防ぐ為の体液です。決して泣いてるわけではございません」
敦は大きく溜息をついた。なんとまあ、頑固なお嬢さんだろう。
「ま、いいけどさ。地面のゴミと用具類拾って」
立ち上がってジーンズに付いた汚れを手で払って落とすと、バイクをスタンドから外す。
「それ持って付いてきて」
そう言い放ってバイクを押しだした。とりあえず、やりかけの仕事は終わらせておかねばならない。背後で少しの間、躊躇したように固まっていた娘が動き出したのを確認して彼は薄い笑みを刷いた。
チェーンが整備されて新しいオイルを注したバイクを定位置まで持ってきてそこに停めると、簡単なカバーを被せた。振り返るとゴミやクリーナー類を手にした真由が立っている。
「ありがと」
それらを受け取って、ついでのように真由の腕も取って階段を上り始めると彼女が拒否するように足を踏ん張った。敦は内心「バーカ」と嘲笑いながら、彼女を小脇に抱えると軽快に階段を駆け上がった。そして、言葉にならない悲鳴を漏らす娘を見下ろしてニンマリ笑う。突然、一方的に抱えられた娘は2階で再度自分の足で立たされると薄笑いを浮かべた彼を睨んだ。
「私はこれで失礼させていただきますので」
「ダメ」
途中で言葉を遮られた真由は彼の部屋のドアに押し付けられ、口付けられた。
(!? ここ、外!)
慌てて抵抗する彼女の手が彼の身体を押すが全く動かない。施錠していなかったらしく、鍵を使うことなくドアを開き、敦はその中に女を押し込む。
「せっかく遊びに来たのに、帰るなんて言ったら……俺怒っちゃうよ」
手にしていたクリーナー類を床に落とすと真由を突き飛ばして後ろ手にドアを施錠する。
「まだ時間が早いから明るいね。夕飯までに色々試してみようか?」
床に倒れて敦を見上げる娘の顔が恐怖を刻んで強張っている。一体自分がどの様な目付きをしているのかわからない男は首を傾げた。この身体を早く味わいたくて、無意識に舌で唇を湿らせる。
充分な状況説明は行ったつもりだ。女特有の不可思議な精神擁護の為の思いやりはネタ切れだ。後は身体で気持ちよく対話すれば足りない部分の補完は出来ると思った。
2.
「逃げんな」
「やっ! ……や」
ダイニングキッチンの床の上で穿いているスカートを捲り上げられた真由が言葉にならない悲鳴を上げた。思わず腕で這って逃げようとすると敦の失笑を買った。
「匍匐前進? マユ、おっかしー」
狩人の目付きでマユの腰を押さえると笑いを堪えながら彼女の下着に手を掛ける。若いせいかもしれないが、パンティーストッキングを穿かずに長めのソックスにブーツを組み合わせていた少女の下半身は笑えるほど無防備だ。背後からツルリと剥かれた柔らかい曲線を持った臀部はどう考えても彼を誘っている様にしか見えない。
「パンスト穿かずに……寒くないの? 若いねー」
「敦さんに言われたくありません。それにあれは防寒の為だけに穿くものではないと思います」
「あ、そうなんだ?」
考え込む風に手を止めた敦を尻目に、真由は脚の途中に引っ掛かっている自分の下着を取り戻そうと手を伸ばす。
「困ります! 返してください」
半分悲鳴の様な文句を聞いた敦はニヤニヤ笑う。降ろされた下着を掴んで、再度引き上げようと躍起になっている彼女の腰を片腕で抱え込むと、足の途中に引っ掛かっている下着を彼女の手から奪い、片足から抜いた。
「拒否ってるわりには濡れてるよ」
背後から股間に敦の指が這わされた。そのあまりの刺激に真由の身体が跳ね上がる。
「敦さんっ!?」
いきなり指が挿入され、真由は短く呻いた。彼の固い指先が彼女の膣の濡れ具合を確かめる為にゆっくりと挿し込まれていく。それは、彼女を傷つけたくないが為の確認作業だったが、焦らされる刺激に喘ぐ女には責め苦の様に感じられた。
「お願いです……やめ」
「ダメ」
充分に湿っている事に勢いづいた敦の指が一旦抜かれて、増やされた。2本になった指が侵入し、中をかき回すと真由の背中がしなって痙攣する。腰に廻されている方の手が彼女の前面から股間にアプローチをかける。隠れている芽にそっと指が這わされると、抑えきれない呻きがその小さな唇から漏れ始めた。
「あれ?」
クリトリスを本格的に転がし始めた途端に短く息を止めた娘が達した事に気付いた敦は不満そうに耳打ちした。
「ちょっと早くない? マユ、感じすぎ。でも」
弛緩してヘナヘナとキッチンのフローリングに崩れ落ちた娘を見下ろしながら、敦は悪戯っぽく笑って囁いた。
「まだ序の口だけどね」
3.
背後から自分の尻を割り開いている男は敦だ。彼が取っている行動は「遠慮」という2文字から遠くかけ離れている。
「もっとケツ上げて」
くぐもった声が聞こえてきた。こんな恥ずかしい格好は嫌だと思いながらも刺激された股間から聞こえてくる音に眩暈がする。彼の舌が背後から真由の秘裂を嘗め回し、彼の鼻先が彼女の後ろの穴近くを刺激する。汚いから止めて欲しいのに、彼女の懇願など全て聞き流して彼は自分の行動を改めようとしない。
「クリ舐めたいから、もっとケツ上げろって」
低い叱咤の声に思わず身体が反応した。これ以上は無理と思えるほど、自分の脚に力を込めてヒップを高く差し出すと敦が満足そうに真由のクリトリスに吸い付いたのがわかった。
「ああっ!」
「もうちっと頑張って脚開いて」
刺激に泣き声を漏らすと、彼の歯が彼女のその部分を挟んだのがわかった。ついこの間、同じ事をされたのを思い出した。柔らかい甘噛みだとわかっていても、緊張する。彼がその気になったらその部位を食い千切る事が可能なのだ。前歯で挟み、少し噛み合わせながら舌で弾き刺激する。恐怖と快感で腰が抜けそうになる。
「すっげ、ぐちゃぐちゃ」
彼は時々思い出した様に膣に挿し込んだ指を抜き差しながら、感想を漏らす。今の状況で喋られると、妙な刺激が股間に伝わっておかしな声が漏れそうになる。
「気持ちいい?」
「……んく」
この状況でまともな返事を要求されているのだろうか?
「マユ?」
「……はい……」
指と顔が真由の股間から離れたのを感じた。まだ達していないのにと少し不満に思った彼女は自分の尻を両手で押さえられ疑問に思う。
「叫んでもいいから」
「え?」
そのまま、割り開かれた中心に何かが触れた。まさかと真由が驚いた時にはそれは侵入を始めていた。
「いや! 何で?」
これは罰なのだろうか。敦の興奮しきったペニスが背後から真由の膣に入ってきた。
「痛い。敦さん……」
「痛いだけ?」
彼のペニスは留まるところを知らずに伸びてくる。真由はいつもと違う壁を擦られて息が止まった。
「マユ、まだ狭いから」
突然、先ほどの女性を思い出した。きっと彼女なら泣き言を言わずに楽しむのだろう。
「どうぞ、お好きなだけ突いてくださいませ」
「ん?」
敦の動きが止まった。真由の様子を覗っている。
「どした? やる気出すのはいいけど、我慢は良くないよ」
やはり敦さんはズルイと真由は思った。我慢しても、しなくても、結局は自分がしたい様にするくせに、何で気遣う?
「いやっ……あつしさ……んく……!」
部屋の中に真由の嬌声と肌がぶつかる音が響く。
侵入を再開したペニスは奥まで届き、やっと侵攻を止めた。子宮に届いているのではないだろうかと、真由は想像して恐怖した。自分の内臓に外部のものが触れているというイメージはとても彼女の気分を萎縮させたが、その様なものに頓着しない敦は自分の一物を彼女の身体に記憶させるように少しの間留め、程なくして動き始めた。
「やめ……おねが」
「むり」
あまりの刺激に彼女の膣がきゅっと締まる度に、敦の荒げた息に呻きが混じる。叩かれているわけではないのに、彼の股間が自分の臀部に当たる際の打擲音を聞くとおかしな気分になる。まるでお仕置きを受けている幼女になった気分だ。
そんな事を考えながらも彼に中をかき回されて際限なく悲鳴を上げてしまう。痛いよりも気持ち良い。怖いけれど、近づいてくるオーガズムの予感に心が震える。
勢いをつけて串刺しになった途端に前に廻した敦の両手が真由の乳房を揉みしだき、彼女は高まった興奮で頭の中が真っ白に塗りつぶされた。
絶頂を味わっていたと思う。しかし、その最中に両方の乳首を捻り上げられ、2段目の絶頂が訪れた。そして星が飛び、股間から何かが吹き出す音が聞こえた。
(え?)
4.
数分間の間、固まっていた。そして、真由は一気に覚醒した。疲れ、脱力した身体を鞭打って自分の股間を凝視して、蒼褪めた。
「敦さん? わた、わた、私……」
「すげ、潮吹いた」
射精したペニスをゴムが取れないように押さえながら引きずり出すと、彼は嬉しそうに真由の股間に指を這わせた。
「潮?」
「失禁とでも思ったの?」
自分の指をクンと匂うと敦は舌を伸ばしその指先を舐めた。
「あつ、敦さん! 汚いですわ」
「マユのなら何であれ汚くない。しかし、マユは潮を吹く体質なんだ。すげーな」
「喜ばしい事なんですか?」
「まあ、それだけ感じさせてあげたと目に見える形で示されるから男としては嬉しいよ」
そう言いながら、外したゴムを縛って近くのゴミ箱に投げ入れる。
「失禁じゃないのですね……」
真由も自分の股間に付着した先ほどの液体を指で拭って匂ってみる。確かに小水の匂いではない。
「まあ、吹かない奴は全く吹かないし。それとも相性かな? シャワー浴びる?」
立ち上がった男を見上げながら、真由は肩を竦めた。
「お先にどうぞ。私は後からで結構です。疲れてますので、少しだけ休んでます」
「一緒にはいろ。疲れているのなら俺がマユを先に洗ってやるよ。髪の毛長いから、乾かすの時間かかるっしょ?」
マユは内心、絶叫した。敦さんに洗ってもらえるなんて、驚きだ。世の殿方は皆、パートナーに対してこの様に甲斐甲斐しく世話を焼くのだろうか?
「マーユ?」
「はい」
敦はニヤニヤしながらへばっている少女の傍らに身を屈めてその頬に口付けた。
「顔が真っ赤。俺の提案は受け入れるね?」
「はい、宜しくお願いします……」
真由が小声で返事をすると、敦は続けて数回彼女の顔中にキスをして言葉を続けた。
「礼儀正しいなー。マユって怒ってる時も言葉遣いが丁寧だから笑っちゃったよ」
ああ、そうだ。自分は先ほど怒りに燃えていたのだ。思い出して、真由は複雑な心境になった。今となっては何に対してあれ程怒ってたのかよく覚えていない。
5.
「ところで、あっちゃん、見なかった?」
「さあ、スタバに居ないと皆目検討がつかないっす」
「なんか、携帯繋がらない。女かな?」
「さあ?」
信二は駅前で岸本と少し話し、別れた。何があったのか知らないが岸本の顔は見事に変形していた。敦ほど親しくないし、何を考えているのか判りづらいので、信二は岸本相手に立ち入った事は極力聞かない。触らぬ神に祟りなしである。
(怖くて聞けねーや。くわばら、くわばら)
「信ちゃん、もしかしてあの人が言ってた人って」
「そそ、この間会った敦さんね。玲子、あんま近寄んなよ。岸本さん、敦さんに輪をかけてやばい性格してっから」
信二の彼女は内心首を傾げた。極道にそんな評価されるなんてどんだけやばいのやらだ。
「わかった。他にやばいのはいるの?」
「いや、今のところはあの2人だけかな? 他のシマの奴らはまた別の意味でやばいけどね。それより飲みにいこ」
彼女の肩に手を置いて促しながら歩き出す。歩きながら、敦の事を思い出す。
(女ねえ。もしかしてマユちゃんかな?)
何気に自分のスマホを取り出して敦を呼び出してみたが返答が無い。多分、真由だろう。エッチに夢中でわざと出ないで居るのかもしれない。あっちもなるべく距離を置いた方が良さそうだ。
先日は不本意ながらいいように使われてしまったが、自分から進んで敦にコキ使われる機会を提供するつもりは無い。考えてみたら、自分の兄貴分でもないのに、何で顎で使われないといけないのだ?
(何か頼まれても毅然と突っぱねなけりゃだよなー)
目指せ、「NO」と言える日本人。そこまで考えて信二はすごく情けない気分になった。今こんな風に思っていても、面と向かって何か頼まれたら結局ホイホイ聞いちゃうんだろうなと考える。敦は気分屋で機嫌が良い時と悪い時の落差が馬鹿みたいにあるのに、結構お茶目で愛嬌がある。あの性格は得だよな……と信二は思ってしまう。
6.
信二に「お茶目で愛嬌がある」と評された敦はその日、楽しいマット運動を満喫していた。シャワー後に外出した2人は軽く腹を満たした後、敦のアパートに戻ると閉じこもったまま現在に至っている。
若く、学習能力が高く、感じやすい身体を持つ真由の相手は思った以上に楽しく、気付いたら彼女が動けなくなるほど攻め立てていた。
「マユ、鍛えてねーな。本ばっかり読んでんだろう?」
「失礼ですわよ、敦さん。保健体育の授業でも他の方に遅れを取った事はございません」
体力切れで布団の上に力なく横たわっている娘は声だけは高飛車に返答してくる。敦は彼女の黒髪を弄びながら、その毛先で染み一つ無い背中のあちこちをくすぐっていた。彼女が反応する箇所を見つける度に、唇を落として痕を付けていく。一つ痕を付ける度に揺れる真由の肩先がとても艶かしい。
「今日は帰らなくて大丈夫?」
「お友達の家に出かけている事になっています。でも、お父様が出張から戻りますので明日の午前中には帰宅しなければなりません」
「マユ、家族に嘘ついてるんだ」
確認の為にされた問いかけは真由を少し重い気分にした。
「わりー。気を悪くした?」
「いえ」
彼女は戸惑った様な声を出した。
「以前は平気で嘘をつけました。でも、つい先日、心境の変化がございまして……。それ以来、どうやら平気じゃなくなった様です」
「何それ? 心境の変化って、嫌われてなかったかもっていうあれ?」
敦は彼女の隣に寝そべって彼女の身体を自分に向けさせた。その顔を覗き込むと、真由が恥ずかしそうに視線を下げる。
「良かったじゃん。愛されてると思ってて、実はそうでもなかったっていう逆のケースもある事考えたら、それってラッキーだよ。嘘をつくと苦しいのなら、なるべくつかないでいいようにしたらいい」
「そうですか?」
「うん」
軽く唇を合わせて、彼は頬杖を付いて真由の表情を眺める。
「でもマユが家族と仲良くなると略奪しにくくなるなー。残念」
「それはどういった意味ですか?」
「んとね」
敦は悪戯っ子の表情でニヤニヤ笑う。
「マユと家族の折り合いが悪ければ、良心の呵責もなくマユを攫えると思ってたの」
彼女は情熱的な彼の言葉に顔が熱くなってきたのがわかった。
「俺はご覧の通り、学も無い、野良犬みたいな半端者だからね。一般的に考えると、お嬢様を娶るにはスペック不足だし」
「そんな事ございません! 敦さんは」
「まあまあ」
真剣に泣きそうな表情で叫びかかった娘を宥めながら、彼は笑う。
「俺自身はそんな捨てたもんとは思ってないけどね。まあ、だからマユがご両親と仲良しになったらちょっと不都合を感じるけど、マユ自身の為にはいい事だと思うよ」
普段は上品に対峙する相手を半眼に見下ろす体の真由の眼が一杯に広げられている。
「敦さん、敦さん……」
突然泣きそうな顔で頭をこすり付けてきた娘を笑って抱き寄せた男は、近くに放置しているスマホが振動し始めたのに気付いた。
「今何時だ? ったく、誰だよ?」
「先ほどもマナーモードで鳴ってました」
「うん、俺も気付いてたけど無視してた」
へへへ……と真由と共犯者の様な表情で目を見交わした敦は手を伸ばしてスマホを引き寄せる。そして発信者の名前を目にした途端にガバッと起き上がった。
「うわっ! やば」
「敦さん?」
敦がそこまで慌てる姿を始めて目にした真由は驚いた。敦は身振りで彼女に無言を強いて、ついでのように謝る素振りも見せた。
「祐樹。ばわ」
『ってめ、やっと出やがったな』
恐ろしく不機嫌そうな男の声が聞こえてきた。
「だから、今は関係ない。急にチューされて俺も驚いたのよ」
「それは……そうかもしれませんが……」
言葉を濁して敦を眺めた真由は複雑な表情を見せた。
敦が住まう木造アパートの外、通りに面した道端で彼らは話をしていた。先ほどまで作業していた大型バイクは移動の途中で再度スタンドに立てかけられている。
事の成り行きを察した後の敦の対応は手馴れたものだった。冷静な声音で淡々と彼が行っていた作業の説明、女との関係、真由が到着する前に交わした会話で女のプライベート情報が含まれない程度の説明。
女絡みの修羅場を何度も経験しているせいで、感情的に自分の言いたい事だけを喋っても妙な風にこじれる事を熟知している男の対応は簡潔でスムーズだった。しかし、それが逆に真由の気持ちを波立たせる事になってしまっているのだが、残念ながら敦も全能ではない。さすがにそういった乙女心までは思いやってあげられない。
「敦さんはズルイです」
「は? ズルイって何が?」
アンナからも同じ言葉をぶつけられたばかりなので思わずムッとする。ズルクないからこうやって説明している。アンナにしてもそうだ。念書まで取り交わしているわけではないが、最初からお互いに納得ずくで始めた関係だ。彼もそうだが、彼女も他に男がいる。今さら、何をガタガタ言ってるのか意味がわかんない。
「マユ、わかるように説明しろ。俺のどこがズルイんだ?」
正面から睨みつけると動揺した彼女が小さく身震いした。道路から一段高くなったアパートの敷地に座って話している敦の前に真由は立ったまま対峙している。
最初、アパートに入る素振りを見せた敦に首を振って抗ったのは真由だ。彼のテリトリーに入ると、そのまま捕まって有耶無耶にされそうな気配があったせいだ。それでは隣に座れと手招きされたがそれも拒否した。身体を触られると絶対に自分は流される。彼から与えられる快感に弱い事を自覚している真由は冷静に話し合う為に彼から距離をとっているのだ。
「経験が沢山おありの様ですので、私の様な小娘を手玉に取る事は容易い事でしょうし」
「は? 経験って言われても、んなものは個人差があって当たり前じゃない?」
違う。真由が感じる理不尽さはこんなものではない。自分が言いたい事の百分の一も上手く説明できない事に苛付きながら真由は自分の頭の中を整理しようとするが出来ない。敦を前にすると何故か頻繁に思考停止をしてしまう。「恋」というものは「変」である。似ていて当然なのだろうか?
自分は普段はこうではない。彼以外の人間になら幾らでも説明できる。論戦を挑む事にも躊躇はしないし、勝つ為の算段もかなり先の手まで考えられる。しかし、くどい様だが敦相手にはそれが上手く機能しないのだ。
この男が関わるだけで、真由は驚くほど動きが悪くなる。先が見通せなくなった棋士の様なものだ。戦法も戦略もあったものではない。直前の相手の動きに振り回されてクタクタだ。
真由と付き合い始めたからと言って、あっさりと彼が他の女を切るのを見るのも嫌だし、その事を当然と考えるその精神構造にもついていけない。あの様な場面を目撃されても冷静に説明できるその倣岸な態度が彼の経験の豊富さを物語っていて、彼の過去にまで嫉妬する自分が嫌だ。では、あの女性以外で関係がある女が他に何人居るのか気になるのにそれを口にする勇気も無い自分の狭量さ、小心さにも嫌気が差す。
真由は敦に騙されたりしてもきっとそれを見抜けられないだろう。惚れた弱みで彼が口にする甘い嘘にきっと飛びつくだろう。それがわかっているのに逆らえない、そんな自分の馬鹿さ加減に呆れる。
「マユ?」
「はっきりとご説明できかねますわ。でも敦さんはきっとズルイのです」
「ってか、脈絡が無いし。おい?」
色々な感情が交錯して、混乱した娘の目から涙が零れた。それを見た敦に来いと言われるが、それでも彼女は首を振って彼を拒む。
「お断りします。……結局、最終的に勝利されるのは敦さんだから……ズルイのです」
「マユ、泣くな。俺が何したんだよ?」
「これは……んっ……目が乾くのを防ぐ為の体液です。決して泣いてるわけではございません」
敦は大きく溜息をついた。なんとまあ、頑固なお嬢さんだろう。
「ま、いいけどさ。地面のゴミと用具類拾って」
立ち上がってジーンズに付いた汚れを手で払って落とすと、バイクをスタンドから外す。
「それ持って付いてきて」
そう言い放ってバイクを押しだした。とりあえず、やりかけの仕事は終わらせておかねばならない。背後で少しの間、躊躇したように固まっていた娘が動き出したのを確認して彼は薄い笑みを刷いた。
チェーンが整備されて新しいオイルを注したバイクを定位置まで持ってきてそこに停めると、簡単なカバーを被せた。振り返るとゴミやクリーナー類を手にした真由が立っている。
「ありがと」
それらを受け取って、ついでのように真由の腕も取って階段を上り始めると彼女が拒否するように足を踏ん張った。敦は内心「バーカ」と嘲笑いながら、彼女を小脇に抱えると軽快に階段を駆け上がった。そして、言葉にならない悲鳴を漏らす娘を見下ろしてニンマリ笑う。突然、一方的に抱えられた娘は2階で再度自分の足で立たされると薄笑いを浮かべた彼を睨んだ。
「私はこれで失礼させていただきますので」
「ダメ」
途中で言葉を遮られた真由は彼の部屋のドアに押し付けられ、口付けられた。
(!? ここ、外!)
慌てて抵抗する彼女の手が彼の身体を押すが全く動かない。施錠していなかったらしく、鍵を使うことなくドアを開き、敦はその中に女を押し込む。
「せっかく遊びに来たのに、帰るなんて言ったら……俺怒っちゃうよ」
手にしていたクリーナー類を床に落とすと真由を突き飛ばして後ろ手にドアを施錠する。
「まだ時間が早いから明るいね。夕飯までに色々試してみようか?」
床に倒れて敦を見上げる娘の顔が恐怖を刻んで強張っている。一体自分がどの様な目付きをしているのかわからない男は首を傾げた。この身体を早く味わいたくて、無意識に舌で唇を湿らせる。
充分な状況説明は行ったつもりだ。女特有の不可思議な精神擁護の為の思いやりはネタ切れだ。後は身体で気持ちよく対話すれば足りない部分の補完は出来ると思った。
2.
「逃げんな」
「やっ! ……や」
ダイニングキッチンの床の上で穿いているスカートを捲り上げられた真由が言葉にならない悲鳴を上げた。思わず腕で這って逃げようとすると敦の失笑を買った。
「匍匐前進? マユ、おっかしー」
狩人の目付きでマユの腰を押さえると笑いを堪えながら彼女の下着に手を掛ける。若いせいかもしれないが、パンティーストッキングを穿かずに長めのソックスにブーツを組み合わせていた少女の下半身は笑えるほど無防備だ。背後からツルリと剥かれた柔らかい曲線を持った臀部はどう考えても彼を誘っている様にしか見えない。
「パンスト穿かずに……寒くないの? 若いねー」
「敦さんに言われたくありません。それにあれは防寒の為だけに穿くものではないと思います」
「あ、そうなんだ?」
考え込む風に手を止めた敦を尻目に、真由は脚の途中に引っ掛かっている自分の下着を取り戻そうと手を伸ばす。
「困ります! 返してください」
半分悲鳴の様な文句を聞いた敦はニヤニヤ笑う。降ろされた下着を掴んで、再度引き上げようと躍起になっている彼女の腰を片腕で抱え込むと、足の途中に引っ掛かっている下着を彼女の手から奪い、片足から抜いた。
「拒否ってるわりには濡れてるよ」
背後から股間に敦の指が這わされた。そのあまりの刺激に真由の身体が跳ね上がる。
「敦さんっ!?」
いきなり指が挿入され、真由は短く呻いた。彼の固い指先が彼女の膣の濡れ具合を確かめる為にゆっくりと挿し込まれていく。それは、彼女を傷つけたくないが為の確認作業だったが、焦らされる刺激に喘ぐ女には責め苦の様に感じられた。
「お願いです……やめ」
「ダメ」
充分に湿っている事に勢いづいた敦の指が一旦抜かれて、増やされた。2本になった指が侵入し、中をかき回すと真由の背中がしなって痙攣する。腰に廻されている方の手が彼女の前面から股間にアプローチをかける。隠れている芽にそっと指が這わされると、抑えきれない呻きがその小さな唇から漏れ始めた。
「あれ?」
クリトリスを本格的に転がし始めた途端に短く息を止めた娘が達した事に気付いた敦は不満そうに耳打ちした。
「ちょっと早くない? マユ、感じすぎ。でも」
弛緩してヘナヘナとキッチンのフローリングに崩れ落ちた娘を見下ろしながら、敦は悪戯っぽく笑って囁いた。
「まだ序の口だけどね」
3.
背後から自分の尻を割り開いている男は敦だ。彼が取っている行動は「遠慮」という2文字から遠くかけ離れている。
「もっとケツ上げて」
くぐもった声が聞こえてきた。こんな恥ずかしい格好は嫌だと思いながらも刺激された股間から聞こえてくる音に眩暈がする。彼の舌が背後から真由の秘裂を嘗め回し、彼の鼻先が彼女の後ろの穴近くを刺激する。汚いから止めて欲しいのに、彼女の懇願など全て聞き流して彼は自分の行動を改めようとしない。
「クリ舐めたいから、もっとケツ上げろって」
低い叱咤の声に思わず身体が反応した。これ以上は無理と思えるほど、自分の脚に力を込めてヒップを高く差し出すと敦が満足そうに真由のクリトリスに吸い付いたのがわかった。
「ああっ!」
「もうちっと頑張って脚開いて」
刺激に泣き声を漏らすと、彼の歯が彼女のその部分を挟んだのがわかった。ついこの間、同じ事をされたのを思い出した。柔らかい甘噛みだとわかっていても、緊張する。彼がその気になったらその部位を食い千切る事が可能なのだ。前歯で挟み、少し噛み合わせながら舌で弾き刺激する。恐怖と快感で腰が抜けそうになる。
「すっげ、ぐちゃぐちゃ」
彼は時々思い出した様に膣に挿し込んだ指を抜き差しながら、感想を漏らす。今の状況で喋られると、妙な刺激が股間に伝わっておかしな声が漏れそうになる。
「気持ちいい?」
「……んく」
この状況でまともな返事を要求されているのだろうか?
「マユ?」
「……はい……」
指と顔が真由の股間から離れたのを感じた。まだ達していないのにと少し不満に思った彼女は自分の尻を両手で押さえられ疑問に思う。
「叫んでもいいから」
「え?」
そのまま、割り開かれた中心に何かが触れた。まさかと真由が驚いた時にはそれは侵入を始めていた。
「いや! 何で?」
これは罰なのだろうか。敦の興奮しきったペニスが背後から真由の膣に入ってきた。
「痛い。敦さん……」
「痛いだけ?」
彼のペニスは留まるところを知らずに伸びてくる。真由はいつもと違う壁を擦られて息が止まった。
「マユ、まだ狭いから」
突然、先ほどの女性を思い出した。きっと彼女なら泣き言を言わずに楽しむのだろう。
「どうぞ、お好きなだけ突いてくださいませ」
「ん?」
敦の動きが止まった。真由の様子を覗っている。
「どした? やる気出すのはいいけど、我慢は良くないよ」
やはり敦さんはズルイと真由は思った。我慢しても、しなくても、結局は自分がしたい様にするくせに、何で気遣う?
「いやっ……あつしさ……んく……!」
部屋の中に真由の嬌声と肌がぶつかる音が響く。
侵入を再開したペニスは奥まで届き、やっと侵攻を止めた。子宮に届いているのではないだろうかと、真由は想像して恐怖した。自分の内臓に外部のものが触れているというイメージはとても彼女の気分を萎縮させたが、その様なものに頓着しない敦は自分の一物を彼女の身体に記憶させるように少しの間留め、程なくして動き始めた。
「やめ……おねが」
「むり」
あまりの刺激に彼女の膣がきゅっと締まる度に、敦の荒げた息に呻きが混じる。叩かれているわけではないのに、彼の股間が自分の臀部に当たる際の打擲音を聞くとおかしな気分になる。まるでお仕置きを受けている幼女になった気分だ。
そんな事を考えながらも彼に中をかき回されて際限なく悲鳴を上げてしまう。痛いよりも気持ち良い。怖いけれど、近づいてくるオーガズムの予感に心が震える。
勢いをつけて串刺しになった途端に前に廻した敦の両手が真由の乳房を揉みしだき、彼女は高まった興奮で頭の中が真っ白に塗りつぶされた。
絶頂を味わっていたと思う。しかし、その最中に両方の乳首を捻り上げられ、2段目の絶頂が訪れた。そして星が飛び、股間から何かが吹き出す音が聞こえた。
(え?)
4.
数分間の間、固まっていた。そして、真由は一気に覚醒した。疲れ、脱力した身体を鞭打って自分の股間を凝視して、蒼褪めた。
「敦さん? わた、わた、私……」
「すげ、潮吹いた」
射精したペニスをゴムが取れないように押さえながら引きずり出すと、彼は嬉しそうに真由の股間に指を這わせた。
「潮?」
「失禁とでも思ったの?」
自分の指をクンと匂うと敦は舌を伸ばしその指先を舐めた。
「あつ、敦さん! 汚いですわ」
「マユのなら何であれ汚くない。しかし、マユは潮を吹く体質なんだ。すげーな」
「喜ばしい事なんですか?」
「まあ、それだけ感じさせてあげたと目に見える形で示されるから男としては嬉しいよ」
そう言いながら、外したゴムを縛って近くのゴミ箱に投げ入れる。
「失禁じゃないのですね……」
真由も自分の股間に付着した先ほどの液体を指で拭って匂ってみる。確かに小水の匂いではない。
「まあ、吹かない奴は全く吹かないし。それとも相性かな? シャワー浴びる?」
立ち上がった男を見上げながら、真由は肩を竦めた。
「お先にどうぞ。私は後からで結構です。疲れてますので、少しだけ休んでます」
「一緒にはいろ。疲れているのなら俺がマユを先に洗ってやるよ。髪の毛長いから、乾かすの時間かかるっしょ?」
マユは内心、絶叫した。敦さんに洗ってもらえるなんて、驚きだ。世の殿方は皆、パートナーに対してこの様に甲斐甲斐しく世話を焼くのだろうか?
「マーユ?」
「はい」
敦はニヤニヤしながらへばっている少女の傍らに身を屈めてその頬に口付けた。
「顔が真っ赤。俺の提案は受け入れるね?」
「はい、宜しくお願いします……」
真由が小声で返事をすると、敦は続けて数回彼女の顔中にキスをして言葉を続けた。
「礼儀正しいなー。マユって怒ってる時も言葉遣いが丁寧だから笑っちゃったよ」
ああ、そうだ。自分は先ほど怒りに燃えていたのだ。思い出して、真由は複雑な心境になった。今となっては何に対してあれ程怒ってたのかよく覚えていない。
5.
「ところで、あっちゃん、見なかった?」
「さあ、スタバに居ないと皆目検討がつかないっす」
「なんか、携帯繋がらない。女かな?」
「さあ?」
信二は駅前で岸本と少し話し、別れた。何があったのか知らないが岸本の顔は見事に変形していた。敦ほど親しくないし、何を考えているのか判りづらいので、信二は岸本相手に立ち入った事は極力聞かない。触らぬ神に祟りなしである。
(怖くて聞けねーや。くわばら、くわばら)
「信ちゃん、もしかしてあの人が言ってた人って」
「そそ、この間会った敦さんね。玲子、あんま近寄んなよ。岸本さん、敦さんに輪をかけてやばい性格してっから」
信二の彼女は内心首を傾げた。極道にそんな評価されるなんてどんだけやばいのやらだ。
「わかった。他にやばいのはいるの?」
「いや、今のところはあの2人だけかな? 他のシマの奴らはまた別の意味でやばいけどね。それより飲みにいこ」
彼女の肩に手を置いて促しながら歩き出す。歩きながら、敦の事を思い出す。
(女ねえ。もしかしてマユちゃんかな?)
何気に自分のスマホを取り出して敦を呼び出してみたが返答が無い。多分、真由だろう。エッチに夢中でわざと出ないで居るのかもしれない。あっちもなるべく距離を置いた方が良さそうだ。
先日は不本意ながらいいように使われてしまったが、自分から進んで敦にコキ使われる機会を提供するつもりは無い。考えてみたら、自分の兄貴分でもないのに、何で顎で使われないといけないのだ?
(何か頼まれても毅然と突っぱねなけりゃだよなー)
目指せ、「NO」と言える日本人。そこまで考えて信二はすごく情けない気分になった。今こんな風に思っていても、面と向かって何か頼まれたら結局ホイホイ聞いちゃうんだろうなと考える。敦は気分屋で機嫌が良い時と悪い時の落差が馬鹿みたいにあるのに、結構お茶目で愛嬌がある。あの性格は得だよな……と信二は思ってしまう。
6.
信二に「お茶目で愛嬌がある」と評された敦はその日、楽しいマット運動を満喫していた。シャワー後に外出した2人は軽く腹を満たした後、敦のアパートに戻ると閉じこもったまま現在に至っている。
若く、学習能力が高く、感じやすい身体を持つ真由の相手は思った以上に楽しく、気付いたら彼女が動けなくなるほど攻め立てていた。
「マユ、鍛えてねーな。本ばっかり読んでんだろう?」
「失礼ですわよ、敦さん。保健体育の授業でも他の方に遅れを取った事はございません」
体力切れで布団の上に力なく横たわっている娘は声だけは高飛車に返答してくる。敦は彼女の黒髪を弄びながら、その毛先で染み一つ無い背中のあちこちをくすぐっていた。彼女が反応する箇所を見つける度に、唇を落として痕を付けていく。一つ痕を付ける度に揺れる真由の肩先がとても艶かしい。
「今日は帰らなくて大丈夫?」
「お友達の家に出かけている事になっています。でも、お父様が出張から戻りますので明日の午前中には帰宅しなければなりません」
「マユ、家族に嘘ついてるんだ」
確認の為にされた問いかけは真由を少し重い気分にした。
「わりー。気を悪くした?」
「いえ」
彼女は戸惑った様な声を出した。
「以前は平気で嘘をつけました。でも、つい先日、心境の変化がございまして……。それ以来、どうやら平気じゃなくなった様です」
「何それ? 心境の変化って、嫌われてなかったかもっていうあれ?」
敦は彼女の隣に寝そべって彼女の身体を自分に向けさせた。その顔を覗き込むと、真由が恥ずかしそうに視線を下げる。
「良かったじゃん。愛されてると思ってて、実はそうでもなかったっていう逆のケースもある事考えたら、それってラッキーだよ。嘘をつくと苦しいのなら、なるべくつかないでいいようにしたらいい」
「そうですか?」
「うん」
軽く唇を合わせて、彼は頬杖を付いて真由の表情を眺める。
「でもマユが家族と仲良くなると略奪しにくくなるなー。残念」
「それはどういった意味ですか?」
「んとね」
敦は悪戯っ子の表情でニヤニヤ笑う。
「マユと家族の折り合いが悪ければ、良心の呵責もなくマユを攫えると思ってたの」
彼女は情熱的な彼の言葉に顔が熱くなってきたのがわかった。
「俺はご覧の通り、学も無い、野良犬みたいな半端者だからね。一般的に考えると、お嬢様を娶るにはスペック不足だし」
「そんな事ございません! 敦さんは」
「まあまあ」
真剣に泣きそうな表情で叫びかかった娘を宥めながら、彼は笑う。
「俺自身はそんな捨てたもんとは思ってないけどね。まあ、だからマユがご両親と仲良しになったらちょっと不都合を感じるけど、マユ自身の為にはいい事だと思うよ」
普段は上品に対峙する相手を半眼に見下ろす体の真由の眼が一杯に広げられている。
「敦さん、敦さん……」
突然泣きそうな顔で頭をこすり付けてきた娘を笑って抱き寄せた男は、近くに放置しているスマホが振動し始めたのに気付いた。
「今何時だ? ったく、誰だよ?」
「先ほどもマナーモードで鳴ってました」
「うん、俺も気付いてたけど無視してた」
へへへ……と真由と共犯者の様な表情で目を見交わした敦は手を伸ばしてスマホを引き寄せる。そして発信者の名前を目にした途端にガバッと起き上がった。
「うわっ! やば」
「敦さん?」
敦がそこまで慌てる姿を始めて目にした真由は驚いた。敦は身振りで彼女に無言を強いて、ついでのように謝る素振りも見せた。
「祐樹。ばわ」
『ってめ、やっと出やがったな』
恐ろしく不機嫌そうな男の声が聞こえてきた。
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