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拾六b 蜜の響き 後
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3.
いい加減、すれ違いが多すぎる。付き合い始めたばかりのカップルなのに1週間以上も会えないのはつらい。現在、敦の職場では風邪が流行っている。運送業者で身体を使う職業なのに健康に関する自己管理が出来てない奴が多いという事だろうか?
事務職の某氏が持ち込んだ性質の悪い風邪のウィルスは結構な猛威を振るい、おかげで敦達等動ける人間のシフトが滅茶苦茶な事になった。先週末も仕事を入れられ、真由と会えそうな時間帯が決定的にすれ違ってしまったのだ。
それに加えて、今週の月曜日には吉川の岸本アタックが敢行された。おかしな田舎ヤクザも交えて訳のわからない成り行きとなったが、最悪の事態は回避できた。しかし、結果的に岸本はボロボロ、自分の精神はズタズタとなった。最後は丸く収まったからいい様なものの、これ以上こじれるのは勘弁ねと自分の脳内に形作った想像上の吉川に怒りの礫をガンガン投げつけるしか敦に出来る事は無かった。
(人を呪わば穴二つ……なんて、昔の人は上手い事言うよなー)
先週タムタムを苛めた時には、この様な事態になるとは敦は思ってもいなかった。
(まあ、タムタムの場合は「因果応報」だと思うが……)
敦は遠い目をして、首を傾げた。
(岸本も「因果応報」だったかな?)
そういうわけで、本日入っていた仕事を他の奴に押し付け、代休をもぎ取った敦はここ迄やっと辿りついた。週末にも休みはあるが、例の風邪ウィルスはまだ事務所内に潜伏しているから楽観視は出来ない。休暇は取れる時にドンドンもぎ取るのがベターだろう。
校門付近の歩道には街路樹のイチョウが植えられている。秋には黄色く色づき、形良く剪定された枝ぶりは見事な景観を見る者に提供するが、今の時期は取り立てて目立つわけではない。しかし、広めの歩道に等間隔に植えられたそれらの樹木近くの路上防護柵に浅く腰掛け、名門お嬢様学校の正門を睨んでいるその男は大層目立っていた。
校門から出てきたお嬢様方は皆一様に彼に気付くと驚き、しばらく眺め、そして見ず知らずの殿方を凝視する行為がはしたない事に気付き、恥らって目を逸らしていく。
(お嬢様方の態度が似たり寄ったりなのには笑っちゃうね)
欠伸をかみ殺しながら、敦はノホホンとその様な事を考える。どの娘も真由にどこか似ているが、決定的に何かが違う。誰も真由の代わりにはなれない。あの娘の何がこれほど敦を惹き付けるのか、まだ彼は解明していない。
金持ちな彼女は以前も居た。あの様な「デスマス調」で話す娘も始めてというわけではない。それなのに、似て非なるものを真由には感じる。
(おっと)
そんな事を考えていると、愛しい女が校門から出てきたのに気付いた。正門の真正面で待っていた事も手伝って、すぐさま敦を見つけた真由は突進する様に突き進んでくる。その正直さ、駆け引きの無さに苦笑した敦だが、素早く逃げるように歩き出した。こんな目立つ場所でラブシーンを演じるつもりはない。彼女の勢いから考えると、近づいた途端に間違いなく抱きついてくるだろう。
自分の様な怪しげな男とそんな真似をしたら真由の醜聞になるかもしれない。普段、相手の立場や世間体などに頓着しない敦にしては珍しい心理である。
(イノシシのように猪突猛進する娘だ)
彼は薄く笑いながら、彼女の姿を確認しながら先導していく。
(また、そうやって逃げる)
歯がゆい気分で真由は敦を追いかけていた。自分を確認した途端に彼は歩き出した。先日、駅で会った時と同じだ。走り出したくなる気持ちを堪えて、可能な限り早歩きで彼に付いて行く。こういった時にも自分に染み付いている淑女教育には嫌気が差す。余裕無く走る事がみっともないと感じ、歩きの速度を上げる事しか出来ない。
(必要な時に走れないなんて)と情けなさに唇を噛む。
敦はブラブラと散策するような足取りなのに、真由より格段に速い。多分、リーチの違いなのかもしれない。真由は少しイライラしながら追いかけた。早く触りたいのに、なぜ逃げる?
正門からしばらく歩くと、敦は狭い一方通行の小道に入っていった。やっと人目が途切れたその道の中ほどに立っている電柱の脇に大型のバイクが停められている。それに真っ直ぐ歩み寄ると、彼は少し身を屈めてバイクに取り付けられているヘルメットを取り外そうとした。
「敦さん」
真由は漸く追いついた男の上着を握った。抱きつきたいのに、思ったより冷たいその背中に恐れをなした彼女はオズオズと彼の背中に触れる。
「敦さん、挨拶してくださいませ」
「くくっ……」
思い余って訴えた真由の緊張した声に敦の背中が揺れた。笑っている。真由はその笑い声を聞くと、少しムッとした。
「敦さん、意地悪です」
「わりー」
やっと振り向いた男は彼の上着を握り締めていた真由の手を取って抱き込んだ。民家の塀に身体を預けると、そのまましがみついてくる娘を見下ろした。
「学校の目の前で真由に抱きつかれる事を避けたかったの」
「ま!? 敦さん、私がその様な事……」
途中まで言いかけ、彼女は眉を顰めて考え込んだ。いや、充分あり得る。あの時は頭に血が昇っていた。
「それとも知った人がたくさん居る場所で俺と抱き合いたかった?」
「あ、いえ、それは……」
突然、真っ赤になった娘を敦はニヤついて眺めた。
「俺はいいよ。厚顔無恥ですので、エッチでさえ人前で出来るし」
「敦さん! なぜそこまで話を極端に飛躍されるのですか?」
「はは。マユはそんなのは願い下げなんだ」
「……願い下げっていうか……敦さんがどうしてもって望まれるのなら……ああ、でもやはりそれは恥ずかしいです」
まるでピロトークの様に甘い蜜の響きだった。耳まで赤くした娘があまりにも可愛くて、堪えきれなくなった敦は彼女の後ろ髪を握って強く引いた。強制的に横を向かされた娘の耳を前歯で挟み噛み付くと、驚いた様に仰け反った彼女の身体を動けぬ様に抱き締めた。
「敦さ……ここは路上で……」
言葉は途中で消える。耳に噛み付かれたまま、舌で感じやすい耳朶を愛撫されて真由の目が固く閉じられる。しばらくそうやって彼女の耳を弄んだ後、敦は彼女に願いを囁いた。
「ね。チューして」
「え?」
「嫌?」
そう囁きながら、自分達が歩いてきた道に敦の意識が向いた。彼の注意を惹き付けた対象に視線を注ぐ。丁度、表通りからその道に曲がったばかりの真澄と会長に気付いたのだ。期せずして、抱き合っている恋人達を目撃してしまった2人の女生徒は彼と目が合った事に気付いて立ち止まり固まった。
以前も似た様なシチュエーションがあったなと敦は思い出す。あの時、見ていたのは真由だった。彼は真由の尻を両手で握ると身体の線に沿って撫で上げ、撫で下ろした。子供の時に見たアニメの次回予告の時の声優の声を思い出す。
(サービス、サービス。あの声はミサトさんだったかな?)
「ひゃう!」
驚いた真由の声が可愛い。背後の2人は完璧に固まっている。
「マユ? 嫌ならいいよ」
「嫌じゃありません!」
諦めた様に真由が叫んだ。彼女は敦の後頭部に手を伸ばし、いきなり彼を引き寄せて口付けてきた。チューッと吸い付いて、開かない彼の唇に舌打ちをすると真由は一旦口を離して文句を言う。
「敦さん、ちゃんと開いてくださいませ」
「はい、はい。マジでチューだなー」
「ふざけてないで……ご自身のリクエストですよ?」
いつの間にか、真由の目付きが怪しくなり、敦の唇の間から侵入した彼女の薄い舌がネットリと彼の物に絡んできた。真由主導の口付けは非常に気持ち良かった。
(やべ)
自分で招いた事態とはいえ、下半身が反応し、敦は焦った。
いつの間にか、背後の2人は居なくなっていた。次に会った時にでも真澄には一言謝っておくかと考えながらも、敦は一番近いラブホの場所を頭の中で検索し始めた。
4.
「お姉さま……はしたのうございます……」
真澄は今にも泣き出しかねない様子だった。会長は濃厚な知り合いのラブシーンを見たショックで少々心がざわついていた。
「いやはや、恋愛とは怖いわね。あの副会長が公共の場であそこまで我を忘れるとは……」
真澄はキッとした目付きで会長を睨んだ。
「会長、お姉さまの事を誤解しないでくださいまし」
「わかってる、わかってる」
何をどう誤解なのかわからないがどう見ても嫉妬に燃えた様相の真澄を呆れて眺めながら会長は首を振った。やれやれだ。お腹一杯なのでこれ以上はもう結構です。
校門に駆けつけた時は既に二人はいなかった。やはり場所を変えたかと、少し残念に思う。あの山辺副会長が惚れこんだ男の姿だけでも見ておきたかった。
「会長、ごきげんよう」
「ごきげんよう、また明日」
「ごきげんよう」
自分に気付いた生徒達が声を掛けてくる。しっとりとした物腰で彼女は挨拶を返す。良き子羊たちは本日も平和な学園生活を満喫している様である。
「本多さん? 副会長とはご一緒ではなかったのね?」
目を向けると、同じクラスの級友が立っていた。
「山辺さんは一足早く出てしまったのです。どちらの道に行ったのかご存知ですか?」
もしやと考え、機転を利かせた質問をしてみると、良い返事が返って来た。
「あら? 聞き忘れたの? あまりの早足にお声を掛ける余裕もありませんでしたよ。駅とは違う方角で、バス停でもないので、お珍しいと考えましたのよ」
嬉しい事に、副会長が向かった道を知らされた。校門の前の通りをしばらく歩いた先の小道だ。彼女は真澄と素早く目配せを交わし、そちらへ足を進めた。それほど時間は経っていない筈だ。真澄の情報によれば相手の男性は徒歩でその場に現れたとの事だった。
「急ぐわよ、真澄さん」
「はい、会長」
足を速めて、問題の小道に踏み込んだ途端に2人は足を止め、固まった。
その道の途中に立っている電柱の陰にバイクが停められている。そして、その向こうに抱き合っている人間が見えた。電柱に隠れているが、女性の着ている制服とあのシャンプーのCMに出演できそうな麗しい黒髪は真由と思われる。そして民家の塀に寄り掛かって彼女を抱き締めている男性と見事に視線が合ってしまったのだ。
その男は自分達に気付くと、片頬を歪めて確かに笑った。隣で真澄の喉が鳴ったのに気付く。彼女も同じ事に気付いたんだろう。その男の面白そうに細められた目が真っ直ぐに自分達に注がれている。
確かに狼の様な男だ。先ほど真澄が真由に「トゥー・ソックス」と言い表した意味が漸くわかった。取り立てて美男子という訳ではないし、世間一般的に「イケメン」と呼ばれている人種でもない。それなのに心臓を鷲掴みにする様な緊張感を他人に強いるタイプの人間だ。
これだけ離れていてもこの圧迫感だ。怖くて近寄りたくない。しかし、足が地面に貼り付いた様に動かなかった。あの視線に捕らわれているうちは逃げる事もできないのだろうか?
先ほどから低い声で抱き締めている真由に何かを囁いている様だ。ふと男の両手が動いた。その手が真由のヒップの膨らみを掴むとその手を腰の線に沿って撫で上げ、そして撫で下ろした。遠めにも真由が短く叫んで、仰け反ったのがわかった。突然、自分の服を掴まれ、会長は飛び上がりそうになった。何とか悲鳴を堪えて隣を見やると、真澄がただならぬ形相で2人を睨んでいた。多分、無意識に近くにあるものを握り締めたのだろう。あまりにも怖い顔だったので、会長の注意は少しの間、2人から離れた。すると「あっ……」と呻く声が真澄から漏れた。両目を見開いている。
2人に目を戻し、そして真澄の様子を眺めると彼女は意を決して真澄を引っ張って後ずさり始めた。狼の呪縛は消えていた。逃げるなら今だ。
件の2人は接吻の真っ最中だった。どう考えても、あの体勢は真由から仕掛けた口付けだ。
「会長?」
小さい声で真澄が何かを訴えようとしているが、彼女は黙ったまま後輩をぐいぐい引っ張ってその小道から出た。充分に現場から離れた上で真澄にそっと告げる。
「もうよろしいでしょう? 私達は部外者です」
手を放すと彼女は動かなくなるので、しばらくの間、会長は彼女の腕を取って促すように歩いた。黙った彼女の萎れた風情に苦笑する。
「真澄さんも電車でしたわよね? 駅までご一緒しましょう」
全く刺激的なものを見せられたものだ。会長は期せずして目にした光景に心を奪われてしまった。男の手によって握られ、しなった真由の腰つきが脳裏から離れない。交際中である幼馴染と一緒に居る時は自分もあの様に夢中になっているのだろうか?
あれだけ奔放な性を見せ付けられると奇妙な「敗北感」を感じてしまう。帰宅したら彼に電話してみようと思いながら、彼女は改札を通り抜けた。
いい加減、すれ違いが多すぎる。付き合い始めたばかりのカップルなのに1週間以上も会えないのはつらい。現在、敦の職場では風邪が流行っている。運送業者で身体を使う職業なのに健康に関する自己管理が出来てない奴が多いという事だろうか?
事務職の某氏が持ち込んだ性質の悪い風邪のウィルスは結構な猛威を振るい、おかげで敦達等動ける人間のシフトが滅茶苦茶な事になった。先週末も仕事を入れられ、真由と会えそうな時間帯が決定的にすれ違ってしまったのだ。
それに加えて、今週の月曜日には吉川の岸本アタックが敢行された。おかしな田舎ヤクザも交えて訳のわからない成り行きとなったが、最悪の事態は回避できた。しかし、結果的に岸本はボロボロ、自分の精神はズタズタとなった。最後は丸く収まったからいい様なものの、これ以上こじれるのは勘弁ねと自分の脳内に形作った想像上の吉川に怒りの礫をガンガン投げつけるしか敦に出来る事は無かった。
(人を呪わば穴二つ……なんて、昔の人は上手い事言うよなー)
先週タムタムを苛めた時には、この様な事態になるとは敦は思ってもいなかった。
(まあ、タムタムの場合は「因果応報」だと思うが……)
敦は遠い目をして、首を傾げた。
(岸本も「因果応報」だったかな?)
そういうわけで、本日入っていた仕事を他の奴に押し付け、代休をもぎ取った敦はここ迄やっと辿りついた。週末にも休みはあるが、例の風邪ウィルスはまだ事務所内に潜伏しているから楽観視は出来ない。休暇は取れる時にドンドンもぎ取るのがベターだろう。
校門付近の歩道には街路樹のイチョウが植えられている。秋には黄色く色づき、形良く剪定された枝ぶりは見事な景観を見る者に提供するが、今の時期は取り立てて目立つわけではない。しかし、広めの歩道に等間隔に植えられたそれらの樹木近くの路上防護柵に浅く腰掛け、名門お嬢様学校の正門を睨んでいるその男は大層目立っていた。
校門から出てきたお嬢様方は皆一様に彼に気付くと驚き、しばらく眺め、そして見ず知らずの殿方を凝視する行為がはしたない事に気付き、恥らって目を逸らしていく。
(お嬢様方の態度が似たり寄ったりなのには笑っちゃうね)
欠伸をかみ殺しながら、敦はノホホンとその様な事を考える。どの娘も真由にどこか似ているが、決定的に何かが違う。誰も真由の代わりにはなれない。あの娘の何がこれほど敦を惹き付けるのか、まだ彼は解明していない。
金持ちな彼女は以前も居た。あの様な「デスマス調」で話す娘も始めてというわけではない。それなのに、似て非なるものを真由には感じる。
(おっと)
そんな事を考えていると、愛しい女が校門から出てきたのに気付いた。正門の真正面で待っていた事も手伝って、すぐさま敦を見つけた真由は突進する様に突き進んでくる。その正直さ、駆け引きの無さに苦笑した敦だが、素早く逃げるように歩き出した。こんな目立つ場所でラブシーンを演じるつもりはない。彼女の勢いから考えると、近づいた途端に間違いなく抱きついてくるだろう。
自分の様な怪しげな男とそんな真似をしたら真由の醜聞になるかもしれない。普段、相手の立場や世間体などに頓着しない敦にしては珍しい心理である。
(イノシシのように猪突猛進する娘だ)
彼は薄く笑いながら、彼女の姿を確認しながら先導していく。
(また、そうやって逃げる)
歯がゆい気分で真由は敦を追いかけていた。自分を確認した途端に彼は歩き出した。先日、駅で会った時と同じだ。走り出したくなる気持ちを堪えて、可能な限り早歩きで彼に付いて行く。こういった時にも自分に染み付いている淑女教育には嫌気が差す。余裕無く走る事がみっともないと感じ、歩きの速度を上げる事しか出来ない。
(必要な時に走れないなんて)と情けなさに唇を噛む。
敦はブラブラと散策するような足取りなのに、真由より格段に速い。多分、リーチの違いなのかもしれない。真由は少しイライラしながら追いかけた。早く触りたいのに、なぜ逃げる?
正門からしばらく歩くと、敦は狭い一方通行の小道に入っていった。やっと人目が途切れたその道の中ほどに立っている電柱の脇に大型のバイクが停められている。それに真っ直ぐ歩み寄ると、彼は少し身を屈めてバイクに取り付けられているヘルメットを取り外そうとした。
「敦さん」
真由は漸く追いついた男の上着を握った。抱きつきたいのに、思ったより冷たいその背中に恐れをなした彼女はオズオズと彼の背中に触れる。
「敦さん、挨拶してくださいませ」
「くくっ……」
思い余って訴えた真由の緊張した声に敦の背中が揺れた。笑っている。真由はその笑い声を聞くと、少しムッとした。
「敦さん、意地悪です」
「わりー」
やっと振り向いた男は彼の上着を握り締めていた真由の手を取って抱き込んだ。民家の塀に身体を預けると、そのまましがみついてくる娘を見下ろした。
「学校の目の前で真由に抱きつかれる事を避けたかったの」
「ま!? 敦さん、私がその様な事……」
途中まで言いかけ、彼女は眉を顰めて考え込んだ。いや、充分あり得る。あの時は頭に血が昇っていた。
「それとも知った人がたくさん居る場所で俺と抱き合いたかった?」
「あ、いえ、それは……」
突然、真っ赤になった娘を敦はニヤついて眺めた。
「俺はいいよ。厚顔無恥ですので、エッチでさえ人前で出来るし」
「敦さん! なぜそこまで話を極端に飛躍されるのですか?」
「はは。マユはそんなのは願い下げなんだ」
「……願い下げっていうか……敦さんがどうしてもって望まれるのなら……ああ、でもやはりそれは恥ずかしいです」
まるでピロトークの様に甘い蜜の響きだった。耳まで赤くした娘があまりにも可愛くて、堪えきれなくなった敦は彼女の後ろ髪を握って強く引いた。強制的に横を向かされた娘の耳を前歯で挟み噛み付くと、驚いた様に仰け反った彼女の身体を動けぬ様に抱き締めた。
「敦さ……ここは路上で……」
言葉は途中で消える。耳に噛み付かれたまま、舌で感じやすい耳朶を愛撫されて真由の目が固く閉じられる。しばらくそうやって彼女の耳を弄んだ後、敦は彼女に願いを囁いた。
「ね。チューして」
「え?」
「嫌?」
そう囁きながら、自分達が歩いてきた道に敦の意識が向いた。彼の注意を惹き付けた対象に視線を注ぐ。丁度、表通りからその道に曲がったばかりの真澄と会長に気付いたのだ。期せずして、抱き合っている恋人達を目撃してしまった2人の女生徒は彼と目が合った事に気付いて立ち止まり固まった。
以前も似た様なシチュエーションがあったなと敦は思い出す。あの時、見ていたのは真由だった。彼は真由の尻を両手で握ると身体の線に沿って撫で上げ、撫で下ろした。子供の時に見たアニメの次回予告の時の声優の声を思い出す。
(サービス、サービス。あの声はミサトさんだったかな?)
「ひゃう!」
驚いた真由の声が可愛い。背後の2人は完璧に固まっている。
「マユ? 嫌ならいいよ」
「嫌じゃありません!」
諦めた様に真由が叫んだ。彼女は敦の後頭部に手を伸ばし、いきなり彼を引き寄せて口付けてきた。チューッと吸い付いて、開かない彼の唇に舌打ちをすると真由は一旦口を離して文句を言う。
「敦さん、ちゃんと開いてくださいませ」
「はい、はい。マジでチューだなー」
「ふざけてないで……ご自身のリクエストですよ?」
いつの間にか、真由の目付きが怪しくなり、敦の唇の間から侵入した彼女の薄い舌がネットリと彼の物に絡んできた。真由主導の口付けは非常に気持ち良かった。
(やべ)
自分で招いた事態とはいえ、下半身が反応し、敦は焦った。
いつの間にか、背後の2人は居なくなっていた。次に会った時にでも真澄には一言謝っておくかと考えながらも、敦は一番近いラブホの場所を頭の中で検索し始めた。
4.
「お姉さま……はしたのうございます……」
真澄は今にも泣き出しかねない様子だった。会長は濃厚な知り合いのラブシーンを見たショックで少々心がざわついていた。
「いやはや、恋愛とは怖いわね。あの副会長が公共の場であそこまで我を忘れるとは……」
真澄はキッとした目付きで会長を睨んだ。
「会長、お姉さまの事を誤解しないでくださいまし」
「わかってる、わかってる」
何をどう誤解なのかわからないがどう見ても嫉妬に燃えた様相の真澄を呆れて眺めながら会長は首を振った。やれやれだ。お腹一杯なのでこれ以上はもう結構です。
校門に駆けつけた時は既に二人はいなかった。やはり場所を変えたかと、少し残念に思う。あの山辺副会長が惚れこんだ男の姿だけでも見ておきたかった。
「会長、ごきげんよう」
「ごきげんよう、また明日」
「ごきげんよう」
自分に気付いた生徒達が声を掛けてくる。しっとりとした物腰で彼女は挨拶を返す。良き子羊たちは本日も平和な学園生活を満喫している様である。
「本多さん? 副会長とはご一緒ではなかったのね?」
目を向けると、同じクラスの級友が立っていた。
「山辺さんは一足早く出てしまったのです。どちらの道に行ったのかご存知ですか?」
もしやと考え、機転を利かせた質問をしてみると、良い返事が返って来た。
「あら? 聞き忘れたの? あまりの早足にお声を掛ける余裕もありませんでしたよ。駅とは違う方角で、バス停でもないので、お珍しいと考えましたのよ」
嬉しい事に、副会長が向かった道を知らされた。校門の前の通りをしばらく歩いた先の小道だ。彼女は真澄と素早く目配せを交わし、そちらへ足を進めた。それほど時間は経っていない筈だ。真澄の情報によれば相手の男性は徒歩でその場に現れたとの事だった。
「急ぐわよ、真澄さん」
「はい、会長」
足を速めて、問題の小道に踏み込んだ途端に2人は足を止め、固まった。
その道の途中に立っている電柱の陰にバイクが停められている。そして、その向こうに抱き合っている人間が見えた。電柱に隠れているが、女性の着ている制服とあのシャンプーのCMに出演できそうな麗しい黒髪は真由と思われる。そして民家の塀に寄り掛かって彼女を抱き締めている男性と見事に視線が合ってしまったのだ。
その男は自分達に気付くと、片頬を歪めて確かに笑った。隣で真澄の喉が鳴ったのに気付く。彼女も同じ事に気付いたんだろう。その男の面白そうに細められた目が真っ直ぐに自分達に注がれている。
確かに狼の様な男だ。先ほど真澄が真由に「トゥー・ソックス」と言い表した意味が漸くわかった。取り立てて美男子という訳ではないし、世間一般的に「イケメン」と呼ばれている人種でもない。それなのに心臓を鷲掴みにする様な緊張感を他人に強いるタイプの人間だ。
これだけ離れていてもこの圧迫感だ。怖くて近寄りたくない。しかし、足が地面に貼り付いた様に動かなかった。あの視線に捕らわれているうちは逃げる事もできないのだろうか?
先ほどから低い声で抱き締めている真由に何かを囁いている様だ。ふと男の両手が動いた。その手が真由のヒップの膨らみを掴むとその手を腰の線に沿って撫で上げ、そして撫で下ろした。遠めにも真由が短く叫んで、仰け反ったのがわかった。突然、自分の服を掴まれ、会長は飛び上がりそうになった。何とか悲鳴を堪えて隣を見やると、真澄がただならぬ形相で2人を睨んでいた。多分、無意識に近くにあるものを握り締めたのだろう。あまりにも怖い顔だったので、会長の注意は少しの間、2人から離れた。すると「あっ……」と呻く声が真澄から漏れた。両目を見開いている。
2人に目を戻し、そして真澄の様子を眺めると彼女は意を決して真澄を引っ張って後ずさり始めた。狼の呪縛は消えていた。逃げるなら今だ。
件の2人は接吻の真っ最中だった。どう考えても、あの体勢は真由から仕掛けた口付けだ。
「会長?」
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「もうよろしいでしょう? 私達は部外者です」
手を放すと彼女は動かなくなるので、しばらくの間、会長は彼女の腕を取って促すように歩いた。黙った彼女の萎れた風情に苦笑する。
「真澄さんも電車でしたわよね? 駅までご一緒しましょう」
全く刺激的なものを見せられたものだ。会長は期せずして目にした光景に心を奪われてしまった。男の手によって握られ、しなった真由の腰つきが脳裏から離れない。交際中である幼馴染と一緒に居る時は自分もあの様に夢中になっているのだろうか?
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聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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