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拾七 Pie Jesu(慈愛深いイエス)
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1.
「主よ、お許しください」
真由は思わず胸の前で十字を切っていた。
「しゅー?」
隣に立っていた敦は思わず顔を顰めた。
木曜日の昼日中である事を考えたらどう考えても帰宅途中で居てはいけない場所に自分は居る。
「どのタイプが好き?」
部屋を選ぶパネルがずらっと並んでいる。殆どの部屋のパネルが点灯しているが、暗くなっているパネルもあった。点灯しているパネルから好きな部屋を選べと言われた真由は困って敦を見上げる。
「敦さん、校則で禁じられております。この様なホテルに出向く事は」
「まじ? ラブホなんて中坊ん時から利用してたんだけど? 俺んとこ、緩すぎ?」
機嫌が良さそうにパネルを見回していた男は少しショックを受けた顔で真由を睨んだ。
「わりーけど、我慢できん。はいろ」と宣言して、さっさとホテルの駐車場に敦がバイクを乗り入れた時、彼女は本当に仰天した。てっきり、敦のアパートに向かっていると思い込んでいた所以だ。
知識として知っていたが、入り口だけとはいえ、まさかの初ラブホをこの様な週の半ばに体験する事になろうとは思ってもいなかった娘は見事に固まってしまった。
「んじゃ、普通のホテルならどう? この手のホテルがアウトなら」
敦は諦めない。勉学などに対しても同じだけの情熱を持って取り組んでいたら、きっと今頃は別の敦になっていただろう。
「風俗に関係ない宿だとしましても……、それでも未成年の場合は保護者と一緒でないと」
「まじかよ?」
敦は考えながら返答する真由を強引に引き寄せて自分の胸に閉じ込める。彼女の長い髪の毛先を片手で弄りながらそっと真由の頬に唇を滑らせる。
「少しぐらい譲歩してよ。じゃ、普通のホテルに泊まろ。俺も仕事あるし、朝には学校まで送っていくよ。ラブホでご休憩するよりそっちの方が俺は楽しいし」
懇願する声音で囁かれる敦の声を聞きながら、真由はじっと考えた。明日の朝まで彼と過ごせるのは嬉しい。金曜日の授業に必要な教材は現在鞄の中に入っているもので充分足りる。
「それでは、家に連絡いたしますので、その結果大丈夫そうでしたら仰せのままに致しましょう。その場合、着替えが必要となりますので、どこかに寄って頂けますと大変助かります」
「ご両親には嘘をつく? シャレじゃないけど良心の呵責とかない?」
「友人と過ごすからと申します。嘘ではございませんわ」
「あざとい娘だなー」
腕の中の娘の口元を指で嬲りながら笑う男に彼女は口を尖らせる。
「あざとい娘は軽蔑されますか?」
「何で? 俺と自分の気持ちの為に最良の均衡をとろうと努力してるマユに? んな事したら、天罰が下るよ」
ニヤニヤ笑いながら彼女に口付けると、周りに人が居ないのにも関わらず焦った娘が身体を縮ませた。
「おっしゃ! んじゃ、ここから出よう。ラブホは高校卒業後にとっておくか。あれ? でも18歳になれば解禁じゃね?」
「例え、18歳になりましても校則は校則でございます」
「わーった、わかったよ」
敦は手を振って頭も振った。頑固なお嬢さんの一本気な睨みに降参するしかなさそうだ。
「んじゃ、まずは家に連絡入れて。その後は買い物だな。適当な商業施設でいいかな? いや、まずはチェックインして部屋に荷物置いて買い物に出よう」
「そうですわね。そういたしましょう」
ウキウキした様子の真由の声が可愛いと敦は内心笑う。相変わらず、基準がどこにあるのか判りづらい娘である。何がダメで何が良いのかは一つ一つ確認していくほかあるまい。
夕刻である。晴れてはいても、暗くなるのは早い。単車に乗っていると寒く感じられそうだが、運転している男の背中にぴったりと張り付くと思いの外暖かい。走っている時は気付かないが、信号などで停まると彼のジャケットからは微かな汗とオイルの匂いがする。微かに感じられる煙草の匂いは他の人間からの移り香だろう。敦は煙草を吸わない。
「おい、敦。いいご身分だな」
信号待ちで停まった彼の横に別の大型バイクが並んだ。真由は思わずギョッとした。俗に言う白バイだった。
「あら、やだ。交機のお巡りさんに何で気軽に声掛けられんの? ありえねー」
チラッと隣を見ると、可笑しそうに敦は笑ってお姉言葉でからかった。
「俺らが支払う税金でオメーの生活を支えてやってんだ。しっかり働けよ」
「人が頑張って働いてる時に、メスガキ乗っけて鼻の下伸ばしてるテメーにだけは言われたくないわ」
「ちょっとお巡りさん、公務執行中に使う言葉なの、それ?」
彼らを止めている信号が点滅し始めた。
「おい、今度、飲みに行こう」
「時間が合えばね」
「交通ルール守って大人しく走るんだぞ」
「オメーにだけは言われたくないわ。じゃね」
信号が青になった。さっさと発進した敦のバイクを追っかけるように白バイが付いて来る。
「このクソが! 早速、速度オーバーしやがって!」
「見逃せ。彼女のご両親が待ってんだ」
「そう? またね」
敦のバイクをうまく隠れ蓑にしていた白バイは気付かずに追い越し車線を結構なスピードで走ってきた車の追走にかかった。それを見送りながら敦は少しムカついた。
(俺を使いやがったな。あんにゃろー)
2.
最終的に敦が選んだのは山手線の駅近くにあるインターナショナルホテルの一つであった。老舗とは行かないまでも海外からの客を多く受け入れている国際色豊かなホテルとなる。フロントロビーには国内外からのツアー客が多い中、見るからに胡散臭げな若い男と真面目そうな制服姿の女子高生という組み合わせは異様だった。しかし、敦は気にする風でもなく空いてたツインの部屋を取った。
この男の不思議なところは、どこから見ても典型的なブルーカラーなのに、この様な場に来ても物怖じしないという点だろう。実に堂々としているし、手馴れてもいる。
部屋まで案内しようとするボーイに「荷物も無いから不要だ」と断りを入れ、ホテル内を自分達で移動しながら真由は彼に話しかけた。
「敦さんはどの様な経歴をお持ちなのですか?」
あまりにも不思議に感じたので、疑問が口からポロッと漏れたのだが、口にした途端に失礼な質問ではと考えて彼女は少々狼狽えた。対する敦はからかうように返答する。
「妙に場慣れしてると思ったの?」
「いえ、その……すみません」
シュンとなった真由を可笑しそうに眺めながら言葉を続ける。
「俺、マユより年上だよ。一応、社会人だし」
「そうですわよね。色々と勘繰って大変失礼致しました」
萎れた娘の腰を抱き寄せながら、自責で身悶えしそうな雰囲気の真由を覗き込む。
「俺自身はただの高卒の馬鹿だよ。卒業できたのは奇跡だと言われてまーす」
「ま。そうなんですか?」
「そこであっさりと肯定されると凹むけど、間違ってないから文句も言えねーなー。ま、俺がこの様な場所に免疫があるとしたら、多分、友人に付き合って色々な所に出入りしたせいかもしれないな」
「お友達ですか?」
「うん、中坊の時に色々とつるんでたんだ。今も付き合いはあるけどね」
真由は首を傾げた。中学生の子供が普通、こんなホテルに出入りするのだろうか?
「それより、マユの事教えて。マユってばクリスチャンだったっけ?」
彼女を裸に剥いた際に現れる十字架の小さなペンダントを思い出して尋ねる。
「はい、名ばかりですが」
ラブホに連れ込もうとした時に十字を切っておかしな文言を口ずさんでいたのも思い出した。
「そか。名ばかりって、どういう意味?」
呼び出したエレベーターの中でも、廊下を歩きながらでも、他の人間が居ないとなると隣を歩く女の腰を撫で回す敦に辟易して真由が答える。
「そんな風に触られるとお答えできかねます」
「ふーん。まあ、急いで知りたいって訳じゃないけど気になるから今度教えてね」
目指す部屋に辿り着いた敦はドアを開けた。2人を中に入れて一旦閉じられると自動ロックが掛かる。そして、今まで淡々と話をしていた男は豹変した。
突然、真由は敦によって閉じたドアに押し付けられた。
「脱げよ」
「……敦さん……」
いきなりの乱暴な言葉に驚いた彼女は自分を見ている敦の獣じみた目付きに気付き、戦慄いた。
「こんなに会えないとは思わんかった。一秒も待ちたくないのに、ここまで我慢したんだ。ここで挿れさせて。買い物は後」
真由が着用している制服のジャケットを乱暴に脱がせながら、敦はドアに押し付けた彼女の唇に噛み付くように口を落とす。
「あ、敦さん。待って、脱ぐから……」
口腔を指と舌で強引に掻き乱され、翻弄され始めた真由がすすり泣く様に囁く。学校指定の制服は濃紺系が多い事を考えたら、珍しい茶色ベースのジャケットはあっさりと剥ぎ取られ、床に落とされた。リボンタイはそのままにブラウスのボタンを外され、彼の手が下着に伸ばされた。下着の上から掴まれた乳房を指先に力を入れて捏ねられ、その痛みに反応して少し涙が出る。
痛いのに何故か下腹にダイレクトにその刺激が伝わる。そして、湿ってくる。
(あ! あ、ああっ)
声を抑えながらも眉を歪ませて喘いだ真由は笑いそうになる膝を気力で支えながら、敦に手を伸ばす。
「敦さん、脱ぐから。お願い」
伸ばした手で彼の顔を挟む。慰めるように、労わるように彼の頬を撫でると、やっと敦の動きが止まった。肩で息をしながら、やっと停止した敦の唇に軽く接吻すると、彼女は妙な具合にボタンだけ外されたブラウスからリボンタイを外し、残ったボタンを外し、脱ぎ去ったブラウスを床に落とす。キャミソールも脱ぎ、下のブラジャーも外していく。
「エロいな……」
間近で行われる真由のストリップを眺めていた敦は彼女がスカートを落とした時点で停止をかけた。
「脚開いて」
殆ど裸なのにショーツとソックス、そして靴を履いた奇妙な状態で脚を開かされた真由の股間が下着の上からそっと擦られた。身体の中心線を嬲るように人差し指が肉を押しながら下降していく。息を止めている真由の表情を眺めながらも、指先で芽を探し当てると彼女の微かな呻きに耳を傾けて苦笑した。
「すげー濡れてる。我慢しないで、声出せよ」
探り当てたクリトリスを突付き、強く弾く。思わず上がった彼女の細い悲鳴に笑う。
「いい声。もっと鳴いて。でもこの位置だと外に聞こえるかもね」
強く弾いたと思うと、優しく撫でる。緩急をつけてしばらくの間、真由の股間を弄ると彼女は遂に立っていられなくなった。
「敦さん。やだ……」
「ベタベタのマンコ見せて」
座り込んだ真由の正面に屈むと指先を真由の両乳首に移し、そこを軽く摘んで引っ張る。自分で下着を脱ぐよう真由に催促すると彼女は躊躇して、敦を見上げた。
「早く」
「……」
諦めた娘が自らの手によって下着を降ろしていくと、べったりと付着した愛液が細く糸を引いているのが見えた。膝を通り過ぎたその下着は敦の手によって、そのまま足から抜かれた。
「このままいけるね」
薄く笑いながら、彼は指をそっと挿し込んだ。
「ちょっときついかな?」
そっと抜き差しする指は増やされ、真由を喘がせる。
「大きな声出すと外に聞こえるよ」
薄く笑いながら彼は自分の準備を整えると、真由に興奮しすぎて凶器に育った己をゆっくりと突き入れていった。廊下に出るドアの脇の絨毯の上で正面から奥まで突き入れられた真由は繋がった状態で、ひっくり返された。四つん這いにされて背後から何回も貫かれ、感じすぎた彼女は悲鳴の様な嬌声を上げる。
時を置かずに達した後、背後から敦は笑い混じりに真由に耳打ちした。
「廊下に居たらまじで聞こえてるって。マユって大胆ー」
3.
ホテルの中には簡単なショッピングモールの様な商業施設まである上、駅へと続く地下街にも簡単にアクセス出来る。下着だけではなく、簡単な私服も購入した真由は店で服を着替えた。制服のまま繁華街を散策するのに後ろめたいものを感じていた彼女は漸く安堵出来た。しかし、今でも心の中では十字を切っている。下校途中にこの様な行動を取るなど、今までの真由からしたら有り得ない事態である。次々と自分がタブー視してきた事を行い、頭はクラクラしたまんまだ。
ファーストフード店で簡単に夕食を済ませた2人はホテルの敷地内に戻ってくると、館内施設をチェックした。
「マユ、ここって温水プールもある。水着買って泳ぐ?」
部屋で交わり、一旦満足した敦の機嫌は非常に良い。ニコニコしている姿は心温まる光景だが真由は少しだけ蒼褪めた。何でこんなに元気があるのだろう?
「私は結構です。でも敦さんが泳ぎたいのでしたら、どうぞ。私は見学致します」
「何それ? 砂場に走っていった子供を見守る母親役は早すぎない?」
あまりにも奇妙な敦の例えに真由の顔が綻んだ。おかしな人。
「水着でしたら1階のショッピング街の中に専門店がございますよ」
敦の後ろからインフォメーションの受付嬢が微笑みながら要らぬ情報を垂れ流してくる。真由は心の中でこの情報提供者にスペシウム光線を浴びせかけた。彼女に罪はない。彼女はあくまでも仕事に忠実なだけなのだろうが、悪意を感じるのは真由がプールという施設に対して苦手意識を持っているせいだろう。
バリバリのカトリック系女子校に中学から入学し、授業でプールに入らない夏を5年繰返している真由はプールが苦手だ。一応、小学校時代はカトリック系とはいえ、共学だったせいか水泳の授業を受けた覚えがあるし、その頃は他の子供に負けない程度には泳げた筈だ。しかし……、どうにも苦手意識は拭えない。
隣を歩く敦が面白そうに真由を眺めている。
「もしかしてカナヅチ?」
「憶測で物を言うのは失礼ですわよ。人並みには泳げ……泳げましたわ」
「何、何? 何で過去形なの? おっかしー」
今や敦はチェシャ猫の様な大きなニヤニヤ笑いを顔に貼り付けている。
「マユって色々と謎が多くて楽しいな」
「そんな事は無いです。プールには子供の時に入りましたわ。ちゃんと泳げましたわよ」
「本当? どんな泳ぎ方だったの? クロール?」
「え……」
そんな事は全く覚えていない真由は声を失った。
「んな事に体力使うのもあれだから、今日はいいか。そのうちに一緒に泳ぎに行こうね」
何て嫌な宿題を出す男だろう。真由は恨めしげな気分で隣を睨むと、嬉しそうな敦の視線と目が合った。
「可愛いマユを見せびらかしたいからね。マユの水着姿、今から楽しみだわー」
頬を紅潮させながら真由は(ズルイ)と考える。この様に言われると怒れなくなる。嬉しくなってしまう。
「あ、そういや、見せびらかすで思い出したわ」
歩きながら敦が気軽な調子で言葉を続ける。部屋に戻る為にエレベーターロビーに向かっている最中だった。
「バイク停めてた小道で真澄ちゃん、俺達を見てたよ。エッチなシーン見せつけてごめんねって、次に会った時にでも謝っといて」
「はい?」
真由の目が大きく見開かれた。
「敦さん、今……おかしな事おっしゃいました」
「おかしいもおかしくないも、そのまんまだけど? 俺からごめんねって一言伝えておいて。俺の場合、いつ次にあの子に会えるかわかんねーし」
エレベーターが開いた。真由は敦を凝視しながら、中に乗り込み、部屋があるフロアのボタンを押す。他にも客は乗っていたが、真由は真っ直ぐに敦を睨んでいる。
「敦さん? どういう事かご説明願いますわ」
敦は「こわ」と一言呟き、彼女を見下ろして苦笑した。何度見ても真由の表情は完璧に怒っている。ここまで彼女を逆上させるとは思っていなかった彼は(失敗したなー)と、心の中で数分前の自分を蹴飛ばした。
4.
「敦さん? 先ほどのお話ですけど」
「はい。皺になるから吊るしておけば? 明日も着んだろ?」
敦は真由の制服が入った紙袋を無造作に彼女に渡した。渡された紙袋を一振りでベッドの上に投げた彼女は据わった目付きで敦を睨む。
「その様な事より、ご説明をお願いします」
詰め寄ってくる真由を見て肩を竦めた彼は、ベッドに投げられた紙袋を拾い、彼女の代わりに中の制服を取り出してハンガーに掛け始めた。
「だから、俺らがチューしてる時に2人ほど覗いていっただけだよ」
「2人? 真澄さんと誰ですか?」
「知らん顔」
頭の中で(うぐぐ)と悩み始めた真由を面白そうに眺めた彼は取り出したブラウスを眺めて首を傾げた。部屋に取り付けられた電話に歩み寄り、そのままフロントに電話を掛ける。クリーニングサービスを頼む為だ。
「そっちじゃないって? いいじゃない。フロントから連絡して」
宿泊客向けのリーフレットには目も通さずに、俺様流を貫いてしまうところは敦らしい。
「もう1人の方の件は今は忘れます。それよりも」
「はい、はい」
しばらく苦悩していた真由だが再度顔を上げて、敦を睨む。
「真澄さんが見ている事に気付いておきながら、私に口付けをリクエストされたり、抱き締めたりされたのですか? あの行為は他人に見せつける為でしたのかしら?」
「勿論、マユが可愛すぎて堪えられなかったせいだよ」
その敦の回答を聞いて、真由の表情が少しだけ緩んだ。
「でも、ギャラリーに見せつけるつもりもあったけどね」
「何故、その様な必要がございますか? 騙し討ちの様で好ましくありません。いえ、はっきり申し上げますと私は嫌いです」
「まあ、あの娘がマユに対して持っている感情が俺の癇に障ったせいもある」
真由は目を見開いて敦を見た。
「マユ、気付いてるでしょ? あの子の気持ち」
部屋に設えられている応接セットの1人掛けソファーに座った敦は真由の顔をニヤニヤしながら見上げている。
「敦さん? 何を」
「知らなかったなんて言わせないよ。2回会っただけの俺でさえ気付いた事だ。あの子はマユに恋愛感情を持ってるよね?」
気軽に、残酷に他人の秘めた心を暴いた男は人が悪い笑みを貼り付けたまま続けた。
「俺。マユを誰かと共有するつもりはないから」
彼はゆっくりと立ち上がると、立ったまま喋っていた真由に歩み寄って彼女の髪の毛を鷲掴んだ。
「それとも、マユはあの子の気持ちに応えたかったの?」
正面から真由の目を覗き込みながら、笑ったその目には物騒な煌きが宿っていた。真由は敦の表情をしばらく眺めていたが、ずっと彼を睨んでいた自らの目付きを少し和ませた。喧嘩をしたいわけではない。彼が取った行動を彼女がなぜ非難しているのか、わかって欲しいだけだ。
「敦さんがご指摘なさった点についてですが、確かに承知しておりました」
満足そうに頷く敦を見据えながら、真由は言葉を続けた。
「でも、それは私と真澄さんの間の問題であって、敦さんが関与する事ではございません。彼女は自分の気持ちを優先させて私を悩ませる事も、困らせる事も一度として行った事はございません。常識を重んじ、思慮深く、愛情深い娘です」
気を悪くした素振りは見せずに敦は彼女の言葉に耳を傾けている。
「敦さんが行った行為はとても意地悪で残酷です」
誰にとまでは真由は言及しない。
「真澄さんの純情を弄ぶ権利は貴方にはございません。勿論、私にもです。以上を踏まえて、私は敦さんに己が行った行為について猛省をお願いしたいと思います」
「ああ、この子は……」
突然、敦は両手で自分の顔を覆った。
「敦さん?」
思ってもいなかった彼の行動に真由はギョッとした。呻きながら顔を両手で覆ったまま、敦は近くのベッドに仰向けに倒れた。
「敦さん、大丈夫ですか? どうされましたか?」
真由は一転してオロオロと彼の方に足を踏み出した。その彼女の耳に堪えきれずに始まった男の笑い声が聞こえてきた。
「敦さん?」
「怒ってるのに、その丁寧な礼儀正しい口調! まじ受ける」
「敦さん!」
「笑い死にそ……」
「敦さん。私は真剣にお話してるのですよ?」
真由の額に青筋が浮かびかかった。柳眉を逆立てた彼女の顔を開いた指の間から盗み見た男は更に「プッ」と吹き出して、彼女の怒りを増幅させた。怒りに燃えた彼女はベッドに歩み寄って、「もう笑い止みなさい! 失礼ですよ?」と叫びながら、手を振り上げた。そして次の瞬間、その振り下ろされた手を掴んだ彼に低く笑われた。
「捕まえた」
掴まれた手を引っ張られ、敦の上に倒れこんだ娘の顔に頬といわず、口といわずキスをしながらも彼は笑い続ける。何回も愛情深く口付けられ、毒気を抜かれた彼女が疲れ果てて「もう……」と口ごもる頃には彼もやっと笑いを止めて真由の顔を見つめた。
「何で、そんなに可愛いの? 何回でも惚れ直しそうだわ」
「敦さん、それは私が聞きたい謝罪の言葉ではございませんわ」
頬を染めながらも頑固に彼女は彼をねめつける。
「そうだね。反省してます。真澄ちゃんにまじで謝っておいて。考えてみたら、彼女は俺の頼みで学校にわざわざ戻ってマユを呼んできてくれたしね。恩を仇で返したわ」
その言葉を聞いた真由は肩の荷が下りた気分で微笑んだ。ネチネチと敦に説教するのは本意ではないのだ。
「そうですわ、たくさん反省するのは良い事ですよ。世間は慈悲深いイエス様ばかりではないのです。ご自身が成長する機会は有り難く押戴いて糧として下さいませ」
鼻高々と自分を諭す娘をそれでもやはり可愛いんだよなと敦は見守っていた。
「よっ」と自分の足をベッドの上に乗せて履いてるショートブーツを脱ぐ。2個目のブーツが床に転がると、真由が漸く気付いた顔つきで投げられた履物を見る。
「敦さん? キャッ?」
あっという間に身体を入れ替えられ、ベッドに組み敷かれた真由に敦がにっこりと笑いかける。
「そろそろ、第二ラウンドいこー」
「主よ、お許しください」
真由は思わず胸の前で十字を切っていた。
「しゅー?」
隣に立っていた敦は思わず顔を顰めた。
木曜日の昼日中である事を考えたらどう考えても帰宅途中で居てはいけない場所に自分は居る。
「どのタイプが好き?」
部屋を選ぶパネルがずらっと並んでいる。殆どの部屋のパネルが点灯しているが、暗くなっているパネルもあった。点灯しているパネルから好きな部屋を選べと言われた真由は困って敦を見上げる。
「敦さん、校則で禁じられております。この様なホテルに出向く事は」
「まじ? ラブホなんて中坊ん時から利用してたんだけど? 俺んとこ、緩すぎ?」
機嫌が良さそうにパネルを見回していた男は少しショックを受けた顔で真由を睨んだ。
「わりーけど、我慢できん。はいろ」と宣言して、さっさとホテルの駐車場に敦がバイクを乗り入れた時、彼女は本当に仰天した。てっきり、敦のアパートに向かっていると思い込んでいた所以だ。
知識として知っていたが、入り口だけとはいえ、まさかの初ラブホをこの様な週の半ばに体験する事になろうとは思ってもいなかった娘は見事に固まってしまった。
「んじゃ、普通のホテルならどう? この手のホテルがアウトなら」
敦は諦めない。勉学などに対しても同じだけの情熱を持って取り組んでいたら、きっと今頃は別の敦になっていただろう。
「風俗に関係ない宿だとしましても……、それでも未成年の場合は保護者と一緒でないと」
「まじかよ?」
敦は考えながら返答する真由を強引に引き寄せて自分の胸に閉じ込める。彼女の長い髪の毛先を片手で弄りながらそっと真由の頬に唇を滑らせる。
「少しぐらい譲歩してよ。じゃ、普通のホテルに泊まろ。俺も仕事あるし、朝には学校まで送っていくよ。ラブホでご休憩するよりそっちの方が俺は楽しいし」
懇願する声音で囁かれる敦の声を聞きながら、真由はじっと考えた。明日の朝まで彼と過ごせるのは嬉しい。金曜日の授業に必要な教材は現在鞄の中に入っているもので充分足りる。
「それでは、家に連絡いたしますので、その結果大丈夫そうでしたら仰せのままに致しましょう。その場合、着替えが必要となりますので、どこかに寄って頂けますと大変助かります」
「ご両親には嘘をつく? シャレじゃないけど良心の呵責とかない?」
「友人と過ごすからと申します。嘘ではございませんわ」
「あざとい娘だなー」
腕の中の娘の口元を指で嬲りながら笑う男に彼女は口を尖らせる。
「あざとい娘は軽蔑されますか?」
「何で? 俺と自分の気持ちの為に最良の均衡をとろうと努力してるマユに? んな事したら、天罰が下るよ」
ニヤニヤ笑いながら彼女に口付けると、周りに人が居ないのにも関わらず焦った娘が身体を縮ませた。
「おっしゃ! んじゃ、ここから出よう。ラブホは高校卒業後にとっておくか。あれ? でも18歳になれば解禁じゃね?」
「例え、18歳になりましても校則は校則でございます」
「わーった、わかったよ」
敦は手を振って頭も振った。頑固なお嬢さんの一本気な睨みに降参するしかなさそうだ。
「んじゃ、まずは家に連絡入れて。その後は買い物だな。適当な商業施設でいいかな? いや、まずはチェックインして部屋に荷物置いて買い物に出よう」
「そうですわね。そういたしましょう」
ウキウキした様子の真由の声が可愛いと敦は内心笑う。相変わらず、基準がどこにあるのか判りづらい娘である。何がダメで何が良いのかは一つ一つ確認していくほかあるまい。
夕刻である。晴れてはいても、暗くなるのは早い。単車に乗っていると寒く感じられそうだが、運転している男の背中にぴったりと張り付くと思いの外暖かい。走っている時は気付かないが、信号などで停まると彼のジャケットからは微かな汗とオイルの匂いがする。微かに感じられる煙草の匂いは他の人間からの移り香だろう。敦は煙草を吸わない。
「おい、敦。いいご身分だな」
信号待ちで停まった彼の横に別の大型バイクが並んだ。真由は思わずギョッとした。俗に言う白バイだった。
「あら、やだ。交機のお巡りさんに何で気軽に声掛けられんの? ありえねー」
チラッと隣を見ると、可笑しそうに敦は笑ってお姉言葉でからかった。
「俺らが支払う税金でオメーの生活を支えてやってんだ。しっかり働けよ」
「人が頑張って働いてる時に、メスガキ乗っけて鼻の下伸ばしてるテメーにだけは言われたくないわ」
「ちょっとお巡りさん、公務執行中に使う言葉なの、それ?」
彼らを止めている信号が点滅し始めた。
「おい、今度、飲みに行こう」
「時間が合えばね」
「交通ルール守って大人しく走るんだぞ」
「オメーにだけは言われたくないわ。じゃね」
信号が青になった。さっさと発進した敦のバイクを追っかけるように白バイが付いて来る。
「このクソが! 早速、速度オーバーしやがって!」
「見逃せ。彼女のご両親が待ってんだ」
「そう? またね」
敦のバイクをうまく隠れ蓑にしていた白バイは気付かずに追い越し車線を結構なスピードで走ってきた車の追走にかかった。それを見送りながら敦は少しムカついた。
(俺を使いやがったな。あんにゃろー)
2.
最終的に敦が選んだのは山手線の駅近くにあるインターナショナルホテルの一つであった。老舗とは行かないまでも海外からの客を多く受け入れている国際色豊かなホテルとなる。フロントロビーには国内外からのツアー客が多い中、見るからに胡散臭げな若い男と真面目そうな制服姿の女子高生という組み合わせは異様だった。しかし、敦は気にする風でもなく空いてたツインの部屋を取った。
この男の不思議なところは、どこから見ても典型的なブルーカラーなのに、この様な場に来ても物怖じしないという点だろう。実に堂々としているし、手馴れてもいる。
部屋まで案内しようとするボーイに「荷物も無いから不要だ」と断りを入れ、ホテル内を自分達で移動しながら真由は彼に話しかけた。
「敦さんはどの様な経歴をお持ちなのですか?」
あまりにも不思議に感じたので、疑問が口からポロッと漏れたのだが、口にした途端に失礼な質問ではと考えて彼女は少々狼狽えた。対する敦はからかうように返答する。
「妙に場慣れしてると思ったの?」
「いえ、その……すみません」
シュンとなった真由を可笑しそうに眺めながら言葉を続ける。
「俺、マユより年上だよ。一応、社会人だし」
「そうですわよね。色々と勘繰って大変失礼致しました」
萎れた娘の腰を抱き寄せながら、自責で身悶えしそうな雰囲気の真由を覗き込む。
「俺自身はただの高卒の馬鹿だよ。卒業できたのは奇跡だと言われてまーす」
「ま。そうなんですか?」
「そこであっさりと肯定されると凹むけど、間違ってないから文句も言えねーなー。ま、俺がこの様な場所に免疫があるとしたら、多分、友人に付き合って色々な所に出入りしたせいかもしれないな」
「お友達ですか?」
「うん、中坊の時に色々とつるんでたんだ。今も付き合いはあるけどね」
真由は首を傾げた。中学生の子供が普通、こんなホテルに出入りするのだろうか?
「それより、マユの事教えて。マユってばクリスチャンだったっけ?」
彼女を裸に剥いた際に現れる十字架の小さなペンダントを思い出して尋ねる。
「はい、名ばかりですが」
ラブホに連れ込もうとした時に十字を切っておかしな文言を口ずさんでいたのも思い出した。
「そか。名ばかりって、どういう意味?」
呼び出したエレベーターの中でも、廊下を歩きながらでも、他の人間が居ないとなると隣を歩く女の腰を撫で回す敦に辟易して真由が答える。
「そんな風に触られるとお答えできかねます」
「ふーん。まあ、急いで知りたいって訳じゃないけど気になるから今度教えてね」
目指す部屋に辿り着いた敦はドアを開けた。2人を中に入れて一旦閉じられると自動ロックが掛かる。そして、今まで淡々と話をしていた男は豹変した。
突然、真由は敦によって閉じたドアに押し付けられた。
「脱げよ」
「……敦さん……」
いきなりの乱暴な言葉に驚いた彼女は自分を見ている敦の獣じみた目付きに気付き、戦慄いた。
「こんなに会えないとは思わんかった。一秒も待ちたくないのに、ここまで我慢したんだ。ここで挿れさせて。買い物は後」
真由が着用している制服のジャケットを乱暴に脱がせながら、敦はドアに押し付けた彼女の唇に噛み付くように口を落とす。
「あ、敦さん。待って、脱ぐから……」
口腔を指と舌で強引に掻き乱され、翻弄され始めた真由がすすり泣く様に囁く。学校指定の制服は濃紺系が多い事を考えたら、珍しい茶色ベースのジャケットはあっさりと剥ぎ取られ、床に落とされた。リボンタイはそのままにブラウスのボタンを外され、彼の手が下着に伸ばされた。下着の上から掴まれた乳房を指先に力を入れて捏ねられ、その痛みに反応して少し涙が出る。
痛いのに何故か下腹にダイレクトにその刺激が伝わる。そして、湿ってくる。
(あ! あ、ああっ)
声を抑えながらも眉を歪ませて喘いだ真由は笑いそうになる膝を気力で支えながら、敦に手を伸ばす。
「敦さん、脱ぐから。お願い」
伸ばした手で彼の顔を挟む。慰めるように、労わるように彼の頬を撫でると、やっと敦の動きが止まった。肩で息をしながら、やっと停止した敦の唇に軽く接吻すると、彼女は妙な具合にボタンだけ外されたブラウスからリボンタイを外し、残ったボタンを外し、脱ぎ去ったブラウスを床に落とす。キャミソールも脱ぎ、下のブラジャーも外していく。
「エロいな……」
間近で行われる真由のストリップを眺めていた敦は彼女がスカートを落とした時点で停止をかけた。
「脚開いて」
殆ど裸なのにショーツとソックス、そして靴を履いた奇妙な状態で脚を開かされた真由の股間が下着の上からそっと擦られた。身体の中心線を嬲るように人差し指が肉を押しながら下降していく。息を止めている真由の表情を眺めながらも、指先で芽を探し当てると彼女の微かな呻きに耳を傾けて苦笑した。
「すげー濡れてる。我慢しないで、声出せよ」
探り当てたクリトリスを突付き、強く弾く。思わず上がった彼女の細い悲鳴に笑う。
「いい声。もっと鳴いて。でもこの位置だと外に聞こえるかもね」
強く弾いたと思うと、優しく撫でる。緩急をつけてしばらくの間、真由の股間を弄ると彼女は遂に立っていられなくなった。
「敦さん。やだ……」
「ベタベタのマンコ見せて」
座り込んだ真由の正面に屈むと指先を真由の両乳首に移し、そこを軽く摘んで引っ張る。自分で下着を脱ぐよう真由に催促すると彼女は躊躇して、敦を見上げた。
「早く」
「……」
諦めた娘が自らの手によって下着を降ろしていくと、べったりと付着した愛液が細く糸を引いているのが見えた。膝を通り過ぎたその下着は敦の手によって、そのまま足から抜かれた。
「このままいけるね」
薄く笑いながら、彼は指をそっと挿し込んだ。
「ちょっときついかな?」
そっと抜き差しする指は増やされ、真由を喘がせる。
「大きな声出すと外に聞こえるよ」
薄く笑いながら彼は自分の準備を整えると、真由に興奮しすぎて凶器に育った己をゆっくりと突き入れていった。廊下に出るドアの脇の絨毯の上で正面から奥まで突き入れられた真由は繋がった状態で、ひっくり返された。四つん這いにされて背後から何回も貫かれ、感じすぎた彼女は悲鳴の様な嬌声を上げる。
時を置かずに達した後、背後から敦は笑い混じりに真由に耳打ちした。
「廊下に居たらまじで聞こえてるって。マユって大胆ー」
3.
ホテルの中には簡単なショッピングモールの様な商業施設まである上、駅へと続く地下街にも簡単にアクセス出来る。下着だけではなく、簡単な私服も購入した真由は店で服を着替えた。制服のまま繁華街を散策するのに後ろめたいものを感じていた彼女は漸く安堵出来た。しかし、今でも心の中では十字を切っている。下校途中にこの様な行動を取るなど、今までの真由からしたら有り得ない事態である。次々と自分がタブー視してきた事を行い、頭はクラクラしたまんまだ。
ファーストフード店で簡単に夕食を済ませた2人はホテルの敷地内に戻ってくると、館内施設をチェックした。
「マユ、ここって温水プールもある。水着買って泳ぐ?」
部屋で交わり、一旦満足した敦の機嫌は非常に良い。ニコニコしている姿は心温まる光景だが真由は少しだけ蒼褪めた。何でこんなに元気があるのだろう?
「私は結構です。でも敦さんが泳ぎたいのでしたら、どうぞ。私は見学致します」
「何それ? 砂場に走っていった子供を見守る母親役は早すぎない?」
あまりにも奇妙な敦の例えに真由の顔が綻んだ。おかしな人。
「水着でしたら1階のショッピング街の中に専門店がございますよ」
敦の後ろからインフォメーションの受付嬢が微笑みながら要らぬ情報を垂れ流してくる。真由は心の中でこの情報提供者にスペシウム光線を浴びせかけた。彼女に罪はない。彼女はあくまでも仕事に忠実なだけなのだろうが、悪意を感じるのは真由がプールという施設に対して苦手意識を持っているせいだろう。
バリバリのカトリック系女子校に中学から入学し、授業でプールに入らない夏を5年繰返している真由はプールが苦手だ。一応、小学校時代はカトリック系とはいえ、共学だったせいか水泳の授業を受けた覚えがあるし、その頃は他の子供に負けない程度には泳げた筈だ。しかし……、どうにも苦手意識は拭えない。
隣を歩く敦が面白そうに真由を眺めている。
「もしかしてカナヅチ?」
「憶測で物を言うのは失礼ですわよ。人並みには泳げ……泳げましたわ」
「何、何? 何で過去形なの? おっかしー」
今や敦はチェシャ猫の様な大きなニヤニヤ笑いを顔に貼り付けている。
「マユって色々と謎が多くて楽しいな」
「そんな事は無いです。プールには子供の時に入りましたわ。ちゃんと泳げましたわよ」
「本当? どんな泳ぎ方だったの? クロール?」
「え……」
そんな事は全く覚えていない真由は声を失った。
「んな事に体力使うのもあれだから、今日はいいか。そのうちに一緒に泳ぎに行こうね」
何て嫌な宿題を出す男だろう。真由は恨めしげな気分で隣を睨むと、嬉しそうな敦の視線と目が合った。
「可愛いマユを見せびらかしたいからね。マユの水着姿、今から楽しみだわー」
頬を紅潮させながら真由は(ズルイ)と考える。この様に言われると怒れなくなる。嬉しくなってしまう。
「あ、そういや、見せびらかすで思い出したわ」
歩きながら敦が気軽な調子で言葉を続ける。部屋に戻る為にエレベーターロビーに向かっている最中だった。
「バイク停めてた小道で真澄ちゃん、俺達を見てたよ。エッチなシーン見せつけてごめんねって、次に会った時にでも謝っといて」
「はい?」
真由の目が大きく見開かれた。
「敦さん、今……おかしな事おっしゃいました」
「おかしいもおかしくないも、そのまんまだけど? 俺からごめんねって一言伝えておいて。俺の場合、いつ次にあの子に会えるかわかんねーし」
エレベーターが開いた。真由は敦を凝視しながら、中に乗り込み、部屋があるフロアのボタンを押す。他にも客は乗っていたが、真由は真っ直ぐに敦を睨んでいる。
「敦さん? どういう事かご説明願いますわ」
敦は「こわ」と一言呟き、彼女を見下ろして苦笑した。何度見ても真由の表情は完璧に怒っている。ここまで彼女を逆上させるとは思っていなかった彼は(失敗したなー)と、心の中で数分前の自分を蹴飛ばした。
4.
「敦さん? 先ほどのお話ですけど」
「はい。皺になるから吊るしておけば? 明日も着んだろ?」
敦は真由の制服が入った紙袋を無造作に彼女に渡した。渡された紙袋を一振りでベッドの上に投げた彼女は据わった目付きで敦を睨む。
「その様な事より、ご説明をお願いします」
詰め寄ってくる真由を見て肩を竦めた彼は、ベッドに投げられた紙袋を拾い、彼女の代わりに中の制服を取り出してハンガーに掛け始めた。
「だから、俺らがチューしてる時に2人ほど覗いていっただけだよ」
「2人? 真澄さんと誰ですか?」
「知らん顔」
頭の中で(うぐぐ)と悩み始めた真由を面白そうに眺めた彼は取り出したブラウスを眺めて首を傾げた。部屋に取り付けられた電話に歩み寄り、そのままフロントに電話を掛ける。クリーニングサービスを頼む為だ。
「そっちじゃないって? いいじゃない。フロントから連絡して」
宿泊客向けのリーフレットには目も通さずに、俺様流を貫いてしまうところは敦らしい。
「もう1人の方の件は今は忘れます。それよりも」
「はい、はい」
しばらく苦悩していた真由だが再度顔を上げて、敦を睨む。
「真澄さんが見ている事に気付いておきながら、私に口付けをリクエストされたり、抱き締めたりされたのですか? あの行為は他人に見せつける為でしたのかしら?」
「勿論、マユが可愛すぎて堪えられなかったせいだよ」
その敦の回答を聞いて、真由の表情が少しだけ緩んだ。
「でも、ギャラリーに見せつけるつもりもあったけどね」
「何故、その様な必要がございますか? 騙し討ちの様で好ましくありません。いえ、はっきり申し上げますと私は嫌いです」
「まあ、あの娘がマユに対して持っている感情が俺の癇に障ったせいもある」
真由は目を見開いて敦を見た。
「マユ、気付いてるでしょ? あの子の気持ち」
部屋に設えられている応接セットの1人掛けソファーに座った敦は真由の顔をニヤニヤしながら見上げている。
「敦さん? 何を」
「知らなかったなんて言わせないよ。2回会っただけの俺でさえ気付いた事だ。あの子はマユに恋愛感情を持ってるよね?」
気軽に、残酷に他人の秘めた心を暴いた男は人が悪い笑みを貼り付けたまま続けた。
「俺。マユを誰かと共有するつもりはないから」
彼はゆっくりと立ち上がると、立ったまま喋っていた真由に歩み寄って彼女の髪の毛を鷲掴んだ。
「それとも、マユはあの子の気持ちに応えたかったの?」
正面から真由の目を覗き込みながら、笑ったその目には物騒な煌きが宿っていた。真由は敦の表情をしばらく眺めていたが、ずっと彼を睨んでいた自らの目付きを少し和ませた。喧嘩をしたいわけではない。彼が取った行動を彼女がなぜ非難しているのか、わかって欲しいだけだ。
「敦さんがご指摘なさった点についてですが、確かに承知しておりました」
満足そうに頷く敦を見据えながら、真由は言葉を続けた。
「でも、それは私と真澄さんの間の問題であって、敦さんが関与する事ではございません。彼女は自分の気持ちを優先させて私を悩ませる事も、困らせる事も一度として行った事はございません。常識を重んじ、思慮深く、愛情深い娘です」
気を悪くした素振りは見せずに敦は彼女の言葉に耳を傾けている。
「敦さんが行った行為はとても意地悪で残酷です」
誰にとまでは真由は言及しない。
「真澄さんの純情を弄ぶ権利は貴方にはございません。勿論、私にもです。以上を踏まえて、私は敦さんに己が行った行為について猛省をお願いしたいと思います」
「ああ、この子は……」
突然、敦は両手で自分の顔を覆った。
「敦さん?」
思ってもいなかった彼の行動に真由はギョッとした。呻きながら顔を両手で覆ったまま、敦は近くのベッドに仰向けに倒れた。
「敦さん、大丈夫ですか? どうされましたか?」
真由は一転してオロオロと彼の方に足を踏み出した。その彼女の耳に堪えきれずに始まった男の笑い声が聞こえてきた。
「敦さん?」
「怒ってるのに、その丁寧な礼儀正しい口調! まじ受ける」
「敦さん!」
「笑い死にそ……」
「敦さん。私は真剣にお話してるのですよ?」
真由の額に青筋が浮かびかかった。柳眉を逆立てた彼女の顔を開いた指の間から盗み見た男は更に「プッ」と吹き出して、彼女の怒りを増幅させた。怒りに燃えた彼女はベッドに歩み寄って、「もう笑い止みなさい! 失礼ですよ?」と叫びながら、手を振り上げた。そして次の瞬間、その振り下ろされた手を掴んだ彼に低く笑われた。
「捕まえた」
掴まれた手を引っ張られ、敦の上に倒れこんだ娘の顔に頬といわず、口といわずキスをしながらも彼は笑い続ける。何回も愛情深く口付けられ、毒気を抜かれた彼女が疲れ果てて「もう……」と口ごもる頃には彼もやっと笑いを止めて真由の顔を見つめた。
「何で、そんなに可愛いの? 何回でも惚れ直しそうだわ」
「敦さん、それは私が聞きたい謝罪の言葉ではございませんわ」
頬を染めながらも頑固に彼女は彼をねめつける。
「そうだね。反省してます。真澄ちゃんにまじで謝っておいて。考えてみたら、彼女は俺の頼みで学校にわざわざ戻ってマユを呼んできてくれたしね。恩を仇で返したわ」
その言葉を聞いた真由は肩の荷が下りた気分で微笑んだ。ネチネチと敦に説教するのは本意ではないのだ。
「そうですわ、たくさん反省するのは良い事ですよ。世間は慈悲深いイエス様ばかりではないのです。ご自身が成長する機会は有り難く押戴いて糧として下さいませ」
鼻高々と自分を諭す娘をそれでもやはり可愛いんだよなと敦は見守っていた。
「よっ」と自分の足をベッドの上に乗せて履いてるショートブーツを脱ぐ。2個目のブーツが床に転がると、真由が漸く気付いた顔つきで投げられた履物を見る。
「敦さん? キャッ?」
あっという間に身体を入れ替えられ、ベッドに組み敷かれた真由に敦がにっこりと笑いかける。
「そろそろ、第二ラウンドいこー」
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