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弐拾伍a You're going to reap just what you sow 前
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貴方は蒔いた種に応じた物を刈り取るだろう。
やった事に対する報いを受けるだろう。
1.
敦達が店内に戻った時、彼らの様相を見て笑おうとしていた辰巳達は2人の雰囲気が先程とがらりと変わってしまっている事に気付き、言葉を呑んだ。2人揃って衣服が滅茶苦茶になってしまっている事は仕方ないだろう。顔に受けたダメージの為に片頬が腫れてしまっている敦同様に、岸本もモロに顔面で受けてしまったパンチが原因で流した鼻血を拭いた跡が残っている。
しかし、激昂して殴りあった割には2人揃ってもうその件については気にしていない様子だ。岸本は自分のスマホを使って誰かを呼び出そうとしている。
「でねー。時間が時間だしな。信二」
「あ?」
他の人間と喋っていた信二が振り向いた。
「わりー。今夜の大崎さんのスケジュール知ってる? 呼び出してるけど、全くでねー」
「ああっと……」
信二は宙に目を彷徨わせた。
「女かも。携帯、身に付けてない可能性あり」
「ああっ? 忘れて外出? 携帯持つ意味ねー。どこの猿人?」
すぐに連絡が取れないので、岸本の機嫌が悪くなり始めている。辰巳からビニール袋に氷を詰めた即席氷嚢を受け取り、自分の頬に当てていた敦は苦笑しながら振り向いた。
「いいよ、岸本。まだ余裕がある。信二、お願いがあるっす」
「うっす、何?」
「撮影会のビデオ、うまく編集されてるのか知りたい。使うかもしれないから、パイロット版すぐにほしーなって伝えておいて、大崎さんに」
「何それ? そう言えばわかるの?」
「うん」
敦が微笑を浮かべながら頷くと、信二は少し考えながら敦を睨んだ。
「俺が知らない間に何かおもしれー事やってたみたいっすね」
「はは。内緒のパーティーだったんでね。わりーけど目を瞑って」
「いいっすよ。次には俺も混ぜてくださいよ」
「それは大崎さんに言えよ」
「つめてーな。敦さんの為にあれこれしてんのに」
「わーってるよ。そっちは別に礼はするよ」
信二のしつこい恨み節に辟易した敦が安請け合いするのを聞きながら、岸本は腹に受けた打撃の痛みに眉を顰めた。このところ、傷を負う事ばかり続いている。
2.
「あっちゃんさ、法的問題が出そうなら予め吉川さんに相談しておけば?」
「何、餅は餅屋って? ラブラブカップルの邪魔すると祟りがありそうで面倒だなー」
岸本は敦のふざけた返答を聞くと、肩を竦めて手元のグラスに口を付けた。敦も先程注文したぬるくなってしまった酒を飲みながら顔を顰めた。口の中も切ったらしく、ちょっとした刺激でピリピリ痛む。少しムカついたので、隣のバカが座っている椅子を蹴った。
(おいおい……、むしっかえすなよ)
周囲の人間はそれを見て見ぬ振りをする。椅子を蹴られた岸本が気にしてないので、皆一様にホッとした。普段、陽気で人当たりが柔らかいが故に忘れられがちだが、敦は沸点が低い。
(よくまあ、こんなお天気屋を彼氏にする気になったもんだ。マユちゃん、まじ尊敬するわ)
傷のせいで少々おかんむりな様子の敦を横目で観察しながら辰巳は唸った。機嫌がいい時の敦は非常に気持ちがいい男だが、機嫌を損ねると一気に最悪レベルに落ちる。
「ご馳走様。そろそろ俺、帰るわ」
時間を置かずにグラスを空にした敦は勘定を済ませながら、岸本に目配せした。
「またね」
清々した様に軽く上げた手を振ってバイバイされた敦は薄く笑う。仏頂面で自分を見送る岸本を眺めながら、(こいつ、ぜってー諦めてないな)と考えた。バレンタインまで1週間程度だ。
岸本が言うところの相談とは別に今のうちに吉川に繋ぎを取っておくのも良い案かもしれない。定期的にご機嫌伺いしておくと、いざという時に岸本の援護射撃が出来るかもしれない。
「あ、敦さん。連絡ついたら報告入れますよ」
誰にとは言わずに、信二が奥のボックス席から叫んだ。頼んだよと軽く手を振って外に歩き出る。
空には雲が無かった。昼間晴れていたが、夜もどうやら晴れている様だ。細すぎて三日月とさえ呼べない線の様な月が浮かんでいる。新月だったのは一昨日だったかもしれない。敦はその月を見ながら、スマホを取り出して昔馴染みの携帯を呼び出した。土曜の真夜中過ぎだ。エッチの最中だったらやだな……と思いながら、呼び出し音を聞いていると数秒で本人が出た。
『うっす、あっちゃん』
「ばんわ。今いい?」
『問題ないけど?』
「いや、ま、ちょっとした相談事。その説明に若干時間かかっかも……。いい?」
『いいよ』
吉川の声は平坦だった。彼は元々短気で有名だが、自分が必要だと感じた事に関しては幾らでも時間を費やす事を厭わない人間だ。どうでもいいと思ってる人間は一秒たりとも待てないとばかりに粗雑に扱うが、昔馴染みの敦や岸本が真剣に相談事を持ちかけた際には敦が知る限り一度として蔑ろに扱われた覚えは無い。
『説明頼むわ。一通り聞いたら、こちらからも質問すっかもだけどね』
「感謝」
ぶらぶらと家路を辿りながら、敦は出来るだけ簡潔に説明を始めた。
3.
『なるほど、おかしなビデオを撮ったもんだな。自分達だけのお遊びなら、それはそれで結構だけど……』
田村栄治の話については吉川は渋い声を出した。
「まあ、一応、彼女の両親にしてみたら親戚筋だから使えるかなって思ったんだけどね」
『んー。忌憚のない意見を言わせて貰うよ』
「おう」
敦は少々身構えた。吉川がこの様に前置きする時はかなりきつい意見が飛び出る場合が多い。
『俺に言わせると、下衆の勘繰りだ。あっちゃん、それ使うなよ』
「え? 何で?」
『用意するのはいいけど、多分使わなくて済む。ってか、絶対使うな。害にしかなんねー』
「言ってる意味がわかんねーんだけど。……ってか、俺、下衆かよ?」
『その彼女のママ、オメーが心配している様な事は考えてねーと思う。話を聞く限り、かなりプライドの高そうなオバサンだよな。卑怯な真似はしないだろう』
「会ってもいないのに何故わかんの?」
『オメーから今聞いた印象。あっちゃんの人物評があっていれば、つまんねー真似はしないと思う。そのオメーが信じてやらずに誰が信じる?』
「な……」
敦は言葉が詰まった。短時間でちゃっちゃっと大雑把に説明した情報から何でそこまで洞察出来るのだろう?
『それと、オメーを安心させる為に一言付け加えるとしたら、未成年と成人が性行為をしても、 真剣プラス両者の合意であれば、淫行条例に違反しないから』
「え? まじ?」
『うん。婚約関係や結婚の意思表示に至っていなくても、真剣に交際しているのであれば条例は問題にならない筈。勿論、ケースバイケースだけど、今回の件に関しては聞いた限りでは問題無いレベルだと思う。真剣でしょ? 俺にわざわざ相談するぐらいだから』
「おう。女絡みでここまで真剣になったのは……初めてかもしんない」
『……よかったな』
吉川がそっと呟いたセリフを耳にした時、敦は不意に亜紀子を思い出した。神埼亜紀子は敦の2人目の彼女だった。敦の目を盗んで、敦の友人に色目を使った早熟な中学生。まだ若かった敦に最初の女性不信の種を植え付けた女。
(ああ、そうか)
敦は突然気付いた。
(こいつ、気にしてたのか)
妙にストンと納得すると同時に胸の奥が温かくなった。これだから、こいつの友達はやめられない。どんなにひどい欠点を見せつけられても、結局は離れられない。自分が唯一勝ちを譲ってもいいと思った男だ。
「祐樹、ありがとな」
『ん? 何言ってんの?』
敦は苦笑する。
「祐樹のそんな態度ってさ……、時々無茶萌えるわ」
『わけわかんねー』
電話の向こうから憮然とした声が返ってくる。敦は笑いたくなるのを堪えた。勘のいい吉川の事だ。敦が何の話をしているのかはわかっている事だろう。わかっていて、すっとぼけているのだ。(いいキャラしてるよなー)
まあ、本人がとぼけたいのなら、これ以上拘るのはやめよう。敦は話を戻した。
「俺さ、今ひとつわかんねーんだけど」
『何?』
「何でわざわざあのママは娘を抜きにして直接俺との話し合いの場を設ける? 要らない誤解生むと思わない?」
『それは娘思いの母親だからだろ』
「?」
『考えてもみろよ』
吉川は低い声で説明する。
『娘が惚れこんだ男だ。親としては心配してあれこれ調べたくなるだろう? 即座にそれをするだけの財力も有れば、行動力も持っている』
敦は渋々と「そうだな」と相槌を打つ。
『調べてみたら、予想以上の高スペックだ。こんな男をどうやって愛娘が物にしたんだ? 遊ばれてるんじゃないか? ……とか心配になる親の気持ちもわかるし』
そこまで吉川が話した時、敦は慌てて遮った。
「待て待て待て待て、待てーー。俺に対する評価がすっげー高いのは嬉しいけど、それは祐樹の主観だべ」
『見る目がある奴なら気付くよ。俺だけじゃないだろ』
「高校卒業できたのが奇跡な広田君ですよ? 俺」
『アホか。学歴だけが全てじゃないのは、自分でもわかってるっしょ?』
溜息をついて吉川は続ける。
『滅多に見つからない宝物の様な価値をオメーは持ってんだよ。賭けてもいい。その彼女の両親はオメーの価値に気付いて喜んでる筈だよ』
「俺、手切れ金を渡されそうになったんですけど?」
『まあ、それはパパの勇み足だな。今なら、「やーめたっ」ってオメーがほざくと、慌ててその金渡して捨てないでーって叫ぶぞ、きっと』
敦は額を押さえた。吉川がペラペラ喋っている内容は今ひとつ現実味を伴っていない。
(こいつって身内に対する評価が甘い奴だったっけ?)
『とにかく、ママが問いたい事はオメーの真意だろうな。それと娘の為の約束事。相手が話す内容をよく聞いて、出来る事にだけ頷いておけ。それと娘の同意を必要とする案件の場合は絶対にオメーの独断で返事すんな。わかったか?』
「はい、パパ」
『きしょっ。んな可愛くない息子なんて持ってねーよ』
「ひど……」
吉川との会話は予定よりも長くなった。アパートの自分の部屋に帰り着くと、奥の部屋に置かれている畳んだ布団の上に寝転がって天井を見上げる。耳元では吉川の言葉が続いている。
(……どうでもいいけど、こいつって声もいいな)
脈絡もなく、敦は考えた。吉川はひどく綺麗な男だ。整いすぎた彼の容貌を思い出しながら、敦は首を捻った。あの理想的な程に整った骨格と肉で形作られた声帯から出てくる声がいいのは、ある意味当たり前かもしれない。
『なあ、あっちゃん。昔の約束、覚えてる?』
「ん? ああ」
自分の思考を追い払う様に頭を振った敦が返答する。
『いつか、オメーを取り込みたいから、なるべく足抜けできなさそうな場所には身を沈めんな。経歴などもなるべく汚さないでくれって言ったよね。覚えてる?』
「まあね。何で俺みたいなの欲しがるのかよくわかんなかったけどね」
『今も、俺は同じ事を考えてる。でもね』
吉川は少し黙った。しばしの沈黙の後、思い切ったかの様に口を開いた。
『オメーが別の道を選んでも、俺は責めないよ。俺との具体的でない、いつになるかもわかんねー話より優先すべきものを見っけた場合は仕方ないって思う事にする』
「ああ?」
敦は苛ついた様な声を出した。
「笑えねーな。俺、要らなくなった?」
『アホか。今でも欲しーよ。でも、オメーの選択に任せるって話』
「そか」
『オメーが違う道選んでも、友達である事は変わらないし……』
いつも自信満々なこの男がこの様に言い淀む日が来るなんて、想像した事さえもない。敦は何だか可笑しくて声に出さずにニヤニヤした。
(ざけんな、バカヤロー。頼まれても離れてやるもんか)
『んで、彼女の名前、教えて』
「ああ、言ってなかったっけ? 山辺真由ってんだ」
『山辺? 聞いた事あっぞ』
「まじ?」
驚いて思わず起き上がった。
『父親の名前は?』
「元治」
『山辺元治ね……。最新の紳士録とかに載ってたりしてね。今の当主は知らんけど、政治家も輩出してる家系だろう。地元の名士だよ』
「げげげ」
『ま、気張れ。何かあれば相談に乗るよ、大衆食堂の長男君』
「何、その馬鹿にした言い方? どっちにしろ、ありがとよー」
『あ、それとさ。例のビデオ、そのうちに見せて』
「ええっ? あんなの見たいの?」
『面白そうじゃん。内容的にお嬢様向けではなさそうだから、そのうちに見せてもらいに俺だけそっち行くわ。入手しといて』
「わーったよ。そのうちね」
漸く会話も終わり、敦はスマホを充電器に繋いで近くに置いた。吉川に相談してよかった。薫との約束は火曜日の夕方を予定している。しかし、試験に出題される質問とその傾向と対策を事前に盗み見てしまった様な後ろめたさを感じる。
(誤解していてごめんよ、薫ちゃん)
脳内で「ちゃん付け」された薫に手を合わせた。
勿論、吉川も人間だ。入力された情報が曖昧だったり、間違っていたりすると異なった結論に導かれるだろう。しかし今回については、吉川の推測は正しいだろうと敦は考えた。
やった事に対する報いを受けるだろう。
1.
敦達が店内に戻った時、彼らの様相を見て笑おうとしていた辰巳達は2人の雰囲気が先程とがらりと変わってしまっている事に気付き、言葉を呑んだ。2人揃って衣服が滅茶苦茶になってしまっている事は仕方ないだろう。顔に受けたダメージの為に片頬が腫れてしまっている敦同様に、岸本もモロに顔面で受けてしまったパンチが原因で流した鼻血を拭いた跡が残っている。
しかし、激昂して殴りあった割には2人揃ってもうその件については気にしていない様子だ。岸本は自分のスマホを使って誰かを呼び出そうとしている。
「でねー。時間が時間だしな。信二」
「あ?」
他の人間と喋っていた信二が振り向いた。
「わりー。今夜の大崎さんのスケジュール知ってる? 呼び出してるけど、全くでねー」
「ああっと……」
信二は宙に目を彷徨わせた。
「女かも。携帯、身に付けてない可能性あり」
「ああっ? 忘れて外出? 携帯持つ意味ねー。どこの猿人?」
すぐに連絡が取れないので、岸本の機嫌が悪くなり始めている。辰巳からビニール袋に氷を詰めた即席氷嚢を受け取り、自分の頬に当てていた敦は苦笑しながら振り向いた。
「いいよ、岸本。まだ余裕がある。信二、お願いがあるっす」
「うっす、何?」
「撮影会のビデオ、うまく編集されてるのか知りたい。使うかもしれないから、パイロット版すぐにほしーなって伝えておいて、大崎さんに」
「何それ? そう言えばわかるの?」
「うん」
敦が微笑を浮かべながら頷くと、信二は少し考えながら敦を睨んだ。
「俺が知らない間に何かおもしれー事やってたみたいっすね」
「はは。内緒のパーティーだったんでね。わりーけど目を瞑って」
「いいっすよ。次には俺も混ぜてくださいよ」
「それは大崎さんに言えよ」
「つめてーな。敦さんの為にあれこれしてんのに」
「わーってるよ。そっちは別に礼はするよ」
信二のしつこい恨み節に辟易した敦が安請け合いするのを聞きながら、岸本は腹に受けた打撃の痛みに眉を顰めた。このところ、傷を負う事ばかり続いている。
2.
「あっちゃんさ、法的問題が出そうなら予め吉川さんに相談しておけば?」
「何、餅は餅屋って? ラブラブカップルの邪魔すると祟りがありそうで面倒だなー」
岸本は敦のふざけた返答を聞くと、肩を竦めて手元のグラスに口を付けた。敦も先程注文したぬるくなってしまった酒を飲みながら顔を顰めた。口の中も切ったらしく、ちょっとした刺激でピリピリ痛む。少しムカついたので、隣のバカが座っている椅子を蹴った。
(おいおい……、むしっかえすなよ)
周囲の人間はそれを見て見ぬ振りをする。椅子を蹴られた岸本が気にしてないので、皆一様にホッとした。普段、陽気で人当たりが柔らかいが故に忘れられがちだが、敦は沸点が低い。
(よくまあ、こんなお天気屋を彼氏にする気になったもんだ。マユちゃん、まじ尊敬するわ)
傷のせいで少々おかんむりな様子の敦を横目で観察しながら辰巳は唸った。機嫌がいい時の敦は非常に気持ちがいい男だが、機嫌を損ねると一気に最悪レベルに落ちる。
「ご馳走様。そろそろ俺、帰るわ」
時間を置かずにグラスを空にした敦は勘定を済ませながら、岸本に目配せした。
「またね」
清々した様に軽く上げた手を振ってバイバイされた敦は薄く笑う。仏頂面で自分を見送る岸本を眺めながら、(こいつ、ぜってー諦めてないな)と考えた。バレンタインまで1週間程度だ。
岸本が言うところの相談とは別に今のうちに吉川に繋ぎを取っておくのも良い案かもしれない。定期的にご機嫌伺いしておくと、いざという時に岸本の援護射撃が出来るかもしれない。
「あ、敦さん。連絡ついたら報告入れますよ」
誰にとは言わずに、信二が奥のボックス席から叫んだ。頼んだよと軽く手を振って外に歩き出る。
空には雲が無かった。昼間晴れていたが、夜もどうやら晴れている様だ。細すぎて三日月とさえ呼べない線の様な月が浮かんでいる。新月だったのは一昨日だったかもしれない。敦はその月を見ながら、スマホを取り出して昔馴染みの携帯を呼び出した。土曜の真夜中過ぎだ。エッチの最中だったらやだな……と思いながら、呼び出し音を聞いていると数秒で本人が出た。
『うっす、あっちゃん』
「ばんわ。今いい?」
『問題ないけど?』
「いや、ま、ちょっとした相談事。その説明に若干時間かかっかも……。いい?」
『いいよ』
吉川の声は平坦だった。彼は元々短気で有名だが、自分が必要だと感じた事に関しては幾らでも時間を費やす事を厭わない人間だ。どうでもいいと思ってる人間は一秒たりとも待てないとばかりに粗雑に扱うが、昔馴染みの敦や岸本が真剣に相談事を持ちかけた際には敦が知る限り一度として蔑ろに扱われた覚えは無い。
『説明頼むわ。一通り聞いたら、こちらからも質問すっかもだけどね』
「感謝」
ぶらぶらと家路を辿りながら、敦は出来るだけ簡潔に説明を始めた。
3.
『なるほど、おかしなビデオを撮ったもんだな。自分達だけのお遊びなら、それはそれで結構だけど……』
田村栄治の話については吉川は渋い声を出した。
「まあ、一応、彼女の両親にしてみたら親戚筋だから使えるかなって思ったんだけどね」
『んー。忌憚のない意見を言わせて貰うよ』
「おう」
敦は少々身構えた。吉川がこの様に前置きする時はかなりきつい意見が飛び出る場合が多い。
『俺に言わせると、下衆の勘繰りだ。あっちゃん、それ使うなよ』
「え? 何で?」
『用意するのはいいけど、多分使わなくて済む。ってか、絶対使うな。害にしかなんねー』
「言ってる意味がわかんねーんだけど。……ってか、俺、下衆かよ?」
『その彼女のママ、オメーが心配している様な事は考えてねーと思う。話を聞く限り、かなりプライドの高そうなオバサンだよな。卑怯な真似はしないだろう』
「会ってもいないのに何故わかんの?」
『オメーから今聞いた印象。あっちゃんの人物評があっていれば、つまんねー真似はしないと思う。そのオメーが信じてやらずに誰が信じる?』
「な……」
敦は言葉が詰まった。短時間でちゃっちゃっと大雑把に説明した情報から何でそこまで洞察出来るのだろう?
『それと、オメーを安心させる為に一言付け加えるとしたら、未成年と成人が性行為をしても、 真剣プラス両者の合意であれば、淫行条例に違反しないから』
「え? まじ?」
『うん。婚約関係や結婚の意思表示に至っていなくても、真剣に交際しているのであれば条例は問題にならない筈。勿論、ケースバイケースだけど、今回の件に関しては聞いた限りでは問題無いレベルだと思う。真剣でしょ? 俺にわざわざ相談するぐらいだから』
「おう。女絡みでここまで真剣になったのは……初めてかもしんない」
『……よかったな』
吉川がそっと呟いたセリフを耳にした時、敦は不意に亜紀子を思い出した。神埼亜紀子は敦の2人目の彼女だった。敦の目を盗んで、敦の友人に色目を使った早熟な中学生。まだ若かった敦に最初の女性不信の種を植え付けた女。
(ああ、そうか)
敦は突然気付いた。
(こいつ、気にしてたのか)
妙にストンと納得すると同時に胸の奥が温かくなった。これだから、こいつの友達はやめられない。どんなにひどい欠点を見せつけられても、結局は離れられない。自分が唯一勝ちを譲ってもいいと思った男だ。
「祐樹、ありがとな」
『ん? 何言ってんの?』
敦は苦笑する。
「祐樹のそんな態度ってさ……、時々無茶萌えるわ」
『わけわかんねー』
電話の向こうから憮然とした声が返ってくる。敦は笑いたくなるのを堪えた。勘のいい吉川の事だ。敦が何の話をしているのかはわかっている事だろう。わかっていて、すっとぼけているのだ。(いいキャラしてるよなー)
まあ、本人がとぼけたいのなら、これ以上拘るのはやめよう。敦は話を戻した。
「俺さ、今ひとつわかんねーんだけど」
『何?』
「何でわざわざあのママは娘を抜きにして直接俺との話し合いの場を設ける? 要らない誤解生むと思わない?」
『それは娘思いの母親だからだろ』
「?」
『考えてもみろよ』
吉川は低い声で説明する。
『娘が惚れこんだ男だ。親としては心配してあれこれ調べたくなるだろう? 即座にそれをするだけの財力も有れば、行動力も持っている』
敦は渋々と「そうだな」と相槌を打つ。
『調べてみたら、予想以上の高スペックだ。こんな男をどうやって愛娘が物にしたんだ? 遊ばれてるんじゃないか? ……とか心配になる親の気持ちもわかるし』
そこまで吉川が話した時、敦は慌てて遮った。
「待て待て待て待て、待てーー。俺に対する評価がすっげー高いのは嬉しいけど、それは祐樹の主観だべ」
『見る目がある奴なら気付くよ。俺だけじゃないだろ』
「高校卒業できたのが奇跡な広田君ですよ? 俺」
『アホか。学歴だけが全てじゃないのは、自分でもわかってるっしょ?』
溜息をついて吉川は続ける。
『滅多に見つからない宝物の様な価値をオメーは持ってんだよ。賭けてもいい。その彼女の両親はオメーの価値に気付いて喜んでる筈だよ』
「俺、手切れ金を渡されそうになったんですけど?」
『まあ、それはパパの勇み足だな。今なら、「やーめたっ」ってオメーがほざくと、慌ててその金渡して捨てないでーって叫ぶぞ、きっと』
敦は額を押さえた。吉川がペラペラ喋っている内容は今ひとつ現実味を伴っていない。
(こいつって身内に対する評価が甘い奴だったっけ?)
『とにかく、ママが問いたい事はオメーの真意だろうな。それと娘の為の約束事。相手が話す内容をよく聞いて、出来る事にだけ頷いておけ。それと娘の同意を必要とする案件の場合は絶対にオメーの独断で返事すんな。わかったか?』
「はい、パパ」
『きしょっ。んな可愛くない息子なんて持ってねーよ』
「ひど……」
吉川との会話は予定よりも長くなった。アパートの自分の部屋に帰り着くと、奥の部屋に置かれている畳んだ布団の上に寝転がって天井を見上げる。耳元では吉川の言葉が続いている。
(……どうでもいいけど、こいつって声もいいな)
脈絡もなく、敦は考えた。吉川はひどく綺麗な男だ。整いすぎた彼の容貌を思い出しながら、敦は首を捻った。あの理想的な程に整った骨格と肉で形作られた声帯から出てくる声がいいのは、ある意味当たり前かもしれない。
『なあ、あっちゃん。昔の約束、覚えてる?』
「ん? ああ」
自分の思考を追い払う様に頭を振った敦が返答する。
『いつか、オメーを取り込みたいから、なるべく足抜けできなさそうな場所には身を沈めんな。経歴などもなるべく汚さないでくれって言ったよね。覚えてる?』
「まあね。何で俺みたいなの欲しがるのかよくわかんなかったけどね」
『今も、俺は同じ事を考えてる。でもね』
吉川は少し黙った。しばしの沈黙の後、思い切ったかの様に口を開いた。
『オメーが別の道を選んでも、俺は責めないよ。俺との具体的でない、いつになるかもわかんねー話より優先すべきものを見っけた場合は仕方ないって思う事にする』
「ああ?」
敦は苛ついた様な声を出した。
「笑えねーな。俺、要らなくなった?」
『アホか。今でも欲しーよ。でも、オメーの選択に任せるって話』
「そか」
『オメーが違う道選んでも、友達である事は変わらないし……』
いつも自信満々なこの男がこの様に言い淀む日が来るなんて、想像した事さえもない。敦は何だか可笑しくて声に出さずにニヤニヤした。
(ざけんな、バカヤロー。頼まれても離れてやるもんか)
『んで、彼女の名前、教えて』
「ああ、言ってなかったっけ? 山辺真由ってんだ」
『山辺? 聞いた事あっぞ』
「まじ?」
驚いて思わず起き上がった。
『父親の名前は?』
「元治」
『山辺元治ね……。最新の紳士録とかに載ってたりしてね。今の当主は知らんけど、政治家も輩出してる家系だろう。地元の名士だよ』
「げげげ」
『ま、気張れ。何かあれば相談に乗るよ、大衆食堂の長男君』
「何、その馬鹿にした言い方? どっちにしろ、ありがとよー」
『あ、それとさ。例のビデオ、そのうちに見せて』
「ええっ? あんなの見たいの?」
『面白そうじゃん。内容的にお嬢様向けではなさそうだから、そのうちに見せてもらいに俺だけそっち行くわ。入手しといて』
「わーったよ。そのうちね」
漸く会話も終わり、敦はスマホを充電器に繋いで近くに置いた。吉川に相談してよかった。薫との約束は火曜日の夕方を予定している。しかし、試験に出題される質問とその傾向と対策を事前に盗み見てしまった様な後ろめたさを感じる。
(誤解していてごめんよ、薫ちゃん)
脳内で「ちゃん付け」された薫に手を合わせた。
勿論、吉川も人間だ。入力された情報が曖昧だったり、間違っていたりすると異なった結論に導かれるだろう。しかし今回については、吉川の推測は正しいだろうと敦は考えた。
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