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弐拾六 母と娘
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1.
「敦さん、これをお持ちください」
「何これ?」
「タクシーチケットです。降りる際に必要事項を記入して運転手にお渡しください」
「よせやい。ガキじゃあるまいし」
敦はその紙片を薫に突っ返す。
「まだ電車も地下鉄も動いてる時間じゃん。薫さんはともかく、俺はそれで充分」
話は終わったとばかりに立ち上がった男は躊躇なく障子を開けて、廊下に足を踏み出した。飲んだ選りすぐられた酒と美味な旬の料理で敦は非常に機嫌が良かった。
「今夜は馳走になった。ありがとね、薫ちゃん」
「敦さん?」
「おっと失礼、薫さんだったね。髪をおろしていると年上とは信じられないので間違っちゃった」
振り向いて舌をペロッと出した敦の表情に薫は苦笑した。彼のわざとらしい言い訳を信じているわけではないが、この様な物言いをしても嫌味に聞こえないという事は随分得な性質だと思う。娘の真由はさぞかしこの男に振り回されている事であろう。
「約束はお忘れにならないで下さいね」
「わかってるよ。俺が出来る範囲で鋭意努力させていただきまーす」
ニヤニヤしながら彼女にもう一度近づくと、恭しく彼女の片手を取り、そのたおやかな手の甲に軽く口付けた。
「元治君に宜しくね」
「真由には?」
「マユには内緒なんでしょ? 内緒じゃないのなら、宜しく伝えといて」
「そうですわね。一応内緒で動いてましたが、今夜話した内容を考える限り、娘に話しても大丈夫とは考えていますわ」
「そか。じゃ、俺は聞かれたらそのまんま応えていいのね?」
「よろしくてよ」
「うーん、その話し方……。やっぱ、親子だね。似てるわ」
「そして敦さんはどうやら娘に頭が上がらない様ですわね。副作用として私が相手でも強く出られない」
「見抜かれていたか……」
口角を上げて、うっすらと微笑む薫を睨みながら敦は渋い表情で眉を寄せた。
「言っておくけど、俺がよく知らない分野で必要な事は教えてくれよな」
「勿論ですわ。その点はきっと真由が何とかする事でしょう」
「やっぱ、あんたらは物好きだと思うよ」
「物好きはお互い様ですわ。そうそう……」
彼女は思い出した様に言葉を継いだ。
「我が家の犬達にも気に入られた様ですわね。真由から話を聞いた時にはとても驚きましたわ」
「ああ、あの子達?」
敦の表情が急に柔らかくなり、薫は内心驚いた。
「どんな犬でも好きってわけではないけど、あのでっかいワンコ達は気に入ったな」
「今度、我が家のトレーナーから犬のハンドリングを正式に習ったら如何ですか? ドッグショーなどに連れて行って頂ければ娘も喜びますわ」
「何? そんなのにまで出してんの? 多忙だね」
驚いたように短く口笛を吹くと、彼は右手を軽く上げて歩き出した。
「考えとくわ。あの子らと遊ぶのは好きだし。じゃ、またね」
「ごきげんよう、敦さん」
「おやすみ」
そのまま、その若い男は振り返りもせずに大股に歩き去った。恐ろしくマイペースな若者だ。彼が立ち去った途端に、意図せず身体が弛緩するのを感じた薫は我知らず苦笑した。自分と比べると、一回り以上若い小僧の筈なのに、どこか緊張していたのだろう。
再度、部屋に入り、障子を閉めながら薫は彼との会話を思い出す。最初に一度だけ怒らせたが、その他は概ね穏やかに過ごせた。
愛嬌があるのに、機嫌を損ねた時の圧力はとうの昔に亡くなった薫の父方の祖父を彷彿とさせる。その祖父も、ただならない迫力を持った人物だった。幼い頃にはそれが怖くて可愛がってもらった割には会うと緊張したのを覚えている。
「失礼いたします」
廊下から声が掛かり、障子がそっと開かれた。
「お茶をお持ちしました。奥様、お連れ様は車も頼まずにお帰りになられました」
「わざわざ若おかみ自ら入れてくれたお茶ですか? 頂きますわ」
薫は部屋に入ってきた顔馴染みの若い女将に微笑みを見せながら湯飲みを手に取った。そっと口を付けると芳醇な独特の香りに目を細めた。
「こんな良いお茶を一々入れていたら、赤字になりますわよ」
「山辺の奥様にはこの位のお茶でないと恥ずかしくて出せませんわ」
「まあ、お上手ね」
華やかにコロコロ笑いながら、その美味しいお茶の豊富な旨みも満喫する。
「あのお連れの方にご紹介して頂きたかったのですが、とても真剣にお話されていたので今回は諦めましたわ」
「お気遣いありがとうございます」
「どの様な方なんですか? 差し支えなければ教えていただけますでしょうか?」
「……娘の伴侶候補でございます」
「まあ?」
微笑みながら返された回答にその女将は目を細めた。
「気性が激しい殿方ですので、お料理をお持ち頂いた方々に少々恥ずかしい場面をお見せしてしまいましたわ」
「随分男前な方なんですね。女性にもてそうですわ」
「容姿が特に美しいわけではないのですよ?」
「華がございます。ご本人を目の当たりに致しますと目を奪われます」
まるで自分の息子を褒められた様な気分になり、そんな自分に気付いて薫はひっそりと自嘲した。あの男を怒らせ、一瞬で詰め寄られた時には心臓が止まるかと思った。意地でもそんな自分の動揺を見せないように頑張ったが、どうやってあの様な男を娘は手懐けたのか皆目検討が付かない。それこそ、野生動物の餌付け並みに危険で難しそうだ。一瞬でも気を許した途端に、自分が食べられて目的の動物には逃げられそう。
先日、直にあの男を目にした時、薫は内心唸ったものだった。あれに金を渡して消える様に伝えるなんて、妙なところで世間知らずな夫には呆れるやら、感心するやらだ。相手のプライドの高さと手の早さを考えたら、その場で殴る蹴るの暴行を受ける可能性もあったかもしれないと肝が冷えた。
排除するなんてとんでもない。この様な人間は取り込んで味方にするべきだ。但し、その取り込み方を誤ると害になりかねない。
夫が頼んだ調査報告に目を通した時にはそのあまりにも破天荒な経歴に笑いまで出てきてしまった。平和な国の平和な時代にはそぐわないスキル満載な不思議人間だ。逆に言うと、世界のどこに行っても、どんなに荒れた環境でも確実に生き残れるタイプの人間だろう。生き残るだけでなく、その状況を利用して自分に都合のいい環境を作るぐらいの事は手軽にやれそうなカリスマ性。
「いつもの事ながら、今日もとても美味しかったわ。次には必ず紹介させていただくわ」
「宜しくお願い申し上げます」
若おかみにハイヤーの手配をお願いした上で、ゆっくりとバッグを手にすると薫は2時間近く滞在したその部屋を後にした。
2.
『もしもし、敦さん?』
「マユ、こんばんは」
『ごきげんよう。こんな遅い時間に申し訳ございません』
「さてはママの報告でも聞いた?」
悪戯っぽく喋る敦に真由は不満そうな声を出した。
『私に内緒で私に関する話し合いがもたれた様ですわね。事前に伺っていなかった私は大変不愉快な想いを致しました』
「悪い」
『悪いのはお母様の方です。敦さんにもご迷惑お掛けしました』
「その件については直接会って話したいな。明日はまだ水曜日だけど仕事は3時ぐらいには上がれるから夕方会えない? 学校まで迎えに行くよ」
『……そうですわね。承知致しました。それでは3時半に先日バイクを停めていらっしゃった路地でお待ちしております』
「了解」
会話が終わると、敦は寝具の上に寝転がった。
「薫ちゃん、行動早いなー」
独り言が誰も居ない部屋に吸い込まれていく。
真由の身体を思い出して敦はほの暗い欲望を感じた。あの娘の身体に触れ、分け入って堪能した時から他の身体には見向きもしていない。早く明日が来ればいいのにと、正月前の小学生の様な気分に陥る。
3.
約束の時間になろうとしていた。彼女の学校の前に伸びている通りへの出口にほっそりとした姿が見えた。時間通りだ。姿勢よく、真っ直ぐに歩いて来る。表情が見えるほど近寄ると、今まで微笑んでいたその表情が訝しげに変化した。
「ごきげんよう、敦さん。その痣はどうされたのですか?」
それほど痛まないので忘れていた自身の頬に触れて敦は苦笑した。先日、岸本に殴られた痕は青痣になった。それでも、もう大して痛まないので鏡を見ない限り思い出さない。それより、腹部に受けたダメージの方が余程痛んだ。顔を狙った打撃は比較的うまく躱せたが、腹の方は躱し損なったのだ。
「ああ、ちょっとした事で岸本と喧嘩したんだ。あいつにも相応の報いはしてやったよ」
「まあ」
眉を曇らせて自分を見上げる彼女に手を伸ばして抱き込んだ。
「今日はおまけはついてきてないね。チューして」
彼女の背後に視線を流して耳に囁くと、頬を染めた真由はそっと敦の両頬を両手で挟み、唇を寄せてきた。爪先立ちでしっとりと吸いつかれた敦は、その優しい感触に目を細めた。
「マユってピアスしてないね」
彼女の耳朶に触りながら尋ねると「校則で禁止されております」とすげなく返される。
「どんなアクセサリーなら貰ってくれるかな? 指輪? ネックレス?」
「敦さん?」
抱き合っていた身体を少し離して真由は敦を正面から眺める。
「本日はお話ですわよね?」
「買い物にいこ。何かあげたい気分」
「私は」
真由は敦の上着を握る。その眼差しは真っ直ぐに敦を貫いてくる。
「早く2人だけの空間に行きたいですわ。早く話して、早く触りたいのです」
ひっそりと囁く様に綴った言葉が宙に溶けきる前に真由は噛み付くように口付けられた。掴まれた頭ごと固定され、堪えきれない風情で敦の唇が彼女の顔を這う。肉厚な舌が思いのほか伸びて、彼女の耳に挿し込まれると真由は耳の中で響く水音に蕩けきった眼を見開く。
「挑発すんな。可愛い事言うから、俺、やばくなってきた」
抱きすくめられて自由に動かせない手を無理に動かして、彼女は敦の身体をTシャツの上から撫でる。
「……っこの!?」
「んっ!」
耳朶を強めに噛まれた真由が苦しげに呻いた。それでも、彼の身体を撫でる手の動きは止めない。敦は完全に目の色が変わってしまっている。自分の硬くなった股間をわざと彼女に押し付けながら囁いた。
「しんねーぞ。今夜は帰せなくなってしまいそー」
「望むところですわ」
2人の目が睨みあう。互いに相手の目の中に存在する欲望を認めた。敦は薄く笑うと、真由のスカートの中に手を入れて下着の正面を擦った。跳ね上がる彼女の身体を押さえながら、耳元で嘲笑う。
「ベトベト……。替えをどっかで買ってく?」
「洗うから結構ですわ。早く行きましょ」
毅然とした態度でヘルメットを受け取った真由を眺めながら、敦は感心した様に頭を振った。
「了解。しっかり掴まっていろよ」
たまたまその時間に校門から出てきた私立名門校の女子生徒達は学校近くの路地から出てきた大型バイクが制限速度を完全に無視した速度ですっ飛んでいくのをあんぐりと見送る羽目になった。その単車の速度が異常に速く、出現が唐突だったので、後ろに乗っている人間が自分達と同じ制服を着ている事に気付いた生徒は比較的少なかった。
4.
「なんつー手癖のわりーお嬢様だ。人がやり返せない状況なのを嵩にかかってやりたい放題ってか?」
制服姿の真由をそのまま自分のアパートに連れ帰った敦はバイクを停めると、彼女の腕を握ったまま階段を上った。彼が運転している間、殆どずっと真由は後ろから敦の身体に廻した手で彼の身体を撫で回していたのだ。
「商売女並みの淫乱ぶりだぞ」
「だって、敦さんの身体は触ってて気持ちがいいのです」
自室の奥の部屋まで彼女を引っ張っていった敦は真由を畳まれた布団の山の上に突き落とすと、酷薄な笑みを浮かべながら彼女の身体に跨った。
「じゃ、もっと触りな。思う存分、どーぞ」
その様に言われると真由は躊躇する。少し困った様に見上げた視線で敦のご機嫌を窺っている。
「怒りましたか? 敦さん」
「いーえ。興奮してるだけ」
ニンマリ笑った敦は片手で真由の顎を掬った。
「舌出して」
オズオズと従順に差し出された彼女の舌に自分の舌を絡めた。
「んあっ……」
「引っ込めんな」
苦しくなって一旦舌を引っ込めたら、それを追って敦の指が口腔に挿し込まれた。口の中で二本の指に摘まれた舌がその位置で嬲られる。言葉を操れずに苦しい呻きを発した真由の表情を興味深げに眺めていた敦は顔を近づけて囁いた。
「勝手に触っていいって言ったのに、触ってくれないから……俺が決めちゃうよ」
舌を指でこね回されている為に返事が出来ない真由を眺めながら薄く笑う。
「口でして」
そう言い放つと、真由の口内に挿し込んでいた指を抜き、両手で自分のベルトを外し、チャックを降ろした。目の前で取り出された完全に立ち上がった彼のペニスを手に持たされた真由は道に迷った子供の眼差しで敦を見上げた。
「しゃぶれ」
見上げた先の敦の目付きは冷たく、そして熱かった。熱に浮かされた様な気分で真由は目の前の棒に舌を滑らせた。異臭が気になる。敦の身体には充分に慣れたと思っていたが、さすがにこの局部を直接口にするのは初めてなので、戸惑ってしまう。
我慢して、陰茎を舐め、亀頭を舐め、口を開くよう告げられ、開いた途端に突き入れられた。
「シャワー無しでいきなりはさすがにきついか」
その様なセリフが敦の口から出たが、止める気配は無い。涙が滲む薄目を開けて、彼の様子を見ようとするが両手で頭を固定され、真由の力が及ばない状態で行為は進行されてしまっている。
「むっちゃ、気持ちいいわ。一回出させて」
固定された口に突き入れながら腰を使われる。初めての経験となるので、真由はコツがうまく掴めない。止めていた息は、途中から諦めて鼻で呼吸している。考えてみたら、敦は真由の股間に口や舌を使った奉仕をよくしてくれる。同じ事を自分が出来ない筈はない。
手を伸ばして自分が頬張っている陰茎に触る。敦のペニスが反応して体積が増えた。咥えている口が更につらくなったが、指をずらして、根元を撫で、陰嚢の表面をなぞる。
「うわ」
敦の驚いた声が聞こえたので、少し怯んだ。もしかしたらこの部分はあまり刺激しないほうがいいのだろうか。慌てて、その部分から手を離そうとしたら逆に片手で真由の手越しに握りこまれた。
「玉は優しくね。竿は強めでOK」
告げられた言葉に安心して、自分の手をそっと滑らせた。
「ん……マユ…上手いじゃん」
溜息の様な敦の喘ぎを聞いた時、上目遣いに見上げた彼女は無防備な敦の表情に驚いた。とても気持ち良さそうだ。嬉しくて、だるくなってきた口を励まして夢中で舐めた。
5.
「フェラの後に必死こいて俺の目の前でうがいする女って始めて見たわ」
「ごめんなさい……苦くて、変な味で……」
「まあ、本当の事だから責められないなー」
敦は台所の流しでコップ片手にうがいをするお嬢さんの背後から彼女の制服を脱がせながらクスクス笑っている。精液は飲み込まずに素早く敦にあてがわれたティッシューに吐き出したが、それでも喉の奥までこびりついた生臭さがなかなか取れない。真由はもう一度天井を見ながらガラガラとうがいを行って水を吐き出した。
「ところで、何故脱がせているのですか?」
コップを流しの脇に置いたタイミングでブラウスを肩から抜かれた真由は向き直って敦を睨みつけた。
「制服はなるべく皺にしたくないし。ここはホテルみたいにランドリーサービスないし」
「なるほど、敦さんの主張はよく理解致しました。それより、少し興奮も醒めましたのでお話を致しましょう」
目の前の敦は少し悲しそうに真由を眺めた。
「マユ、まだ満足してないでしょ? 労働しただけだし」
「敦さんの気持ち良さそうなお顔を堪能致しましたわ」
「やだっ! 恥ずかしい事、言わないでっ」
ふざけたようにお姉言葉を発言しながら、顔を覆う。両手で覆った表情はきっと舌を出している事だろう。真由は中途半端に脱がされた自分の衣服を眺めて、首を振った。敦は一時的に満足しているので、女の服を脱がせる熱意も中途半端なのだろう。
でも、制服を着たまま立ったり、座ったりすると確かに皺は寄る。真由は首を傾げて考えると、敦に向き直った。
「Tシャツ、お借りできますでしょうか?」
「ああ、いいよ。洗濯したばかりのものならその椅子の上に幾つかは畳まれてる。他は奥の部屋の押入れの中」
真由の考えを察した敦が返答すると、真由は椅子の上にある衣類の中から一つ手に取った。
「これをお借りいたします」
そのまま、着替えの為に浴室に入る。(裸なんて幾らでも見てるのに、何で隠れて着替えるのかね?)と思いながら敦は冷蔵庫の中からビールを取り出した。
「それで、結局、お母様とはどの様なお話をされたのですか?」
浴室から戻ってきた真由は非常に可愛かった。敦のTシャツは大きいので、太腿まですっぽりと隠れている。脱いだ制服は綺麗に整えられて、ハンガーに吊るされた。
「ママに聞いてないの?」
そう言いながら、敦は手招きで真由を呼び寄せると椅子に座っている自分の膝の上に抱き上げた。横抱きで身体を抱き締められた真由は居心地が良さそうに敦の首に片腕を廻した。
「私が聞いた話はお母様と敦さんが話し合ったという事。お母様は敦さんの事をお気に召したので、私の伴侶候補としてお認めになられたという事。細かい事は敦さんに尋ねる事、ぐらいですわ」
「俺に丸投げかよ? いい性格してんな、薫ちゃん」
「薫ちゃん?」
真由がくすっと笑った。
「ああ、薫さんでした。俺的には薫ちゃんも可愛いと思うけどね。ご本人の希望で薫さんと正面切っては呼ばさせて頂きます」
「あの母をファーストネームで気軽に呼ぶ事自体、凄いですわ。敦さん」
「まじ?」
「ええ、妙に気位が高いお姫様ですので、気に入らない人間に話しかけられたら返事さえしない時もございます」
敦は心の中で(女祐樹かよっ!?)と叫んだ。道理で吉川が会った事さえない薫の心理状態を読めたわけだ。自分に近いからわかりやすかったのかもしれない。勿論、この推論は吉川にも薫にも言える事ではない。言えば、両者ともに機嫌を損ねる事だろう。
「んじゃ、その話をするに先立って、まずは俺から話す事がある。聞いてくれる?」
「はい?」
真由は目を丸くして敦の顔を覗き込んだ。
「この体勢でよろしいですか?」
「いい、これがいい」
そう言いながら、敦の手は真由の身体を撫で回している。我ながら、とんだスケベ親父だ。
「薫さんと元治君には伝えているけど……俺はマユが欲しいんだ」
「ありがとうございます」
「言ってる意味、わかってる? 俺の女房にしたいんだよ」
「まあ!」
「……その驚きは何?」
急に黙り込んだ真由を覗き込みながら敦は少々焦った。誰に反対されても跳ねつける自信はある。但し、その当人を除いてだが……。
真由自身に拒否されたら、どうしようもない。もっと余裕を持って準備して、春になったらこの話をするつもりだったので、気の利いた贈り物さえもまだ手にしていない。
真由の両親にばれた事で動きが早くなった。全くの予定外なのだ。何もかも、前倒しで動かなくてはいけないのに、自分の準備も何も出来ていない。
「嫌だなんて言ったら、俺、まじで泣くぞ」
「ふふっ」
可笑しそうに真由が笑った。俯いているので表情はわからない。
「だから、買い物に行こうなんておっしゃっていたのですね? 敦さん、少々短絡すぎますわ」
「わりーか。予定通りに物事が運ばないんでちっと焦ってるんだよ」
不貞腐れた様に敦が嘯くと、真由が両腕を敦の首に廻して抱きついてきた。やはり表情は見えない。
「私で宜しいのですか? 敦さん」
「何言ってんの? 宜しいから、今、ここで狼狽えてるんだよ」
敦は自分にぎゅうぎゅうと抱きつく娘の豊かな黒髪を掴み、それをクルクル指に巻きつけながら口を尖らせる。
「マユが欲しい。財産狙いって思われたらムカつくから、元治君には娘と縁を切って、もう一子作れって言ったのに、あの夫婦はマユを諦める気は毛頭無いらしい」
「バカ……」
「あに?」
ムッとした敦を更にぎゅうぎゅうと締め付ける。
「苦しーぞ。俺を絞め殺すつもり?」
「……うれし……ぃ」
「は?」
「敦さん、これをお持ちください」
「何これ?」
「タクシーチケットです。降りる際に必要事項を記入して運転手にお渡しください」
「よせやい。ガキじゃあるまいし」
敦はその紙片を薫に突っ返す。
「まだ電車も地下鉄も動いてる時間じゃん。薫さんはともかく、俺はそれで充分」
話は終わったとばかりに立ち上がった男は躊躇なく障子を開けて、廊下に足を踏み出した。飲んだ選りすぐられた酒と美味な旬の料理で敦は非常に機嫌が良かった。
「今夜は馳走になった。ありがとね、薫ちゃん」
「敦さん?」
「おっと失礼、薫さんだったね。髪をおろしていると年上とは信じられないので間違っちゃった」
振り向いて舌をペロッと出した敦の表情に薫は苦笑した。彼のわざとらしい言い訳を信じているわけではないが、この様な物言いをしても嫌味に聞こえないという事は随分得な性質だと思う。娘の真由はさぞかしこの男に振り回されている事であろう。
「約束はお忘れにならないで下さいね」
「わかってるよ。俺が出来る範囲で鋭意努力させていただきまーす」
ニヤニヤしながら彼女にもう一度近づくと、恭しく彼女の片手を取り、そのたおやかな手の甲に軽く口付けた。
「元治君に宜しくね」
「真由には?」
「マユには内緒なんでしょ? 内緒じゃないのなら、宜しく伝えといて」
「そうですわね。一応内緒で動いてましたが、今夜話した内容を考える限り、娘に話しても大丈夫とは考えていますわ」
「そか。じゃ、俺は聞かれたらそのまんま応えていいのね?」
「よろしくてよ」
「うーん、その話し方……。やっぱ、親子だね。似てるわ」
「そして敦さんはどうやら娘に頭が上がらない様ですわね。副作用として私が相手でも強く出られない」
「見抜かれていたか……」
口角を上げて、うっすらと微笑む薫を睨みながら敦は渋い表情で眉を寄せた。
「言っておくけど、俺がよく知らない分野で必要な事は教えてくれよな」
「勿論ですわ。その点はきっと真由が何とかする事でしょう」
「やっぱ、あんたらは物好きだと思うよ」
「物好きはお互い様ですわ。そうそう……」
彼女は思い出した様に言葉を継いだ。
「我が家の犬達にも気に入られた様ですわね。真由から話を聞いた時にはとても驚きましたわ」
「ああ、あの子達?」
敦の表情が急に柔らかくなり、薫は内心驚いた。
「どんな犬でも好きってわけではないけど、あのでっかいワンコ達は気に入ったな」
「今度、我が家のトレーナーから犬のハンドリングを正式に習ったら如何ですか? ドッグショーなどに連れて行って頂ければ娘も喜びますわ」
「何? そんなのにまで出してんの? 多忙だね」
驚いたように短く口笛を吹くと、彼は右手を軽く上げて歩き出した。
「考えとくわ。あの子らと遊ぶのは好きだし。じゃ、またね」
「ごきげんよう、敦さん」
「おやすみ」
そのまま、その若い男は振り返りもせずに大股に歩き去った。恐ろしくマイペースな若者だ。彼が立ち去った途端に、意図せず身体が弛緩するのを感じた薫は我知らず苦笑した。自分と比べると、一回り以上若い小僧の筈なのに、どこか緊張していたのだろう。
再度、部屋に入り、障子を閉めながら薫は彼との会話を思い出す。最初に一度だけ怒らせたが、その他は概ね穏やかに過ごせた。
愛嬌があるのに、機嫌を損ねた時の圧力はとうの昔に亡くなった薫の父方の祖父を彷彿とさせる。その祖父も、ただならない迫力を持った人物だった。幼い頃にはそれが怖くて可愛がってもらった割には会うと緊張したのを覚えている。
「失礼いたします」
廊下から声が掛かり、障子がそっと開かれた。
「お茶をお持ちしました。奥様、お連れ様は車も頼まずにお帰りになられました」
「わざわざ若おかみ自ら入れてくれたお茶ですか? 頂きますわ」
薫は部屋に入ってきた顔馴染みの若い女将に微笑みを見せながら湯飲みを手に取った。そっと口を付けると芳醇な独特の香りに目を細めた。
「こんな良いお茶を一々入れていたら、赤字になりますわよ」
「山辺の奥様にはこの位のお茶でないと恥ずかしくて出せませんわ」
「まあ、お上手ね」
華やかにコロコロ笑いながら、その美味しいお茶の豊富な旨みも満喫する。
「あのお連れの方にご紹介して頂きたかったのですが、とても真剣にお話されていたので今回は諦めましたわ」
「お気遣いありがとうございます」
「どの様な方なんですか? 差し支えなければ教えていただけますでしょうか?」
「……娘の伴侶候補でございます」
「まあ?」
微笑みながら返された回答にその女将は目を細めた。
「気性が激しい殿方ですので、お料理をお持ち頂いた方々に少々恥ずかしい場面をお見せしてしまいましたわ」
「随分男前な方なんですね。女性にもてそうですわ」
「容姿が特に美しいわけではないのですよ?」
「華がございます。ご本人を目の当たりに致しますと目を奪われます」
まるで自分の息子を褒められた様な気分になり、そんな自分に気付いて薫はひっそりと自嘲した。あの男を怒らせ、一瞬で詰め寄られた時には心臓が止まるかと思った。意地でもそんな自分の動揺を見せないように頑張ったが、どうやってあの様な男を娘は手懐けたのか皆目検討が付かない。それこそ、野生動物の餌付け並みに危険で難しそうだ。一瞬でも気を許した途端に、自分が食べられて目的の動物には逃げられそう。
先日、直にあの男を目にした時、薫は内心唸ったものだった。あれに金を渡して消える様に伝えるなんて、妙なところで世間知らずな夫には呆れるやら、感心するやらだ。相手のプライドの高さと手の早さを考えたら、その場で殴る蹴るの暴行を受ける可能性もあったかもしれないと肝が冷えた。
排除するなんてとんでもない。この様な人間は取り込んで味方にするべきだ。但し、その取り込み方を誤ると害になりかねない。
夫が頼んだ調査報告に目を通した時にはそのあまりにも破天荒な経歴に笑いまで出てきてしまった。平和な国の平和な時代にはそぐわないスキル満載な不思議人間だ。逆に言うと、世界のどこに行っても、どんなに荒れた環境でも確実に生き残れるタイプの人間だろう。生き残るだけでなく、その状況を利用して自分に都合のいい環境を作るぐらいの事は手軽にやれそうなカリスマ性。
「いつもの事ながら、今日もとても美味しかったわ。次には必ず紹介させていただくわ」
「宜しくお願い申し上げます」
若おかみにハイヤーの手配をお願いした上で、ゆっくりとバッグを手にすると薫は2時間近く滞在したその部屋を後にした。
2.
『もしもし、敦さん?』
「マユ、こんばんは」
『ごきげんよう。こんな遅い時間に申し訳ございません』
「さてはママの報告でも聞いた?」
悪戯っぽく喋る敦に真由は不満そうな声を出した。
『私に内緒で私に関する話し合いがもたれた様ですわね。事前に伺っていなかった私は大変不愉快な想いを致しました』
「悪い」
『悪いのはお母様の方です。敦さんにもご迷惑お掛けしました』
「その件については直接会って話したいな。明日はまだ水曜日だけど仕事は3時ぐらいには上がれるから夕方会えない? 学校まで迎えに行くよ」
『……そうですわね。承知致しました。それでは3時半に先日バイクを停めていらっしゃった路地でお待ちしております』
「了解」
会話が終わると、敦は寝具の上に寝転がった。
「薫ちゃん、行動早いなー」
独り言が誰も居ない部屋に吸い込まれていく。
真由の身体を思い出して敦はほの暗い欲望を感じた。あの娘の身体に触れ、分け入って堪能した時から他の身体には見向きもしていない。早く明日が来ればいいのにと、正月前の小学生の様な気分に陥る。
3.
約束の時間になろうとしていた。彼女の学校の前に伸びている通りへの出口にほっそりとした姿が見えた。時間通りだ。姿勢よく、真っ直ぐに歩いて来る。表情が見えるほど近寄ると、今まで微笑んでいたその表情が訝しげに変化した。
「ごきげんよう、敦さん。その痣はどうされたのですか?」
それほど痛まないので忘れていた自身の頬に触れて敦は苦笑した。先日、岸本に殴られた痕は青痣になった。それでも、もう大して痛まないので鏡を見ない限り思い出さない。それより、腹部に受けたダメージの方が余程痛んだ。顔を狙った打撃は比較的うまく躱せたが、腹の方は躱し損なったのだ。
「ああ、ちょっとした事で岸本と喧嘩したんだ。あいつにも相応の報いはしてやったよ」
「まあ」
眉を曇らせて自分を見上げる彼女に手を伸ばして抱き込んだ。
「今日はおまけはついてきてないね。チューして」
彼女の背後に視線を流して耳に囁くと、頬を染めた真由はそっと敦の両頬を両手で挟み、唇を寄せてきた。爪先立ちでしっとりと吸いつかれた敦は、その優しい感触に目を細めた。
「マユってピアスしてないね」
彼女の耳朶に触りながら尋ねると「校則で禁止されております」とすげなく返される。
「どんなアクセサリーなら貰ってくれるかな? 指輪? ネックレス?」
「敦さん?」
抱き合っていた身体を少し離して真由は敦を正面から眺める。
「本日はお話ですわよね?」
「買い物にいこ。何かあげたい気分」
「私は」
真由は敦の上着を握る。その眼差しは真っ直ぐに敦を貫いてくる。
「早く2人だけの空間に行きたいですわ。早く話して、早く触りたいのです」
ひっそりと囁く様に綴った言葉が宙に溶けきる前に真由は噛み付くように口付けられた。掴まれた頭ごと固定され、堪えきれない風情で敦の唇が彼女の顔を這う。肉厚な舌が思いのほか伸びて、彼女の耳に挿し込まれると真由は耳の中で響く水音に蕩けきった眼を見開く。
「挑発すんな。可愛い事言うから、俺、やばくなってきた」
抱きすくめられて自由に動かせない手を無理に動かして、彼女は敦の身体をTシャツの上から撫でる。
「……っこの!?」
「んっ!」
耳朶を強めに噛まれた真由が苦しげに呻いた。それでも、彼の身体を撫でる手の動きは止めない。敦は完全に目の色が変わってしまっている。自分の硬くなった股間をわざと彼女に押し付けながら囁いた。
「しんねーぞ。今夜は帰せなくなってしまいそー」
「望むところですわ」
2人の目が睨みあう。互いに相手の目の中に存在する欲望を認めた。敦は薄く笑うと、真由のスカートの中に手を入れて下着の正面を擦った。跳ね上がる彼女の身体を押さえながら、耳元で嘲笑う。
「ベトベト……。替えをどっかで買ってく?」
「洗うから結構ですわ。早く行きましょ」
毅然とした態度でヘルメットを受け取った真由を眺めながら、敦は感心した様に頭を振った。
「了解。しっかり掴まっていろよ」
たまたまその時間に校門から出てきた私立名門校の女子生徒達は学校近くの路地から出てきた大型バイクが制限速度を完全に無視した速度ですっ飛んでいくのをあんぐりと見送る羽目になった。その単車の速度が異常に速く、出現が唐突だったので、後ろに乗っている人間が自分達と同じ制服を着ている事に気付いた生徒は比較的少なかった。
4.
「なんつー手癖のわりーお嬢様だ。人がやり返せない状況なのを嵩にかかってやりたい放題ってか?」
制服姿の真由をそのまま自分のアパートに連れ帰った敦はバイクを停めると、彼女の腕を握ったまま階段を上った。彼が運転している間、殆どずっと真由は後ろから敦の身体に廻した手で彼の身体を撫で回していたのだ。
「商売女並みの淫乱ぶりだぞ」
「だって、敦さんの身体は触ってて気持ちがいいのです」
自室の奥の部屋まで彼女を引っ張っていった敦は真由を畳まれた布団の山の上に突き落とすと、酷薄な笑みを浮かべながら彼女の身体に跨った。
「じゃ、もっと触りな。思う存分、どーぞ」
その様に言われると真由は躊躇する。少し困った様に見上げた視線で敦のご機嫌を窺っている。
「怒りましたか? 敦さん」
「いーえ。興奮してるだけ」
ニンマリ笑った敦は片手で真由の顎を掬った。
「舌出して」
オズオズと従順に差し出された彼女の舌に自分の舌を絡めた。
「んあっ……」
「引っ込めんな」
苦しくなって一旦舌を引っ込めたら、それを追って敦の指が口腔に挿し込まれた。口の中で二本の指に摘まれた舌がその位置で嬲られる。言葉を操れずに苦しい呻きを発した真由の表情を興味深げに眺めていた敦は顔を近づけて囁いた。
「勝手に触っていいって言ったのに、触ってくれないから……俺が決めちゃうよ」
舌を指でこね回されている為に返事が出来ない真由を眺めながら薄く笑う。
「口でして」
そう言い放つと、真由の口内に挿し込んでいた指を抜き、両手で自分のベルトを外し、チャックを降ろした。目の前で取り出された完全に立ち上がった彼のペニスを手に持たされた真由は道に迷った子供の眼差しで敦を見上げた。
「しゃぶれ」
見上げた先の敦の目付きは冷たく、そして熱かった。熱に浮かされた様な気分で真由は目の前の棒に舌を滑らせた。異臭が気になる。敦の身体には充分に慣れたと思っていたが、さすがにこの局部を直接口にするのは初めてなので、戸惑ってしまう。
我慢して、陰茎を舐め、亀頭を舐め、口を開くよう告げられ、開いた途端に突き入れられた。
「シャワー無しでいきなりはさすがにきついか」
その様なセリフが敦の口から出たが、止める気配は無い。涙が滲む薄目を開けて、彼の様子を見ようとするが両手で頭を固定され、真由の力が及ばない状態で行為は進行されてしまっている。
「むっちゃ、気持ちいいわ。一回出させて」
固定された口に突き入れながら腰を使われる。初めての経験となるので、真由はコツがうまく掴めない。止めていた息は、途中から諦めて鼻で呼吸している。考えてみたら、敦は真由の股間に口や舌を使った奉仕をよくしてくれる。同じ事を自分が出来ない筈はない。
手を伸ばして自分が頬張っている陰茎に触る。敦のペニスが反応して体積が増えた。咥えている口が更につらくなったが、指をずらして、根元を撫で、陰嚢の表面をなぞる。
「うわ」
敦の驚いた声が聞こえたので、少し怯んだ。もしかしたらこの部分はあまり刺激しないほうがいいのだろうか。慌てて、その部分から手を離そうとしたら逆に片手で真由の手越しに握りこまれた。
「玉は優しくね。竿は強めでOK」
告げられた言葉に安心して、自分の手をそっと滑らせた。
「ん……マユ…上手いじゃん」
溜息の様な敦の喘ぎを聞いた時、上目遣いに見上げた彼女は無防備な敦の表情に驚いた。とても気持ち良さそうだ。嬉しくて、だるくなってきた口を励まして夢中で舐めた。
5.
「フェラの後に必死こいて俺の目の前でうがいする女って始めて見たわ」
「ごめんなさい……苦くて、変な味で……」
「まあ、本当の事だから責められないなー」
敦は台所の流しでコップ片手にうがいをするお嬢さんの背後から彼女の制服を脱がせながらクスクス笑っている。精液は飲み込まずに素早く敦にあてがわれたティッシューに吐き出したが、それでも喉の奥までこびりついた生臭さがなかなか取れない。真由はもう一度天井を見ながらガラガラとうがいを行って水を吐き出した。
「ところで、何故脱がせているのですか?」
コップを流しの脇に置いたタイミングでブラウスを肩から抜かれた真由は向き直って敦を睨みつけた。
「制服はなるべく皺にしたくないし。ここはホテルみたいにランドリーサービスないし」
「なるほど、敦さんの主張はよく理解致しました。それより、少し興奮も醒めましたのでお話を致しましょう」
目の前の敦は少し悲しそうに真由を眺めた。
「マユ、まだ満足してないでしょ? 労働しただけだし」
「敦さんの気持ち良さそうなお顔を堪能致しましたわ」
「やだっ! 恥ずかしい事、言わないでっ」
ふざけたようにお姉言葉を発言しながら、顔を覆う。両手で覆った表情はきっと舌を出している事だろう。真由は中途半端に脱がされた自分の衣服を眺めて、首を振った。敦は一時的に満足しているので、女の服を脱がせる熱意も中途半端なのだろう。
でも、制服を着たまま立ったり、座ったりすると確かに皺は寄る。真由は首を傾げて考えると、敦に向き直った。
「Tシャツ、お借りできますでしょうか?」
「ああ、いいよ。洗濯したばかりのものならその椅子の上に幾つかは畳まれてる。他は奥の部屋の押入れの中」
真由の考えを察した敦が返答すると、真由は椅子の上にある衣類の中から一つ手に取った。
「これをお借りいたします」
そのまま、着替えの為に浴室に入る。(裸なんて幾らでも見てるのに、何で隠れて着替えるのかね?)と思いながら敦は冷蔵庫の中からビールを取り出した。
「それで、結局、お母様とはどの様なお話をされたのですか?」
浴室から戻ってきた真由は非常に可愛かった。敦のTシャツは大きいので、太腿まですっぽりと隠れている。脱いだ制服は綺麗に整えられて、ハンガーに吊るされた。
「ママに聞いてないの?」
そう言いながら、敦は手招きで真由を呼び寄せると椅子に座っている自分の膝の上に抱き上げた。横抱きで身体を抱き締められた真由は居心地が良さそうに敦の首に片腕を廻した。
「私が聞いた話はお母様と敦さんが話し合ったという事。お母様は敦さんの事をお気に召したので、私の伴侶候補としてお認めになられたという事。細かい事は敦さんに尋ねる事、ぐらいですわ」
「俺に丸投げかよ? いい性格してんな、薫ちゃん」
「薫ちゃん?」
真由がくすっと笑った。
「ああ、薫さんでした。俺的には薫ちゃんも可愛いと思うけどね。ご本人の希望で薫さんと正面切っては呼ばさせて頂きます」
「あの母をファーストネームで気軽に呼ぶ事自体、凄いですわ。敦さん」
「まじ?」
「ええ、妙に気位が高いお姫様ですので、気に入らない人間に話しかけられたら返事さえしない時もございます」
敦は心の中で(女祐樹かよっ!?)と叫んだ。道理で吉川が会った事さえない薫の心理状態を読めたわけだ。自分に近いからわかりやすかったのかもしれない。勿論、この推論は吉川にも薫にも言える事ではない。言えば、両者ともに機嫌を損ねる事だろう。
「んじゃ、その話をするに先立って、まずは俺から話す事がある。聞いてくれる?」
「はい?」
真由は目を丸くして敦の顔を覗き込んだ。
「この体勢でよろしいですか?」
「いい、これがいい」
そう言いながら、敦の手は真由の身体を撫で回している。我ながら、とんだスケベ親父だ。
「薫さんと元治君には伝えているけど……俺はマユが欲しいんだ」
「ありがとうございます」
「言ってる意味、わかってる? 俺の女房にしたいんだよ」
「まあ!」
「……その驚きは何?」
急に黙り込んだ真由を覗き込みながら敦は少々焦った。誰に反対されても跳ねつける自信はある。但し、その当人を除いてだが……。
真由自身に拒否されたら、どうしようもない。もっと余裕を持って準備して、春になったらこの話をするつもりだったので、気の利いた贈り物さえもまだ手にしていない。
真由の両親にばれた事で動きが早くなった。全くの予定外なのだ。何もかも、前倒しで動かなくてはいけないのに、自分の準備も何も出来ていない。
「嫌だなんて言ったら、俺、まじで泣くぞ」
「ふふっ」
可笑しそうに真由が笑った。俯いているので表情はわからない。
「だから、買い物に行こうなんておっしゃっていたのですね? 敦さん、少々短絡すぎますわ」
「わりーか。予定通りに物事が運ばないんでちっと焦ってるんだよ」
不貞腐れた様に敦が嘯くと、真由が両腕を敦の首に廻して抱きついてきた。やはり表情は見えない。
「私で宜しいのですか? 敦さん」
「何言ってんの? 宜しいから、今、ここで狼狽えてるんだよ」
敦は自分にぎゅうぎゅうと抱きつく娘の豊かな黒髪を掴み、それをクルクル指に巻きつけながら口を尖らせる。
「マユが欲しい。財産狙いって思われたらムカつくから、元治君には娘と縁を切って、もう一子作れって言ったのに、あの夫婦はマユを諦める気は毛頭無いらしい」
「バカ……」
「あに?」
ムッとした敦を更にぎゅうぎゅうと締め付ける。
「苦しーぞ。俺を絞め殺すつもり?」
「……うれし……ぃ」
「は?」
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