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弐拾七 Credo(私は信じる)

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1.


 声が上擦った。何と応えていいのかわからない。話の流れから考えると、充分その可能性は予測できたが、それでも実際に耳にすると信じられない想いだ。気が利いたセリフも何も出てこない。敦の首っ玉にかじりついた状態で彼をぎゅうぎゅう締め上げながら、真由は途方にくれた。(どう致しましょう?)

「苦しーぞ。俺を絞め殺すつもり?」
「……うれし……ぃ」
「は?」

 漸く搾り出した言葉は不明瞭で、訝しげな敦の不機嫌な疑問形がそれに続いた。嬉しい、喜ばしい。こんなにはっきりと言って貰えるとは思ってもいなかった。敦が口にした「マユが欲しい」という言葉がこれ程までに自分の心に響くとは想像すらしていなかった。

「嬉しいです……」
「おお、よかった。拒否られたらどうしようって、まじ悩んだぞ」
 もう一度言葉を搾り出すと、漸く聞き取れた彼女の言葉に敦の安堵の声が上がった。その上で彼は真由の腕を掴み、自分から引き剥がそうと力を入れる。多分、彼女の顔を見たいのだろう。

「いや……」
「おい?」

 力を籠めて、更にかじりつく真由に戸惑った敦は動きを止めた。
「顔、見せたくございません」
「……何で?」
(だって……)
 真由は顔を顰めた。絶対に変な顔になってる。嬉しくて、泣きそうで、叫びたいのに上手く自分を表現できない。周りに誰もいない山の中なら、きっと叫びながら走り廻っている事だろう。はしたないなんて、考える余裕も無い。

「これじゃ、話になんねーじゃん」
 真由の気持ちを無視して、もう一度敦は彼女を引き剥がしに掛かった。
「駄目です。敦さん」
「うっせー。まともに説明もしないで、何が [駄目です] だ」
 両手首を握られ、あっさりと身体を引き離された。困って俯いた真由の表情がやはり見えにくいらしく、敦は彼女の両手首を真由の身体の後ろに片手でまとめると、自由になった片手で彼女の顎を掴んで仰向けた。
「俺を見ろ」
 真由の怯えた眼差しを覗き込みながらニヤついている。彼女の気持ちは察しているだろうに無理強いするその意地の悪さに真由は唇を噛んだ。
「意地悪です」
「そんな事ない。でも……」
 自分を睨む娘の戦慄く唇に自分のそれを押し当てながら囁いた。
「マユには意地悪したくなる。なんでかな?」
「そんなの存じません」
 悔しそうに低い声で応じる娘の恨めしげな目付きを面白そうに眺めると、敦は話を続けた。

「……んでさ、話は戻るけど、俺がマユを女房にしたい件は了解したね?」
「え? あ、はい」
 答えながら、真由は少し戸惑った。どうやら、話はここが終着点ではなく、出発点らしい。
「それをベースに話を進ませてもらうね」
「おっしゃっている意味がよく理解できかねますが、どうぞ」
「んっとね。俺は友人とある約束を交わしている。でも、それは具体的な約束ではない」

 真由はハッとした様に敦を見つめた。敦は少し黙って真由を眺めている。どういう風に切り出したらいいのか、思いあぐねている風情だった。

「具体的な約束ではないけど、将来そいつに呼ばれたら、俺は引き止めようとするもの全てを振り払うと思う。そいつの求めに応じる為に」
「なぜですか? その方に恩でも?」
「恩? まさか。まあ、面白い男でね。あいつが何かする時には絶対にその遊びに参加したいと昔から決めてたんだ」

(この男は何を言おうとしてるのだろう?)
 真由の見開いた目が敦を凝視している。

「だから、それに備えて出来るだけ身軽にしておこうといつも努めている」
「敦さん」
 真由は喉を鳴らした。訊きたくない。でも訊かなければいけない質問が喉元までせり上がって来ている。
「私が引き止めたら、私を捨てますか?」
「ズバリと核心をついてくるなー。さすが、マユ」
 破顔した敦は即答せずに真由の頬に手を伸ばした。

 思わずその手を振り払った。パチンと予想以上に高い音が響いたが、真由はそれに頓着せずに返答を待つ。慰めも、ごまかしも要らない。今は彼の真実の答えが欲しい。

 叩かれた自分の手に視線を投げて苦笑した男は残酷な回答をあっさりと告げた。
「多分そうする」
「っ……」
 悲痛な表情を作った真由は彼の膝から滑り降りようとして、抱き止められた。
「放して下さい!」
「駄目、放したら逃げるだろ?」
「酷いです。敦さん」
 怒りと悲しみが交互に自分の心を襲う。
「何で私を叩き落すのですか? それなら最初から喜ばせないで……ください。こん……」
 抑え様としても漏れ出てくる嗚咽の為に言葉が上手く出てこない。自分を抱きこんでいる腕のびくともしない張りを見ながら、喉をふるわせる。
「……こんなに、……」
「マユ、聞け」
「酷いです!」
 喉が詰まる。甲高くなった悲鳴の様な言葉を敦に叩きつけると、彼はあやす様に真由の背中を叩く。子供扱いされた気分で怒りが真由の心を支配した。彼の腕から逃げようと力を籠めたが叶わない。捨てるなら、今捨ててくれ。何で今更自分を拘束する?
「放して下さい!」
「おわっ!」
 動けない為にヒステリックになった真由は爪を彼の背中に立てた。バリバリッとTシャツの上から掻き毟られ、驚いた敦の力が少し緩む。痛みより布地に引っ掛けた真由の爪が傷つく事を心配したせいだ。結果として、真由は転がる様に彼の拘束から逃れられた。
「おっと」
 しかし、床の上に転がった彼女は立ち上がる前に、もう一度捕まった。両手首を掴まれて、床に押し付けられた真由は自分の身体の上に跨った男を睨みつけた。
「驚いたなー。マユ、人の話を聞けって。引き止めたらって条件つけられたら、ああいうしかないじゃん。引き止めなければいいだけの話だよ」
「何をおっしゃって……」
「一緒についてくればいい……ってか、無理にでも連れて行く」
 動かない彼女を確認すると、手の束縛を外して敦は上半身を起こした。見開いた目が彼の動きを追ってくる。その彼女の顔にティッシューが数枚落ちてくる。真由は慌ててそれを受け止め、敦のジェスチャーに従ってそれで鼻をかむ。

「だから、俺はマユだけが欲しいんだ。お前に付随している一切のしがらみは捨てられるなら捨ててくれって……これが俺がマユに言いたかった事。ま、お前のパパとママは首を縦に振らなかったけどね」
「敦さん……」
 真由は毒気を抜かれ、力が抜けた様な呆然とした表情で呟いた。その彼女に身振りでもっとティッシューが欲しいか訊く男に彼女は頭を横に振る。
「乱暴すぎます」
「嫌?」
 敦の手の指先がそっと動く。動いて真由の頬や首筋をなぞっていく。ゆっくりといやらしく、刺激的に触れてくる。
「嫌?」
 もう一度訊かれて、真由は力なく目を伏せる。敦の唇が真由の耳朶を捕らえる直前だったので、呟きははっきりと彼女の耳に入ってきた。舌と前歯で愛撫された耳と首筋の表面が泡立ちそうだ。
「この様な訊き方は……卑怯ですわ……」
「そりゃ、俺としては肯定的な返事が欲しいからね。効果がありそうな事は片っ端から試すよ」
 低い声が三度みたび真由の耳に注ぎ込まれる。
「い・や?」
 これ以上は抗えなかった。真由は少し悔しそうに敦に白旗を振った。

「……嫌じゃ……ございません」

2.


「よかった」
 明らかにホッとした表情で敦は笑った。
「おーよかった、よかった。んでさ、俺の希望はそんなかんじだったんだけど、薫ちゃん曰く、それは困るってね。うっせーのなんのって」
「そうですわ。お母様とどの様なお話をされたのですか?」
 今更だけど、慌てて真由は問いただした。

「とりあえず、婿養子はどうだって言うから、わかんねーって答えた」
「……お母様……」
 あまりにもアバウトな提案にアバウトな返答の応酬で真由は固まった。
「確実に出来る事しか返答できないし、真由とも話していない事を俺が勝手に決めて答えられないっしょ?」
「確かにそうですわね……」
「大体の薫ちゃんとの会話をダイジェスト版にて報告するから、質問は後で……ね?」
「はい……」
 コホンと咳をした敦は自分の記憶を探りつつ話し始めた。


「マユが高校卒業するまでは避妊に気をつける事。出来れば、出来ちゃった婚などはみっともないので避けたいってさ。それに孕んだ女の制服姿って哀れだしな。俺もそれには同意した」
「なっ! 一体、な……」
「質問は後。開放的な母ちゃんで助かるわ。これ、元治君が同席してたら面倒くさかったかもね」
 敦は好色そうな笑いを浮かべて、話を続けた。
「次に必ず本人が希望するだけ就学させる事。俺の都合で学校止めさせたりしたら殺すぞとの事。まあ、俺も同意した。……それとさ」
 敦はニヤニヤしながら言葉を続けた。
「気がはえーから、まあ、ちょっとだけ吹いちゃったわ。子供が出来たら、最低1人は薫ちゃん達が命名したいってさ。それと、1人確実に山辺の跡継ぎに欲しいって言ってた。俺は前向きに検討するけど、マユの希望を優先させると伝えた。何せ産むのは俺じゃないしね」

 まるで犬猫のやり取りの様なノリに真由は呆れかえった。もはや自分とは価値観が全く違う次元で展開されつつある話の内容には驚きを通り越して怒りさえも感じる。
「私が与り知らぬところで、よくまあ勝手に話を進めましたわね」
「言い訳させてもらうと、勝手に話を進めたのは薫ちゃんだよ。俺はマユさえ貰えれば、他はどうでもいいし」
「そうですか?」
「文句は薫ちゃんにね。んじゃ、先を続けまーす」
 目を据わらせた真由の了解を得た上で敦は話を続けた。

「あ、そうだ。俺が婿として家業を継いでくれないのなら、マユに任せるって言ってた。元治君の銀行とは別にマユの家って何かやってんの?」
「所有している土地屋敷の管理の事だと思います。全て把握した上で、運営させないといけませんので……」
「なるほど、大変だね。ええと、次いくね。マユが18歳を迎えたら、表に出すって言ってた。社交界デビュー? 下々には窺い知れない世界だね。慣れなくても、俺が時にはちゃんとエスコートしろってさ。これって、俺に望むのはきつくねー? 庶民な俺は作法も何も知らんからな。身内で適役居ないの?」

 真由は敦を見上げた。彼女は本日始めて、母親に感謝したい気分になった。敦に礼装させたり、連れ回せるなんて、想像しただけで興奮しそうだ。裸でも美しいこの男の身体には、結構色々な服が似合いそうだ。
「その様な仰々しいものではございません。大人のお付き合いに少し顔を出す程度と存じます。どちらにしろ、私を女房にしてくださるのでしたら、敦さんは私の夫、または籍を入れる前は婚約者という事になります。相手が決まっているのでしたら、当然その殿方がエスコートするのが筋というものであると存じますが?」
「ちっ。面倒だな、おい。薫ちゃんにも同じ事言ってごねたけど、マユと全く同じ事、返されちゃったよ」
 母親相手に通用しなかった文句を自分相手にもう一度突きつけるなんて、随分と幼稚な真似をするものだ。真由は少々呆れて敦を眺めた。
「敦さん?」
「何?」
「お洋服、作りましょう。そこまで言うなら、スポンサーはお母様で決定ですわ」
「マユ、気が早い……」
「いつ生まれるかどうかもわからない幼子の話よりは、よほど身近な話です。ご安心ください。ヨーロッパでもないので、正式な社交ダンスは無理に覚える必要はございませんわ」
「ダンス? キモッ」
 気味悪げな敦の声を耳にしながら、真由は首を傾げた。
「それに親類縁者の中で年が近くて1人身の男性は殆どが遠い地域に散らばっております。近場に1人居る事はいますが……」
「あ?」
 不機嫌そうな声に驚いて視線を向けると、敦が低い声で唸っている。
「あいつか」
「敦さん?」
「マユを襲った奴ね」
 そういえば、敦は非常に勘がいい男だった。真由は心持ち蒼褪めて、男のこめかみに浮かび上がった青筋を恐々と盗み見た。一瞬の間だけ、冷気を纏った男は真由と目が合うと気を取り直した様にニコッと笑った。
「じゃ、やっぱ自分で頑張るしかないか」
「そうですわ。お願い致します」
 真由は少しホッとしながらも相槌を打った。栄治にはなるべく会わせない様にした方が良さそうだ。

3.


「ところでお話は大体終わりましたでしょうか?」
「んー、大体こんなもんだったかな?」
 敦は宙を見ながら薫との会話を反芻している。
「他にもちょこちょことあったけど、それは思い出したら又話す。ああ、犬と遊んでいいってお墨付き貰ったぞ」
 自分に都合よく脚色した内容を告げながら、敦は自分の身体の下にある真由の身体を引き起こした。
「こんな硬いキッチンの床じゃなくて、布団の方にいこーぜ」
「そうですわね。では、先程の報告に関して若干の質問がございますので、そちらで」
 立ち上がって奥の部屋に2人で足を踏み入れると、畳まれた状態で無茶苦茶に寝潰された布団がだらしなく横たわっていた。先程、ここで展開された行為を思い出し、真由は少し苦い表情になる。味でも思い出したのだろうか?

 敦はちょいちょいとその乱れた布団を畳みなおして、その上に座る。
「おいで」
 真由の腕を引き、自分の胸に抱きこむと彼女の顔を覗き込み微笑する。暖かくて、くすぐったい。なぜこの様な他愛も無い事が嬉しいのか真由はわからない。
「んで? 質問どうぞ」
「はい、敦さんは私にプロポーズして下さるのですか? 正式な婚約は?」
「あー……」
 敦は困った様に額に手をやった。まだ高校生なのに真由の方がよほど現実的だ。
「どちらもするつもりはあるけれど、順序が逆になった。いきなりの展開でごめん」
 真由の頬に口付けながら謝罪する。
「そのお言葉だけで今は充分ですわ。それより」
 真由は少し顔を顰めながら言葉を続けた。
「子供云々のお話が気になりますわ。家業は私に任せると言いながらも、跡継ぎを欲しがる意味がわかりかねます」
「そりゃ、自分勝手に好き勝手やる亭主持ちの女に安心できねーんじゃない? 俺がどっかに行ったら、後を追いかけて飛び出しかねない娘の性格把握してるせい?」
 真由は黙り込んだ。この男も結構自分を見ているのだと不思議な気分になる。一見、常識を重んじ、優等生タイプな真由だが、実は猪突猛進で直情的なところがある。それが原因で学校で教師とやりあう時もある位だ。優等生にしては珍しく、教師とぶつかる事を厭わないので、一部の教師には少々煙たがられている。
 
「まあ、一種の保険だ。じじばば特有の粘着質なね」
 彼の身も蓋も無い率直なコメントに思わず苦笑した。
「その言い方は少々意地が悪いですわよ」
「いいじゃん、真理だよ」
「……」
 真由の頬や耳や首筋に唇を這わせている男の顔を手で押さえて遠ざけると、真由は振り向いて正面から彼の唇に自分の唇を合わせて小首を傾げた。
「私達の交際には障害が無いのですね?」
「あった方がいいの?」
「いえ、無いに越したことは無いですわ。でも、不思議です。こんなにすんなり行くとは思ってもいませんでした」
「うん、俺も不思議」
「そもそも扱い辛い敦さんを気に入るところが不思議です。敦さん、何か黒魔術でもかけられましたか?」
 珍しい真由の冗談に敦が嬉しそうに微笑んだ。
「何、面白い事言ってんの?」
「何も面白くございませんわ」
「面白いよ」
 何か悪戯でも思いついた様な顔つきで、自分を見つめる敦に真由はギクリとした。敦の手がTシャツの裾から彼女の脇腹に伸びてくる。まさか、まさかと思っていたら、目の前の敦が思わせぶりに笑った。


「いやーっ! やめて、やめてっ」
 いきなりくすぐり始めた手に驚いた真由の悲鳴が響く。暴れようとする身体は敦の身体で押さえ込まれている。
「やめ、やめて、ふふ……や、やめ」
「マユってくすぐったがり? 以前くすぐった時はここまで反応しなかったよね? ナイス発見だわ」
「やめ! あつ…あ、んっく……」
「……降参?」
 涙目で睨もうとするが、眉が八の字では凄みが無い。脇腹をくすぐる手にあっさりと屈した真由は必死になって頷いた。
「簡単すぎて面白くない勝利」
 平然と酷いコメントを漏らしながらも、動きを止める。そして、今まで真由の脇腹をくすぐっていた手を再度動かし始めた。慌てた様に視線を上げた真由を抱え込みながら敦は人が悪い笑みを浮かべる。
「大人しくしてな」
 脇腹から動いた掌がそっと身体の中心に滑り込んでくる。
「あ、敦さ……」
 下着の上から股間を這い回る指が閉じられた中心線に沿って下りていく。
「やめ」
「感じる?」
 布地の上から探り当てられた突起をやんわりと押される。押され、摘まれ、息を呑む彼女に意地悪く囁く。
「触りにくい。足開こ?」

 真由が纏っているTシャツを両手を使って頭から抜くと短く口笛を吹いた。
「エロいね、視覚的に」
 華奢な肩先も現れた白い乳房もみるみる落ちてきた艶やかな黒髪に覆われていく。その様子を眺めていた敦はその髪をそっと彼女の背中に追いやると膨らみの頂きに唇を這わせる。
「あ、……はっ……ん」
 カリリと前歯に捕らわれた刺激に真由が呻くと、それに合わせた様に真由のショーツが脚から抜かれた。
「勃ってる。……ってか、着替えの時にブラもキャミも脱いでしまうってどーよ? 脱がす手間が減ったけど、脱がす楽しみは奪われたわ」
「んっ……」
 嬲られて唾液に濡れた乳首を指で弾かれ、真由は小さな呻きを上げる。恨めしそうに敦を見上げようとしたが、それは叶わなかった。身体の中心に添えられた彼の指が明確な意図と共にそっと秘芽に触れ、その中途半端な快感に真由は喘がされた。
「や……ぁ、敦さ……」
「もっと広げな」

 夕方になり、急速に暗くなり始めた部屋の中で敦の目が暗い光を湛えて真由を見ている。
「殆ど弄らなくてもいけそ」
 真由が広げた脚を更に強引に押し広げながら、人差し指を手慰みの様に挿し込んでくる。
「ほら、指一本じゃ何も感じない?」
 突き入れた指を中でグルリと動かした。硬い指先は想像より深い箇所を刺激する。目の前に居る敦の表情と行為に煽られて、真由は息も止まりそうだ。
「あっ」
 堪えきれずに呻いた真由が腕を伸ばして敦の首に縋りついた。ドキドキしている心臓の音が煩いほどだ。指以外の物も欲しくて、もどかしそうに彼女は希望を口にする。
「指ではなく、敦さんのをいただけますか?」
「俺の何?」
「敦さんの……」
 困った様に赤面した真由を眺めながら、可笑しそうに笑った男は「言わなくていいよ」と言いながら口付ける。
「言葉の上での羞恥プレイは趣味じゃない」
 そう言いながら、両手で自分のジーンズを寛げる。
「敦さん、そのままでも大丈夫です」
「は?」
 近くに置かれている箱に手を伸ばそうとしていた敦は不思議そうに自分の首に縋りついている真由の後頭部を見やった。真由は赤面する顔を逸らしながら、口早に告げる。
「基礎体温を測っております。本日は安全かと」
「ほー」
 敦は面白そうに微笑んだ。
「勉強熱心だな、マユは。でも、わりーけどゴムは付けるよ」
「信じてくださらない?」
「信じる、信じないの問題じゃない」
 敦はニヤニヤしながら、破ったビニールパッケージを寝具の近くに投げた。
「けじめだよ」
「でも……!」
 彼の両腕で膝裏ごと抱え上げられた真由は器用に入り込んできた指とは違う存在感に驚き、声にならない嬌声を発した。

「はい、その話題は終わり。集中しましょー」
 埋めた楔は遠慮会釈なく奥まで伸びてくる。
「頻繁に突っ込んでる割りに、きっつ……」
 独り言の様なコメントを聞きながら、微かな痛みとそれを凌駕す快感に真由は吐息をついた。その彼女の尻を掬うように持ち上げると、敦は繋がったまま自分の上に彼女を落とした。
「んっ! 敦さ……!」
 自分の体重と下からの突き上げに深く貫かれた真由が身体を震わせた。
「あれ? いった? 早くね?」
 一気に弛緩して倒れこんでくる真由を見上げ、不満そうに呟いた敦は真由の腰を抱きながら彼女を押し倒した。
「あつ……し……さん?」
 覆いかぶさってくる男はニヤニヤしながら囁いた。
「俺、まだいってない。お付き合いよろしく」
「お手柔らかにお願いします」
 目を半眼にして微笑むと、敦は嬉しそうに笑い返した。

4.


 その夜、ファミレスに寄り軽い夕食を口にすると、敦は真由を家まで送った。
「結局は私を帰してしまうのですね。朝までご一緒出来るかと期待してましたのに」
「おいおい、まだ週の半ばだよ。明日も学校あるでしょ?」
 山辺邸の勝手口の外で真由の身体を抱き締めながら、その瞼に口付ける。
「ちゃんと宿題してよく寝な」
「我が家に寄って下さらない?」
「止めとく、ワンコとご両親に宜しく」
 肩を竦めながら彼は愛車に跨った。
「敦さん」
「ん?」
 エンジンを掛け、彼は真由を振り向いた。
「何?」
 真由は目を細めながら、敦の顔をにこやかに見つめた。
「例のお友達には紹介して下さるのですよね?」
「は?」
 珍しくも狼狽える敦の表情に思わずプッと吹き出した。「楽しみにお待ちしておりますわ」と言葉を続けると、彼は仏頂面になった。いつかの夜、岸本絡みで電話をしてきた人物に違いない。敦にこの様な表情をさせる相手には是非お目にかかりたいものだ。

「機会があればね」
 敦は低く呟くと、バイクの傍らに歩み寄ってきた真由の頬を軽く撫でて動き出した。
「ごきげんよう。お気をつけて」
 真由の言葉に軽く手を上げて、短く振った。その後姿を見送りながら、真由はかつてない喜びと置いていかれる悲しみを同時に感じる。


 我は信ず、唯一の神、全能の父、天と地、見ゆる物
 見えざる物全ての造り主を。


 以前は信じていた祈りの言葉。今は信じられない筈なのに、思い浮かべると心の平穏を感じる。

 もし、そこに貴方がいらっしゃるのなら、全能の父よ。この世にあの人を造りだしていただいた事を真摯に、そして私の全霊を掛けて感謝致します。


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