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第二章 社長生活の開始

瀬戸涼子の秘密

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「あなたとお母様を捨てたお父様を、憎んだ事はなかったんですか?」
「何で親父がいないんだろう、って思った事はあります」
嘘じゃない。
親父が憎いと思ったことはなかった。
憎もうにも、その対象がいなかったのだから、憎み方がわからなかったのかもしれない。

瀬戸涼子がコンビニで働いていたオレの前に突然現れ、親父の話をした時に。
突発的な怒りを感じた事はあった。
ただ、それはそれだった。
オレは、親父を恨みながら生きて来たワケではない。
それは真実だった。

「まあ、キャッチボールやケンカの仕方を教わる相手がいなかったのは、寂しいと思った時もありましたけどね。おふくろが・・・必要以上の愛を注いで育ててくれましたから」
「素敵なお母様だったんですね」
「はい」
そうしたら、瀬戸涼子は黙ってしまった。
酔いがまわったのだろうか?
「どうかしましたか?」
「いえ・・・別に」
「オレ、何か気に障る事を言っちゃいましたか?」
「そんな事はありません」

美味い酒と美味い肉。
満腹だった。
なのに何故、心がぽっかりしているんだろう。

「涼子さん」
「はい」
「何か悩みがあるなら言って下さい。オレに出来る事なら、何でもしますから」
「悩みと言う程の事では」
「ほら、何かあるんじゃないですか」
「・・・・・」
「話して下さい」

瀬戸涼子は、コーヒーをすすってから、話し始めた。

「輝星さん・・・私は、ベガを護りたいんです。その為には、輝星さんに立派な社長になってもらわなくてはいけません。嫌な事、厳しい事も言うかも知れませんが、どうか許して下さい」
「そんなの気にしないで、どんどんアドバイスして下さい。オレだって、立派な社長になりたいと思っているんです」
「・・・ありがとうございます」
「どうしてそんなに、会社の為を思ってくれるんですか?あなたなら・・・もっといい条件で、もっと大きな会社で働く事も出来るんじゃないですか?」
「それは・・・」
「はい」
「ベガが、お父様が作った会社だからです」
「涼子さん・・・」

(もしかして、親父の事が好きなんですか?)

オレは、その質問をデザートと一緒に飲み込んだ。
そこはまだ、踏み入っちゃいけない領域だと、オレの直感が言っていた。

「親父には、感謝しています」

話を逸らすように、オレは続けた。

「コンビニでくすぶっていたオレに、親父はでかいチャンスをくれた・・・オレは親父以上の社長になってみせます。ベガを、今よりもっと大きくしてみせます」
「ありがとうございます」
「何で涼子さんが御礼を言うんですか」
「嬉しいからです」

微笑んだ彼女は、初めて会った時以上に美しかった。

立派な社長になって、ベガを大きくする。
オレには、下心があった。
そうすれば、瀬戸涼子がオレの事を好きになってくれるかもしれないと思っていたからだ。

オレのモチベーションは、アガりまくっていた。
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