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第二章 社長生活の開始

立派な声優というものは

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「とにかく、一人前の、立派な声優になりたいと、そうは思わないかい?」

オレはねむに言った。

「だから、そういうの、わかんないんです」

ねむは言った。

「立派な声優って、どういう事ですか?」

オレははっとした。
金を稼げれば、立派な声優なのか。
それとも、有名になる事が立派な声優なのか。
もしかしたら、代表作を持つ事が、立派な声優の条件なのかもしれない。

演技が上手い事。
これもまた立派な声優の条件だろう。

ねむを立派な声優にする為には、オレの中でまず立派な声優の定義を持たなければいけない。

「ありがとう」

オレはねむにお礼を言った。

「大事な事に気付かせてもらったよ」

学ばなければいけない事が山ほどある。
そう思うと、ワクワクして来た。
何をどこで学べるのか、全くわからなかったが。
何をやらなければいけないか、はっきりした気がする。
その先に、経営方針・・・オレの創る会社像が見えた。

「何かよくわからないんですけど・・・とりあえず私はどうすればいいんですか?」
「ねむちゃんはさ・・・自分に何が足りないと思うの?」
「さあ・・・」

ねむは少し考えて答えた。

「やる気、ですかねぇ?」

わかっているじゃないか。

「もうちょっとやる気、出してみようか。とりあえず遅刻はしない。仕事は精一杯やる。そして、小沢さんの言う事をちゃんと聞く」
「そうすると、何かいいことがあるんですかぁ?」
「とにかく騙されたと思って、一生懸命になってみなよ。一生懸命やれば、」

オレは思いついて、咄嗟に親父のノートを開いた。
そこには、「武器を持て」と書かれていた。

「一生懸命やれば、【自分の武器】が何だかわかるようになるから。武器がわかれば、戦い方も決まって来る」
「そういうものですかぁ?」
「そういうものだよ」
「わかりましたぁ・・・一生懸命やってみます」

それで、ねむとの面談は終わった。
友達との約束があるとかで、ねむは早々に喫茶店から去って行った。

意外だったのは、それからねむが本当に一生懸命仕事をするようになった事だ。
積極的にオーディションを受け、レギュラーの仕事を二つ増やした。

「社長、どんなマジックを使ったんですか?」

小沢が嬉しそうに尋ねて来た。

「多分、彼女は、方向性が欲しかったんじゃないのかな。具体的に、これからどうすればいいのか」
「目標を持たせる事に成功したって事ですか?」
「そんな具体的じゃないけど・・・彼女は彼女で悩んでいたんだと思うよ。これからも、話を聞いてやって下さい」
「わかりました」

ねむとの仕事がやりやすくなり、小沢の好感度も上がったのではないだろうか。
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