上 下
375 / 827
第五部:魔力井戸と水路

樹上の里

しおりを挟む

パリモさんに誘導され、森を歩いて抜けてきた俺たちが里に到着すると、さっとキャランさんが樹上から降りてきた。

「皆様、お越し頂きありがとうございます。ここがエンジュの森に住む私らコリガン族の里でございます。形ばかりのおもてなししか出来ませぬが、ご出発までお寛ぎ頂ければ恐悦至極に存じます」

ここは『エンジュの森』って言うのか。
まあでも、ミルシュラント公国発行の地図には載っていなさそうな名前だな。

「凄いですね。家が全部木の上なんですか」

「はい、私らコリガンはごらんのように身体が小さく、軽く、とても敏捷に動けます。また、みな生まれつき重さを操る魔法を身に着けておりますので、仮に高所から墜ちても怪我は致しません」
「ほー」
「じゃあコリガン族は身体を軽くして飛べるのかい?」

「いえ、重さを操ると言っても、物が地面に落ちる速度を操るというか、触れている物を持ち上げるのに必要な力を軽くすると言うか...自分で有れなんで有れ、空に浮かすすべは持っておりません。無論、持ち上げられる重さにも限度がございます」

「それでも凄いですよ。そういう技があるんだったら、デカい獲物でも木の上まで持ち上げられますね」
「はい。私らコリガン族は狩人に適した種族。先祖から受け継いだこの森は豊かで、まこと私らの暮らしのいしづえにございます」
「そうでしたか。ミルシュラント公国の地図を見ても、この辺りは北部山岳地方の一帯という感じで表記されているだけで、道も集落も描かれていないので知りませんでした」

「ここは古い森ですので樹も大きく、村を作るには絶好の場所にございますが、滅多に他の人族が踏み込んで参りませんので、あまり存在が知られていないのかと思います」

そう言うとキャランさんは立ち止まって、頭上の茂みを指差した。

「皆様にお過ごし頂ける場所をあそこに用意してございます。右手の縄ばしごを伝って登っていく事も出来ますし、ご面倒であれば私どもが皆様をお一人ずつ運び上げますが、如何致しましょう?」

見上げると頭上に暗く生い茂る木の枝には、板張りの床らしいものや柱っぽいものが複雑に絡み合っていた。
大きく枝を広げた大木と大木の間に梁を渡して部屋を造ってあるような雰囲気だ。
なるほど、種族の固有魔法で俺たちの体重を軽く出来るから、あそこまでおんぶでもして運べると言う事か・・・必要無いけど。

「いや大丈夫ですよ。自分で上がれます」
「だな」
言うが早いか、アプレイスは地面を蹴って、さっと樹上に飛び上がった。
人の姿のままでも、ある程度は飛べるものらしい。

もちろんシンシアに縄ばしごを使わせる気は無いので、こっちもジャンプだな。
俺も昔に較べればさすがに魔力量が増えているし、ダンガたちの頭を踏み台にして島までジャンプしていた頃とは違うのだよ!

「シンシア、ちょっと抱き上げるぞ」
「はい御兄様」

シンシアを横抱きにして一気にジャンプする。
上がってみると生い茂った枝の脇には外廊下のような張り出しがあって、そこに扉が付いてた。
先に上がっていたアプレイスが扉を開けて支えてくれたので、足下の不安定なところでシンシアを降ろすのは止めて、抱えたまま室内に入る。

正直、狩猟小屋的な狭い場所を想像していたのだけど、室内は思いのほか広く、そして綺麗だ。
地面から見上げた時に判別が付いた床部分は、全体の中で、ほんの一部だったらしい。
俺たちが部屋に入るとキャランさんとパリモさんも続けて上がって来る。

「こちらの部屋と隣の続きをご自由にお使い下さい。外廊下からは他の木々へと渡りが繋がっておりますので、足下にご注意頂ければ里中を歩いて回る事も出来ます」

その声に、窓際に寄って興味深そうに周囲を眺めていたシンシアが振り返った。
「里全体の家々が、樹上で繋がっているんですね!」
好奇心に駆られている時のキラキラした表情だ。
すでに森はかなり暗くなり、目に入るのが月明かりに浮かび上がる樹上のシルエットと家々の灯火だけなので、むしろ幻想的という雰囲気になっているせいもあるだろう。

「左様でございます。私らコリガン族は俊敏ではありますが強い力には欠けておりますので、魔獣などに不意を突かれると危険な事もございます。こうして日常を木の上で過ごし、寝ている最中にも危険な目に遭わないようにすることが、先祖伝来の暮らし方でございます」

「賢明な方法ですよね御兄様。子供や老人も安心して過ごせますし...他の種族には真似の出来ない手段ですけど」
「それでこその、コリガン族ならではの保身術と言えましょう」
「たしかに」
「後ほど湯を運ばせましょう。ご入り用のものがあれば何なりとお申し付け下さい。この里にあるものでしたらすぐにお持ち致します」
「大丈夫ですよ、お構いなく」

決して貧しい里には見えないけれど、それでも俺とシンシアの『収納空間』に収めてある物資の方が遙かに多くてバラエティに富んでいる気がするからね。

++++++++++

男女の里長さとおささんが辞去した後、三人で相談の続きに映った。

「そう言えば、この『エンジュの森』だっけ? 地図上ではどの辺りなんだろうな?」

革袋からジュリアス卿に貰った地図を取りだして広げてみる。
シンシアは掌の上に方位を見る魔法陣を浮かべてしばらく地図と交互ににらめっこしてから、地図上の一カ所を指差した。

「恐らく、このエンジュの森があるのはこの附近だと思います」

シンシアが指差したのは北部大山脈とその南側の小さな山脈の表記に挟まれた場所で、公国全体の地図で見ると僅かな範囲に過ぎない。

「ドルトーヘンからの街道筋とは、この南側の山脈で遮られてる感じか。山を越える道も書かれてないし、人族の街との交易は無さそうだな」

「南は地図で見ると小さな山脈に思えますけど、アプレイスさんの背中の上から見た時には結構な高さのある険しい山々でしたから、例え狩人でも、あの山脈を越えてまでやってこないでしょうね」

「ほとんど知られてない土地か...そう考えると、ウェインスさんが越えてきた東の森って凄いよな?」

もう一人のドラゴン・・・今はそれがエスメトリスだったと分かっているけど、もしもアプレイスでは無くエスメトリスに会いに行こうとしていたら、ウェインスさんが抜けてきた大森林を通って行かざるをえなかったはずだ。

そっちも地図上にはのっぺりした緑色に塗られた『森林地帯』という記述があるだけで、街や村の類いは何一つ描かれてない。
アルファニアとの国境を示す赤い線が端の方を南北に通り抜けているが、それすらも正確な位置を示しているかは、はなはだ怪しいな。

「どこも地図上にもロクな記載が無いし、大山脈間際の広大な森林地帯はほとんど人が住んでないって事だろう。むしろドルトーヘンからレンツの一帯は、大昔の山越えする街道が有ったお陰で人が住み着いたって言う特殊な例かもな」

「そうですね。北部地方の山際は森が深い上に地形も険しく、開拓という意味では手が付けられていないそうです。ただし全く無人の荒野という訳では無く、ここのコリガン族のように公国の枠組みにとらわれない部族のいくつかが、森林の中に集落を築いて暮らしているそうですが」

「それって、土地としてはミルシュラント公国の領内だけど、そこに暮らしている人々は国民として数えられてない、的な?」
「そうです御兄様。ミルシュラント公国成立前からその地域で暮らしている単独種族の集落は徴税対象にならず、自治も認められています。きっと、ここもそう言う集落なのだと思います」

「じゃあ外部との交流が無くても不思議じゃ無いか...」

「全くない訳では無く、他の街や村に商いに出たりしている者もいると言う事でしたけど。ただ、どこも集落自体には外部から来た者や違う種族の者が住んでおらず、孤立して暮らしているらしいですね」

なるほど、ミルシュラントでは先住部族の権利は守られていると。

シンシアの話を聞いて思いだしたのが『東方諸族』の話だ。
俺も行った事は無いけれど、ボルドラスから先の東に続く大荒野には大雑把に東方諸族と呼ばれる多種多様な人達が住んでいて、国家を形成する事無く、いまでも部族毎に固まって暮らしていると聞いている。
赤茶けた大地や砂漠が続く荒れ果てた土地で、何処の国もわざわざそちらに勢力を伸ばそうとはしないから、結果として古くからその土地で暮らしてきた部族だけが、誰にも干渉されずに今も細々と生きているという話だ。

この森林地帯の中も似たような状況なのかな?

「まあ、この集落を見る限り納得できるよ。実際に俺もコリガン族の姿を見たのは初めてだったし」
「ドワーフ族とかと違ってコリガン族は、ほとんど他民族と交流の無い少数種族っていう話でしたものね。私も初めての出会いですけど、本で読んだ通りの姿だったので、逆にビックリしました」

「だよなあ。見た目と話し方のギャップが激しいよ」

しかも自分の気配をほとんど消す事が出来て、森の中をムササビのように飛び回るとなれば、こちらが探しに来たって出会えない。
一見すると子供の姿で、『目の前にいても存在に気が付かない』のだから、ある種の幻の種族のように言われているのも無理はないだろう。

これでコリガン族の長老みたいな人に賢者姿をさせれば、見た目だけは少年アスワンの出来上がりだな!
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

フェイタリズム

青春 / 連載中 24h.ポイント:427pt お気に入り:1

ここは猫町3番地の2 ~限りなく怪しい客~

ミステリー / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:36

キューピッド様

ホラー / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:1

いずれ最強の錬金術師?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,909pt お気に入り:35,380

CINDERELLA

恋愛 / 完結 24h.ポイント:319pt お気に入り:9

愛される呪いを持ってます。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:205pt お気に入り:3

安楽椅子から立ち上がれ

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:0

ハーレムから逃げられた男

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,386pt お気に入り:116

処理中です...