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聖女暗殺編
第55話 扇動者
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街はいつもと比べ、賑やかさを失っていた。
原因は明らか、先日の始まりの獣の襲撃によるものだろう。
宿屋とは反対の方向だったのだが、広い王都とは言え、こちら側までその影響は出てきていた。
何より、多くの人の命が一瞬にして奪われたのが大きいだろう。
ここ数百年に渡って侵攻をしてこなかった魔王軍。
それが今になって急に、まるで勇者召喚のタイミングを待っていたかのように攻撃を行った。
目的は何なのか。
魔王の行動理念は殺戮などではなく、女神を殺すことなのではないか。
そう思って仕方がない。
タクトの発言からもそうだ。
決して人々と戦うことを望んでいるわけではなく、女神を殺したいと。女神から人々を開放するのが目的なのではないだろうか。
推測の域を出ないことは確かだが、タクトの様子から、それもあり得るだろうと思っていた。
───それなら、俺が魔王に敵対する意味はないんじゃないか?
むしろ、味方として動いても良いような気さえする。
今考えてもしょうがないのだが。
俺が今向かっているのは破壊された街の方だ。
何があるとかではなく、様子を見ておこうという魂胆である。
道行く人々の顔は、暗い。
そりゃ、そうだ。
いつまでも続くと思っていた平和が、一瞬にして崩された。
そのショックの大きさは──今の俺には測りかねるが、大きいものであることは確かだろう。
花を持ち、俺と同じ方向へ向かう人々の姿も見られる。
死者への弔い、そういった文化がこの世界にあるのかはともかく、そうとしか思えない行動を起こす人もいるようだ。
罪のない人々の命が失われるのは心痛いが、これが女神にとって痛恨の一手となってくれればとも思った。
さすがにあの襲撃は、女神とて予想外だろう。
それから少し歩けば、始まりの獣の襲撃に遭った場所へと到着した。
街の中からは見上げる事しかできなかった壁が今はなく、王都の外が剥き出しになっている。
その先に魔獣は居ないのが、唯一の救いだろうか。
壁は通行禁止なのだろう、騎士たちが交通規制を行っていた。
同時に、復興を行う亜人の姿も確認できる。見た目からして、ドワーフだろうか。
その様子を見ようと、野次馬が多々集まってきている。
中には弔いの為に花を持っている人もいるのだが、それは少数派だ。
「皆さん、私と共に立ち上がってくれませんか?」
と、そこで、遠くから声が聞こえた。
忘れもしない、不愉快な声──桃原愛美の声だ。
なぜここで、と疑問を持ったが、声の方向を見て納得する。
何やらステージのような場所に立ち、桃原愛美がスピーチをしているのだ。
「私の名は桃原愛美《モモハラアミ》。魔王と戦うべく召喚された、八勇者の一人です」
その声は──悲痛さに満ちながらも、未来に向けて戦おうとする戦女神のようなもの。
壁の野次に来ていた人々も、一人、また一人と桃原愛美のスピーチに興味を持ち始めていた。
───というか、ラテラみたいな格好だな。
彼女が身に纏っているのは、ラテラと似た聖女服。
ラテラよりも少し豪華な仕様なのは、彼女が勇者であるが故の特待か。
俺はすかさずフードを被る。
桃原愛美であれば、俺の顔を見て枷月葵だと気付くだろうと思ってのことだ。
「私たちの仲間である勇者の一人が、先日卑劣な魔族の手により殺されました。子供を人質に取り、勇者を陥れた上で殺したのです」
悲しそうな感じで身振り手振りしながら話す桃原愛美。
観客もそれに合わせ、「なんと」やら「嘆かわしい」やら、同情の念を示していた。
先程まで野次を飛ばすことに盛り上がっていたとは思えないほど、その場は静まり帰っていた。
それはもう、工事中のドワーフとて例外ではない。皆が手を止め、彼女のスピーチを真剣な眼差しで聞いている。
「先程の襲撃もそうです。勇者が死した隙を狙い、王都の人々にまで手を出そうとしているのです。
たしかに、数百年間、平和が保たれてきたかもしれません。ですが今、その平和は崩れようとしている──みなさんもそう痛感したかと思います。
こんなことがあっても良いのでしょうか?」
桃原愛美の問い掛けに、会場の盛り上がりは最高潮だ。
「そうだ!許されるはずがない!!」
「勇者様をそのような手で殺すなど!」
「魔王はやはり魔王なのか!!」
と。
口々に、思い思いに発言をしている。
「──そうです。そんなことはあってはならないのです。
ですが、起こってしまいました。それは何故でしょう?
────理由は簡単です。私たちが、魔王に対して油断していたからです。数百年の安全を根拠に、これからも平和が続くだろうと、勝手にも思いこんでいたからです。
皆さんは今日、それを大いに知ったと思います。恋人や家族、友人。そんな皆さんの大切な人は、いつ失われてもおかしくない状況にあるのです。
こんなことを許せるでしょうか?勇気ある皆さんの答えは分かっています。断じて否だと!」
さながら、ヘイトスピーチと言ったところか。
数百年間の平和で薄れていた、民が持つ魔王への恐怖意識と敵対意識を再度目覚めさせることが目的だろう。
そんなことを考えるのは女神くらいだ。女神の計画でこれを行っていることは明らかと見て良い。
民衆の魔王に対する敵対意識を高めて何がしたいのか、それは分からない。
「皆さんはこれまで、戦いなど無縁に生きてきた人が多いことでしょう。それは今、覆るべき現実として立ちはだかっています。
私たちの大切なものを守るのは、私たち自身です。勇者が倒してくれる、女神様が守ってくれる、それではいけません。それぞれが、それぞれの大切なものを守る力を持たなくてはならないのです。
私たち教会は、それを全力で支援しましょう。皆さんが戦うならば、その背中を後ろから押しましょう」
そう言ったところで、桃原愛美は少し横にズレた。
脳内に疑問符を浮かべていると、彼女の後ろから一人の男が現れる。
重厚な祭服に身を包んだ、穏やかな顔立ちの男。
「おぉ!」という歓声があちらこちらから聞こえることから、彼は余程の有名人なのだろう。
「我らが頂点、教皇様も皆さんをお手伝いします。教皇様、一言お願い致します」
あれが教皇、か。
世界で4人しか居ないと言われる天職で、教会勢力の最高権力者である存在。
それならば、あのスピーチに登場させるのも納得だ。
観客は加速度的に増えていく。
はじめは物珍しさで見ていた人々も、今ではすっかり桃原愛美のスピーチに釘付けだ。
なにかスキルを使用しているのを思わせるほど、その効果は絶大。
桃原愛美に元々その手の才能があったのかもしれないのだが。
「皆さん。これから、魔族による侵攻に苦しい思いをするかもしれません。ですが、私たち教会は皆さんの味方です。共に抗う皆さんを支持し、全力で支援するでしょう」
響き渡る歓声。
さながら、人気アイドルのような存在感だ。
それにしても、目的は教会勢力の拡大なのかもしれない。
女神自身、教会勢力に応じて能力が上がったりするのか。
信仰によって女神の能力が変わる、ありえない話ではない。
すぐそこに破壊の限りを尽くされた物があるとは思えない盛り上がりようだ。
やはり、恐怖のどん底に叩き落されたときに手を差し伸べてくれる存在──それは大きなものなのだろう。
更に、桃原愛美は以前から教会で活動をしていると聞いた。
前から、民より信頼を預かっていたのかもしれない。
続くスピーチと増える観客。
その数は数えるのも馬鹿らしいほど。
魔王に向けたヘイトスピーチには何の狙いがあるのか。
話し続ける桃原愛美は置いておいて、あたりを見回してみる。
話を聞いている騎士の中には、俺が<支配>している奴らもいたのだ。
なんというか、ちょっと複雑な気持ちだが、そこは個人の自由だろう。
見なかったことにしておこう。
それは努めて無視をし、更にあたりを見る。
老若男女問わず、桃原愛美の話を食い入るように聞く様子。
「おぉ!」と叫び続ける大男たち。
壁の修復などそっちのけで桃原愛美を凝視するドワーフ。
そんな中。
死者に花を添え、そのまま帰っていく見知った顔を見かけた。
───どうせだし、挨拶くらいはするか。
そそくさとそちらへと駆け寄る。
すると向こうも俺に気がついたのか、ハッとした顔をしてその場で立ち止まった。
桃原愛美のスピーチを聞かない数少ない人物だが──そこは想像どおりだった。
彼女の性格ならばそれもありえるだろうということだ。
「メイさん、こんにちは」
「アオイさん、こんにちは…」
俺はメイに話しかける。
だが、どこか、歯切れが悪いような気がする。
気のせいではないはずだ。
何かあったのか。
もしかして、親族を失っていたのか。
そうであれば、これ以上引き止めるのも悪い。
というか、引き止めてしまったこと自体、大間違いではないか。
「こんなところで話しかけてしまって申し訳ないです。俺はこれで失礼させてもらいます」
過ちは、早く訂正するに限る。
俺は素早く会話を終わらせる方針へとシフトした。
「いえ、お気になさらず。今日はフードを被ってらっしゃる、と思いまして」
───あ、そっちか…。
完全に盲点だった。
そういえば、桃原愛美対策でフードを被ったままだ。
これでは不審者だし、話しかけられて困惑するのも頷ける。
なんと理由付けするのが良いだろうと迷うが、上手い理由が思い当たらない。
「……気分です」
苦し紛れの理由を話す。
それが面白かったのか、メイはくすりと笑った。
彼女が笑ったのを見るのは──初めてかもしれない。
冷徹な顔が少し崩れ、華のように美しい笑顔が咲く。
「気分ですか。でしたら良いのです。申し訳ないですが私は仕事があるので戻らせて貰います。では、また」
笑ったと思えば、次の瞬間には去っていった。
服装がメイド服だった為、推測通り貴族のメイドだと捉えて良さそうだ。
勤務中に無理を言って弔いに来たのかもしれない。
これ以上止めるのは悪いので、俺もそのまま別れの言葉を交わした。
なんだか少し避けられたように感じたのは内緒だ。
◆ ◆ ◆
一方、メイはというと。
以前、彼に助けてもらった時から感じている謎の気持ちが分からず。
それ故に彼への正しい接し方も分からず。
なぜか逃げるようにその場を後にしてしまったが、少し後悔している。
もう少し話せば良かったかな、もっと明るくすれば良かったかな、と。
女神のメイドとして長く過ごしていた彼女に訪れた初めての出会い──それはメイの内心をかき乱すのには十分なものだったのだ。
だが、それに本人が気付くのはもっと後の話。
今はまだ、その想いは心の奥に仕舞っておこう。
原因は明らか、先日の始まりの獣の襲撃によるものだろう。
宿屋とは反対の方向だったのだが、広い王都とは言え、こちら側までその影響は出てきていた。
何より、多くの人の命が一瞬にして奪われたのが大きいだろう。
ここ数百年に渡って侵攻をしてこなかった魔王軍。
それが今になって急に、まるで勇者召喚のタイミングを待っていたかのように攻撃を行った。
目的は何なのか。
魔王の行動理念は殺戮などではなく、女神を殺すことなのではないか。
そう思って仕方がない。
タクトの発言からもそうだ。
決して人々と戦うことを望んでいるわけではなく、女神を殺したいと。女神から人々を開放するのが目的なのではないだろうか。
推測の域を出ないことは確かだが、タクトの様子から、それもあり得るだろうと思っていた。
───それなら、俺が魔王に敵対する意味はないんじゃないか?
むしろ、味方として動いても良いような気さえする。
今考えてもしょうがないのだが。
俺が今向かっているのは破壊された街の方だ。
何があるとかではなく、様子を見ておこうという魂胆である。
道行く人々の顔は、暗い。
そりゃ、そうだ。
いつまでも続くと思っていた平和が、一瞬にして崩された。
そのショックの大きさは──今の俺には測りかねるが、大きいものであることは確かだろう。
花を持ち、俺と同じ方向へ向かう人々の姿も見られる。
死者への弔い、そういった文化がこの世界にあるのかはともかく、そうとしか思えない行動を起こす人もいるようだ。
罪のない人々の命が失われるのは心痛いが、これが女神にとって痛恨の一手となってくれればとも思った。
さすがにあの襲撃は、女神とて予想外だろう。
それから少し歩けば、始まりの獣の襲撃に遭った場所へと到着した。
街の中からは見上げる事しかできなかった壁が今はなく、王都の外が剥き出しになっている。
その先に魔獣は居ないのが、唯一の救いだろうか。
壁は通行禁止なのだろう、騎士たちが交通規制を行っていた。
同時に、復興を行う亜人の姿も確認できる。見た目からして、ドワーフだろうか。
その様子を見ようと、野次馬が多々集まってきている。
中には弔いの為に花を持っている人もいるのだが、それは少数派だ。
「皆さん、私と共に立ち上がってくれませんか?」
と、そこで、遠くから声が聞こえた。
忘れもしない、不愉快な声──桃原愛美の声だ。
なぜここで、と疑問を持ったが、声の方向を見て納得する。
何やらステージのような場所に立ち、桃原愛美がスピーチをしているのだ。
「私の名は桃原愛美《モモハラアミ》。魔王と戦うべく召喚された、八勇者の一人です」
その声は──悲痛さに満ちながらも、未来に向けて戦おうとする戦女神のようなもの。
壁の野次に来ていた人々も、一人、また一人と桃原愛美のスピーチに興味を持ち始めていた。
───というか、ラテラみたいな格好だな。
彼女が身に纏っているのは、ラテラと似た聖女服。
ラテラよりも少し豪華な仕様なのは、彼女が勇者であるが故の特待か。
俺はすかさずフードを被る。
桃原愛美であれば、俺の顔を見て枷月葵だと気付くだろうと思ってのことだ。
「私たちの仲間である勇者の一人が、先日卑劣な魔族の手により殺されました。子供を人質に取り、勇者を陥れた上で殺したのです」
悲しそうな感じで身振り手振りしながら話す桃原愛美。
観客もそれに合わせ、「なんと」やら「嘆かわしい」やら、同情の念を示していた。
先程まで野次を飛ばすことに盛り上がっていたとは思えないほど、その場は静まり帰っていた。
それはもう、工事中のドワーフとて例外ではない。皆が手を止め、彼女のスピーチを真剣な眼差しで聞いている。
「先程の襲撃もそうです。勇者が死した隙を狙い、王都の人々にまで手を出そうとしているのです。
たしかに、数百年間、平和が保たれてきたかもしれません。ですが今、その平和は崩れようとしている──みなさんもそう痛感したかと思います。
こんなことがあっても良いのでしょうか?」
桃原愛美の問い掛けに、会場の盛り上がりは最高潮だ。
「そうだ!許されるはずがない!!」
「勇者様をそのような手で殺すなど!」
「魔王はやはり魔王なのか!!」
と。
口々に、思い思いに発言をしている。
「──そうです。そんなことはあってはならないのです。
ですが、起こってしまいました。それは何故でしょう?
────理由は簡単です。私たちが、魔王に対して油断していたからです。数百年の安全を根拠に、これからも平和が続くだろうと、勝手にも思いこんでいたからです。
皆さんは今日、それを大いに知ったと思います。恋人や家族、友人。そんな皆さんの大切な人は、いつ失われてもおかしくない状況にあるのです。
こんなことを許せるでしょうか?勇気ある皆さんの答えは分かっています。断じて否だと!」
さながら、ヘイトスピーチと言ったところか。
数百年間の平和で薄れていた、民が持つ魔王への恐怖意識と敵対意識を再度目覚めさせることが目的だろう。
そんなことを考えるのは女神くらいだ。女神の計画でこれを行っていることは明らかと見て良い。
民衆の魔王に対する敵対意識を高めて何がしたいのか、それは分からない。
「皆さんはこれまで、戦いなど無縁に生きてきた人が多いことでしょう。それは今、覆るべき現実として立ちはだかっています。
私たちの大切なものを守るのは、私たち自身です。勇者が倒してくれる、女神様が守ってくれる、それではいけません。それぞれが、それぞれの大切なものを守る力を持たなくてはならないのです。
私たち教会は、それを全力で支援しましょう。皆さんが戦うならば、その背中を後ろから押しましょう」
そう言ったところで、桃原愛美は少し横にズレた。
脳内に疑問符を浮かべていると、彼女の後ろから一人の男が現れる。
重厚な祭服に身を包んだ、穏やかな顔立ちの男。
「おぉ!」という歓声があちらこちらから聞こえることから、彼は余程の有名人なのだろう。
「我らが頂点、教皇様も皆さんをお手伝いします。教皇様、一言お願い致します」
あれが教皇、か。
世界で4人しか居ないと言われる天職で、教会勢力の最高権力者である存在。
それならば、あのスピーチに登場させるのも納得だ。
観客は加速度的に増えていく。
はじめは物珍しさで見ていた人々も、今ではすっかり桃原愛美のスピーチに釘付けだ。
なにかスキルを使用しているのを思わせるほど、その効果は絶大。
桃原愛美に元々その手の才能があったのかもしれないのだが。
「皆さん。これから、魔族による侵攻に苦しい思いをするかもしれません。ですが、私たち教会は皆さんの味方です。共に抗う皆さんを支持し、全力で支援するでしょう」
響き渡る歓声。
さながら、人気アイドルのような存在感だ。
それにしても、目的は教会勢力の拡大なのかもしれない。
女神自身、教会勢力に応じて能力が上がったりするのか。
信仰によって女神の能力が変わる、ありえない話ではない。
すぐそこに破壊の限りを尽くされた物があるとは思えない盛り上がりようだ。
やはり、恐怖のどん底に叩き落されたときに手を差し伸べてくれる存在──それは大きなものなのだろう。
更に、桃原愛美は以前から教会で活動をしていると聞いた。
前から、民より信頼を預かっていたのかもしれない。
続くスピーチと増える観客。
その数は数えるのも馬鹿らしいほど。
魔王に向けたヘイトスピーチには何の狙いがあるのか。
話し続ける桃原愛美は置いておいて、あたりを見回してみる。
話を聞いている騎士の中には、俺が<支配>している奴らもいたのだ。
なんというか、ちょっと複雑な気持ちだが、そこは個人の自由だろう。
見なかったことにしておこう。
それは努めて無視をし、更にあたりを見る。
老若男女問わず、桃原愛美の話を食い入るように聞く様子。
「おぉ!」と叫び続ける大男たち。
壁の修復などそっちのけで桃原愛美を凝視するドワーフ。
そんな中。
死者に花を添え、そのまま帰っていく見知った顔を見かけた。
───どうせだし、挨拶くらいはするか。
そそくさとそちらへと駆け寄る。
すると向こうも俺に気がついたのか、ハッとした顔をしてその場で立ち止まった。
桃原愛美のスピーチを聞かない数少ない人物だが──そこは想像どおりだった。
彼女の性格ならばそれもありえるだろうということだ。
「メイさん、こんにちは」
「アオイさん、こんにちは…」
俺はメイに話しかける。
だが、どこか、歯切れが悪いような気がする。
気のせいではないはずだ。
何かあったのか。
もしかして、親族を失っていたのか。
そうであれば、これ以上引き止めるのも悪い。
というか、引き止めてしまったこと自体、大間違いではないか。
「こんなところで話しかけてしまって申し訳ないです。俺はこれで失礼させてもらいます」
過ちは、早く訂正するに限る。
俺は素早く会話を終わらせる方針へとシフトした。
「いえ、お気になさらず。今日はフードを被ってらっしゃる、と思いまして」
───あ、そっちか…。
完全に盲点だった。
そういえば、桃原愛美対策でフードを被ったままだ。
これでは不審者だし、話しかけられて困惑するのも頷ける。
なんと理由付けするのが良いだろうと迷うが、上手い理由が思い当たらない。
「……気分です」
苦し紛れの理由を話す。
それが面白かったのか、メイはくすりと笑った。
彼女が笑ったのを見るのは──初めてかもしれない。
冷徹な顔が少し崩れ、華のように美しい笑顔が咲く。
「気分ですか。でしたら良いのです。申し訳ないですが私は仕事があるので戻らせて貰います。では、また」
笑ったと思えば、次の瞬間には去っていった。
服装がメイド服だった為、推測通り貴族のメイドだと捉えて良さそうだ。
勤務中に無理を言って弔いに来たのかもしれない。
これ以上止めるのは悪いので、俺もそのまま別れの言葉を交わした。
なんだか少し避けられたように感じたのは内緒だ。
◆ ◆ ◆
一方、メイはというと。
以前、彼に助けてもらった時から感じている謎の気持ちが分からず。
それ故に彼への正しい接し方も分からず。
なぜか逃げるようにその場を後にしてしまったが、少し後悔している。
もう少し話せば良かったかな、もっと明るくすれば良かったかな、と。
女神のメイドとして長く過ごしていた彼女に訪れた初めての出会い──それはメイの内心をかき乱すのには十分なものだったのだ。
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今はまだ、その想いは心の奥に仕舞っておこう。
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