公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ

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155.黒魔法

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 それから数ヶ月、各々タリス男爵家にイライラすることはあるものの特に大きな動きもなく均衡を保ったまま日々は過ぎていた。

 アリスは王やルカからお金を返してもらい、政務はラシアとルビーに押し付……共に協力し、子供は安定期に入り、良かった良かった

 ―――――とはなっていなかった。


 トントン……アリスの私室の扉を遠慮がちに叩くルビー。

 少し間があったが中からどうぞというアリスの声。中に入ると長椅子に目を瞑り仰向けに横たわっているアリスの姿。

「書類を確認してもらおうと思ったんだけど、無理そうね」

「大丈夫よ」

 そう言ってルビーに向かってだるそうに差し出された手は痩せ細っていた。起き上がることなくゆっくりと目を開き書類に目を通すアリス。その顔色はゾッとするほど青白い。

「完璧だわ、ありがとう。政務を押し付けちゃってごめんなさいね」

 押し付けるために側室にしたのでしょうと普段ならば言い返すところだが今のアリスには言う気になれなかった。

「まあその為にここにいるわけだし構わないけど………………その……だ…大丈夫なの?」

 アリスのことが好きとか心配とかしているわけではない。でもあまりにも顔色が悪すぎる。ここ最近は横たわるアリスの姿しか見ていない。

「あら、ルビー義姉様……心配してくださるの?うれしいわ」

「な…な……な……!わ、私があなたのこと心配するわけないでしょう!?し、失礼するわ!」

 アリスの言葉にボッと顔を赤くしたルビーはバタバタと慌てて出て行った。

 クスクスと愉しそうに笑うアリスだが、力が入っていない。ルビーが開けたままにした扉の影から声がかけられた。 

「「お母様、入ってもいーい?」」

「もちろんよ。いらっしゃいラルフ、オリビア」

 ひょこっと現れたのはラルフとオリビアだった。後ろには護衛のエリアスもいる。

「お母様、大丈夫ー?」

「赤ちゃん、大丈夫ー?」

「大丈夫よ。遊んであげられなくてごめんなさいね」

 膝をつき心配そうに母親の顔を覗き込む二人の頭を優しく撫でるアリス。

「お父様もエリアスも侍女たちも皆遊んでくれるから大丈夫」

「お母様は元気な赤ちゃんを産んでね」

「ありがとう二人共。少しエリアスを借りてもいいかしら?」

「「エリアス?うん、いいよー!」」

 ラルフとオリビアは順番にアリスのお腹に優しく顔をつけ撫でると部屋を去って行く。その後ろをアリスの目配せを受けたフランクが追う。

 足音が消えるとふーっと深く息を吐くアリス。

「しんどそうですね」

「……まあね。魔力の制御がうまくできないし、覗き見もできないから色々と把握ができないし、身体の中を掻き回されているような渦を巻いているような感じがして気持ちが悪いわ」

 覗き見?何のことだと不思議なエリアス。聞いてはいけない気がするのでとりあえず横においておく。

「魔力制御できずにドラゴンを木っ端微塵にしますか、すごいですね」

 アリスは昨日隣国の要請を受け、ドラゴンの討伐をしていた。チラリと横を見ると金貨の入った袋がいくつも雑に置かれている。
 
「ふふっ、ただ単に特大の魔力を込めた魔法をぶち込んだだけだもの。美しさや技術の欠片もない魔法を使うなんて情けないわ」

「そっすか」

 美しさなんかなくていいから、簡単にドラゴンを木っ端微塵にできる魔法を使えるようになりたいものである。少しばかりジェラシーを感じたエリアスはアリスをチラリと見る、そしてそのままじーっと気怠げなアリスを見る。

「…………なあに?そんなに珍しいものを見るような目で見ないでちょうだい」

「すみません。でも……いや、なんかドラゴンを木っ端微塵にするようなばけも……んんっ!アリス様も人間なんだな、と思って」

「あなたも周りの人から化物と思われているわよ」

「俺が化物ならアリス様、ブランクさん、イリスさんは何ですか?」

「化物の上位……悪魔?」

「ぴったりっすね」

「ほほほほほほ、黙らっしゃい」

 ピシャリと言われたエリアスはすみませんと素直に頭を下げる。

「それでなんの御用でしょうか?」

「え?ああそうだった。ラルフとオリビアから目を離さないようにお願いね」

「それは何か起こるということでしょうか?」

「かもしれないわね」

「なんともらしくないですね」

 まあ、見えないからね。

 現在アリスは覗き見ができない状態だった。だからいつものようにいつ何が起きるか断言ができないでいた。

 だが……

「確信はないけれど、胸騒ぎがするわ」

「まあ体調不良ですからね」

「そうね胸焼けが半端ないわ」

「「…………………………」」

 ゴホンと咳払いをしたエリアスは言う。

「ラルフ様もオリビア様も幼いですが、魔法に優れておりそんなに警戒することはないと思いますが」

 彼らに勝てる人間がこの世に何人いるだろうか。

「そうね。我が子たちはとても優秀だわ。魔力量でいえばあなたよりもよっぽど」

「護衛のくせに仕える主より弱くてすみませんね」

 軽く拗ねるエリアスを見て愉快そうに笑うアリス。だが表情はそのままに冷たい声音で言葉を発する。

「二人は強い。でも、男爵家は恐らく黒魔法を使っているわ。まだ二人の未熟な心では対応しきれない可能性が大きいわ。あの子たちはまだ5歳なのだから」

「黒魔法ですか……?」

 黒魔法とは生贄を捧げて使う魔法である。生贄にされたものの魔力や怨念が加わり本来その人が持つ魔力以上の魔法が一度だけ使える。

 生贄は生き物であればなんでも良い。念が込められた魔法なので呪いと言う人もいる。

 おどろおどろしい雰囲気の魔法は悪党どもが好みそうなものだが使う者はほとんどいないと言っていい。

 なぜなら、デメリットがあるからだ。

 これを使うのは余程の馬鹿者か失うものがない者。

「魅了ですか?」

「うーん、近いけれど違うわよ。そもそも心を掴んだり操ったりする魔法なんて存在しないわよ。私でも無理」

「はあ」

 ではなぜあの母娘は王族を虜にできたのか。

「黒魔法は所詮他者の力を奪って本人が持つ以上の力を得られるだけ。あの二人は大した魔力は持ち合わせていないし、しょうもない結末になるわよ。生贄にされたものは気の毒だったわね」

「では何をそんなに警戒されているんですか?」

 大したことない魔法であればいくら子どもとはいえ彼らで十分対応可能だ。

「女たちも男爵も良いわ。問題は息子よ」

「兄ですか?」

 男爵でも夫人でも娘でもなく息子?

「彼は人の心をつかむのがとてもお上手なよう。まだ二人は幼く様々な色に染まりやすい。彼を子供たちに近づけてはならないわ」

「承知いたしました」

 神妙な顔で頷いた彼はアリスの目が楽しそうに笑っているのに気づく。

「なんですか?」

「ふふ、あなたとこんな話しをしているなんて不思議だと思ってね」

「貴方がたに散々苛められましたからね」

 アリスの言葉にムスッとした表情になった彼にアリスと側に控えていた侍女のイリスが声を上げて笑った。




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