公爵家の女たちは男運だけがない

たくみ

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27.聞き耳

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 ~タバサ伯爵邸~

 あれ?マルコ様がお一人で歩いておられる。

 自宅の廊下を一人で歩くマルコを見た使用人たちは目を丸くする。

 マルコはセイラが留守の時や寝ている時以外は常にセイラの側にいる。今セイラは庭園で色とりどりのお菓子をめいいっぱい頬張っているはず。それを眺めていると思ったのになぜこんなところに?

 使用人たちが頭を下げつつも自分を奇妙な目で見ていようとも気にした様子なく歩くマルコ。

 母親が亡くなってから伯爵邸を取り仕切るのは義母だ。この家の装飾品は派手なだけの壺、品のない置物、有名な画家が描いた模造品の絵画、来客者が顔を引きつらせるようなものばかり。彼は一つの部屋の扉の前で足を止める。

 中からは伯爵夫妻が言い争う声がする。いや、声を荒げているのは夫人のみだ。

「なんで駄目なのよ!?」

「うーんなんでと言われても無いものは出せないよ」

 部屋の中では執務中に突撃した夫人に嫌な顔一つせず椅子に腰掛けたまま相対する伯爵。落ち着いた様子の伯爵と正反対に夫人は仁王立ちして怒りを顕にしている。

「店は十分流行ってるじゃない!売り上げも落ちていないわ!気に入った首飾りの一つも買えないの!?」

「先月は指輪を買っていたし、得た金を全て使うわけにもいかないんだよ。従業員の給料も必要だし、生地を買う金も必要だしねぇ」

「使ってやってるのはこちらよ!給料なんて少し払っておけばいいのよ!」

「流石にそういうわけにはいかないよ。そうだ!首飾りは諦めてドレスを新しくしよう。うちで取り扱っている新しいデザインのドレスなんてどうだい?」

「嫌よ!!!」

 一際大きな声で拒絶する妻に思わず伯爵は仰け反る。

「だってあの女はこの前のパーティーでも新しい首輪を身に着けていたわ!これ見よがしに高そうな宝石をキラキラさせちゃってイケてる女を気取ってるところがムカつくのよ!」

 あの女?誰のことかと聞きたかったがまるで口から炎をまき散らかすかのごとく怒る妻にそれを聞けば次は全身から炎を噴き出しそうな気がして言葉を飲み込む。

「昔から嫌いなのよあの女!私が狙った男狙った男皆エレノア様エレノア様僕の女神様って!」
 
 ああ、エレノア様のことか。

「まあ公爵家の嫡女、美貌、頭脳、剣の才、財力全てにおいて文句の付け所がなかったからな。皇子の婚約者であったものの女神様と崇められていたな」

 とにかく崇拝者が多かった。性的な意味合いというよりも人柄に心酔しているようだった。カリスマ性があるというのか女王様やら女帝やら暴れ馬やら色々な名で呼ばれていた。

「うるさいわね!ただ運良く公爵家に生まれただけじゃない!私の方が努力してきたし偉いわよ!」

 貧乏な男爵家に生まれ顔だってそこそこ止まりの自分。美容にも金をかけられず流行りのドレスも着れなかった。絶対に金持ちと結婚するんだと思い自信のあった身体で迫ったものの皆逃げていった。

 全く貴族の男というものは意気地がない。

 結局捕まえられたのは商売をやっている平民の小金持ちの中年男だけだった。セイラが生まれ病気でぽっくりあの世に逝ってくれた時は男の相手をしなくてラッキーと思った。

 だが小金持ちに見えていただけで商売は自分が思っていたほどうまくいっていなかったようで財産なんてなかった。新しい男を見つけなければと考えていたところに今の夫タバサ伯爵の妻が亡くなって意気消沈中だと知った。

 彼が行く先々に現れ自分も夫を亡くしたことをアピールし悲しみを共感しているふりをし、良き母親をアピールしたらマルコの母親になって欲しいと言われた。

 マルコは将来この家を継ぐ嫡男だし、本当の母親のように愛情を込めて育てた。その甲斐あってマルコも本当の母親のように自分を慕ってくれている。 

 マルコも自分の言うことをよく聞いてくれるし、目の前の弱気な男は基本的に自分の言いなりだ。たまに今のように反対されることはあるけれど。

 お金だって前の旦那とは違いたくさん持っている。だがまだ足りない。貴族社会に身を置いているとつくづく思うのだ。上には上がいると。そしてその上の者たちは様々なものを桁違いに持っている。

 ただ運良く高貴に生まれたというだけで。腹が立つのは当然だろう。

「生まれをとやかく言っても仕方ないではないか。エレノア様だって公爵家を選んで生まれてきたわけではないだろう?」

「わかってるわよ!でも腹が立つのよ!あの女もその娘も!」

「おやリリベル様までもかい?」

「公爵家に生まれた奴は皆同じよ。末代まで妬ましいわ」

「強い思いというのは末代まで続くよね」

 うんうんと頷く伯爵。

「でもリリベルはいい気味よ。どれだけ良いものを持っていても婚約者一人に愛されないなんて女として哀れよ」

「愛する者に愛されないというものは悲しいことだ……悲劇だ」

 下を向いた伯爵の表情は彼を見下ろしている夫人からは見えない。頭頂部を見ながら夫人は思う。

 くだらない。愛されないと悲劇?何よそれ……大袈裟な。愛なんてなくても金があれば生活はしていける。夫はたまに愛を盲目的に信じている様子を見せる。

 既婚者のいい年した中年男が愛だの恋だの戯けたことを。

 若いものならいざ知らず。

 そうマルコのような若者なら話は別だ。

「マルコはとても見る目があるし親孝行のいい子ですわ。セイラをとても大事にしてくれて本当に優しい子ですわ」

「ああ君の教育の賜物だね」

「まあそうかしら」

 そうよわかっているわ。大事に大事に育ててきたんだもの。子供なんて愛情をかけたふりをして育てれば勝手に懐いて慕ってくれるのよ。それで親の為に尽くしてくれるようになるのよ。

 マルコもセイラも自分に幸せを運んでくれる大切な子供たちだ。

「ねぇあなたぁん」

 急に猫なで声を出し始めた夫人に伯爵は視線を上げる。

「どうかしたかい?」

 夫人と目を合わせた伯爵は穏やかな人を落ち着かせるような笑みを浮かべている。

 まあこの人もそれなりにいい顔しているのよね。雰囲気と相まってそれなりにモテるのだ。穏やかで共にいると落ち着くような不思議な魅力のある伯爵はパーティーでもよく女性に声をかけられる。

 その時に夫を横から掻っ攫うと女性たちはこれまた良い表情をするのだ。

「うん?」

 一人ニタニタと笑う妻を不思議そうな顔で見る伯爵。

「なんでもないわ。ねぇ……マルコはセイラと仲が良いわよね」

「そうだね」

「まるで恋人同士みたいに」

「そうだね」

 その言葉を聞いた夫人の顔がパァァァと明るくなる。

「もしも、もしもよ?2人が一緒になりたいと言ったら…………結婚させてやったらどうかしら?ほら、2人は血がつながっていないわけだし」

「うん、そうだね」

「あなたも2人の仲に賛成なのね!?ああ良かった!でもリリベルは……公爵家は怒らないかしら?」

 上目遣いで伯爵を見る夫人にくすりと伯爵は笑う。

「公爵だろうがなんだろうが愛を蔑ろにすることは許されないさ」

 何言ってんだこいつは。そう思うもののその気持ちは心の中に隠す。

「そうよね。じゃあ私達は2人を応援しましょうね」

「ああ」

 伯爵が同意した。

 やった、やったわ。これでこの先も安心よ。目の前の男が亡くなっても金持ちのこの家と縁が切れることはない。夫人はその場で高笑いしそうになるのを必死で堪える。

 だから気づかなかった。

 伯爵が自分をじっと見つめていることに。



 そして部屋の扉の前でマルコが聞き耳を立てていたことにも。


 マルコは口角を上げるとその場を静かに去って行った。




 

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