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35.全ては妻のため
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「はっはっはっはっ!忘れてしまったのかい?君が給与をケチるから才能ある者は全て逃げてしまったじゃないか。どの店も人材は取り合いなんだよ?」
「そ、そうだったかしら?ちょ、ちょっと給料を下げたくらいで何よ!?恩知らずが!」
でも確かに何人か辞めた覚えがある。狼狽える夫人は手から力が抜け伯爵から手を離す。
「それ以外にもこうしろああしろとデザインに口出ししていただろ?」
自分のデザインに口出しをされるなんてデザイナーにとっては鬱陶しいに決まっている。ましてなんだそれはというような助言であれば尚更のこと。
「そ、そんなこと今更言わないでよ!そもそも奴らが辞めたのは10年も前のことでしょ!?」
そう、前妻が存命の時に雇った腕のいいデザイナーが辞めたのは10年以上前のこと。夫人の横暴に耐えられなかったのだ。スケッチブックのデザインも2、3年で全て世に出してしまったはず。
「それからも店は繁盛してたじゃない!」
「ああそれは公爵家の威光というものだね。あとは前夫人のご実家の力でもあったね」
「あなた……何を言っているの?」
「義父の家は大きな商会を営んでいるからな。その紹介でたくさんの取引が成立していたのだが公爵家と縁が切れたなんの旨味もないドレス店にはもう客を回さないと通告されてしまったよ」
「だ、だったら公爵家に……あの女に以前と変わらず口聞きしてもらえば良いじゃない!」
その言葉にほんのわずかに伯爵の目がピクリと動いたが夫人は気づかない。
「君は愚かだな。公爵様は口聞きなどなさったことはない。周りが勝手に公爵家の御息女と婚約している息子の家だからと媚を売ってきたにすぎない」
「なんだ!じゃああの女に頼めば解決ね。この店でドレスの1枚でも仕立ててもらえば……」
勢いづいた夫人の言葉は途切れた。
鈍感な彼女にもわかった。夫が侮蔑の視線を自分に向けていることに。
「王宮で重役についているわけでもない。
特別な財力があるわけでもない。
高貴な血筋でもない。
才能のある人間でもない。
そんなタバサ伯爵家が序列1位のフライア公爵家に頼み事ができるとでも?ところで君はこちらがどれだけ無礼な真似をしてきたか理解しているのかい?公爵の器が大きかったから許された……いや、相手にされなかっただけなんだぞ?」
「そ、そんなこと今更言わないでよ!あなただって今まで何も言ってこなかったじゃない!なんで今になってそんな事言うのよ!?」
「なんで……ねぇ」
す、と細まる目に夫人はビクリと身体を震わせる。
なんて冷たい目なのか。この目の前の男性はどんな時だって穏やかな微笑みを浮かべていた夫なのか。
「君のことなどどうでも良いからかな」
「ど、どうでも良い……?」
「うん」
至極当たり前のことのように頷く夫に夫人の頭は真っ白になる。口を開こうとするが何も言葉は出てこない。それどころかうまく口を開くこともできない。
「君と結婚したのはマルコを大切にしてくれると思ったからだよ。君はこの家にいるためにはマルコを大切に扱うことだとよく理解していた。だから君と再婚したんだよ」
子供の為にってこと?
え?私にべた惚れだったんじゃないの……?
「妻が亡くなる時にマルコを頼むと言い残したからね。彼女の願いはきちんと聞き届けなければならないだろう?」
妻?妻は私でしょう?今まで必ず前とつけていたのに、今更亡くなった女を妻呼び?
それになんなの――――その目は。
熱く熱のこもった目は。まるで今も恋い焦がれるようなその眼差しは。私はそんな目を向けられたことはない。
だが今はそんなことは重要ではない。なんとか力を入れ口を開く。
「……そ…そんなに大切なマルコの将来が閉ざされたのですよ?このままで良いはずがないでしょう?何か……策はあるのよね……?」
伯爵はじーっと夫人を見つめる。
なぜこの女性はこんなにも愚かなのだろうか?
リリベルとマルコの縁を切ってセイラとマルコを結びつけようと動いたのは自分自身だろうに。
まあ別に構わない。
こんな人間だろうとマルコにとって幸福を運んできた人間には間違いないから。妻が望んだ息子の幸せ。妻が望んだ……それを叶えられるのであればそれ以外はどうでも良い。
「策も何も必要ない。全てうまくいった」
「は?何を言って……」
「君には感謝しているよ」
「あなた?」
「セイラをマルコに引き合わせてくれて。マルコが言うんだ。初めて会ったときからセイラは自分の運命の人だと確信したと」
「は?」
夫の言葉を理解するのに時間がかかった。そして理解できたときにその意味に顔が青褪めた。
初めて会ったのはまだほんの幼子だった。そんな子が運命を感じたなんて…………恐怖でしかない。
「幼きマルコにそう言われた時にセイラと2人を結びつけようと決めたんだよ。だけどリリベル様の存在があったからどうしようかと思ったんだ。とりあえず先延ばしにしていたらなんと君たちが公爵家に喧嘩を売っていくじゃないか。これは使えると思ったらやっぱりこちらが思う通りにやってくれたから助かったよ」
「そんな…………」
夫人は夫に目線を向けるが即座に背けた。この人には何を言っても無駄だと悟ったからだ。では、とマルコに視線を向ける夫人は彼に慌てて近づくとその腕を力強く掴み揺さぶる。
「ね、ねえマルコ……このままでは誰も幸せになれないわ。頭を下げてリリベルともう一度やり直すなんてどうかしら?セイラは愛人にでもすればいいじゃない!ね?ね!?」
冷や汗をかき必死な形相で強請る義母を見下ろしマルコは微笑んで口を開いた。
「そ、そうだったかしら?ちょ、ちょっと給料を下げたくらいで何よ!?恩知らずが!」
でも確かに何人か辞めた覚えがある。狼狽える夫人は手から力が抜け伯爵から手を離す。
「それ以外にもこうしろああしろとデザインに口出ししていただろ?」
自分のデザインに口出しをされるなんてデザイナーにとっては鬱陶しいに決まっている。ましてなんだそれはというような助言であれば尚更のこと。
「そ、そんなこと今更言わないでよ!そもそも奴らが辞めたのは10年も前のことでしょ!?」
そう、前妻が存命の時に雇った腕のいいデザイナーが辞めたのは10年以上前のこと。夫人の横暴に耐えられなかったのだ。スケッチブックのデザインも2、3年で全て世に出してしまったはず。
「それからも店は繁盛してたじゃない!」
「ああそれは公爵家の威光というものだね。あとは前夫人のご実家の力でもあったね」
「あなた……何を言っているの?」
「義父の家は大きな商会を営んでいるからな。その紹介でたくさんの取引が成立していたのだが公爵家と縁が切れたなんの旨味もないドレス店にはもう客を回さないと通告されてしまったよ」
「だ、だったら公爵家に……あの女に以前と変わらず口聞きしてもらえば良いじゃない!」
その言葉にほんのわずかに伯爵の目がピクリと動いたが夫人は気づかない。
「君は愚かだな。公爵様は口聞きなどなさったことはない。周りが勝手に公爵家の御息女と婚約している息子の家だからと媚を売ってきたにすぎない」
「なんだ!じゃああの女に頼めば解決ね。この店でドレスの1枚でも仕立ててもらえば……」
勢いづいた夫人の言葉は途切れた。
鈍感な彼女にもわかった。夫が侮蔑の視線を自分に向けていることに。
「王宮で重役についているわけでもない。
特別な財力があるわけでもない。
高貴な血筋でもない。
才能のある人間でもない。
そんなタバサ伯爵家が序列1位のフライア公爵家に頼み事ができるとでも?ところで君はこちらがどれだけ無礼な真似をしてきたか理解しているのかい?公爵の器が大きかったから許された……いや、相手にされなかっただけなんだぞ?」
「そ、そんなこと今更言わないでよ!あなただって今まで何も言ってこなかったじゃない!なんで今になってそんな事言うのよ!?」
「なんで……ねぇ」
す、と細まる目に夫人はビクリと身体を震わせる。
なんて冷たい目なのか。この目の前の男性はどんな時だって穏やかな微笑みを浮かべていた夫なのか。
「君のことなどどうでも良いからかな」
「ど、どうでも良い……?」
「うん」
至極当たり前のことのように頷く夫に夫人の頭は真っ白になる。口を開こうとするが何も言葉は出てこない。それどころかうまく口を開くこともできない。
「君と結婚したのはマルコを大切にしてくれると思ったからだよ。君はこの家にいるためにはマルコを大切に扱うことだとよく理解していた。だから君と再婚したんだよ」
子供の為にってこと?
え?私にべた惚れだったんじゃないの……?
「妻が亡くなる時にマルコを頼むと言い残したからね。彼女の願いはきちんと聞き届けなければならないだろう?」
妻?妻は私でしょう?今まで必ず前とつけていたのに、今更亡くなった女を妻呼び?
それになんなの――――その目は。
熱く熱のこもった目は。まるで今も恋い焦がれるようなその眼差しは。私はそんな目を向けられたことはない。
だが今はそんなことは重要ではない。なんとか力を入れ口を開く。
「……そ…そんなに大切なマルコの将来が閉ざされたのですよ?このままで良いはずがないでしょう?何か……策はあるのよね……?」
伯爵はじーっと夫人を見つめる。
なぜこの女性はこんなにも愚かなのだろうか?
リリベルとマルコの縁を切ってセイラとマルコを結びつけようと動いたのは自分自身だろうに。
まあ別に構わない。
こんな人間だろうとマルコにとって幸福を運んできた人間には間違いないから。妻が望んだ息子の幸せ。妻が望んだ……それを叶えられるのであればそれ以外はどうでも良い。
「策も何も必要ない。全てうまくいった」
「は?何を言って……」
「君には感謝しているよ」
「あなた?」
「セイラをマルコに引き合わせてくれて。マルコが言うんだ。初めて会ったときからセイラは自分の運命の人だと確信したと」
「は?」
夫の言葉を理解するのに時間がかかった。そして理解できたときにその意味に顔が青褪めた。
初めて会ったのはまだほんの幼子だった。そんな子が運命を感じたなんて…………恐怖でしかない。
「幼きマルコにそう言われた時にセイラと2人を結びつけようと決めたんだよ。だけどリリベル様の存在があったからどうしようかと思ったんだ。とりあえず先延ばしにしていたらなんと君たちが公爵家に喧嘩を売っていくじゃないか。これは使えると思ったらやっぱりこちらが思う通りにやってくれたから助かったよ」
「そんな…………」
夫人は夫に目線を向けるが即座に背けた。この人には何を言っても無駄だと悟ったからだ。では、とマルコに視線を向ける夫人は彼に慌てて近づくとその腕を力強く掴み揺さぶる。
「ね、ねえマルコ……このままでは誰も幸せになれないわ。頭を下げてリリベルともう一度やり直すなんてどうかしら?セイラは愛人にでもすればいいじゃない!ね?ね!?」
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