公爵家の女たちは男運だけがない

たくみ

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37.感涙

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「餌などと……滅相もございません。確かに利用はさせていただきましたが。お気に召さないのであれば私を罰しますか?」

「いいえ、私はあなたに何かして気が晴れることはないもの」

 どうでも良い人間を罰したところで意味はない。心に何も感じることなどない。緩やかに笑うリリベルから目を逸らし軽く伏し目がちになるマルコ。

「流石にございますリリベル様、器の大きさが違いますね」

 いや復讐しようと思ったこともありましたけど?

 ただもう関わりたくないんです。

 喉元から出かける言葉をお茶で流し込むリリベル。

「ほっほっほっ。そうでしょうそうでしょう」

 高らかに笑ってごまかすが、目が泳いでいて落ち着きがない。やばい何か話題を。

「セイラ嬢と結ばれたかったのなら相談してくれたら良かったのに……」

「…………………………」

 おや、何やら目が泳いでいる。言葉を探しているのか。困っているのか。今日は珍しい彼ばかり見ている。いやこれこそが本当の彼なのか。

 そこまで考えてハッと閃くリリベル。

「あー……ともしかして……」

「相談しようかとも思ったのです。ですがその婚約解消は絶対にしないとおっしゃられていましたし。家を没落させるのに協力してもらうのもリリベル様には気が重いかと……」

 セイラを自分だけのものにする為に落ちぶれようと全て捨てようと決めていた。婚約者が公爵家で良かったと初めて思った。彼女に罰されれば良いのだ。

 リリベルに冷たい態度を取った。義母やセイラの行動を放置した。むしろ積極的に彼女たちの愚かな言動を広めようとたくさんの社交場に共に参加した。

 ひたすら蔑ろにしてリリベルの決意が固まるのを待っていたのだが……これがまた彼女はなかなかの強情の持ち主だった。

「なんか…………ごめんなさいね」

「い…………いえ……」

 2人の間になんとも気まずい空気が流れる。

「じゃ、じゃあこれは出しておくからね」

 バッサバッサと机の書類をかき集めるリリベル。

「はい。お手数をおかけいたしますが宜しくお願い致します」

 なんとも終わる時は呆気ないものだ。いやそもそも私たちの間に何か始まっていたとも思えないが。それでも婚約解消というのは2人の関係の終わりということで。

 




 なんとも変な気分だと手元の書類を見つめるリリベル。

「リリベル様に足りぬものなどございませんでした。私が変わり者なのです。私は物心ついたときから何かに心を動かされたことがございませんでした。彼女に出会って初めて感情というものを知ったのです。他の者たちはただ動く人形のようにしか私には見えませんでした」

「あら、あなたの目に私はちゃんと美しい人形として映っていたのかしら?」

 少し悪戯げに笑うリリベルにつられるようにマルコも軽く笑う。

「ええ、あなたはとても美しい。セイラと比べものにならないほど。ですがあいにく私は人間は愛せても人形を愛せる人間ではないものでして」

 リリベルは笑みを深める。

 イかれてる。

「セイラが微笑めば私の心は浮き足立ち

 セイラが食事をすれば私の活力が湧き

 セイラが風呂に入れば私まで清潔になり

 セイラが眠れば私まで疲れは取れ

 セイラが――――

 セイラが――――

 ……………………」

 

 そう言って狂ったようにセイラがセイラがと繰り返すマルコの目はなんとも甘美で狂気に満ちていて――。

 はて?あの目はどこかで見たことがある気がするのだけれどどこだったかしら?






 あら姉様の意識が戻ってきたわ。急に考え込み始めた姉を見つめていたキャシーは思考の渦から浮上してきた姉に気づく。

「姉「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ!?」」

 呼びかけようとしたキャシーの言葉にリリベルの奇声が重なる。急に叫びだしたリリベルにキャシーの心臓が早鐘を打つ。

「なになに!?」

「ふお!ふぉぉぉぉ!ふぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 怖い怖い怖い怖い。

「何かに取り憑かれたの!?」

 んな馬鹿な!

 生憎キャシーは呪いや霊といった類は信じない方なのだが……

「ふぉぉぉ!ふぉぉぉぉぉ!ふぉぉぉぉ!」

「悪霊退散!」

 キャシーが近距離から投げた扇子がリリベルのおでこにヒットする。

「いった!いったぁぁぁい!せめてその柔らかいところで殴ってよ!」

「いや扇子越しでも触るのはちょっと」

 こちらも取り憑かれそうで嫌である。

「取り憑かれてないわよ!」

「心読まれた!?まさかのシラフ!それはそれでヤバいわよお姉様!」

「そうヤバいのよ!」  

 自覚しているのね。良かったわ……いや、良いのか。

 あ、なんか心配で涙目になってきた。

「やばいことに気づいたのよ」

 だから何がよ。

「目よ」

「目?目がどうかした?お姉様の目は私と同じくいつも通り眩しいほどに澄み渡って美しいわよ」

「それは知ってるわよ!私の目じゃないわよ!」

「じゃあ誰の目の話よ?」

「マルコの目よ」

 マルコの目?それがどうかしたのか?なんの変哲もない普通の茶色い目だったような気がする。たぶん。なんかあんまり覚えていない。

「彼のあの時の――セイラを語るときの目……あれはお父様の目だったわ。お父様がお母様について語るときの目」

 母に恋い焦がれ、夫婦となっても異常な程の執着を持ち、他の者などそもそも人間と思わぬ父。

 その目と同じ。

 マルコも他の人は人形だと言っていた。

 即ち彼らは同類?

 自分は父を嫌悪している。

 愛だ恋だのをくだらないと思わないし、大切にするべきものだとは思う。だが何事も程度というものがある。そのために必要以上に誰かを攻撃したり、排除するのはおかしい。

 父の異常性は自分がよくわかっている。

 そんな者に愛される者の苦労も。

 

 マルコの視線はセイラ。それを忌々しいと思ったことが何度あったことか。だが今になって思う。

「ふおおおおおおおおおおお!」

 再び奇声を発した姉にビクリと身体を震わせるキャシー。なぜ姉はこうも変わっているのか。普通にしていれば極上の女だろうに。なんとも残念でならない。

 だが先ほどとは違い、どこか喜んでいるというか勇ましく聴こえるのは気のせいか。

「良かった!本当に良かった!マルコがセイラに惚れて良かったぁぁぁぁぁぁぁ!」

 彼の執着の相手が自分だったらと考えただけでぞっとする。

「浮気最高!セイラありがとう!」

 感涙に咽び泣くリリベル。

 キャシーはころころと表情を変える姉を微笑ましく見つめた。

 なんにしても幸せそうで何よりである。



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