公爵家の女たちは男運だけがない

たくみ

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「私達は失礼します」

「ちょっとお待ちになって」

 暗殺者が無事捕まった為、皇太子の部屋から退室しようとする副長とルシアンにマーシャがストップをかける。

「か弱い令嬢を送るべきでは?私公爵邸に帰りたいのだけれど」

 思わず辺りを見回す2人。

 か弱い令嬢?どこにいるというのか。

 そんな空気を感じているはずの彼女はニコニコと笑っている。

「……失礼致しました。では私が「んんっ!」」

 自分が送ると申し出ようとした副長の言葉を遮りそちらそちらとルシアンを顔で指し示すマーシャ。

「……ルシアン、マーシャ様を送って差し上げろ」

「あら、ごめんなさいねぇ」

 自分で言い出しておいて何を言ってるんだか。2人は呆れるばかりだった。



 王宮を出た2人は公爵邸の馬車に揺られていた。暫く無言だったが耐えきれなくなったルシアンが口を開く。

「……私に何か御用でしょうか?」

 彼女がただ送らせるために自分を同乗させたわけがない。

「愛しの婚約者を切り捨てる気になったかしら?考える時間は十分にあったでしょ?」

「……………………」

 いや、めっちゃ言い難いであろうことをなんでもないことのように言ったんですけど。だが彼女の視線は真っ直ぐにルシアンを捉えており、自分の方が何か気まずいことを言ってしまったような錯覚に陥る。

「ねぇどうして私があなたにこんなことを言うのかわかる?そもそもユリアさんは誰の目から見ても私を挑発しているわ。たかが男爵令嬢が私を侮辱するなど許されざる大罪よ」 
 
 なんたる傲慢な言い方、だがそれはとても彼女に似合っている。

「普通の貴族であれば序列一位のフライア公爵家の顔色を窺い自分の身を家を守るために彼女を切り捨てるはず。まして彼女は他の男といい感じになっているのだから。切り捨てることこそ正解よ」

 彼女が言っていることは全くもってその通りだとルシアンだって思う。

 自分の方がおかしいのだ。

 でも……

「私はユリアを切り捨てる気はありません。想い想われる仲ではないかもしれませんが、それでも私は彼女を婚約者と心に決めています」

「自分の身を家を滅ぼしてまで彼女にしがみつくの?」

「あなたにご迷惑をお掛けしているのは事実。何かしらの制裁がもたらされることも覚悟しております」

 それが我儘な婚約者を持つ自分の運命なのだ。

「たかが祖父が決めた婚約相手……利点もなし、好いてもいない相手にそこまで縛られるなんて愚かとしか言いようがないわ」

「自分でもそう思います」

 だが、こういうふうにしか生きられないのだ。

 出そうになるため息をなんとか堪える。

 自分で自分に呆れるルシアンはふと気づく。自分に向けられるマーシャの視線がねっとりと絡みつくようなものであることに。

「ねえ」

「は…い」

 なんだ。無性に喉が渇く。

「私があなたの新しい婚約者になると言ってもあなたはユリアさんを捨てないのかしら?」

「は?」

 幻聴だろうか。

「私はあなたが欲しいの」

 ルシアンの目がこれでもかと見開かれる。

「じょ……冗談はおやめ……ください」

「なぜ冗談だと思うの?」

 その真っ直ぐに向けられる視線から目を逸らしたいのになぜ逸らせないのか。ゴクリとつばを飲み込んだあとなんとか言葉を紡ぐ。

「……何もかも持っているあなたがなぜ私なんかを選ぶのですか?特別な美貌も頭脳も剣の腕も何もありません。爵位だけは辛うじてありますがなんの価値もないでしょう」

 自分で言っていて虚しくなってくる。

 少しばかり自信のあった剣も彼女の前では何の役にも立たないだろう。先程の彼女は自分が見た中で一番美しいと思うほど輝いていた。

 そして自分の惨めさをひしひしと感じた。

 何もかも持っている彼女と何も持たざる自分。全てが釣り合わない。

「それらになんの価値があるの?私は既に全てを持っているのだから誰かにそれを求める必要などないでしょう?」

「傲慢ですね」

 選ばれしものしか言えない言葉。首を竦める彼女は気分を悪くした様子もなく薄っすらと微笑んでいる。

「私の伴侶に同等さはいらないわ。いずれ当主となる私こそが頂天に立つのだから。わきまえてもらわなくてはね」

「告白している相手によくそんなことが言えますね。本当にあなたは私のことを……その……」

 あり得ないと思うものの胸がどうして高鳴るのか。彼女に劣等感を抱き釣り合わないと自覚しているのに、そんな自分に腹が立ってくる。

「貴族とは条件で結ばれるものよ。なんの利害関係もなしに結ばれた相手では家は繁栄しない。そして私が求めるのは誠実な婚約者。婚約者という名前に縛られるもの」

「気持ちがあるわけではないのですね」

 あ、なんかがっかりしている自分がいる。

「あらちゃんと好きよ。でもそもそも私は燃えるような恋はできないタイプなの。例え良いなと思った相手がいたとしても家にとって害だと思えば切り捨てることなど容易いわ」

「では私があなたを選んでも切り捨てられる可能性があるということですね」

「そうね。害を与えられればね。でもあなたは婚約をしてしまえば私を裏切るようなことはきっとしないでしょう?ユリアさんでさえ切り捨てないんだもの」

「………………」

「私を選んでくれないの?あなたに力も与えられる。それに私自身もユリアさんとは比べものにならないほど魅力的だと思うのだけれど」

 よく相手の婚約者をそのように言えるものだ。だが本当にその通りで……彼女自身とても魅力的で……傍にいさせて欲しいと懇願したくなるほど………

 だが

「……私はユリアを選びます。婚約者ですから」

「ふふっふふふふっ」

 ルシアンの拒絶に対する言葉はなく、ただ笑みだけがマーシャの口からは零れた。愉しそうに笑う彼女に訝しげな視線を向けるルシアン。

「……マーシャ様?」

「ま、あなたが誰を選ぼうとどうでも良いわ」

「は?」

「私は欲しいものは必ず手に入れるもの」

「何をするつもりですか?」

「あなたはきっとユリアさんに婚約破棄を申し入れるわ」

「もう一度聞きます。何をするつもりですか?」

 ルシアンの言葉を聞いているのかいないのか。完全にスルーされる。だがその瞳は鋭く強くルシアンを見つめている。

「マーシャ様!」

「そして彼らよ。私はそれをほんの少し手助けするだけ」

 だから私に非はなくてよ?

 そう言って笑う彼女は残酷で

 だが目を離せないほどに美しくて。
 
 馬車が止まる。公爵邸に着いたようだ。ルシアンを送り届けるように指示するマーシャの声が聞こえるが頭に入ってこない。

 カツカツと歩く音がしたと思ったら彼女の姿はもうそこにはなく、馬車から降りてこちらを再び見つめていた。

「必ずあなたはユリアさんを切り捨てるわ。その後は……私を選んでね?」

 そう言って彼女は振り返ることなく去って行った。 



 
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