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婚約破棄だ! ~断罪される公爵令嬢

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「エディンプール公爵令嬢ローレッタよ」

 学院の卒業パーティーでクリフォード様は、ローレッタ様に指を突き付けたのである。

「これまでのニーナ嬢に対する数々の嫌がらせを、ここで断罪する! 君との婚約は破棄するっ!」

 言った! ついに言ってくれた! 私は嬉しくて嬉しくて、クリフォード様の腕にしがみついた。

 さんざん私に意地悪してきたローレッタ様の顔がみるみる青ざめるのを見て、胸がスカッとしたの。

 護衛で付き添っていた黒騎士ノワール様が、クリフォード様に聞こえないよう背後でため息をつくのが分かった。

 直属の騎士はノワール様だけじゃない。基本ノワール様がピッタリくっついているけれど、脳筋の金の騎士ドレ様と、ちょっぴりチャラい赤の騎士ルージュ様は、もっととっつきやすいのに。

 ノワール様は何かと私とクリフォード様の間に割り込み、邪魔しようとするのだもの。クリフォード様と一緒にいる私を快く思っていないのがよく分かった。

 差し入れで軟膏や精力剤、焼き菓子なんかを作って持ってきても、彼だけは決して受け取ってくれなかったわ! 相当嫌われているのね。

 でも、それがなんだというのかしら。真実の愛の前に、そんな障害は微々たるもの。

「ニーナに今ここで謝罪してもらおう。嘘を吐いても無駄だぞ、認めるな?」

 クリフォード様は本気でローレッタ様に怒ってくれていた。嬉しい。

 ローレッタ様の指示で行われたいじめは苛烈で、精神的な攻撃だけにはとどまらず、生傷が絶えなかった。

 研究をぶち壊されそうになった時は、本当に頭にきた。同じチームのみんなにも申し訳ないし、何よりも莫大な研究費がパーになってしまうからだ。

 風評被害もすごかった。さまざまな男性に色目を使うビッチだと噂を広げられてしまっていた。純粋な王太子殿下は騙されていると。

 クリフォード様はもちろん信じなかった。私にはそれで十分だった。

 ところが断罪されても悪役令嬢は悪びれない。私を見て鼻で笑った。

「殿下、わたくしがたかが平民ごときに、そのような手間をかけるとでも?」

 悪役令嬢ローレッタ様が、ツンッと横を向く。クリフォード様が隣で拳を握りしめるのが分かった。

 私はほくそ笑んだ。ばかな悪役令嬢。そんなだから、嫌われてしまうのよ。

 私、知っているの。家の関係で拗れていても、ローレッタ様がずっとクリフォード様に惚れていたってこと。

 一緒にいたら分かるわ。いつも貴女は羨ましそうに、私とクリフォード様を見ていたものね。

 でもごめんなさい。人の気持ちは、どうにもならないのよ。

 私は、平民初の王太子妃が自分であると、確信したのだ。歴史に名を残すことになるだろう。

 ところが次の瞬間、さらなる憎まれ口をきこうとしたと思われるローレッタ様が、口を開いたまま固まった。

 突然、今目覚めたかのように、その紫紺の瞳を見開いたのだ。

 いつもの意地悪そうな、だが美しい顔が崩れる。クリフォード様や私を含め、パーティーの会場にいた者たち全員がぎょっとなった。

 あれ? 何か変だわ。憑き物が落ちたかのような──。

 まるで捨てられた子犬みたいに、眉尻を下げた情けない顔になってしまったのだ。

 え? 誰これ……。

 ローレッタ様は、呆然としつつ小さく呟いた。

「うそ、これって乙女ゲーム『ベルSayYouの紫の薔薇』略してベルバラの断罪シーンじゃない!?」

 そんな謎の言葉を、確かに聞いたような気がした。

 それから、しばらく挙動不審な態度でオロオロしていたけど、やがて悲しげにまつ毛を瞬かせ、クリフォード様を見つめながら言ったのだ。

「ええ! ええ! もちろんですわ。これまでの数々の非道なふるまい、ここに謝罪いたしますわ! 最推しキャラ──いえ、王太子殿下。ヒロイン──ニーナさん、ごめんね」

 えぇぇぇえ!?

 周囲がざわざわとざわめく。あの悪役令嬢ローレッタ様が謝ったですって!?

 私も唖然となったけど、一番驚いていたのは王太子殿下本人だ。

 ローレッタ様は藤色の縦ロールを後ろに払うと、ふわっと優しい笑みを浮かべる。

 それは誰もがうっとりするほど美しくて、そういえばこの方は、ベルセイユ宮殿の紫の薔薇の人と謳われた美女だった、と気づく。

「どうか、お幸せに。わたくしはこれまでの悪行を反省し、修道院に入りますわ」

 そっと涙を拭い、はやくエンディングの鐘よ鳴って! と叫びながら去っていくローレッタ様の背中を、クリフォード様はポカンとして見送った。

 私もだ。

 とても信じられなかった。

 おかしい……。何かの罠じゃないかしら。しおらしいふりをして、また私を陥れるつもりなのではないかしら。

 もちろん、卒業パーティーにいた誰もがそう思っただろう。

 でも本当にエディンプール公爵令嬢は、それ以来悪役令嬢の片鱗すら無くしてしまったのだ。
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