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はぁはぁはぁ……~興奮状態のスタンリー視点~

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 なぜ来た!?

 このむさくるしい男ばかりの砦に、唯一俺の股間レーダーが反応するニーナが来たら、どうなると思っているんだ!

 せっかく「コネで上官になった都のチャラい騎士」から「実力ある若きイケメン新司令官」に評価が変わったばかりだというのに!

 もし「むっつり勃起野郎」とかに二つ名が変わってしまったら、この女のせいだからな。それならまだ疾風の黒騎士ノワールの方がマシだ!

 俺は嘗め回すようにニーナの体を見ないよう、視線を彼女の顔に固定した。まつ毛長っ。

 そっけなく、彼女を二人だけで話せる場所に誘い出す。つまり、司令官室だ。

 だってニーナが「二人だけになりたいの」って言ってきたんだぞ? 俺にやましい気持ちがあるわけじゃなくて、彼女がそう望んだからだ!

 ただ……俺と二人きりになって怖くないのだろうか、と心配になった。

 司令官用の応接室の方に通すと、俺は彼女に聞いた。

「扉は開いていた方がいいかな」

 ニーナはソファーに座りながら首を振った。

「え? ああ、大丈夫です。閉じてください。声を聞かれたらまずいので」

 声を聞かれたらまずい? 俺の股間に血が集まった。違う、そういう意味じゃない。

「それに、ノワール様はもうインポテンツなのでしょ? そんなに怖くないです」

 ほらな、危うく期待するところだった。

 そしてそれも違う。君にだけは違うんだ。はっきり言って君は、狼と一緒にいるようなものだぞ。しかも、とびきり飢えた狼だ。

「いいかげん、ノワール様って言うのやめたらどうだ」
「え?」

 そのちょっとカッコ良さげに聞こえる、チャラい通り名を命名したのは、王太子クリフォードだからだ。

 それを口にするたびに、元恋人を思い出して悲しくなるのではないかと、心配になる。

「すみません、つい……。黒の騎士様とかノワール様って言われるのは、お嫌いですか?」
「もう夫婦になるし」

 言ってからしまった、と思った。彼女は望んでなるわけではない。仕方なく、だ。

「形ばかりとはいえ、これから契約結婚というか、愛の無い結婚をするわけだから、慣れていた方が──」
「スタンリー様」

 甘い痺れが耳朶から入り込み、再び俺の股間が疼いた。彼女は、声もエロいな。

 若草色の宝石が嵌った垂れ目が、俺をじっと凝視する。

「スタンでいい」

 俺はわざとそっけなくそう言った。ニーナは魅力的などではない。

「そういうわけには……」

 と言いながら、ニーナが腰を浮かした。なんだ?

 ティーテーブルに身を乗り出して顔を近づけられ、俺の方がビクッとなる。ニーナは目を丸くした。

「あ、ごめんなさい。眉毛の上に傷があるので。血が──」

 手にハンカチを持っていた。

「ああ、魔獣が複数出たから。聞きしに勝る獰猛さだな。狼や猪とはわけが違う──っ!?」

 ハンカチでそっと押さえられ、俺は俯いた。

 なんだよ、心臓が破裂しそうだ。

 俺は彼女の手からハンカチを受け取ると、自分で傷を押さえた。どこもかしこも、ハンカチすらも甘い匂いがする。

「それで、どうしてこんな危ないところに、わずかな供だけで来た?」
「王太子殿下が見えます。結婚式に」

 俺はあんぐり口を開けた。

「え?」
「ウィンドカスター辺境伯は、やはり国にとって大切な存在なのですね。王族が結婚式に来るなんて」

 俺は専属騎士を辞める時、さんざん揉めたのを思い出した。四年許可が出ないとは思わなかった。

 しかもこちらに来る前、王太子殿下の異母兄であるローレンス王子の勢力が、また強くなってきていたのだ。

 エディンプール公爵と、王室の関係がギクシャクしてきたことによる。

 理由は王太子妃ローレッタの家出で、そのことは未だに国民に伏せられていた。

 いつまでも子宝に恵まれず、それを国王夫妻が責めたとかなんとか……。まあ理由は推測に過ぎないが、エディンプール公爵が娘のためにブチ切れた、というのは有り得そうだ。

 たぶん家出した王太子妃を匿っているのだろう。

 思えばあの時ローレッタ嬢は、俺と同じく王太子殿下にドン引きしていた。でも、まさか何年も経ってから逃げるとは思わなかった。

 ローレンス王子の派閥と、お互い暗殺者を送り合う不毛な泥試合へ発展しそうな時期に、俺は王室騎兵隊を辞めたのだ。

 薄情だと罵られた。しかし、ニーナの事件の後すぐ辞表を叩きつけたが受理されず、ずるずる捕まっていたのだから仕方ないだろう?

 引き継げる次の黒の騎士も入ったことだし、何よりも祖父が危篤だと言って、どうにか辞めてここに来た。

「まずいな」

 まさかまだ、俺に未練があるわけじゃないだろうな。

「どうしましょう。私は身を隠した方がいいでしょうか? エイベルだけ残して、花嫁は失踪ってことにすれば──」
「おふっ!?」
「だって結婚相手が私だってばれたら、大変でしょ?」

 そうか、王太子殿下はまたニーナに執着するかもしれない。一度忠誠を誓った相手にこんなことを言いたくないが、あの男はクソだから、権力を使って俺からニーナを取り返そうとするかもしれない。

「彼は私が陛下の暗殺を企んだと思い込み、私を憎んでいるのですよ? スタンリー様が私と結婚なんて、反逆罪を問われるかもしれません!」

 俺はしばしニーナの可愛らしい顔を見つめて、無言になっていた。しばらくして、やっと思考が働く。

「……あ、そっち?」

 そうか。ニーナは王太子殿下とローレッタ嬢がまだラブラブだと思っているのか。

「もし……」

 俺はさりげなく聞く。

「王太子殿下がローレッタ様と離婚し、君を望むと言ったらどうする?」

 つい聞いていた。ローレッタ様の家出は極秘なのに……。

「彼に未練は、ないのか?」

 ニーナがまだ殿下を諦められないでいるなら──。俺たちの結婚は、すべきではないのではないか?

 あのアタオカ王太子がニーナに執着すれば、そして今度こそニーナ以外と結婚するつもりがないと、陛下に断固たる意志で訴えれば、ニーナは前のポジションに戻れるのではないか。

 殿下の隣で無邪気に笑い、幸せそうだったニーナに。

 有り得ないことなのに、俺はついそんな想像をしていた。

 そしてその瞬間、ひどく胸が痛んだ自分に首を傾げた。

「私が、クリフォード様に未練……」

 ニーナはポツッと呟いた。
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