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本編

生意気なアレクサンドル

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「おい、アレクサンドル」

 アレクったら、子爵家のデブチン令息、デュブノ・ド・ブローノさんから、今日も嫌がらせを受けてます。

「平民のくせに、なんで前の席に座ってやがる」

 アレクは眼鏡を指で上げてから、舌打ちしました。

 ふふふ、面白いわ。

 礼儀正しくて可愛かったのは、うちの両親の前でだけだったのよね。

 それ以外の外面の悪さったらないのよ。

「デブノ・ド・デブーノ様、お前が前に座ったら、後ろの人たちが見えないじゃないですか」

 がんばったわ、ちゃんと敬語を遣っているわ!

 それなのに、子爵令息デブノさんはとてもご立腹でしたわ。

 お前だと? とか、てめー外に出ろ! とか、まあ貴族とは思えないくらい、ガラの悪いすごみ方をするのです。

 それどころか、悪漢チンピラのようにアレクに掴みかかろうとしました。

 しかし、パシッと音がして、アレクがその手を掴みあげます。

 うふふふ。

 申し訳ないけれど、アレクはわたくしの護衛も兼ねているの。領地軍の士官に師事して、子供のころから訓練も受けております。

 この子を頭でっかちなガリ勉君と、一緒にしないでいただける?

 アレクの目の色と雰囲気で、何か危険を感じ取ったのでしょう。デブノさんは、覚えてろよ! とコテコテの捨て台詞を吐いて去っていきました。

「ふふふ、さすがね、アレクサンドル」

 わたくしはアレクの席に回り込むと、ひょいと机の上にお尻を乗せました。

 学長の趣味とやらで、この学園の制服のスカートはなぜか短いのです。

 結果アレクの目の前に、ニーハイソックスとスカートの間から覗く太腿が、晒されてしまいました。

「お嬢様、お行儀が悪い」

 アレクが目元を赤くして、目を逸らします。

 これよ、これ。

 わたくし、これが見たくてよくやりますのよ。

 高等科になってから、わたくしにはそっけなくなってしまったアレクですもの。たまにはこうやって動揺させてやりたいのです。

「あなたのその塩対応、さすがブーシャルドン侯爵家の──わたくしの婚約──ふごふごふご」

 アレクに手で口を塞がれてしまいました。

「それは、内々で侯爵様と奥様が話していることであって、正式なものでもないし……第一、オレにはその資格がまだ無いんですよ。言いふらさないで」

 そうなの。

 父と母はアレクを気に入りすぎて、貴賤結婚をまとめようとしているのです。

 貴族と平民の結婚は、まだあまり奨励されていないの。貴族の魔力の血筋を保持するために、相手の平民にはある程度の制約が設けられるのですわ。

 たとえば、ナイトの位を叙勲されているとか、国家研究員となって結果を残しているとかね。

 それでアレクは、魔術の国家研究員をめざしているのよ。

 わたくしと結婚するためにね!


 幼児期の食環境のせいで、わたくしよりずっと小さかったアレク。

 あの頃は可愛かったのに、成長してきた今はやけによそよそしくなってしまいました。

 分かっていますわ、思春期、というやつですわよね。

 ……難しい年頃だって分かってはいますけど。でもわたくし腹が立ったってしまい、こうやってお色気うっふん攻撃をして、意地悪するようになりましたの。

 だってアレクは私のこと、好きなのですから。

 ところがアレクは、苛立ったようにわたくしに言ったのです。

「また俺の後ろの席に座っているんですか? 見えにくいでしょう。お嬢様チビだから」

 まぁあああっ。チビじゃないですわ! アレクの身長が高すぎるんですっ。

 侯爵家に引き取られて、たっぷり食べられるようになったからって──メキメキと上に伸びすぎなんですわ!

 あの可愛い小さなわたくしのアレクが……。

 デブノ・ド・デブーノ子爵令息に、後ろのやつが見えなくなる、とか言ってましたけど、あなたもそうですわよ!

「だったら貴方が、わたくしの後ろに座ればいいのよ」

 青みを帯びた銀の髪を、サラッと後ろに流してみせます。

 他の男子生徒たちが、ほうっとため息をついてわたくしを見ているの、気づいたかしら? アレク。

 わたくし、自分で言うのもアレだけど、とても美しいでしょう?

 さ、わたくしのありがたい姿を、後ろからガン見すればいいわ。穴が空くほどね!

「今日も悪役令嬢、悪そうだな」
「りっぱにコテコテな悪役令嬢だぜ」
「アレク平民だからな、絡まれて可哀想に」

 という陰口が、わたくしにも聞こえてきました。わたくし、動揺してしまいます。

 なんなの? どういうことかしら。

「おれ、目が悪いんですよ。隣来ます?」

 アレクに椅子の隣をポンポンされて、わたくしはさらに狼狽えてしまいました。

「わ、わたくしに平民と席を並べろとおっしゃるの? わたくしは腐っても侯爵令嬢──」
「はいはい」

 アレクは息をついた。

「だったら平民の後ろの席も不快なんじゃないですかね? なんでいっつも近くに座るかな……」

 そう言うと教科書を持って立ち上がり、さっさと遠くの席に移動してしまいました。

 慌てて追いかけようとしましたけれど、残念ながらちょうど始業のベルが鳴ってしまったのです。


 
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