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プロローグ

君から婚約破棄するんだ

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「約束だったろう? シンシア」

 ヒューバート様は、わたくしに優しい口調でそうおっしゃいました。

 ただ、そのヘイゼルの瞳はコインのように無機質な光を放っており、いつもはそこにあるはずの温かみが微塵も感じられませんでした。

「君との婚約は偽装だった」

 もちろん、承知しておりました。

「僕に好きな人ができたことが、君には我慢できなかったんだね」

 わたくしは唇を噛んでうつむいたまま、顔を上げることができませんでした。

 その通りだったので。

 わたくし、とても卑怯なのです。自分の役割を分かっていたのに、欲が出てしまった。

 彼が初めて好きになった女性に、あることないことを吹き込んで、二人の仲を引き裂いてしまった……。

 偽装などではなく、本当に婚約者にしてほしかったから。

 わたくしを、選んでほしかったの。

「気づかなかった僕が悪い。まさか君まで、僕を狙っていたなんて」
「ご、ごめんなさい、いつか振り向いてもらえるかと──」
「君のことは女性としては愛せない」

 彼が呟いたその言葉の中に、わたくしは嘲りを聞きとった気がしました。被害妄想だと思えればよかったのに……でも……。

 彼は、はっきりこうおっしゃったのです。

「君は、醜いね」

 ストレートに傷つく言葉でした。

 あの優しいヒューバート様が口にされたとは思えず、わたくしは竦みあがって固まってしまいました。

「婚約解消の契約書だよ、さあ、サインして」

 大きな窓ガラスに映る自分の姿に一瞬目をやり、わたくしはすぐに逸らしました。

 わたくしは、ようやく気づいたのです。

 今まで、ポジティブすぎたのだわ。太っていても可愛いのだと、思い込んでいたのですから。

 いえ、自分が醜いと、本当は知っていたのかもしれません。

 けれど、わたくしが愛している人たち──家族やヘビントン侯爵家の兄妹から、可愛い可愛い、と誉めそやされていれば、その他有象無象が何を言おうと関係なかったの。

「早く、婚約破棄を」

 ヒューバート様が無情な声で急かしました。

 醜いなんて、女性にはけして言わないヒューバート様です。そんな優しい人に、キツい言葉を言わせてしまった。

 後悔でしゃくりあげるわたくしに、彼は迫ります。

「さあ、君から振るんだよ」

 猫なで声に、わたくしはついに口が裂けても言いたくなかった言葉を、口にしておりました。

「ヒューバート様、貴方との婚約を破棄させていただきます」

 それは、彼をわたくしから解放する言葉でした。
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