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第二章
この醜い豚めに縁談?
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結婚の話? それで嫁ぎ先を探さなきゃとおっしゃっていたのね。
「正直、シンシアが嫁ぐのは考えたくない」
「ええ。存じておりましたわ」
だってそれが嫌で、ヒューバート様と婚約させていたのですものね。
「だが、上流階級の女性としては、そろそろ結婚してもいい年齢だ。逆に適齢期を逃すと、いざシンシアが結婚したくなった時には、いい相手はなかなかいなくなるだろう。女性の実業家は増えてきてはいるが、まだ社会に根付いているとまでは言いがたい世の中だ。そう考えると、やはりそろそろ結婚相手を──あと丸々した玉のようなシンシアミニが見たい」
「お兄様、最後の方で本音が出ましたわね。生憎ですが、わたくしは結婚したくないのです」
「しかしシンシア、やはり寂しいだろう? 家族がいないのは」
「お父様やお母様、それにお兄様がいらっしゃるではございませんか」
お兄様は嬉しそうに顔を輝かせましたが、すぐにまた曇らせてしまいました。
「父上や母上はひとつ所に滞在されないし、俺も農園には足繁く通えん。それに前ヘビントン侯爵夫妻のように、不慮の事故でも起きれば、シンシアは独りになってしまう」
「不吉なことおっしゃらないで。それに人間は結局、死ぬときは一人ですわ」
頑ななわたくしに、不自然なものを感じたのでしょうか。クライヴ兄様は理解できない、と言ったように首を横に振りました。
「上流階級の女子は結婚するものだろう? 仕事が好きなら、それはそれで結婚してからも続ければいいじゃないか」
わたくしの脳裏に、ヒューバート様のふんわりした笑顔が浮かびました。チクッと胸が痛みましたが、それだけで済んだので、ほっとしたわたくしです。
やはり、時の経過の効力は偉大ですわね。
「なぜそんなに結婚を嫌がる?」
お兄様の言葉に、わたくしは呻きました。
結婚が嫌なのではなく……。
「だ、だってわたくし、こんなに醜いのですよ?」
結婚する相手が、可哀想ではございませんか。
クライヴ兄様はポカンと口を開いて、しばらく静止しておりました。
「何を言っている、君は誰よりも美しいではないか」
「はいはい」
この兄バカシスコン眼鏡のせいで、かつて恥ずかしい目にあったのです。
「お兄様は、ズレているのですわ。それにわたくしだって、ステイプルトン家の財産目当てで寄ってくる殿方とは、結婚したくはございません」
かつてのヒューバート様の気持ちがよくわかります。
わたくしの実家は大金持ちなので、結婚相手はこの醜いシンシアという女性に惹かれるわけではなく、当然財力に惹かれているのですもの。
クライヴ兄様は目を泳がせました。その表情を見てわたくしは、お兄様になにか不自然なものを感じました。
「本当に、わたくしを心配して結婚を勧めにきたのですか?」
クライヴ兄様は、ぎくりと肩を強張らせました。
だいたい、玉のようなシンシアミニなら、お兄様がいつかご結婚された時に、遭遇できるかもしれないではございませんか。玉のようなメガネミニかもしれませんが。
「まさかお兄様、縁談を持って来られたのですか?」
「ううう……いや、無理にとは言わないよ?」
断りにくいお取引き相手とかかしら?
わたくしは、クライヴ兄様が自分から話すのをじっと待ちました。お兄様の場合しつこく聞き出そうとするより、自ら口を開くのを待つ方が早いと、わたくしには分かっておりましたから。
案の定お兄様は、すぐにごまかすのをやめました。
「実は遺言状が公開されたんだ」
「遺言状?」
「ヘビントン侯爵家の弁護士が、先代の預けた遺言状を持って王都の侯爵邸にやってきた」
「そんな、まるで死ぬことが分かっていたようではございませんか」
「いや、爵位を持つ貴族は領地や財産の問題があるから、わりと早くから遺言状をしたためておくことが多いんだよ。生きていれば何度でも書き換えられるしね」
俺も用意しようかな、とおっしゃるお兄様ですが、今のところ未来の妻と子へ想像で書くくらいしかできませんわね。ちょっと空しい。
そうだわ。わたくしの分の財産は、全部救済院に遺贈しましょう!
「それでね、貴族の当主は二十二で一人前とされ、後見人が外れる。当主権限で動産不動産、全ての財産を、親族に相談せずに自由にできるようになるんだ。遺言状は、その年齢に合わせて弁護士が公開することになっていたらしい」
それで今頃……。
「先週、二十二歳の誕生日をヒューバートは迎えただろう?」
わたくしは俯きました。まあ、そうですわね。覚えている自分が女々しくて嫌ですわ。違いますわよ? クライヴ兄様と一週間違いだったから、忘れられないだけで……ほら、家族同然でしたし──。
「で、遺言状開封の時、あちらの家の親戚一同と、ステイプルトン家から俺が呼ばれた」
「なぜお兄様が?」
「俺たちの父上が、今外国にいるからだ」
いえ、そうではなく……なぜヘビントン侯爵家の遺言公開日にそもそもお父様が? ステイプルトン家は関係ないではございませんか?
「父上と、前ヘビントン侯爵で約束をしていたようなんだ。どちらかが窮地に陥った時、どちらか成功している方が片方を経済的に援助すること、という遺言がね。父上に問い合わせたら速達で回答が届いた。内容に相違ないと確認済みだ」
お兄様は、わたくしにきっぱりおっしゃいました。
「単刀直入に言うぞ、シンシア。つまりだな、遺言状公開時にお互いに決まった相手がいなかった場合は、ヘビントン侯爵家とステイプルトン家の子同士に、婚姻関係を結ばせてほしい。かいつまむと、そういう内容の遺言状だったんだ」
「正直、シンシアが嫁ぐのは考えたくない」
「ええ。存じておりましたわ」
だってそれが嫌で、ヒューバート様と婚約させていたのですものね。
「だが、上流階級の女性としては、そろそろ結婚してもいい年齢だ。逆に適齢期を逃すと、いざシンシアが結婚したくなった時には、いい相手はなかなかいなくなるだろう。女性の実業家は増えてきてはいるが、まだ社会に根付いているとまでは言いがたい世の中だ。そう考えると、やはりそろそろ結婚相手を──あと丸々した玉のようなシンシアミニが見たい」
「お兄様、最後の方で本音が出ましたわね。生憎ですが、わたくしは結婚したくないのです」
「しかしシンシア、やはり寂しいだろう? 家族がいないのは」
「お父様やお母様、それにお兄様がいらっしゃるではございませんか」
お兄様は嬉しそうに顔を輝かせましたが、すぐにまた曇らせてしまいました。
「父上や母上はひとつ所に滞在されないし、俺も農園には足繁く通えん。それに前ヘビントン侯爵夫妻のように、不慮の事故でも起きれば、シンシアは独りになってしまう」
「不吉なことおっしゃらないで。それに人間は結局、死ぬときは一人ですわ」
頑ななわたくしに、不自然なものを感じたのでしょうか。クライヴ兄様は理解できない、と言ったように首を横に振りました。
「上流階級の女子は結婚するものだろう? 仕事が好きなら、それはそれで結婚してからも続ければいいじゃないか」
わたくしの脳裏に、ヒューバート様のふんわりした笑顔が浮かびました。チクッと胸が痛みましたが、それだけで済んだので、ほっとしたわたくしです。
やはり、時の経過の効力は偉大ですわね。
「なぜそんなに結婚を嫌がる?」
お兄様の言葉に、わたくしは呻きました。
結婚が嫌なのではなく……。
「だ、だってわたくし、こんなに醜いのですよ?」
結婚する相手が、可哀想ではございませんか。
クライヴ兄様はポカンと口を開いて、しばらく静止しておりました。
「何を言っている、君は誰よりも美しいではないか」
「はいはい」
この兄バカシスコン眼鏡のせいで、かつて恥ずかしい目にあったのです。
「お兄様は、ズレているのですわ。それにわたくしだって、ステイプルトン家の財産目当てで寄ってくる殿方とは、結婚したくはございません」
かつてのヒューバート様の気持ちがよくわかります。
わたくしの実家は大金持ちなので、結婚相手はこの醜いシンシアという女性に惹かれるわけではなく、当然財力に惹かれているのですもの。
クライヴ兄様は目を泳がせました。その表情を見てわたくしは、お兄様になにか不自然なものを感じました。
「本当に、わたくしを心配して結婚を勧めにきたのですか?」
クライヴ兄様は、ぎくりと肩を強張らせました。
だいたい、玉のようなシンシアミニなら、お兄様がいつかご結婚された時に、遭遇できるかもしれないではございませんか。玉のようなメガネミニかもしれませんが。
「まさかお兄様、縁談を持って来られたのですか?」
「ううう……いや、無理にとは言わないよ?」
断りにくいお取引き相手とかかしら?
わたくしは、クライヴ兄様が自分から話すのをじっと待ちました。お兄様の場合しつこく聞き出そうとするより、自ら口を開くのを待つ方が早いと、わたくしには分かっておりましたから。
案の定お兄様は、すぐにごまかすのをやめました。
「実は遺言状が公開されたんだ」
「遺言状?」
「ヘビントン侯爵家の弁護士が、先代の預けた遺言状を持って王都の侯爵邸にやってきた」
「そんな、まるで死ぬことが分かっていたようではございませんか」
「いや、爵位を持つ貴族は領地や財産の問題があるから、わりと早くから遺言状をしたためておくことが多いんだよ。生きていれば何度でも書き換えられるしね」
俺も用意しようかな、とおっしゃるお兄様ですが、今のところ未来の妻と子へ想像で書くくらいしかできませんわね。ちょっと空しい。
そうだわ。わたくしの分の財産は、全部救済院に遺贈しましょう!
「それでね、貴族の当主は二十二で一人前とされ、後見人が外れる。当主権限で動産不動産、全ての財産を、親族に相談せずに自由にできるようになるんだ。遺言状は、その年齢に合わせて弁護士が公開することになっていたらしい」
それで今頃……。
「先週、二十二歳の誕生日をヒューバートは迎えただろう?」
わたくしは俯きました。まあ、そうですわね。覚えている自分が女々しくて嫌ですわ。違いますわよ? クライヴ兄様と一週間違いだったから、忘れられないだけで……ほら、家族同然でしたし──。
「で、遺言状開封の時、あちらの家の親戚一同と、ステイプルトン家から俺が呼ばれた」
「なぜお兄様が?」
「俺たちの父上が、今外国にいるからだ」
いえ、そうではなく……なぜヘビントン侯爵家の遺言公開日にそもそもお父様が? ステイプルトン家は関係ないではございませんか?
「父上と、前ヘビントン侯爵で約束をしていたようなんだ。どちらかが窮地に陥った時、どちらか成功している方が片方を経済的に援助すること、という遺言がね。父上に問い合わせたら速達で回答が届いた。内容に相違ないと確認済みだ」
お兄様は、わたくしにきっぱりおっしゃいました。
「単刀直入に言うぞ、シンシア。つまりだな、遺言状公開時にお互いに決まった相手がいなかった場合は、ヘビントン侯爵家とステイプルトン家の子同士に、婚姻関係を結ばせてほしい。かいつまむと、そういう内容の遺言状だったんだ」
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