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第一章
王太子殿下とブタ
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ヒューバート様は、殿下の前にわたくしを連れていきました。
王太子殿下とお会いするのは、本日が初めてです。ヒューバート様と同じく、わたくしが学院に入学する時に入れ違いでご卒業されたからでもございますが、そもそも王族に拝謁する機会のある王宮のパーティーに、平民出身の新興貴族は出席できません。
おそらくこれが、最初で最後の機会になるのではないでしょうか。いえ、そうはならないためにも、わたくしはどうにかしてヒューバート様と結婚しなければ!
「殿下、そしてご来場の皆さま。今日の良き日に、もう一つ嬉しいお知らせがございます」
ヒューバート様が声を張り上げて、殿下の前にわたくしを優しく押し出しました。
王族特有なのでしょうか。関心の薄い視線が、わたくしに注がれます。
ヒューバート様ほどではございませんが、美しく整ったその容貌に、訝しげな表情が浮かびました。
「僕は、こちらのステイプルトン家のシンシア嬢と、結婚の約束をいたしました」
シーンという沈黙の後、ざわっと会場がざわめきはじめます。わたくしは衆目にさらされ、緊張に身をすくませてしまいました。
殿下が目を丸くしてソファーから立ち上がりました。そしてなんと、わたくしに近づいてきたではございませんか。
再び会場が静まり返ります。
わたくしは慌てて足を引き、腰を屈めて優雅に頭を下げました。
どうしましょう、祝福を授けてもらったら、どういう風にお返ししたらよいのかしら。上流階級のマナーは学んでおりますが、噛み噛みになってしまうに違いありません。
殿下はいつまで経っても声をかけてはくださいません。わたくしは頭を下げたまま、殿下の足元を見ておりました。
わ、わたくしから話しかけてよろしいんでしたっけ?
「ヒューバート、どれが婚約者だ?」
殿下の抑揚のない声が、会場に響きわたりました。
ヒューバート様は、誇らしげにわたくしを引きよせます。
「殿下、こちらのシンシア嬢です」
王太子殿下の沈黙が続きます。脂汗が出て、動悸が早まりました。
「顔を見せよ」
やっとお声がけがあり、わたくしはようやく顔を上げることができたのです。
「ステイプルトン家……多くの事業を手がけている、あの?」
殿下がつぶやきました。わたくしはハッとしました。身分が違うと非難されるのでしょうか。でも昨今は身分違いの恋愛だって、珍しくはございませんし──。
「シンシア嬢と申したか?」
「は、はい、お初にお目にかかります。殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう──」
しかしわたくしの顔をまじまじとご覧になり、殿下はどうやら困惑しているようでした。
「どこが目だ?」
「え?」
王太子殿下の視線は、わたくしの顔面をひたすらさ迷っているのです。
「肉に埋もれて目の位置が分からん」
どっと会場が沸き立ちました。大爆笑です。
「え? え??」
どうやらわたくし、笑われているようです。な、なぜ? ただ殿下ご自身は、笑ってはいません。ものすごく真面目におっしゃいました。
「ヒューバート、君はその肉塊と婚約すると申すのか。一体どんな弱みを握られている?」
ホクホクした顔で見ていたお兄様が、悪鬼の形相で飛び出してこようとし、ミラベルがしがみついてそれを止めるのが視界の端に映りました。
ナイスですわ、ミラベル。王族を殴ろうものなら、不敬罪で投獄ですわ!
「殿下! 愛するシンシア嬢に謝っていただきたい」
ヒューバート様が憤慨しておっしゃいました。しかし王太子殿下は、肩を竦められました。
「豚ではないか」
ヒューバート様、落ち着いて!
「それがなんです!? こんなに可愛らしい娘は他にいないでしょう? 殿下だってミニブタをペットにしていたではございませんか!」
王太子殿下とお会いするのは、本日が初めてです。ヒューバート様と同じく、わたくしが学院に入学する時に入れ違いでご卒業されたからでもございますが、そもそも王族に拝謁する機会のある王宮のパーティーに、平民出身の新興貴族は出席できません。
おそらくこれが、最初で最後の機会になるのではないでしょうか。いえ、そうはならないためにも、わたくしはどうにかしてヒューバート様と結婚しなければ!
「殿下、そしてご来場の皆さま。今日の良き日に、もう一つ嬉しいお知らせがございます」
ヒューバート様が声を張り上げて、殿下の前にわたくしを優しく押し出しました。
王族特有なのでしょうか。関心の薄い視線が、わたくしに注がれます。
ヒューバート様ほどではございませんが、美しく整ったその容貌に、訝しげな表情が浮かびました。
「僕は、こちらのステイプルトン家のシンシア嬢と、結婚の約束をいたしました」
シーンという沈黙の後、ざわっと会場がざわめきはじめます。わたくしは衆目にさらされ、緊張に身をすくませてしまいました。
殿下が目を丸くしてソファーから立ち上がりました。そしてなんと、わたくしに近づいてきたではございませんか。
再び会場が静まり返ります。
わたくしは慌てて足を引き、腰を屈めて優雅に頭を下げました。
どうしましょう、祝福を授けてもらったら、どういう風にお返ししたらよいのかしら。上流階級のマナーは学んでおりますが、噛み噛みになってしまうに違いありません。
殿下はいつまで経っても声をかけてはくださいません。わたくしは頭を下げたまま、殿下の足元を見ておりました。
わ、わたくしから話しかけてよろしいんでしたっけ?
「ヒューバート、どれが婚約者だ?」
殿下の抑揚のない声が、会場に響きわたりました。
ヒューバート様は、誇らしげにわたくしを引きよせます。
「殿下、こちらのシンシア嬢です」
王太子殿下の沈黙が続きます。脂汗が出て、動悸が早まりました。
「顔を見せよ」
やっとお声がけがあり、わたくしはようやく顔を上げることができたのです。
「ステイプルトン家……多くの事業を手がけている、あの?」
殿下がつぶやきました。わたくしはハッとしました。身分が違うと非難されるのでしょうか。でも昨今は身分違いの恋愛だって、珍しくはございませんし──。
「シンシア嬢と申したか?」
「は、はい、お初にお目にかかります。殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう──」
しかしわたくしの顔をまじまじとご覧になり、殿下はどうやら困惑しているようでした。
「どこが目だ?」
「え?」
王太子殿下の視線は、わたくしの顔面をひたすらさ迷っているのです。
「肉に埋もれて目の位置が分からん」
どっと会場が沸き立ちました。大爆笑です。
「え? え??」
どうやらわたくし、笑われているようです。な、なぜ? ただ殿下ご自身は、笑ってはいません。ものすごく真面目におっしゃいました。
「ヒューバート、君はその肉塊と婚約すると申すのか。一体どんな弱みを握られている?」
ホクホクした顔で見ていたお兄様が、悪鬼の形相で飛び出してこようとし、ミラベルがしがみついてそれを止めるのが視界の端に映りました。
ナイスですわ、ミラベル。王族を殴ろうものなら、不敬罪で投獄ですわ!
「殿下! 愛するシンシア嬢に謝っていただきたい」
ヒューバート様が憤慨しておっしゃいました。しかし王太子殿下は、肩を竦められました。
「豚ではないか」
ヒューバート様、落ち着いて!
「それがなんです!? こんなに可愛らしい娘は他にいないでしょう? 殿下だってミニブタをペットにしていたではございませんか!」
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