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第一章
色仕掛けしたって、無駄無駄無駄無駄なのですわ!
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実はわたくしのお父様は、なん度かヒューバート様の領地経営をお手伝いしようとしていました。
赤字分の補填を申し出たり、羊の処分を進言したり、処分した後の耕作地で育てる作物の種類を助言したり……。
お父様の意見を聞いてはくださいますが、それを実行するかどうかはヒューバート様しだい。
現段階では、ヘビントン侯爵家は間違いなく年収十万パリピの大金持ちなのですから、危機感が無いのかもしれません。
とにかく羊を売りたがらない、とのことでした。
今はいいかもしれないですが……。事業というのは常に先を見据えていないといけません。
ヒューバート様もそれは分かっていると思うのですが、気さくで優しい彼にすら貴族の矜持というものがあって、新興貴族の助言どおりにはできなかったのかもしれません。
お父様が申し上げてもダメなのですから、わたくしでもダメでしょう。
つまり、遠縁であるハートフィールド伯爵領への援助を止める手立ては、今のわたくしには無い、ということなのです。
わたくしは、ナディーン様を警戒いたしました。施しは、相手がそれを糧に盛り返せるなら効果がございます。
しかし、その気のない相手に情けをかけても、その場しのぎにしかならない。継続して伯爵家を支え続けたとして、侯爵家が共倒れにならないと言いきれますの?
ハートフィールド伯爵家は、何をヒューバート様に返せるのかしら?
「ヒューバート様、それではわたくしの気が済みません。どうか、わたくしを好きにしてください」
好きにしてとはどういうことでしょう? 内臓でも売れと??
ヒューバート様が断ったと言うのに、この鮫──ナディーン様はしつこいのです。
「今の世の中、処女でなければ結婚できないということはございません。ですからわたくしを──」
そう言って再びハラリとガウンを落としたのです。ヒューバート様は慌てて目を逸らしました。
男性は女性の裸を見ると喜ぶのだと、学院の令嬢たちから聞いたことがございます。
それで篭絡し、メロメロになった相手と勃起した管(?)で繋がれば、子供ができるのだとか。
まあ正式な閨の授業はまだ履修してはおりませんが、いわゆるディープキッス──管を差し入れることがそれなのでしょう。
夜這いというやつですわ! ナディーン様は、それが目的で訪れたに違いございませんっ。
わたくしは確かに偽の婚約者です。ですが彼女はそれを知らないのですから、婚約者から寝盗ろうとしているアバズレビッチなるものに他なりません!
わたくしは怒り狂って、彼の寝室に飛び込もうとしました。わたくしの未来の夫を誘惑するなんて!
ところが──わたくしがそうするより先に、またしてもヒューバート様が断ってくれました。
「女性の初めては、大事にしなければならない」
ヒューバート様はすっかり困り果ててそうおっしゃいました。
ほーら、ごらんなさい、ナディーン様。彼は女嫌いなのです。そうやって色仕掛けでヒューバート様を誘惑するのは逆効果なのに、愚かな人!
「で、ですがわたくし、引っ込みがつきません。女性に恥をかかせるのはおやめください。確かにわたくしの身は、満足な手入れも出来ず、ドレスもアクセサリーも持っておりません。ですが、それほど醜いでしょうか?」
「い、いやいや、とんでもないっ、そんなことはない。君はとても美しい」
ヒューバート様が目に見えて狼狽えているのが分かりました。
「でしたらわたくしをご覧になって! 醜いと思わないのでしたら」
わたくしはナディーン様の狡猾さに腹が立ちました。脅しではないの!? 自分から脱いでおいて、彼に罪悪感を抱かせるなんて!
でも大丈夫、ヒューバート様は女嫌いですからね! 女性の裸になんて、これっぽっちも興味ございませんっ!
ところがナディーン様に気を遣ったのか、しばらくしてヒューバート様は、おそるおそる彼女の裸に目をやりました。
わたくしは、ハッとしました。
ヒューバート様のその瞳が熱く潤むのを、見てしまったからです。
「あの……美しいです」
彼は小さくそう伝えました。わたくしは息を呑みました。たじたじしつつも、彼の声には素直な賛美が現れていたからです。
「ほんとうに、とても美しい」
そう言った後、ヒューバート様はしばらく沈黙しておりましたが、やがて低い声でおっしゃいました。
「もしどうしてもと言うなら、僕は責任を取らなければならないんだ。ナディーン嬢」
わたくしはそれを聞いて、嫌な予感がしました。
「恥をかかせるわけではない。必要なら、僕にも準備がある。考えさせてください。今日は客室に帰っていただけませんか?」
赤字分の補填を申し出たり、羊の処分を進言したり、処分した後の耕作地で育てる作物の種類を助言したり……。
お父様の意見を聞いてはくださいますが、それを実行するかどうかはヒューバート様しだい。
現段階では、ヘビントン侯爵家は間違いなく年収十万パリピの大金持ちなのですから、危機感が無いのかもしれません。
とにかく羊を売りたがらない、とのことでした。
今はいいかもしれないですが……。事業というのは常に先を見据えていないといけません。
ヒューバート様もそれは分かっていると思うのですが、気さくで優しい彼にすら貴族の矜持というものがあって、新興貴族の助言どおりにはできなかったのかもしれません。
お父様が申し上げてもダメなのですから、わたくしでもダメでしょう。
つまり、遠縁であるハートフィールド伯爵領への援助を止める手立ては、今のわたくしには無い、ということなのです。
わたくしは、ナディーン様を警戒いたしました。施しは、相手がそれを糧に盛り返せるなら効果がございます。
しかし、その気のない相手に情けをかけても、その場しのぎにしかならない。継続して伯爵家を支え続けたとして、侯爵家が共倒れにならないと言いきれますの?
ハートフィールド伯爵家は、何をヒューバート様に返せるのかしら?
「ヒューバート様、それではわたくしの気が済みません。どうか、わたくしを好きにしてください」
好きにしてとはどういうことでしょう? 内臓でも売れと??
ヒューバート様が断ったと言うのに、この鮫──ナディーン様はしつこいのです。
「今の世の中、処女でなければ結婚できないということはございません。ですからわたくしを──」
そう言って再びハラリとガウンを落としたのです。ヒューバート様は慌てて目を逸らしました。
男性は女性の裸を見ると喜ぶのだと、学院の令嬢たちから聞いたことがございます。
それで篭絡し、メロメロになった相手と勃起した管(?)で繋がれば、子供ができるのだとか。
まあ正式な閨の授業はまだ履修してはおりませんが、いわゆるディープキッス──管を差し入れることがそれなのでしょう。
夜這いというやつですわ! ナディーン様は、それが目的で訪れたに違いございませんっ。
わたくしは確かに偽の婚約者です。ですが彼女はそれを知らないのですから、婚約者から寝盗ろうとしているアバズレビッチなるものに他なりません!
わたくしは怒り狂って、彼の寝室に飛び込もうとしました。わたくしの未来の夫を誘惑するなんて!
ところが──わたくしがそうするより先に、またしてもヒューバート様が断ってくれました。
「女性の初めては、大事にしなければならない」
ヒューバート様はすっかり困り果ててそうおっしゃいました。
ほーら、ごらんなさい、ナディーン様。彼は女嫌いなのです。そうやって色仕掛けでヒューバート様を誘惑するのは逆効果なのに、愚かな人!
「で、ですがわたくし、引っ込みがつきません。女性に恥をかかせるのはおやめください。確かにわたくしの身は、満足な手入れも出来ず、ドレスもアクセサリーも持っておりません。ですが、それほど醜いでしょうか?」
「い、いやいや、とんでもないっ、そんなことはない。君はとても美しい」
ヒューバート様が目に見えて狼狽えているのが分かりました。
「でしたらわたくしをご覧になって! 醜いと思わないのでしたら」
わたくしはナディーン様の狡猾さに腹が立ちました。脅しではないの!? 自分から脱いでおいて、彼に罪悪感を抱かせるなんて!
でも大丈夫、ヒューバート様は女嫌いですからね! 女性の裸になんて、これっぽっちも興味ございませんっ!
ところがナディーン様に気を遣ったのか、しばらくしてヒューバート様は、おそるおそる彼女の裸に目をやりました。
わたくしは、ハッとしました。
ヒューバート様のその瞳が熱く潤むのを、見てしまったからです。
「あの……美しいです」
彼は小さくそう伝えました。わたくしは息を呑みました。たじたじしつつも、彼の声には素直な賛美が現れていたからです。
「ほんとうに、とても美しい」
そう言った後、ヒューバート様はしばらく沈黙しておりましたが、やがて低い声でおっしゃいました。
「もしどうしてもと言うなら、僕は責任を取らなければならないんだ。ナディーン嬢」
わたくしはそれを聞いて、嫌な予感がしました。
「恥をかかせるわけではない。必要なら、僕にも準備がある。考えさせてください。今日は客室に帰っていただけませんか?」
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