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鉄面皮とパリピ
しおりを挟む盆地にある王都の夏は、予想していたよりずっと暑かった。王都での生活は二年半になるが、まだ慣れない。もう夕方になるというのに、少し速足で歩くと汗ばんでくる。
私は珍しく学院の寮から足を延ばし、街に出てきた。ちょっとだけ、勉強の合間の息抜きをしにきたのだ。
東方辺境伯の娘である私は学院卒業後、このまま王都に残り、中央士官学校に進学する予定だった。
国境沿いは東方から移住してきた遊牧民からの襲撃が急増していた。国防の要となる領地軍に入り、少しでも役に立ちたい。
なんていうのは建前で、好きでもない相手と結婚したくないから、士官になりたかったのだ。
辺境伯である父は、女の幸せが結婚だと思っている古い頭の人間だ。
正直、私だって結婚自体はしてみたい。愛しい人と恋をして、ウェディングドレスを着て、ガイアス神の前で誓いのチューをしてみたい。
でも、それはあくまでも「愛しあった人」となら、である。
私は「鉄面皮眼鏡」とか「氷結女史」とか陰で言われるほど愛想のないモテない女なので、たぶん恋愛抜きで親の決めた相手と結婚することになるのだろう。
愛の無い結婚生活を送るくらいなら、士官として独り身で生きていく方がいい。
そう思っていた。
三学年は、卒業論文や士官学校の入学試験で勉強三昧になる。おまけに実技試験に向けての訓練もあり、既に疲れきっている私だった。その日は、ちょっとした気分転換のつもりだったのだ。
王都はちょうど夏祭りの最中で、暑いにも関わらず多くの人で溢れ返っていた。あちこちの領地から特産品を売りに来た露店商が店を出している。都の人々はみな物珍しげに、一つ一つを覗き込みながら流し歩いていた。
人いきれの中、ふと行列のできている露店が目に入る。
そういえば最近、王室御用達の巨大な氷室を持つ氷販売会社がミルク工場とコラボして、アイスクリームなるものを販売しだしたらしい。学院でも話題となっていた。
王宮近くの目抜き通りにある本店──店舗型の売り場はいつも混みあっていて、まだ入ったことがない。私は露店の前でしばらく迷っていた。行列は本店よりはずっと短いが、それでも多くの人が並んでいる。
食べてみたいけど、並ぶのは嫌だな……。
「あら、委員長じゃない」
複数の女子から声をかけられた。ウッと思って振り返ると、学院のウェーイ系女子だった。
「堅物のガリ勉ルシールさんも、お祭りなんて来るのね」
「でも相変わらず地味ねぇ。いかにも委員長って感じ」
「休日くらい、化粧の一つでもすればいいのに。淑女の嗜みよね?」
私は厚化粧にヒビが入りそうな彼女たちをじっと見据えた。銀縁の眼鏡を指で押し上げてから、目を細める。いかにも委員長って……めんどくさいからって私に委員長を押し付けたのは、あなたたちでしょ?
「皆さん、その格好はなんなの?」
いわゆる、シュミーズドレスというやつだ。薄手の綿のモスリンで、しかも袖の無いタイプ。コルセットも付けていない。胸の形がそのまま表れていて、道行く男性たちがジロジロいやらしい目で見ていく。
「まるで下着じゃない、恥を知りなさい」
私は傍から見ると、どうもやたらと怖く見えるみたい。相手を緊張させると言うか……。一瞬だけパリピ女子は怯んだ。でもすぐにその中の一人が、青ざめながらもハンッと鼻で笑いとばした。
「あ、あなたこそ何よ、その家庭教師みたいな鼠色のドレス。暑苦しっ、ダサッ」
それを口切りに、他の女子たちもキャンキャン噛みついてきた。
「まだ学院の制服の方が可愛いわよ、委員長って本当に貴族なの?」
「髪もピッチリひっつめかお下げって、可愛げないわ」
「氷の女王とか鉄面皮って呼ばれているの知らないの?」
「ルシールさん、一生彼氏なんてできないわね」
私はムッとなる。確かに暑いけど、一応これは夏物だもの。麻で出来ていて涼しいのよ? だいたいね、士官になるのにお洒落なんて不要。
だから私は、あまり私服は持っていないのだ。
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