本編開始前に悪役令嬢を断罪したらうちでバイト始めた

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第三章 わんわん君の断罪は遅れてやってくる

15.ハンカチ屋と会いました

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次の日、早めに登校すると、ハンカチ屋ことアリスが教会の花壇に水を遣っていた。
知らなかった。そんなことしてたのか。

俺は、その栗色の三つ編みに近づいて、声をかけた。

「なあ、それ、いつもやってんのか?」

びくっとして振り向く、小動物みたいな栗色の目。
俺も茶色だけど、ハンカチ屋の方がちょっと暗めの茶色だ。その目がしぱしぱと瞬かれた。

「あ、うん。私のお手伝いは、お母さんの朝の支度のお手伝いくらいだから……。いつも司祭様のお手伝い、少ししてるんだ」

にっこり笑う顔には、傷ひとつない。ちょっとほっとした。


「そっか。なあ、顔、もう痛くないのか」

あ、ちがう。ごめんって言わなきゃ。

「大丈夫!リーナが治してくれたから。一応医務室に連れていかれたけど、包帯も消毒液も、何もいらないんだもの。ちょっと二人でさぼってから帰ってきたのよ」

ふふっ、と、アリスは笑う。
その仕草が、どことなくロザリーに似ていた。

母親、侍女だったっけか。お貴族様に関わるお仕事だもんな。父親が何してるかわかんねぇけど、おんなじ家で雇ってもらうんだろうな。女では、ギルド職員になるのと同じくらいの出世だ。

俺とは、こいつも本当は、立場が違うんだよな。

すうっと、頭が冷静になった。事務的に、持っていたものをアリスに差し出す。


「あの、これ。いっぱい貸してもらってたのに、ごめん返してなくて」

アリスは、ちょっと目を丸くした後、ふふっと、また笑った。

「いいのに。ハンカチはね、お母さんがお勤め先の方に、余った刺繍用の布を頂いたもので作ってるの。だからいつもいっぱい、持ってるでしょ?」


くす。俺の考えを見透かしているみたいに、片眉を上げてそう話すアリスは、ちょっと悪い顔をしていた。でも、全然悪くない。ハンカチをたくさん持ってる秘密をただ話しただけだ。

それでこの得意げな顔。
いたずらが成功した時の、うちの妹みたいだな。
ちょっと笑ってしまった。


「そうだな。ハンカチ屋かと思ってたよ。ありがとな。お前、俺のせいで殴られたよな、ごめんな」


する、っと、大事なことが口をついて出てきた。言ってみたら、大したこと、なかった。

あははっと笑われる。なんかやっぱり照れくさい。
ぼりぼり頭をかいた。

「もう、ハンカチ屋さんじゃないよ!……あれ、この糸……もらって、いいの?すごくいい糸じゃない?」

こくり。頷く。

「えっと……あの、深い意味は、ないんだ、よね?」

ん?なんだ?
ちょっと顔が赤いぞ。どうした。暑いのか。

「え、いや。お前、そろそろ水やりやめたら?なんか花壇、びしゃびしゃになってるぞ。今日は確かに暑くて早く乾くだろうけどさ、もういいだろ」


ぱっ、と、アリスがじょうろから手を離す。じょうろはころんと転がった。あ、もう中に水、なかったんだな。

「え、あ、そうだね。うん、これ、しまってくるよ。ありがとう、ね」


アリスは、真っ赤になって走って行ってしまった。

じょうろは、そのままになった。


なんだあいつ。

じょうろも、鍛冶屋の仕事だから、まぁまぁの値段がするものなんだぞ。知らないわけじゃないだろうに。

とりあえず、じょうろを手にとって、司祭様のところに返しに行った。
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