51 / 110
第三章 わんわん君の断罪は遅れてやってくる
15.ハンカチ屋と会いました
しおりを挟む次の日、早めに登校すると、ハンカチ屋ことアリスが教会の花壇に水を遣っていた。
知らなかった。そんなことしてたのか。
俺は、その栗色の三つ編みに近づいて、声をかけた。
「なあ、それ、いつもやってんのか?」
びくっとして振り向く、小動物みたいな栗色の目。
俺も茶色だけど、ハンカチ屋の方がちょっと暗めの茶色だ。その目がしぱしぱと瞬かれた。
「あ、うん。私のお手伝いは、お母さんの朝の支度のお手伝いくらいだから……。いつも司祭様のお手伝い、少ししてるんだ」
にっこり笑う顔には、傷ひとつない。ちょっとほっとした。
「そっか。なあ、顔、もう痛くないのか」
あ、ちがう。ごめんって言わなきゃ。
「大丈夫!リーナが治してくれたから。一応医務室に連れていかれたけど、包帯も消毒液も、何もいらないんだもの。ちょっと二人でさぼってから帰ってきたのよ」
ふふっ、と、アリスは笑う。
その仕草が、どことなくロザリーに似ていた。
母親、侍女だったっけか。お貴族様に関わるお仕事だもんな。父親が何してるかわかんねぇけど、おんなじ家で雇ってもらうんだろうな。女では、ギルド職員になるのと同じくらいの出世だ。
俺とは、こいつも本当は、立場が違うんだよな。
すうっと、頭が冷静になった。事務的に、持っていたものをアリスに差し出す。
「あの、これ。いっぱい貸してもらってたのに、ごめん返してなくて」
アリスは、ちょっと目を丸くした後、ふふっと、また笑った。
「いいのに。ハンカチはね、お母さんがお勤め先の方に、余った刺繍用の布を頂いたもので作ってるの。だからいつもいっぱい、持ってるでしょ?」
くす。俺の考えを見透かしているみたいに、片眉を上げてそう話すアリスは、ちょっと悪い顔をしていた。でも、全然悪くない。ハンカチをたくさん持ってる秘密をただ話しただけだ。
それでこの得意げな顔。
いたずらが成功した時の、うちの妹みたいだな。
ちょっと笑ってしまった。
「そうだな。ハンカチ屋かと思ってたよ。ありがとな。お前、俺のせいで殴られたよな、ごめんな」
する、っと、大事なことが口をついて出てきた。言ってみたら、大したこと、なかった。
あははっと笑われる。なんかやっぱり照れくさい。
ぼりぼり頭をかいた。
「もう、ハンカチ屋さんじゃないよ!……あれ、この糸……もらって、いいの?すごくいい糸じゃない?」
こくり。頷く。
「えっと……あの、深い意味は、ないんだ、よね?」
ん?なんだ?
ちょっと顔が赤いぞ。どうした。暑いのか。
「え、いや。お前、そろそろ水やりやめたら?なんか花壇、びしゃびしゃになってるぞ。今日は確かに暑くて早く乾くだろうけどさ、もういいだろ」
ぱっ、と、アリスがじょうろから手を離す。じょうろはころんと転がった。あ、もう中に水、なかったんだな。
「え、あ、そうだね。うん、これ、しまってくるよ。ありがとう、ね」
アリスは、真っ赤になって走って行ってしまった。
じょうろは、そのままになった。
なんだあいつ。
じょうろも、鍛冶屋の仕事だから、まぁまぁの値段がするものなんだぞ。知らないわけじゃないだろうに。
とりあえず、じょうろを手にとって、司祭様のところに返しに行った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【長編版】悪役令嬢は乙女ゲームの強制力から逃れたい
椰子ふみの
恋愛
ヴィオラは『聖女は愛に囚われる』という乙女ゲームの世界に転生した。よりによって悪役令嬢だ。断罪を避けるため、色々、頑張ってきたけど、とうとうゲームの舞台、ハーモニー学園に入学することになった。
ヒロインや攻略対象者には近づかないぞ!
そう思うヴィオラだったが、ヒロインは見当たらない。攻略対象者との距離はどんどん近くなる。
ゲームの強制力?
何だか、変な方向に進んでいる気がするんだけど。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
※他サイト様にも掲載中です
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる