本編開始前に悪役令嬢を断罪したらうちでバイト始めた

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第四章 ハンカチ屋の様子見

3.朝の水やり

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この間、カイルが来るのを見張って、クラスに知らせるためにやっていた、花壇の水やり。
あれからくせになって、司祭様にお手伝いを申し出て、毎日のようにやっている。


日本にいた時は、花なんて気にする余裕はなかった。
東京生まれ、東京育ち。私は、受験生だった。
両親は通勤にちょうどいい高級マンションを買ったから、中高一貫に行くようなお金はない。でも頭はよかったから、公立の高校から大学は国立を志望していた。つまりは、東大だ。

両親とも薬学系の研究者で、企業に雇われていた。どちらも帰りが遅くて、私は一人っ子。
いい塾にも通ったし参考書もパソコンやタブレットも最新のものを与えられた。

公立の高校では、進学組はとてもぴりぴりしている。
クラスでは、塾のことも家でやってる遠隔授業もひた隠し、時折始まるいじめも見て見ぬ振り。とにかく様子見をして、自分の特異性を隠し通したり
友達だった子がいじめのターゲットになった時も、こっそりSNSで励ますくらいしかしなかった。

ある日、その子から、転校するとメッセージが届いた。
高校三年生で?受験捨てるようなものじゃない?


どうしよう。なんて返事しよう。
頭がまとまらない。
ふと、コンビニに行こうと思い立った。

私の家は、駅に直結した高層マンションだ。
下の階に行けばコンビニはある。でも、好きなドーナツが、向かいのコンビニにしか、ないんだよね。


その時。
暴走してきた軽自動車が、歩道に突っ込んできた。
私は、店の壁と車に挟まれた格好で、事故に遭った。

痛みは、なかった。ないのが問題だ。ああ、死ぬんだと、思った。

「ねえ、やり直したい?」

なんかみすぼらしいおばさんが声をかけてきた。

染めてない、真っ黒のくせ毛をひとつに結っただけ。切りっぱなしの古いジーンズに、穴の空いたパーカー。洒落っ気もなにもないひと。

え、どこにいた?この界隈でその格好は目立つよ?


「今度こそ、諦めない?」
こくん。頷く。口から大量の血が出てきた。

「助からなかったら、そうするね。安心して。あ、救急車は呼んだから。助かってやり直せたら、いいね」


その人は、ふっ、と、その場から消えた。


そうして、私は、この世界にやってきた。

始めは、ちょっと不便な中世の世界だな、くらいにしか思ってなかったけど。
ロザリーに会って確信した。本当にあるんだ。ゲームの世界に転生とか。


様子見は、私の得意技だ。

でも、その様子を、一切見ないとても単純明解なこころを持ったひとが、いた。

「やっぱり早いな。今日もやってるのか」

振り返ると、薄い茶色のくせ毛に、茶色の瞳。丸顔が年相応でかわいらしい、羨ましいくらいまっすぐで単純な。

「カイル。おはよう」

ねえ、カイル。
そんなふうに強く、なりたいよ。
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