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第四章 ハンカチ屋の様子見
12.最後の登校日 1
しおりを挟むそして、朝。
一日だけ待つと、ダルクさんは言ってくれた。最後の登校日だ。
昨日、どうしても持っていきたいものだけまとめた。それは、とても小さなカバンにおさまった。
どうせお貴族様用のものに、身の回りは全て変えられる。服などは置いていった方がいい。この部屋は、跡形もなく処分されるんだから。
お母さんとの思い出とわかるものは、持っていけない。おねだりして買ってもらった、きれいな石のネックレスだけ身につけ、服の中に隠した。
後は小さな鉄製の箱にしまって、朝早く。
教会の裏庭に、それを埋めた。
お母さんが匿われる教会に、置いておきたかった。
もうお母さんとは呼べなくなるけれど、私とお母さんは、ここで一緒にいるんだ。
その後、花壇の水やりのために、司祭様にじょうろを借りに行った。
ああ、今日もありがとう、と、いつも通りの返事が返ってきて、泣きたくなった。
そうして、しばらく井戸と花壇を行き来していると。
ははっ、と、明るい声が聞こえてきた。
「やっぱり今日も早いな。そんでやっぱり水やりすぎだな」
振り向くと、そこには茶色のくせ毛に、丸顔。澄んだ薄い茶色の瞳を細めた、カイルがいた。
「……あ、ほんとだね。またやっちゃった」
あははと声を上げる。
うまく笑えているだろうか。わからない。体のまんなかが、いたくて、よくわからない。
でも悲しいかな、様子見は得意だ。気づかれていないのは、すぐにわかった。
「程々にしとけよ。……なぁ、昨日のこと、あんま気にすんなよ。ロザリーが変に解釈してるだけで、お前にいじわるしろって司祭様に言われたわけじゃないらしいぞ」
もう、わかってる。私に力をつけさせたくないんじゃない。
私が妙な力をつけることで、学校に余計な詮索の目を向けられないように。
つまり、政変推進派にロザリーの位置を知らせないためだ。
ありがとう。やっぱり、優しいね。
「気にしてないよー。なんか危なそうだもん。やっぱりいいや。私はふつうでいいんだ」
あはは、と、笑う。大丈夫?笑えてる?
「ねえ、あの刺繍糸、本当にもらってていいの?」
今、鞄に入っているもの。いくつかのハンカチと、この刺繍糸だけ。たいせつなもの。
「だからいいって。裁縫得意だろ?気になるなら、俺にハンカチ刺繍してくれよ」
たいせつなもの。あなたは、しらないもの。
「えー、嫌だよ。もったいないもん」
使えよ!という声が、笑う声が、とても遠くに聞こえた。
私は、笑いながら走って、じょうろを返しに向かった。
目から出るお水がなくなるまで、司祭様の部屋に隠れた。
糸をもらって刺繍したハンカチを、わたす、いみ。
それがあいのあかしであることを、カイルはしらない。
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