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第六章 ハンカチ屋奪還作戦
考え事は続く
しおりを挟むふぅ。目が疲れたわ。
ぱさりと、湿気を含んで少し膨らんだ革張りの本を閉じる。歴史の本は古いから、留め金をきちんと留めないと広がってちゃんと閉じてくれない。
でも、嫌いじゃないのよね。日本にはなかった、本当に古い本の手触り。革張りの表紙。勉強する気にもなるわ。なんだかわくわくするもの。
木でできたコップを手に取り、お水を飲み干して、脇に置く。ことりと、音が部屋に響く。
誰にも邪魔されない、静かな時間。私の家にはなかったものだ。いつも使用人が当たり前に部屋に出入りしていたから。
この時間は嫌いじゃない。私は元々、一人が好きだった。
こうこうと灯るランプの明かり。これは火魔法で、自動起動するようになっているらしい。
窓を開けると心地いい風が必ず入ってくる。
これも、風魔法。癒しの術につながる力。
人の身で、複数の魔法を使えるようになるのはとても珍しい。でも、この家の人たちはそれを簡単にやってのける。
本当に何なの、この家。
でも、下町に一番近い、最も南に位置する正規の飲食店なのだから、強い人が営業しているのは心強い。
ここより南には、人には言えない仕事をせざるを得ない人たちが、たくさん住んでいるものね。
例外は、兵士になった人たちくらい。それも危険がつきまとう仕事だ。
下の階の物音も落ち着いてきた。そろそろ店じまいね。私も寝ようかしら。
木で簡素に作られたベッドの上に、ごろんと寝転ぶ。
ベッドには、羊の毛をたっぷり詰め込まれた、エリサさんが布団と呼ぶ寝具が乗っている。
ちょっと違うとは思うけど。
これがまた、日本を思い出してとても落ち着く。
実家のベッドはやたらと広いけど、私にはちょっと硬い寝心地なのよね。
他の平民、ベッドを買えない家は、藁の上に布を掛けて眠るそうだ。
エリサさんがいてくれてよかった。
11年間過ごしたこの世界の文化も、頑張って馴染んできた。
それでも、17年過ごした日本の記憶も未だに色濃く残っている。この寝心地は、私の誰にも言えない部分をとても安心させてくれる。
部屋の狭さなんか気にならなかった。心が、とても安らかだ。
ここで働くのは贖罪なのに、私が救われてどうする。いつか、どーんと大きく恩返ししなきゃ。
そのためにも、リーナを、絶対に、幸せにするんだ。
貴族社会。
それは、子供を家の財として使う人種の巣窟だ。
リーナを幸せにするためには、私が貴族社会に戻らなければならない。
心配事はできるだけ片付けなきゃ。
私にハンカチを貸してくれた、あの子。みんなの周りをくるくると回って、気を遣ってばかりいた、あの子。
やっぱり最大の心配事は、あの子のことだ。
おそらく、アリスはカーライル家の正式な実子として表に出てきてしまうと思う。そのつもりであんなに無理に連れ去ったはずだ。
今の国王の治世をよしとしない、政変推進派。
私の実家とは敵対派閥。
手出し、できるんだろうか。
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