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第一章:神の裁きは待たない
1-25.臨界点
しおりを挟む「では、原因はすべて」
「……恐れながら、調査の結果として“アルフェルト王太子殿下の御乱心”から庶民へ伝わってしまった……その……り、リタ・ゾール嬢への、仕打ちにあるかと」
心苦しそうに告げる方も、告げられた王も、その表情は苦い。
最近、王都いや王国内の治安が一気に悪化し、貴族と平民が強く対立するようになった原因を追求すべく調査を行っていた結果、その端緒が、あの日の王太子アルフェルト殿下の乱心にあるということが判明したのだ。
それも、王太子の告解の主要たる告白部分ですらない、『元の婚約者へ無実の罪を着せ自殺に追い込みました』という、こう言ってはなんだが取るに足らない終わってしまった事、それも自死に至ったのは令嬢自身の判断だという王宮の見解に対して平民たちは怒りを露わにし貴族に背き始めたのだと、ひっきりなしに流れ落ちる汗をひたすら拭きながら宰相が説明していく。
「嫌がらせを行いながら庶民共は一様に、『リタ嬢を返せ』と叫んでいくようです」
その言葉で終わった報告を聞き終えた王は、なんとも納得しがたい渋い顔をしていた。
ゲイル王国で最も重要視されるべき国王として、それと明言はせずとも十分に匂わせてから下した緘口令をあっさりと無視して情報を流した相手は誰なのか。不穏な空気がその背中から発せられて、広い筈の会議室に列席している者たちに圧し掛かった。
「えぇい。騎士団の団員たちを王都へ呼び戻したのだろう? なぜそれで王都内の治安が乱れたままのだ」
「民衆の魔の手がどこへ伸ばされるか分からないのです。誰が標的になるか分からない現状、騎士団長を国境へ送る代わりに戻した騎士たちで、治安維持へ廻せる人手は増えましたが。それでも完全に防ぐのは難しく……」
報告する宰相も、居心地が悪そうだった。
団長を国境へ送る代わりに、敵国との国境を守る兵団の人員を半分に減らし王都の治安維持に努めさせるという提案をした手前、効果がまったく出なかった事には苦渋しかない。
更に国境から人員を減らすことも提案せねばと苦々しく思う。
苦々しいといえば、アズノルだ。
小競り合いを仕掛けられることが減ったと思ったら、どうやら国内の整備に勤しんでいたようだ。対外的にはほとんど交流を持たず、鎖国に近い状態を取っている。
何もない、好色な王しかいない国であった癖に偉そうな、と苦々しく思わなくもない。奪う事しかできない国が鎖国してやっていけるのかと不思議に思うものもあるが、あの国が自滅したとて喜ぶ国はあれども心配することはない。
現在のゲイル王国は、押しも押されぬ中央大陸の華といわれる輸入貿易の中心だ。
アズノル国は、もうゲイル王国へ手出しなどできないだろうと宰相は思っていた。
「それにしても、いつの間に? リタ嬢は確かに功を為したが、それを成した者として発表などはしたことがなかったであろう」
情報を漏らした者を後悔させてやる必要があるとでも考えているのだろうか。憮然として訊ねる王に「恐れながら」と報告が続けられる。
「諸外国との交易が活発になった結果、異国の商人や薬師などとの交流が増えたことにより、『この交易交渉を成した語学の天才令嬢』の話題が異国の商人による定番の話のネタであったようです。王宮からは王族の手柄として伝えられた交渉の立役者が、異国の商人からは未成年の令嬢の手柄だと伝えられる。その齟齬に、庶民は気が付いていたようでして……」
汗を掻きかき報告を続ける宰相の目は泳ぎっぱなしであった。
当然だ。彼が、手柄を王族に向けるよう進言したのだ。
『未来の王太子妃とはいえ、王太子自身が参加していない交渉を未成年の令嬢が成したなどとしては、彼の令嬢が驕ってしまうかもしれません』
未来を杞憂する者として切々と奏上した結果が、今の王国の惨状へと結びついている。
しかも、功を取り上げてしまったことで、王太子は元婚約者を軽んじて、冤罪であることに気が付きもせずに、彼女を自死へと追い込んでしまったのだから。
また、愛ある結婚を許した自身の甘さを隠すように、令嬢の黒い噂を取り払う労力すら怠った。彼の令嬢を軽んじることに繋がってしまった。
全ての判断が裏目に出たという事だ。
「……後悔先に立たずとはよく言ったものだな。まさか、これほど民に彼の令嬢の功が浸透し尊ばれていたとはな。余は彼の令嬢の価値を認めるものであった。だがその思いはあれど、どうやら実が足りなかったようだ」
「わたくしめにおきましては、完全に状況判断が甘すぎたようです。先を見誤りましたこと、深く反省しております」
宰相が、深く頭を垂れる。
それを鷹揚に受けた王ではあったが、本来、その謝罪を受けるべきはこの場にいない彼の令嬢である。
もう得られない許しを乞うてもどうにもならない。仕方がないという言葉はこういう時に使うものなのだと彼等は知った。
とにかく、なにか最善となる策を擁さねばと考えるも、これといった妙案は誰の頭にも浮かばなかった。
そこへ、報告を以て宰相の部下が近付いてきた。
耳打ちで伝えられたその報告に、宰相の顔色が変わる。
「どうした? 何があった」
また貴族家の屋敷が襲われでもしたのだろうかと、王が詰まらなさそうに問い掛けた。
「…………令嬢が、自死されたようです」
「たかが令嬢がひとり自死しただけで、お前の顔色が変わるのか?」
「……今月に入って自死された令嬢は、これが十二人目です。令息が、四人ほど自死を選んでおります」
「なに?!」
その、あまりに異常な数値にこの場にいた全ての人間が鼻白んだ。
「……そのすべてが、学園で、リタ嬢と同時期に在籍していた者であり、……り、リタ嬢への謝罪を繰り返しながら、自死を」
「馬鹿な! なんだ、その……それではまるで、リタ・ゾールの! ……リタ・ゾールのっ」
激高してそこまで名前を出しておきながら、続きを口にすることを、ゲイル王は躊躇った。
その言葉を口にしてしまったなら、それが事実になってしまいそうな気がしたのだ。
ある訳もない、下らない、妄想の類だ。王として、国のこれからの行く末を話し合う議場に最もふさわしくない、世迷言。
けれども、この場にいた誰もが、今この場でその言葉を頭に思い描いた。
「……呪い」
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