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ジョンテ領・大広場
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ジョンテ城にて、異変が起こっていた。
場所は、城門前の大広場。
城門といえば、以前ロナウドら革命軍が攻め込み、壊した事が記憶に新しい。
その後、城へ架かる橋の上で革命軍はテツオただ一人に迎撃されたのだが。
————城門前から大広場にかけて、数十体の死体が散乱していた。
大広場は、商店街や貴族居住区、そしてテツオリゾートへ繋がる主要道路の要所であり、いわばジョンテ城下街の中心であると言える。
祭典前日とあって、領民だけでなく、他領地の貴族や観光客、冒険者達が集まっていた。
ロナウド率いる領兵は、いち早く現場に駆け付け、規制を設け、人払いをしていたが、多過ぎる野次馬が波となって押し寄せたのだ。
死体の殆どが干からび、バラバラにされて原形を留めていない。
門扉に大きく書かれた血文字が、死体の正体を明らかにした。
————テツオに反逆したディビット卿、貴族、兵士、全て死罪に処す
血文字を読んだロナウドは、まさかと思い、注意深く現場検証し、そして、行方不明だったカルロスの首を見つけた。
兵士の死体も、かつての元部下のもので間違いない。
同じ時を過ごしたかつての仲間の変わり果てた姿だったが、不思議と悲しくは無かった。
もちろん、同情はする。
しかし、今の自分には、領兵としての仕事があり、領主の期待に応える責務があり、それらに誇りを持っている。
つまり、この街の秩序と平和を守る事こそが何よりも優先されるのだ。
私情を挟んでいる場合ではない。
ロナウドの的確な指揮と見事な手腕により、事態は収束に向かったかに見えた。
歌が聴こえてきた。
何処から現れたのか、声の良く通る吟遊詩人が大広場の噴水に座っている。
「サルサーレの飼い犬~、悪魔に操られ~地獄に堕ちる~。
めでたくジョンテ家を葬った~。
新しい飼い犬~、悪魔を操り~、地獄へ誘う~。
めでたくディビット家を葬った~。
偽りの冒険譚~、サルサーレが笑う~、悪魔が笑う~」
抽象的ではあるが、歌詞の内容が余りにも酷い。
ジョンテ領で代々暮らしてきた民の中には、ジョンテ家が長くサルサーレ家に従属してきた事実を知っている者も、僅かながら存在する。
それゆえに、今回の新領主誕生は、サルサーレの陰謀なのだと鵜呑みにする者が出てくるのは、ある意味仕方がない事なのかも知れない。
陰謀論者は、いつの世にも存在する。
この国における民衆の、一般的な情報伝達手段は、旅人や冒険者による口伝、各領地ごとに発行される新聞やビラ、そして、吟遊詩人の歌といった程度で、決して多くは無い。
日頃、情報の少ない領民にとって、吟遊詩人は娯楽でもあり、貴重な情報源でもあった。
領兵といえど、無闇に排除出来ないのである。
それでも、あまりに悪質な扇動は違法な行為として検挙する事は可能であり、今回もそれに該当すると判断したロナウドは、直ちに部下へ指示を出し、吟遊詩人を捉えようとした。が、その人物はうまく人混みに紛れながら、高らかに歌い続けた。
その身のこなしは、ロナウドですら舌を巻く程だった。
見せ物の様な捕物劇に、野次馬はますます増えていく。
「哀れ、ディビット~、サルサーレの悪魔に殺された~」
「何をやっている!早く捕まえるんだ!」
————————
「何が起こっているんだ?」
門内部の兵舎へ、ラウールと共に駆け付けたテツオは、覗き窓からの光景に辟易していた。
何故ここに、カルロスと兵士達の死体があるんだ?
それと、なんだあの吟遊詩人の歌は?
ジョンテ家はサルサーレの飼い犬だって?
こんなに街を発展させたのに、民衆はあんな歌であっさり影響されてしまうのか?
よく見ると、民衆の中には、護衛を連れた他領地の貴族達がいる。
この中に、このしょうもない騒ぎを起こした張本人がいるのかもしれない。
だが、その全てがどうでもよかった。
領主の仕事など、出来れば何もしたくない。
世界にはまだ見ぬ美女が多くいるのだから。
しばらくすると、現場から呼び戻されたロナウドが、慌ただしく兵舎へとやってきた。
「これはテツオ様!大事な時期に大変申し訳無く!」
スキンヘッドだった頃から少し髪の毛が伸びた頭を、ロナウドは深々と下げて謝った。
青い眼に金髪坊主は、イケメンぶりが加速する。
その横で、相変わらず寝不足からか疲れた顔をしたラウールが続けた。
「いよいよ明日に式典を迎えるというのに、何が起こってるんだ、ロナウド兵長?」
「はっ!まず、門前にて、反乱を起こした廃貴族ディビットと、その兵の遺体が多数遺棄されておりました。次いで、門扉に血文字を確認!
遺体の回収作業をしているところ、吟遊詩人めが怪しげな歌を歌い始めたので、部下へ捕縛命令を出した次第であります!」
「その程度か。反乱ならまだしも、君達に対処不能な事案では無いだろう。迅速に処理したまえ」
「ラウールさん、その程度かって言葉は良く無いですね。あの亡き骸の殆どが、ロナウド兵長の元部下だったのですから」
「なんと?あの遺体がジョンテ兵だったとは…………失言だった、ロナウド兵長。どうか許してくれ」
「助けてやれなかった事を、俺からも謝っておく。彼らと森で対峙した時には、既に悪魔の手にかかっていたんだ。すまない」
「そんな、おやめ下さい!彼らはディビットに加担した反乱者達であり、お二方が私に謝る道理は全くございません!」
ロナウドは激しく両手を振って、慌てふためいた。
ラウールの物言いに棘があるのは、激務を押し付けている俺のせいだろう。
「ともかく、貴族達が次々と集まってくる時に、あの歌の内容は悪印象を与えてしまう。直ちに止めるべきだ」
「私が出ましょうか?」
前みたいに、使い魔に襲わせる手を使ってもいいしな。
「いけません。
わざわざ領主が出ては、流言飛語を鵜呑みにする者が出てしまいます。
街の治安を守るのは、兵の務め。このままロナウドに任せましょう」
確かに。今日は金持ちの貴族や名うての冒険者が多い。
悪魔が簡単に跋扈するような街では、冒険者が暴れ、貴族が逃げる、か。
「では、私は戻ります」
ロナウドが急ぎ部屋から出て行ったのを見計らい、ラウールは頭を抱え、溜息を付く。
彼の疲労度がピークに達しているのは分かっていたが、俺はどうしても気になる一つの疑問を投げかけた。
「ラウールさん、吟遊詩人が歌っていたサルサーレの飼い犬とは、どういった意味ですか?」
ラウールは申し訳なさ気に軽く咳払いをした後、ゆっくりと説明を始めた。
「遅くなりましたが、お教え致しましょう。
ボルストン建国前の話になりますが、ジョンテ家はサルサーレ家の隷属だったのです。
私の名誉の為に申し上げますが、決してこの事を隠蔽していた訳では御座いません。
戦後、ボルストン国の七領として、サルサーレ家はジョンテ家へ対等の立場を貫き、長年に渡り、良好な関係を築いてきました。
この事実を知るのは、今では一握りの王侯貴族か歴史家ぐらいでしょう」
「そうですか。サルサーレ9世は何も教えてくれなかった」
「わざわざ教える必要がなかったからですよ、テツオ様」
空いていた扉から、アデリッサがひょっこり顔を覗かせた。
サルサーレ9世の愛娘だ。
「キチンと扉を閉めておきませんと、誰が聞いているか分かりませんよぉ?テツオ様」
アデリッサは軽い足取りで、テツオの腕に抱きつくと、小悪魔的な笑顔を向けた。
今日はやたらと積極的な気がする。
「お忘れですか?お父様は、テツオ様に公爵位を譲ろうとされてました」
「えっ!」
ラウールが大きく驚く。
「つまりお父様は、私をサルサーレ領ごと全てテツオ様に譲ろうとしていたのです」
「ハハハ、それなら何も心配する事は無いではありませんか!」
そうだった。冒険者である俺にまだ結婚する気はないと断ったんだっけ。
さっさと話題を変えよう。
「それより、吟遊詩人はどうなった?」
「ロナウド自ら捕縛に向かっていますが、なかなか難しいようですな」
ロナウドの実力は、銀等級冒険者で例えるならかなり上の方だ。
あの吟遊詩人の身のこなしが並じゃ無い事になる。
だが、ロナウドは頭の切れる男だ。
兵士を人混みに紛れさせながら、大広場中央にある噴水へうまく誘導し、吟遊詩人を円陣にて取り囲む事に成功していた。
「さぁ、追い詰めたぞ。大人しく縄に付け」
「おおっ!さすがはロナウド兵長!」
窓前でラウールがださいガッツポーズを繰り出し、それが邪魔で外の様子が良く見えない。
「歌は~、自由~、ラララ~」
跳躍。
謎の吟遊詩人は、噴水の女神像に飛び移り、手に持ったリュートをポロロンと鳴らすと、より高く飛んだ。
花屋のベランダ、そして屋根へと、あっという間に到達した。
領兵の包囲網からの脱出劇に、民衆は拍手喝采で盛り上がっている。
「これじゃ、我々がコケにされているようなものだぞ!」
ガッツポーズで振り上げた拳をわなわなと震えさせた後、ラウールはそのまま振り下ろしテーブルを叩いた。
落胆する彼を強く押し除け、アデリッサを優しく引き剥がし、窓の外を覗く。
なんか、聞いた事のある声がしたような?
「なんだよ。盛り上がってると思って来てみたらよぉ。しょうもねぇ歌、聴かせやがって」
「ホントだねー、バトっちゃう団長?」
「またそうやって、いきなり暴れたりしたら~、テツオサンに迷惑かかるっしょ~?」
「では、ここは私が参りましょう」
この四人は、見覚えがある。
その一人、渋いおっさんが前に出た瞬間、屋根の上で、吟遊詩人がいきなり縄に縛られ、もがいている。
俺の認識では、空間にいきなり具現化した輪っかが吟遊詩人を拘束し、アンリの投げた縄と後から繋がったように見えた。イカサマみたいな技だ。
物理と魔法を合わせた優れた技術というべきか。
「よーし、アンリ引き摺り落とせ!ぶん殴ってやる!」
周囲がざわつき始め、貴族の一人が声を張り上げた。
「お、思い出したぞ!こいつら、プレルス領のトップクラン【深淵の監視者】だ!」
「何だって?あの狂犬セリーナがジョンテに来たってのか?」
「何しに来たんだ!噂通りなら祭典が壊されるぞ!」
「メチャクチャだ。ジョンテ領はもう終わった」
おいおい、それどんな噂だよ。
それにしても、セリーナ達本当にジョンテまで来たのか。本気で俺の配下になるつもりだったのか?
「フフフ、相変わらず団長の印象ってどこ行ってもサイアクだよねー」
「うるせーな!おいアンリ、早くしろ!」
「其れが、存外、手強き状況にて…………ぐぐっ」
アンリは綱引きの如く腰を入れ、足を踏ん張り、全力で引っ張っていたが、吟遊詩人は縛られたまま、何食わぬ顔で歌い続けていた。
「ラララ~、牙の折れた狂犬~、新しい飼い主に尻尾振る~、乙女となって~、腰を振る~、アララ~、ラァ~!」
「野郎!ブッ殺してやる!」
セリーナが縄の上に飛び乗ると、吟遊詩人へ向けて一直線に駆け上がった。
仲間二人も同じように後に続く。
不安定な細い縄の上を軽々移動するとは、とんでもない身体能力である。
民衆はその超絶技巧を讃え、無責任に、歓声を送った。
所詮、野次馬とはそういうものなのだ。
「よぉーし、ぶん殴ってやるからな!歯ぁ食いしばれぇ!」
ものの数秒で屋根へ到達したセリーナは、身動きの取れない吟遊詩人の顔目掛け、拳を繰り出した。
「それ死ぬって~!団長~」
若い兄ちゃん団員が手で目を覆う。
だが、とてつもない速度で放たれた拳は空振りに終わり、セリーナは勢い余って身体ごと屋根にめり込んだ。
「今の避けるってマジ?どこ消えた?【索敵】【索敵】」
少女団員が周囲をキョロキョロ見渡すが、完全に見失っている。
しかし、アンリやロナウド、領兵、民衆といった下から見上げていた者達には、吟遊詩人がどこに行ったのかはっきりと分かっていた。
「上空ですぞ!」
建物の遥か上に人が浮いている。
浮遊魔法に精通している者であれば、不可能では無い。
だが、吟遊詩人の背中には、黒き羽根が生えていた。
それは悪魔の如く羽ばたきながら、上機嫌で歌っている。
「ラララ~、我はジョンテの悪魔~、貴族を殺せと命じられ~、馬鹿な民ごと~灰に帰す~」
吟遊詩人の正体は————、悪魔だった。
空中に赤く光る魔法陣が連続で八つ浮かび上がり、禍々しい闇の気が放出され、その魔人の体内へ取り込まれていく。
次いで、悪魔が手を掲げると、炎球が出現し、しゅるしゅると音を立てながら巨大化していった。
その間、僅か十数秒。
大広場へ影が落ちる。辺りは徐々に暗くなっていく。
太陽光を遮るほど膨れ上がった大炎球。
肌をひりつく程の熱量に、民衆達は、その時点でようやく危機的状況にある事を自覚したのだ。
「まずい!逃げるんだー!」
ロナウドが叫ぶより前に、大広場は一瞬で騒乱状態に陥った。
我先にと人を押し除け逃げ出す者。
蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない者。
貴族の護衛を務める金等級冒険者の中には逃げ出す者もいた。
「くそっ、死人が出ちまう。
魔法が使える奴は今すぐ障壁を張れー!」
喧騒の中、女性の大声が響き渡る。
ロナウドはその声を聞いて、不思議と気持ちが強くなっていくような感じがした。
セリーナという冒険者が屋根の上で叫んでいるのが分かる。
なんだろう、この力強い声を聞いていると、まるで鼓舞されているかのようだ。
そうだ、諦める訳にいかない。
私は民を守る為にここにいるのだから。
「領民!助かりたければ伏せてろ!」
あれだけ混乱していた民衆が、女傑セリーナのたった一言に統制されたというのか、その場へ迅速に屈み始めた。
「障壁を急げ!何でもいい!抵抗しろ!」
既に詠唱に入っている冒険者達がいる。
魔導具を取り出し、空へ掲げる貴族達がいる。
色とりどりの魔法障壁が、民の頭上へ次々と展開されていく。
国中の実力者が、今このジョンテ領へ大勢集まっている!
その誰もが、生命を一つでも救うべく、決死の行動を起こしているのだ!
街ごと消し炭にする威力をもつ大炎球が迫ろうというこの時、私は人間の生きる意思を、意地を、実感していた!
決して諦めてはいけないんだ!
「無駄な悪足掻き~、ラララ~、馬鹿は死ぬべき~!」
圧倒的な熱量が、巨大な黒炎が、遂に悪魔の手を離れ、轟音という絶望の歌を乗せて落下を開始した。
場所は、城門前の大広場。
城門といえば、以前ロナウドら革命軍が攻め込み、壊した事が記憶に新しい。
その後、城へ架かる橋の上で革命軍はテツオただ一人に迎撃されたのだが。
————城門前から大広場にかけて、数十体の死体が散乱していた。
大広場は、商店街や貴族居住区、そしてテツオリゾートへ繋がる主要道路の要所であり、いわばジョンテ城下街の中心であると言える。
祭典前日とあって、領民だけでなく、他領地の貴族や観光客、冒険者達が集まっていた。
ロナウド率いる領兵は、いち早く現場に駆け付け、規制を設け、人払いをしていたが、多過ぎる野次馬が波となって押し寄せたのだ。
死体の殆どが干からび、バラバラにされて原形を留めていない。
門扉に大きく書かれた血文字が、死体の正体を明らかにした。
————テツオに反逆したディビット卿、貴族、兵士、全て死罪に処す
血文字を読んだロナウドは、まさかと思い、注意深く現場検証し、そして、行方不明だったカルロスの首を見つけた。
兵士の死体も、かつての元部下のもので間違いない。
同じ時を過ごしたかつての仲間の変わり果てた姿だったが、不思議と悲しくは無かった。
もちろん、同情はする。
しかし、今の自分には、領兵としての仕事があり、領主の期待に応える責務があり、それらに誇りを持っている。
つまり、この街の秩序と平和を守る事こそが何よりも優先されるのだ。
私情を挟んでいる場合ではない。
ロナウドの的確な指揮と見事な手腕により、事態は収束に向かったかに見えた。
歌が聴こえてきた。
何処から現れたのか、声の良く通る吟遊詩人が大広場の噴水に座っている。
「サルサーレの飼い犬~、悪魔に操られ~地獄に堕ちる~。
めでたくジョンテ家を葬った~。
新しい飼い犬~、悪魔を操り~、地獄へ誘う~。
めでたくディビット家を葬った~。
偽りの冒険譚~、サルサーレが笑う~、悪魔が笑う~」
抽象的ではあるが、歌詞の内容が余りにも酷い。
ジョンテ領で代々暮らしてきた民の中には、ジョンテ家が長くサルサーレ家に従属してきた事実を知っている者も、僅かながら存在する。
それゆえに、今回の新領主誕生は、サルサーレの陰謀なのだと鵜呑みにする者が出てくるのは、ある意味仕方がない事なのかも知れない。
陰謀論者は、いつの世にも存在する。
この国における民衆の、一般的な情報伝達手段は、旅人や冒険者による口伝、各領地ごとに発行される新聞やビラ、そして、吟遊詩人の歌といった程度で、決して多くは無い。
日頃、情報の少ない領民にとって、吟遊詩人は娯楽でもあり、貴重な情報源でもあった。
領兵といえど、無闇に排除出来ないのである。
それでも、あまりに悪質な扇動は違法な行為として検挙する事は可能であり、今回もそれに該当すると判断したロナウドは、直ちに部下へ指示を出し、吟遊詩人を捉えようとした。が、その人物はうまく人混みに紛れながら、高らかに歌い続けた。
その身のこなしは、ロナウドですら舌を巻く程だった。
見せ物の様な捕物劇に、野次馬はますます増えていく。
「哀れ、ディビット~、サルサーレの悪魔に殺された~」
「何をやっている!早く捕まえるんだ!」
————————
「何が起こっているんだ?」
門内部の兵舎へ、ラウールと共に駆け付けたテツオは、覗き窓からの光景に辟易していた。
何故ここに、カルロスと兵士達の死体があるんだ?
それと、なんだあの吟遊詩人の歌は?
ジョンテ家はサルサーレの飼い犬だって?
こんなに街を発展させたのに、民衆はあんな歌であっさり影響されてしまうのか?
よく見ると、民衆の中には、護衛を連れた他領地の貴族達がいる。
この中に、このしょうもない騒ぎを起こした張本人がいるのかもしれない。
だが、その全てがどうでもよかった。
領主の仕事など、出来れば何もしたくない。
世界にはまだ見ぬ美女が多くいるのだから。
しばらくすると、現場から呼び戻されたロナウドが、慌ただしく兵舎へとやってきた。
「これはテツオ様!大事な時期に大変申し訳無く!」
スキンヘッドだった頃から少し髪の毛が伸びた頭を、ロナウドは深々と下げて謝った。
青い眼に金髪坊主は、イケメンぶりが加速する。
その横で、相変わらず寝不足からか疲れた顔をしたラウールが続けた。
「いよいよ明日に式典を迎えるというのに、何が起こってるんだ、ロナウド兵長?」
「はっ!まず、門前にて、反乱を起こした廃貴族ディビットと、その兵の遺体が多数遺棄されておりました。次いで、門扉に血文字を確認!
遺体の回収作業をしているところ、吟遊詩人めが怪しげな歌を歌い始めたので、部下へ捕縛命令を出した次第であります!」
「その程度か。反乱ならまだしも、君達に対処不能な事案では無いだろう。迅速に処理したまえ」
「ラウールさん、その程度かって言葉は良く無いですね。あの亡き骸の殆どが、ロナウド兵長の元部下だったのですから」
「なんと?あの遺体がジョンテ兵だったとは…………失言だった、ロナウド兵長。どうか許してくれ」
「助けてやれなかった事を、俺からも謝っておく。彼らと森で対峙した時には、既に悪魔の手にかかっていたんだ。すまない」
「そんな、おやめ下さい!彼らはディビットに加担した反乱者達であり、お二方が私に謝る道理は全くございません!」
ロナウドは激しく両手を振って、慌てふためいた。
ラウールの物言いに棘があるのは、激務を押し付けている俺のせいだろう。
「ともかく、貴族達が次々と集まってくる時に、あの歌の内容は悪印象を与えてしまう。直ちに止めるべきだ」
「私が出ましょうか?」
前みたいに、使い魔に襲わせる手を使ってもいいしな。
「いけません。
わざわざ領主が出ては、流言飛語を鵜呑みにする者が出てしまいます。
街の治安を守るのは、兵の務め。このままロナウドに任せましょう」
確かに。今日は金持ちの貴族や名うての冒険者が多い。
悪魔が簡単に跋扈するような街では、冒険者が暴れ、貴族が逃げる、か。
「では、私は戻ります」
ロナウドが急ぎ部屋から出て行ったのを見計らい、ラウールは頭を抱え、溜息を付く。
彼の疲労度がピークに達しているのは分かっていたが、俺はどうしても気になる一つの疑問を投げかけた。
「ラウールさん、吟遊詩人が歌っていたサルサーレの飼い犬とは、どういった意味ですか?」
ラウールは申し訳なさ気に軽く咳払いをした後、ゆっくりと説明を始めた。
「遅くなりましたが、お教え致しましょう。
ボルストン建国前の話になりますが、ジョンテ家はサルサーレ家の隷属だったのです。
私の名誉の為に申し上げますが、決してこの事を隠蔽していた訳では御座いません。
戦後、ボルストン国の七領として、サルサーレ家はジョンテ家へ対等の立場を貫き、長年に渡り、良好な関係を築いてきました。
この事実を知るのは、今では一握りの王侯貴族か歴史家ぐらいでしょう」
「そうですか。サルサーレ9世は何も教えてくれなかった」
「わざわざ教える必要がなかったからですよ、テツオ様」
空いていた扉から、アデリッサがひょっこり顔を覗かせた。
サルサーレ9世の愛娘だ。
「キチンと扉を閉めておきませんと、誰が聞いているか分かりませんよぉ?テツオ様」
アデリッサは軽い足取りで、テツオの腕に抱きつくと、小悪魔的な笑顔を向けた。
今日はやたらと積極的な気がする。
「お忘れですか?お父様は、テツオ様に公爵位を譲ろうとされてました」
「えっ!」
ラウールが大きく驚く。
「つまりお父様は、私をサルサーレ領ごと全てテツオ様に譲ろうとしていたのです」
「ハハハ、それなら何も心配する事は無いではありませんか!」
そうだった。冒険者である俺にまだ結婚する気はないと断ったんだっけ。
さっさと話題を変えよう。
「それより、吟遊詩人はどうなった?」
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ロナウドの実力は、銀等級冒険者で例えるならかなり上の方だ。
あの吟遊詩人の身のこなしが並じゃ無い事になる。
だが、ロナウドは頭の切れる男だ。
兵士を人混みに紛れさせながら、大広場中央にある噴水へうまく誘導し、吟遊詩人を円陣にて取り囲む事に成功していた。
「さぁ、追い詰めたぞ。大人しく縄に付け」
「おおっ!さすがはロナウド兵長!」
窓前でラウールがださいガッツポーズを繰り出し、それが邪魔で外の様子が良く見えない。
「歌は~、自由~、ラララ~」
跳躍。
謎の吟遊詩人は、噴水の女神像に飛び移り、手に持ったリュートをポロロンと鳴らすと、より高く飛んだ。
花屋のベランダ、そして屋根へと、あっという間に到達した。
領兵の包囲網からの脱出劇に、民衆は拍手喝采で盛り上がっている。
「これじゃ、我々がコケにされているようなものだぞ!」
ガッツポーズで振り上げた拳をわなわなと震えさせた後、ラウールはそのまま振り下ろしテーブルを叩いた。
落胆する彼を強く押し除け、アデリッサを優しく引き剥がし、窓の外を覗く。
なんか、聞いた事のある声がしたような?
「なんだよ。盛り上がってると思って来てみたらよぉ。しょうもねぇ歌、聴かせやがって」
「ホントだねー、バトっちゃう団長?」
「またそうやって、いきなり暴れたりしたら~、テツオサンに迷惑かかるっしょ~?」
「では、ここは私が参りましょう」
この四人は、見覚えがある。
その一人、渋いおっさんが前に出た瞬間、屋根の上で、吟遊詩人がいきなり縄に縛られ、もがいている。
俺の認識では、空間にいきなり具現化した輪っかが吟遊詩人を拘束し、アンリの投げた縄と後から繋がったように見えた。イカサマみたいな技だ。
物理と魔法を合わせた優れた技術というべきか。
「よーし、アンリ引き摺り落とせ!ぶん殴ってやる!」
周囲がざわつき始め、貴族の一人が声を張り上げた。
「お、思い出したぞ!こいつら、プレルス領のトップクラン【深淵の監視者】だ!」
「何だって?あの狂犬セリーナがジョンテに来たってのか?」
「何しに来たんだ!噂通りなら祭典が壊されるぞ!」
「メチャクチャだ。ジョンテ領はもう終わった」
おいおい、それどんな噂だよ。
それにしても、セリーナ達本当にジョンテまで来たのか。本気で俺の配下になるつもりだったのか?
「フフフ、相変わらず団長の印象ってどこ行ってもサイアクだよねー」
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「ラララ~、牙の折れた狂犬~、新しい飼い主に尻尾振る~、乙女となって~、腰を振る~、アララ~、ラァ~!」
「野郎!ブッ殺してやる!」
セリーナが縄の上に飛び乗ると、吟遊詩人へ向けて一直線に駆け上がった。
仲間二人も同じように後に続く。
不安定な細い縄の上を軽々移動するとは、とんでもない身体能力である。
民衆はその超絶技巧を讃え、無責任に、歓声を送った。
所詮、野次馬とはそういうものなのだ。
「よぉーし、ぶん殴ってやるからな!歯ぁ食いしばれぇ!」
ものの数秒で屋根へ到達したセリーナは、身動きの取れない吟遊詩人の顔目掛け、拳を繰り出した。
「それ死ぬって~!団長~」
若い兄ちゃん団員が手で目を覆う。
だが、とてつもない速度で放たれた拳は空振りに終わり、セリーナは勢い余って身体ごと屋根にめり込んだ。
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しかし、アンリやロナウド、領兵、民衆といった下から見上げていた者達には、吟遊詩人がどこに行ったのかはっきりと分かっていた。
「上空ですぞ!」
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浮遊魔法に精通している者であれば、不可能では無い。
だが、吟遊詩人の背中には、黒き羽根が生えていた。
それは悪魔の如く羽ばたきながら、上機嫌で歌っている。
「ラララ~、我はジョンテの悪魔~、貴族を殺せと命じられ~、馬鹿な民ごと~灰に帰す~」
吟遊詩人の正体は————、悪魔だった。
空中に赤く光る魔法陣が連続で八つ浮かび上がり、禍々しい闇の気が放出され、その魔人の体内へ取り込まれていく。
次いで、悪魔が手を掲げると、炎球が出現し、しゅるしゅると音を立てながら巨大化していった。
その間、僅か十数秒。
大広場へ影が落ちる。辺りは徐々に暗くなっていく。
太陽光を遮るほど膨れ上がった大炎球。
肌をひりつく程の熱量に、民衆達は、その時点でようやく危機的状況にある事を自覚したのだ。
「まずい!逃げるんだー!」
ロナウドが叫ぶより前に、大広場は一瞬で騒乱状態に陥った。
我先にと人を押し除け逃げ出す者。
蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない者。
貴族の護衛を務める金等級冒険者の中には逃げ出す者もいた。
「くそっ、死人が出ちまう。
魔法が使える奴は今すぐ障壁を張れー!」
喧騒の中、女性の大声が響き渡る。
ロナウドはその声を聞いて、不思議と気持ちが強くなっていくような感じがした。
セリーナという冒険者が屋根の上で叫んでいるのが分かる。
なんだろう、この力強い声を聞いていると、まるで鼓舞されているかのようだ。
そうだ、諦める訳にいかない。
私は民を守る為にここにいるのだから。
「領民!助かりたければ伏せてろ!」
あれだけ混乱していた民衆が、女傑セリーナのたった一言に統制されたというのか、その場へ迅速に屈み始めた。
「障壁を急げ!何でもいい!抵抗しろ!」
既に詠唱に入っている冒険者達がいる。
魔導具を取り出し、空へ掲げる貴族達がいる。
色とりどりの魔法障壁が、民の頭上へ次々と展開されていく。
国中の実力者が、今このジョンテ領へ大勢集まっている!
その誰もが、生命を一つでも救うべく、決死の行動を起こしているのだ!
街ごと消し炭にする威力をもつ大炎球が迫ろうというこの時、私は人間の生きる意思を、意地を、実感していた!
決して諦めてはいけないんだ!
「無駄な悪足掻き~、ラララ~、馬鹿は死ぬべき~!」
圧倒的な熱量が、巨大な黒炎が、遂に悪魔の手を離れ、轟音という絶望の歌を乗せて落下を開始した。
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しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
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