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第3話
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「もちろん、シュンくんを追いかけてきたに決まってるでしょ? 私の大事な花嫁さんだもんね」
「誰が花嫁だ誰が! というか、この町の惨状はお前がやったのか!?」
にこにこと満面の笑顔を浮かべるアザゼルを怒鳴りつけるものの、全然堪えている様子がない。
ひとまず必死でこのお姫様抱っこから逃れようとしたところで、周囲のゾンビたちが再びこちらへの距離をじりじりと詰めてきているのに気が付いた。
おれが気づいたことに、アザゼルも気づいたらしい。おれの身体をしっかりと抱えなおすと、優しい微笑みを向けてきた。
「シュンくん、ちょっと場所を移そうか。しっかり掴まっててね?」
「え……うわっ!?」
アザゼルはおれを抱えたまま、ぐっと腰を落とした。そして溜め込んだ力を放出させるようにして飛び上がる。そして、ゾンビたちの頭上を軽々と飛び越えると、彼らの群れから離れたところに着地した。
「んー、こっちに行こうか」
アザゼルは手近な雑居ビルの中へと入っていった。七階建てのビルは改装途中だったらしく、足元には木材や脚立が無造作に散らばっている。ビルとビルの間の隙間を縫うようにして建てられたビルはかなり通路の面積が狭い。
突然目の前からおれ達が消えて、ゾンビたちは右往左往していた。
その間に、アザゼルはおれを床に下ろすと、床に置いてあった脚立をひょいと持ち上げて、飴細工をこねるように、無造作に脚立の足を曲げて両開きの扉の取っ手に噛ませた。
あっという間にゾンビから逃れて、バリケードまで築いたアザゼルを、おれはあっけにとられて見つめた。
「よし、これならしばらくは大丈夫かな。ところでシュンくん、怪我はない?」
しかし、だんだんと状況を理解するにつれて、胸の奥からふつふつと怒りが込み上げてきた。
心配げな表情で差し出されたアザゼルの手を、ばしりと叩き落とす。
「とぼけるなよ、お前が何かしたんだろう!?」
「うん?」
「こんなことが出来るのはお前しかいない……! お前、いったい何を企んでる!?」
アザゼルは、きょとんとした表情で小首を傾げた。
そんな可愛らしい仕草が意外と様になっているのが余計に腹が立つ、と理不尽とも思える苛立ちすら込み上げてくる。
「なーにいってるのさシュンくん。見ての通り、私は今こっちの世界に来たばかりじゃないか?」
「じゃあ、この町の惨状はなんなんだ?」
「さぁ? 私はシュンくんが開いた“世界渡りの門”を通ってここに来たばかりだからなぁ……というか、この町って元々こういう雰囲気じゃないんだ?」
アザゼルは不思議そうな顔で、扉へと顔を向けた。
扉を閉めたことで見えなくはなったが、ドアの前には先ほどのゾンビたちが集まってきているようで、ガリガリと爪でひっかく音やうめき声が響いてくる。
しかし、アザゼルはそんな耳障りな音を気にした様子もなく、むしろ穏やかな笑みを向けてきた。
「ゾンビがいっぱいいて適度に荒廃してて、すごい雰囲気のいい町だなぁって思ってたんだけど、元からこうじゃなかったのかい?」
「ゾンビだらけの町とか、居住性最悪すぎるだろ……お前じゃないなら、誰がこんなことをやったっていうんだよ?」
アザゼルは肩をすくめて、柔和な笑みを浮かべてみせた。
「少なくとも私じゃないことは確かだね。だってシュンくんは、私が貸した魔剣グラムで“世界渡りの門”を開いたんでしょ? で、シュンくんがこっちの世界に来た後に、私は“世界渡りの門”を通ってこっちに来た……あっちの世界からこの世界に来るには“世界渡りの門”を通らないと行けない。私が言ってる意味、分かるよね? 私はどうしたって、シュンくんの後じゃないとこっちの世界に来れないんだよ?」
「…………」
おれは、アザゼルの言葉に押し黙った。
確かにこいつの言葉は筋が通っている。“世界渡りの門”を開いたのは自分で、“世界渡りの門”を一番最初に通ったのも自分だ。
アザゼルが自分よりも早くこちらの世界に来ることは出来ない。
だが――それはあくまでも自分の知識の範囲の話だ。
もしかすると、自分や聖アナトリアム国が知らないだけで、アザゼルはこちらの世界に来る別の方法を知っていたのかもしれない。
「あ、もしかして、私が何か別の方法でこっちの世界に来たと思ってる?」
そんなこちらの考えを察したらしく、アザゼルはぽんと手を打つと、にこやかに顔を覗き込んできた。
図星を突かれてぎくりと身体が強張る。だが、アザゼルはにこにことした笑顔のままそっとおれの右手を握ってきた。
「シュンくん、ちょっとこっちに来てごらん」
振り払おうとしたが、アザゼルの手はびくともしなかった。仕方がなく、手を引かれるまま歩き出す。
(はぁ……なんか、こいつ相手だといつも調子が狂うんだよな……だいたい、シュンくんって呼び方が気が抜けるんだよ。おじいちゃんとおばあちゃんですら、おれをそんな風に呼んだことないぞ)
憮然とした表情のままおれはアザゼルの後ろを歩いた。
どこへ向かうのかと思えば、出入口の奥にあった階段を登っていく。反対側のエレベーターは当然のように稼働していなかった。
このビルの中にはゾンビはいないらしく、辺りは静かだ。おそらく、元々ビルの中にいたゾンビは、先ほどおれを襲うために外に出てきたのだろう。
床には無造作に資材やダンボールが散らばる他、ところどころに赤黒い血痕や肉片のようなものが飛び散っていた。その惨状を見ていられず、思わず視線を逸らしてしまう。
そうして階段を上がることしばらく――おれ達はとうとう、ビルの最上階へと到達した。階段の行き止まりには屋上へと出る扉がある。アザゼルは扉のドアノブに手をかけると、難なくそれを捩じ切った。
ナイフでバターを掬うような気軽さで壊されたドアノブに、思わず顔がひきつる。アザゼルが手に力を込めればおれの手もあんな風に簡単に砕けるのだろう。
「シュンくん、開いたよ! よかった、こっちにもゾンビはいないみたいだね」
「……おれに何を見せたいんだよ?」
「見れば分かるよ。ほら、こっちにおいで」
しばらくビルの中を歩いていたため、屋上へ出ると太陽の眩しさに目が眩んだ。
それでも目を細めながら、アザゼルと共に屋上の端、手すりの前まで足を進める。
「――――ぁ」
そこから見えた光景に、おれは思わずか細い声を漏らした。
駅や線路、ビルの中や車道を歩く人影――すべてがゾンビだった。
見渡す限り、町中のいたるところにゾンビが彷徨っている。
ここから見える景色の中に“人間”の姿は一人もいない。
「なんだよ、これ……」
信じられない思いで、おれはうめくように呟いた。
ここから見える駅のターミナルのガラス張りの屋根は、南側部分が真っ黒に焦げて崩れかけている。大きな火災があったのだろうと思わしき痕跡だ。線路には、数本の電車が停まったままになっている。
どうやらこの町全体に電気が来ていないらしい。おれの部屋の電気だけが止められたわけではなかったようだ。ここから見えるどの建物にも、明かりは一つも灯っていない。
真っ暗でしんと静まり返った灰色のビル群は、まるで巨大な墓標のようだった。
呆然と立ち竦んでいると、おれの右手を、アザゼルがそっと優しく握り直した。
「分かったかな? この荒廃具合を見た感じ、昨日今日でゾンビが発生したわけじゃないみたいだよ? この荒れっぷりからして……だいたい一年前くらいにパンデミックが起きた感じかな?」
「一年前……」
「この三年間、私とシュンくんはずっとあの異世界で戦い続けてたじゃないか。つまり、私には一年前にこの世界に来てゾンビを大量発生させるなんてできっこないよ。分かってくれたかな?」
「…………」
アザゼルの言葉を、ゆっくりと頭の中で反芻する。
確かにこいつの言う通りだった。
自分とアザゼルはこの三年間、異世界で戦い続けていた。
この男がこの三年間、異世界にいたことは、他でもない自分がよく知っている。
おれはしばらくの間、黙ったままで考えを巡らした。だが、どう考えても、アザゼルの言葉を否定する材料は見つけられなかった。
数分が経過した後、ため息を吐いてからアザゼルに向き直る。
「お前がこの事態を引き起こしたわけじゃないっていうのは分かったよ。けれど、完全に信用はできない」
「うんうん、今はそれでいいよ」
おれの棘のある言葉を気にした様子もなく、アザゼルはにこにこと笑った。相変わらず、人好きのするようでいてどこか胡散臭い笑顔だった。
そこで、おれははたと、自分の手がまだアザゼルに繋がれたままだったことに気が付いた。
慌てて手を振り払うと、モスグリーンの上着のポケットに両手を突っ込み、視線を地面に落とす。
「……信用したわけじゃないけれど……まぁ、その……さっき、助けてもらったことは礼を言うよ。ありがとう」
礼を言った後で、たまらなく気恥ずかしくなって頭をがりがりと掻いた。
とてもじゃないがアザゼルと顔を合わせることができず、くるりと背中を向けて、町の惨状を眺めているふりをする。
が――その瞬間、背後から何かにがばりと抱きしめられた。
「お、おい!?」
「あははっ、シュンくんってそういう真面目なところ、ほんっとうに可愛いよね~!」
「か、可愛くないから離せって!」
慌てて抵抗するが、アザゼルはおれの身体をやすやすと両腕の中に抱え込んだ。のみならず、頭を掌でよしよしと撫でられる。まるでぬいぐるみのような扱いだった。
「っていうかシュンくんさぁ、王都での凱旋が終わったら私とハネムーン行こうって約束してたのに、なんでこっちに帰ってきちゃったの? まぁ、こんなことじゃないだろうかと思ってたけどさー。私、だから慌てて追いかけてきたんだよー?」
「だ、誰がハネムーンなんて行くか! それよりもお前、なんで……!」
「ああ、ごめんごめん。ハネムーンの前に結婚式だよね。私ったらつい先走っちゃって……」
「そういう意味じゃないし結婚式もあげない! っていうかお前、そもそもどうやってこっちに来たんだ!?」
おれのほっぺたにすりすりと頬ずりをしながら、アザゼルはあっけらかんと答えた。
「そりゃあもちろん、シュンくんを追っかけてきたんだよー!“世界渡りの門”が起動したのを感知したから、慌てて転移魔法を使って聖アナトリアム王国の王城に飛んだんだ。あはは、私が突然あらわれたから、国王も騎士たちもみんな腰を抜かしてたよ~」
「…………」
なんでもないことのように、とんでもないことを語るアザゼルに、思わずおれは頭をうめき声を上げた。
(ああ、もうなんでこんなことに……おれはこいつにもう二度と会いたくなかったから、異世界からさっさとこっちの世界に帰ってきたっていうのに……!)
「誰が花嫁だ誰が! というか、この町の惨状はお前がやったのか!?」
にこにこと満面の笑顔を浮かべるアザゼルを怒鳴りつけるものの、全然堪えている様子がない。
ひとまず必死でこのお姫様抱っこから逃れようとしたところで、周囲のゾンビたちが再びこちらへの距離をじりじりと詰めてきているのに気が付いた。
おれが気づいたことに、アザゼルも気づいたらしい。おれの身体をしっかりと抱えなおすと、優しい微笑みを向けてきた。
「シュンくん、ちょっと場所を移そうか。しっかり掴まっててね?」
「え……うわっ!?」
アザゼルはおれを抱えたまま、ぐっと腰を落とした。そして溜め込んだ力を放出させるようにして飛び上がる。そして、ゾンビたちの頭上を軽々と飛び越えると、彼らの群れから離れたところに着地した。
「んー、こっちに行こうか」
アザゼルは手近な雑居ビルの中へと入っていった。七階建てのビルは改装途中だったらしく、足元には木材や脚立が無造作に散らばっている。ビルとビルの間の隙間を縫うようにして建てられたビルはかなり通路の面積が狭い。
突然目の前からおれ達が消えて、ゾンビたちは右往左往していた。
その間に、アザゼルはおれを床に下ろすと、床に置いてあった脚立をひょいと持ち上げて、飴細工をこねるように、無造作に脚立の足を曲げて両開きの扉の取っ手に噛ませた。
あっという間にゾンビから逃れて、バリケードまで築いたアザゼルを、おれはあっけにとられて見つめた。
「よし、これならしばらくは大丈夫かな。ところでシュンくん、怪我はない?」
しかし、だんだんと状況を理解するにつれて、胸の奥からふつふつと怒りが込み上げてきた。
心配げな表情で差し出されたアザゼルの手を、ばしりと叩き落とす。
「とぼけるなよ、お前が何かしたんだろう!?」
「うん?」
「こんなことが出来るのはお前しかいない……! お前、いったい何を企んでる!?」
アザゼルは、きょとんとした表情で小首を傾げた。
そんな可愛らしい仕草が意外と様になっているのが余計に腹が立つ、と理不尽とも思える苛立ちすら込み上げてくる。
「なーにいってるのさシュンくん。見ての通り、私は今こっちの世界に来たばかりじゃないか?」
「じゃあ、この町の惨状はなんなんだ?」
「さぁ? 私はシュンくんが開いた“世界渡りの門”を通ってここに来たばかりだからなぁ……というか、この町って元々こういう雰囲気じゃないんだ?」
アザゼルは不思議そうな顔で、扉へと顔を向けた。
扉を閉めたことで見えなくはなったが、ドアの前には先ほどのゾンビたちが集まってきているようで、ガリガリと爪でひっかく音やうめき声が響いてくる。
しかし、アザゼルはそんな耳障りな音を気にした様子もなく、むしろ穏やかな笑みを向けてきた。
「ゾンビがいっぱいいて適度に荒廃してて、すごい雰囲気のいい町だなぁって思ってたんだけど、元からこうじゃなかったのかい?」
「ゾンビだらけの町とか、居住性最悪すぎるだろ……お前じゃないなら、誰がこんなことをやったっていうんだよ?」
アザゼルは肩をすくめて、柔和な笑みを浮かべてみせた。
「少なくとも私じゃないことは確かだね。だってシュンくんは、私が貸した魔剣グラムで“世界渡りの門”を開いたんでしょ? で、シュンくんがこっちの世界に来た後に、私は“世界渡りの門”を通ってこっちに来た……あっちの世界からこの世界に来るには“世界渡りの門”を通らないと行けない。私が言ってる意味、分かるよね? 私はどうしたって、シュンくんの後じゃないとこっちの世界に来れないんだよ?」
「…………」
おれは、アザゼルの言葉に押し黙った。
確かにこいつの言葉は筋が通っている。“世界渡りの門”を開いたのは自分で、“世界渡りの門”を一番最初に通ったのも自分だ。
アザゼルが自分よりも早くこちらの世界に来ることは出来ない。
だが――それはあくまでも自分の知識の範囲の話だ。
もしかすると、自分や聖アナトリアム国が知らないだけで、アザゼルはこちらの世界に来る別の方法を知っていたのかもしれない。
「あ、もしかして、私が何か別の方法でこっちの世界に来たと思ってる?」
そんなこちらの考えを察したらしく、アザゼルはぽんと手を打つと、にこやかに顔を覗き込んできた。
図星を突かれてぎくりと身体が強張る。だが、アザゼルはにこにことした笑顔のままそっとおれの右手を握ってきた。
「シュンくん、ちょっとこっちに来てごらん」
振り払おうとしたが、アザゼルの手はびくともしなかった。仕方がなく、手を引かれるまま歩き出す。
(はぁ……なんか、こいつ相手だといつも調子が狂うんだよな……だいたい、シュンくんって呼び方が気が抜けるんだよ。おじいちゃんとおばあちゃんですら、おれをそんな風に呼んだことないぞ)
憮然とした表情のままおれはアザゼルの後ろを歩いた。
どこへ向かうのかと思えば、出入口の奥にあった階段を登っていく。反対側のエレベーターは当然のように稼働していなかった。
このビルの中にはゾンビはいないらしく、辺りは静かだ。おそらく、元々ビルの中にいたゾンビは、先ほどおれを襲うために外に出てきたのだろう。
床には無造作に資材やダンボールが散らばる他、ところどころに赤黒い血痕や肉片のようなものが飛び散っていた。その惨状を見ていられず、思わず視線を逸らしてしまう。
そうして階段を上がることしばらく――おれ達はとうとう、ビルの最上階へと到達した。階段の行き止まりには屋上へと出る扉がある。アザゼルは扉のドアノブに手をかけると、難なくそれを捩じ切った。
ナイフでバターを掬うような気軽さで壊されたドアノブに、思わず顔がひきつる。アザゼルが手に力を込めればおれの手もあんな風に簡単に砕けるのだろう。
「シュンくん、開いたよ! よかった、こっちにもゾンビはいないみたいだね」
「……おれに何を見せたいんだよ?」
「見れば分かるよ。ほら、こっちにおいで」
しばらくビルの中を歩いていたため、屋上へ出ると太陽の眩しさに目が眩んだ。
それでも目を細めながら、アザゼルと共に屋上の端、手すりの前まで足を進める。
「――――ぁ」
そこから見えた光景に、おれは思わずか細い声を漏らした。
駅や線路、ビルの中や車道を歩く人影――すべてがゾンビだった。
見渡す限り、町中のいたるところにゾンビが彷徨っている。
ここから見える景色の中に“人間”の姿は一人もいない。
「なんだよ、これ……」
信じられない思いで、おれはうめくように呟いた。
ここから見える駅のターミナルのガラス張りの屋根は、南側部分が真っ黒に焦げて崩れかけている。大きな火災があったのだろうと思わしき痕跡だ。線路には、数本の電車が停まったままになっている。
どうやらこの町全体に電気が来ていないらしい。おれの部屋の電気だけが止められたわけではなかったようだ。ここから見えるどの建物にも、明かりは一つも灯っていない。
真っ暗でしんと静まり返った灰色のビル群は、まるで巨大な墓標のようだった。
呆然と立ち竦んでいると、おれの右手を、アザゼルがそっと優しく握り直した。
「分かったかな? この荒廃具合を見た感じ、昨日今日でゾンビが発生したわけじゃないみたいだよ? この荒れっぷりからして……だいたい一年前くらいにパンデミックが起きた感じかな?」
「一年前……」
「この三年間、私とシュンくんはずっとあの異世界で戦い続けてたじゃないか。つまり、私には一年前にこの世界に来てゾンビを大量発生させるなんてできっこないよ。分かってくれたかな?」
「…………」
アザゼルの言葉を、ゆっくりと頭の中で反芻する。
確かにこいつの言う通りだった。
自分とアザゼルはこの三年間、異世界で戦い続けていた。
この男がこの三年間、異世界にいたことは、他でもない自分がよく知っている。
おれはしばらくの間、黙ったままで考えを巡らした。だが、どう考えても、アザゼルの言葉を否定する材料は見つけられなかった。
数分が経過した後、ため息を吐いてからアザゼルに向き直る。
「お前がこの事態を引き起こしたわけじゃないっていうのは分かったよ。けれど、完全に信用はできない」
「うんうん、今はそれでいいよ」
おれの棘のある言葉を気にした様子もなく、アザゼルはにこにこと笑った。相変わらず、人好きのするようでいてどこか胡散臭い笑顔だった。
そこで、おれははたと、自分の手がまだアザゼルに繋がれたままだったことに気が付いた。
慌てて手を振り払うと、モスグリーンの上着のポケットに両手を突っ込み、視線を地面に落とす。
「……信用したわけじゃないけれど……まぁ、その……さっき、助けてもらったことは礼を言うよ。ありがとう」
礼を言った後で、たまらなく気恥ずかしくなって頭をがりがりと掻いた。
とてもじゃないがアザゼルと顔を合わせることができず、くるりと背中を向けて、町の惨状を眺めているふりをする。
が――その瞬間、背後から何かにがばりと抱きしめられた。
「お、おい!?」
「あははっ、シュンくんってそういう真面目なところ、ほんっとうに可愛いよね~!」
「か、可愛くないから離せって!」
慌てて抵抗するが、アザゼルはおれの身体をやすやすと両腕の中に抱え込んだ。のみならず、頭を掌でよしよしと撫でられる。まるでぬいぐるみのような扱いだった。
「っていうかシュンくんさぁ、王都での凱旋が終わったら私とハネムーン行こうって約束してたのに、なんでこっちに帰ってきちゃったの? まぁ、こんなことじゃないだろうかと思ってたけどさー。私、だから慌てて追いかけてきたんだよー?」
「だ、誰がハネムーンなんて行くか! それよりもお前、なんで……!」
「ああ、ごめんごめん。ハネムーンの前に結婚式だよね。私ったらつい先走っちゃって……」
「そういう意味じゃないし結婚式もあげない! っていうかお前、そもそもどうやってこっちに来たんだ!?」
おれのほっぺたにすりすりと頬ずりをしながら、アザゼルはあっけらかんと答えた。
「そりゃあもちろん、シュンくんを追っかけてきたんだよー!“世界渡りの門”が起動したのを感知したから、慌てて転移魔法を使って聖アナトリアム王国の王城に飛んだんだ。あはは、私が突然あらわれたから、国王も騎士たちもみんな腰を抜かしてたよ~」
「…………」
なんでもないことのように、とんでもないことを語るアザゼルに、思わずおれは頭をうめき声を上げた。
(ああ、もうなんでこんなことに……おれはこいつにもう二度と会いたくなかったから、異世界からさっさとこっちの世界に帰ってきたっていうのに……!)
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