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花
しおりを挟むさて、というわけで相変わらず暗い顔のウェルだったが、森に入ったところで、その表情はスイッチが切り替わったようにきりりと引き締まった。
そう、森。
俺とウェルがいるのは、俺たちが住むリッツハイム魔導王国の傍らにある、モンスターの跋扈する「災いの森」である。
「ウェルは災いの森に来たことはあるんだよな?」
「はい、冒険者だった頃、三人組でパーティーを組んでいた時には毎日ですね」
「そうか。俺は今まで我流で探索と討伐を行ってきたからな。相手が俺だからって遠慮なんかしなくていいから、見落としや不効率な点があったらどんどん先達として指摘してほしい。任せたぞ」
「はっ」
さて、このリッツハイム魔導王国に隣接する「災いの森」。
ここは神代の頃からある森だと言われており、森の奥深くには自然と中立の神、ラドンの神殿があるという。まぁ、誰も見たことないんだけどね。
で、この森はそういった理由でか、ものすごく魔力が多い。この世界ではすべてのモノや生き物に魔力が宿っているのだが、この森では草木や大地、石コロにすら通常の8倍ほどの魔力が備わっているそうだ。
その魔力の多さのせいで、ここに蔓延るモンスターも量が多く、レベルが高い。
で、俺は今日は、この災いの森にウェルと二人で入ることにした。
ちなみに俺は、誰かと森に入ってモンスターを討伐にきたのは今回が初めてである。今日、はじめてウェルと誘ってこの森にきたのだが、ウェルも珍しく目を見開いてビックリしていた。
だが、俺の伯爵家次男という立場を考えれば、今までこんなレベルの高いモンスターの跋扈する森にソロで入っていたことの方が異常なのであって、本来は護衛騎士を伴って入るのが貴族なら一般的なのだ。
「ロスト様。こちらの花ですが、魔力回復の材料になるものなので、ギルドに持ち込めば高値で売れます。アイテムバッグに空きがあるならば、持っていかれてはどうでしょう」
「そうなのか。なるほど、勉強になるな」
だがまぁ、二重の意味で今日、森に入ったのは正解だったようだ。
一つ、フツーにウェルの知っている知識は俺の知らないものが多いので勉強になる。さすが冒険者上がりだ。
二つ目、先ほどの朝食の時の重苦しい空気が、いくぶんかやわらいだことだ。うん、これは素直にありがたい。
ちなみに先ほどウェルが俺に教えてくれて、摘んでくれた花は、薄紅色の小さな五枚の花弁が可愛らしい花だった。ちなみに、森に討伐にきたウェルの格好はいつもの軽装ではなく、服の上からプレートメイルを身に着けている。甲冑姿よりも軽く、動きやすい格好だが、そんなメイルをつけたウェルが俺に花を差し出してくる姿はまさに騎士そのもので、かっこいいの一言に尽きた。
……この花、あとで一輪だけ押し花にして保管しておこう。
花を大事にアイテムバッグにしまったところで、ふと、俺たち人間とは違う気配をかすかに感じた。気配というか、臭いだ。
すえたような、緑を濃くしたような異臭。
「――ロスト様」
「ああ、風上にいるようだな。こちらが風下にいたのは運がいい、行くぞ」
「はっ!」
腰にたずさえた剣に手をかけ、いつでも抜くことができるようにしてから、足音を殺して風上に向かう。
木陰に身を隠して進んだ先。
小川のほとりで、少し開けた場所にでた。
「っ、アースワイバーン……」
隣で、ウェルが息をのんだ音がする。
俺たちの目の前にいたのは、アースワイバーンだった。茶色い鱗に、背中には赤みがかった棘がいくつか生えている。背中の辺りには羽が生えているが、ほとんど退化しており、飛ぶことはできないほど小さい。その代わりに手足が大樹のように太い。
「気づかれて突進されたら厄介だから、俺が行く。俺が五分以内にカタがつけられなければ、援護してほしい」
「え、五分? あっ、ロスト様!?」
ウェルの返事を待たずに、木の影から颯爽と飛び出す。
瞬間、アースワイバーンは俺に気づき、突進をかけようと後ろ足で大地を蹴り、俺を見据えた。
――痒み発生、最大限。場所は両足。
魔眼でアースドラゴンを注視する。アースワイバーンと俺の視線がかち合った刹那、アースワイバーンが「グルゥウッ!?」という困惑の声をあげたが、遅い。一瞬、俺から意識を放した瞬間を狙い、俺は右側に回り込むと、剣をアースワイバーンの首筋に突き立てた!
「ギャオォオオオゥ!」
アースドラゴンの首筋から真っ青な血がふき出る。その血をすんでのところで躱し、アースワイバーンからバックステップで距離をとる。地面をのたうちまわるアースワイバーンは明らかに致命傷で、このまま放っておいても死ぬだろうが、あまり長く苦しませるのも忍びない。
俺はアースワイバーンに近寄ると、再度剣を一閃させ、その首と胴体を永遠に切り離した。
「――ふぅ」
一瞬だけだったが、これぐらいならウェルには俺の能力のことはわからなかっただろう。
いつもはもっと慎重に、相手が身動きとれなくなるまで能力発生させたりするんだが、それだけだと自分の鍛錬や経験にならないので、こういう形での討伐も時々している。今日もうまくいったようで何よりだ。
俺はアースワイバーンの血のついた剣を布でぬぐい、鞘におさめると、背後にいるウェルに声をかけた。
「待たせたな、ウェル」
「…………」
「ウェル?」
なんか、剣を抜刀したままのポーズで硬直し、ぽかーんとしているウェル。
お、おい、どうした?
「ま……まさか、ロスト様お一人でアースワイバーンを倒されるとは……」
「え?」
「ソロで災いの森を踏破する『剣星』……リッツハイム魔導王国きっての討伐数記録を打ち出した、稀代の天才。そのご雄姿がこの目で見れるとは、光栄です。お見事でした」
剣をおさめ、わずかながら高揚したように頬を紅潮させて、俺につげるウェル。
いや、あの。言っている言葉は理解できるんだけど、言ってる意味がわからないんだけど、ウェルさん?
「ア、アースワイバーンぐらい、別に冒険者なら余裕じゃないか? お世辞なんかいわなくてもいいんだぞ」
「ロスト様こそご謙遜を。確かに、冒険者ならば倒せない相手ではありませんが……冒険者とはそもそも三人以上の人間がグループになって役割分担をこなし、戦うものですから。ロスト様のように、あんなにあっという間に、お一人で倒されることができるのは、この国には一人もいませんよ」
「へ、ヘぇ、そうなんだー……」
そうなんだ!?
やべぇ、知らなかったよ! じゃあ俺、今のアースワイバーンどころか、けっこうそれよりランクの高いエンペラーワイバーンとか、スプリガンとか、バジリスクとか倒してギルドに持ってったことあるんだけど、けっこうそれも今まで目立ってたんじゃないのか?
「なぁウェル、その、さっきお前が言っていた『剣星』とか、『稀代の天才』とかっていうのは……?」
「もちろん、ロスト様のことですよ。ご存じありませんでしたか? ギルドや冒険者だけではなく、市井の者もそう呼んでいるはずです」
「……ソウナノカ、シラナカッタナー」
「ロスト様の武勇は、リッツハイム魔導王国全土に知れ渡っていますからね。ソロでバジリスクすら倒した稀代の天才。バジリスクなんて、A級ランク冒険者を十人集めて戦うのがやっとでしょうからね」
もうやめて! 俺のライフはゼロです!
ウェル、本当に俺の話してる?
もしかして、どっかの同姓同名で赤の他人なロストさんと勘違いしてない?
「……でも、ロスト様がお強いのはわかりましたが、あまり無茶はなさらないでくださいね」
「え?」
今までの己のうっかり具合に思わず頭を抱えそうになった時、ウェルの、どこか寂しげな声が俺の耳にひびいた。
思わず顔をあげると、意外と近い距離にいたウェルがおれを見下ろしていた。
そして、その指先が伸ばされたと思うと、俺の右頬にふれる。
「ロスト様に何かあれば、このウェルスナーは悔やんでも悔やみきれません。お願いですから、もっとご自分を大切になさってください」
「あ……ああ、ありがとう」
離れていったウェルの左手の指先には、青黒いものがついていた。
先ほどのアースワイバーンの血だろう。避け切ったつもりでいたが、血の飛沫が頬についていたようだ。ウェルはそれをぬぐってくれたらしい。
ウェルが触れた指先の、ほのかな温度。
そして、寂しげにも聞こえた、俺を真摯に心配してくれた声。
その二つのせいで、俺の心臓はしばらくどきどきしっぱなしだった。
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