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嘘
しおりを挟む「…………あの、ウェル」
「……はい」
「ウェルが今、その、俺のことを好きっていったように聞こえたんだが」
――いや、そんなことがあるわけない。
多分、俺の幻聴だろう。きっと、そうだったらいいなと思う願望が自分の耳に聞こえたに違いない。
心の中で、そう自分に言い聞かせる俺に対し、
「…………はい。私は、ロスト様のことをお慕いしています」
ウェルは顔を真っ赤にしながら、それでもひたと俺の顔を正面から見据えて、そう告げたのだった。
…………。
………………。
「えっと、嘘だよな?」
「!? う、嘘ではございません!」
たぶんウェルはなにかを勘違いしているんだろうと思い、優しく声をかけてみる俺。そんな俺に対し、ウェルは慌てたように俺につめよってきた。
「ど、どうして嘘だと思われるのですか!?」
「いや、だってウェルは……キースのことが好きなんじゃないのか? 手紙が来た時だってすごく気にしてたし、一目でキースからの手紙だと分かったみたいじゃないか」
「あんなろくでなしからの手紙ですよ、気にするにきまってるでしょう! 案の定、よからぬたくらみだったではないですか。セバスチャン殿がお持ちした時に、焼却をしておくべきだったと今も後悔しております」
「しょ、焼却されたら俺が手紙を見れないんだが?」
「はい、ロスト様のお目に入る前に灰にしておくべきでした」
真剣な顔でこくりと頷くウェル。
な、なるほど。この様子じゃあ、本当にウェルはキースのことは友人以上には思ってないようだ。
にしても、ウェルにしてはずいぶんとキースの扱いが雑だな。さっきも躊躇いなくキースに斬りかかろうとしてたし。
そのことを気になって聞いてみると、ウェルはなんでもないことのように、
「私がいくら斬りかかったところでキースも黙ってそれを受ける性質でもありませんからね。純粋な強さで言えばキースの方が上ですから。むしろ私が本気で殺す覚悟で行かなければ、キースに傷をつけるのは難しいですから」
と答えた。
……この二人がなんで一緒に冒険者やれてたのか、なんとなくわかった気もする。
あれだ、同じクラスの委員長と不良の関係に例えれば分かりやすいかもしれない。ウェルは真面目すぎるきらいがあるし、キースはあの通りろくでなしだ。
お互いがお互いの足りない所を補っており、それがいい感じにバランスのとれた関係になっていたのだろう。それに、間にはロズリーナさんという緩衝材がいてくれたことも良かったのかもしれない。
けれど、
「……ウェルがキースのことを友人以上に思ってないのは分かった。けれどお前、キースに騎士をやめるって相談してたんだろう? 俺にも前にそういう打診をしてきたじゃないか」
「キースに相談?」
俺の疑問に対し、どういったわけか、ウェルもきょとんとした顔を返してきた。
「以前会った時に、ウェルから相談を受けていたって言っていたぞ」
「キースに相談……いったいいつの話をしてるんですか? 確かに二年前くらい、騎士に任命されたばかりの時に、自分の力量のなさに自信をなくして、そんな相談をしましたが……」
「え?」
「え?」
意味が分かりませんという感じのウェルに、俺も意味が分かりませんという感じの顔を向ける。
いや、本当にどういうこと?
だって、確かあの時キースは……、
『ああ――前にな。アンタの護衛騎士を辞めようかどうかとか? そんな話もしてたぜ』
……なるほど! 確かに『前』とは言っているが、『この前ギルドで会った時』とは言ってねぇ!
あのヤロウ! まんまと嵌められたよちくしょう!
『前』って、『ギルドの待合所で偶然再会した時』の話じゃなく、『二年前』の話かよ! ああ、確かに嘘は言ってないな!
つ、つまり総合すると……。
キースがまず、俺がウェルを好きだってことにギルドで気づく。
で、ちょうどギルドで俺とウェルが離れた時間があったので、次に俺と二人で会った時に、「実はウェルが前にこんなこと言ってたんだぜ」と思わせぶりなことを言う。
俺がまんまとそれにかかり、この宿にのこのこと来る……というのがイマココ!というわけか?
くそ。先日、俺がウェルから「護衛騎士を辞めたい」ってちょうど言われてたから、それと偶然時期がかぶったのが痛かったな……。そのせいでキースの騙りに真実味が出てしまった。
……いや、でもそのことがなくても、キースの罠にはかかってたか。俺の性格じゃ、ウェルに「実はキースからこんな話を聞いたんだけど」って切り出すのは絶対無理だ。そこまでキースが予測していたとしたならどの道、やっぱり俺はキースの所へのこのこと来ていたに違いない。
なんかこう、こんなにキレイに罠にかけられると、いっそすがすがしいな……。
俺が単純すぎるのかもしれないが、キースに称賛を送りたい。
そして、それはそれとして、あいつの顔面を思いっきりグーで殴りたい。
「……ロスト様? つまり、どういうことなんですか? キースがあなたに何を言えば、こんな状況になるというんですか?」
「……いや、まぁ。それはあとで説明するよ」
こんな情けない話、とてもじゃないがウェルには説明できない……。説明するにしても、まずはこの俺の胸のもやもやが落ち着いてからにさせてほしい。
それに、それよりも――俺は、ウェルに尋ねたいことがあるのだ。
だって。ウェルが俺のことを好きだって言ってくれるなら、ウェルの今までの態度はなんだったんだ?
「……それでも、悪いが、ウェルが俺なんかを好きだなんて信じられない。今までのウェルは、俺に対してそんな態度じゃなかったじゃないか。仕事先の上司以上の感情があるようにはまるで見えなかったぞ」
「そ、それは……」
俺の指摘に、うっと口ごもるウェル。痛いところをつかれた、という感じの気まずそうな顔だ。
「最近はまぁ……ともかくとしてだ。今まで、俺が声をかけても無難な返事しか返してこなかったし。他の使用人相手には笑顔で会話しているのに、俺にはそういう顔一つ見せたこともなかっただろう」
「それは……その、」
続けざまに追及しはじめた俺に対し、視線をさ迷わせるウェル。だが、俺が黙ったままじっとその顔を見つめていると、ウェルも心を決めたようにきゅっと唇を噛みしめ、俺に向き直った。
「……今まで申し訳ございませんでした、ロスト様。おれは、その……」
「……うん」
正面から俺をまっすぐに見つめ返してくるウェルの若草色の瞳は、すいこまれそうな錯覚を覚えるくらいに澄んでいる。
思えば、ウェルと真正面から向き合って会話をしたのは、これが初めてかもしれない。
「その、情けない話なのですが……約束を守れなくて、ロスト様に合わす顔がなかったのです」
「……約束?」
約束って……え?
まさか、子どもの頃に俺とウェルで交わしたアレのことか?
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