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第七話

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 あまりにも静かな室内は気詰まりで、コースの味なんてちっとも分からなかった。それでも、どうにかメイン料理までを食べ終え、とうとう最後のデザートと紅茶が運ばれてきた。

 ようやくこの夕食会も終わりそうだとほっと息を吐いた時、ルーカスが唇を開いた。
 なお、彼の方から話しかけてきたのは、これが今日初めてのことである。

「リオ。以前言っていたオメガ用発情抑制薬は、そろそろ完成しそうなのか?」

「ええ、教授からも、これなら卒業までに完成はしそうだと仰ってもらえました。今作っている試作薬でもある程度の抑制効果がありそうなので、素材や製法に問題はなさそうです。ただ、なかなか思うような効果が出なくて……」

 そう。おれはゲームの知識を元に学院でオメガ用発情抑制薬を開発しているのだが……実は、あまり思うような成果が出ていない。

 ゲーム内で出てきた素材はすべて用意したし、ゲームの手順通りに作成しているのだが、想定していた効果のある薬ができていないのだ。
 作った薬は、教授の鑑定魔法で効果のほどを確認してもらうのだが、ほんの少し発情状態を抑制する効果はあるが、日常生活を行えるほどにヒートを抑えるものではないとのことだった。

 正直、入学する前までは、ゲームの知識を元にして作ればちゃちゃっと発情抑制薬ができるだろうと思っていた。その予想に反して現実は思うようにいかず、最近はすこし焦りを感じ始めている。

「ふむ……研究レポートは持っているのだろう? 少し見せてくれないか。僕の方で手直しできるところがあるかもしれない」

 ルーカスの言葉に、おれはちょっと驚いた。
 彼は以前から、おれの作っている発情抑制薬に興味があるようなそぶりを見せていた。だが、それをハッキリと言葉にしたのは今回が初めてだ。

 おれは少し考えた後、ルーカスに研究レポートを見せることにした。
 ルーカスが所属するのは〈古代魔術研究科〉だが、<白百合学院エルパーサ>の代表生徒に選ばれるほど優秀な学生だ。
 彼から助言をもらえるならありがたい。それに、ルーカスの方からおれに歩み寄る姿勢を見せてくれたのは、出会ってからこれが初めてのことだったので、それが少し嬉しかった。

「これなのですが……理論上、素材と製法は正しいはずなのですが、なぜか思うような効果が出なくて」

「ふむ」

 おれは鞄から自身の研究レポートを取り出すと、それをルーカスに渡した。彼は受け取った研究レポートをじっくりを読み進める。

「この素材の組み合わせや、作成方法はリオ自身が考えたのかい? 他では見かけない手順だが」

「ええ、おれが調べて独自に編み出したものです」

「ふむ……」

 ルーカスはそう呟くと、再び黙りこくってしまった。ただ、その目線だけはレポートの文章を素早く追い続けている。
 彼がレポートを読んでいる傍らでデザートを食べることもできず、おれは彼の返答をじっと待った。ルーカスもおれと同様、デザートにはいまだに手をつけていない。

 ちなみにデザートは、マスカルポーネのムースと二種の白葡萄のゼリーだった。白と黄緑色のコントラストが美しい。本音を言えば、レポートを読むのはデザートを食べ終えてからにして欲しかったところだ。レックスほどではないが、おれも甘いものは好きなのである。まぁ、ルーカスも厚意で見てくれているようだし、野暮なことは言うまい。

 そして、紅茶がすっかり冷めきった頃、ルーカスはようやく唇を開いた。

「少し、僕のほうで試してみたい製法がある。このレポートを借りていってもいいかな? 終わったら結果報告とあわせて、レポートを君に返すから」

「……えっと、それは……」

「ああ、もちろん絶対に他の人間には見せないと約束するよ」

 思っても見なかった提案に、おれは硬直してしまった。

 どうしたものか……ルーカスが協力をしてくれるのはありがたいが、自分の研究レポートを他の学院の生徒に渡してしまってもいいものなのか?

 ただ、相手はおれの婚約者だ。ここで断ったら、それは「あなたのことを信用していません」と表明しているようなものだ。
 そうなれば、今でこそ冷え切っているおれたちの関係が、さらに絶対零度に落ち込む気がする。

 その証拠に、返答に迷って唇を閉ざしたおれを、ルーカスは瞳をするどく細めた険悪の形相で睨みつけた。

「リオ、君は僕が信用できないのか? これまでずっと、僕と君は婚約者として、いい信頼関係を築いてきたと思っていたのだが」

「いえ、そういうことではないのですが……」

「僕ならこの薬を必ず完成させることができるから言っているんだ。これは君のためでもあるんだよ?このレポートを誰かに見せるつもりなんてない。うちの教授や親が相手だって、絶対に見せないよ。約束する」

「……わかりました。そこまで言っていただけるなら」

 おれは内心でため息をつきながら、うなずき返した。もはや笑顔を作る気力もない。

 まぁ、ここまで言ってくれているなら信用してもいいだろう。
 それに、レポートは持ち歩いているこれが全てではない。学科の研究室の鍵付き書棚に、残りの3分の2は置いてある。今ルーカスに渡したのは、あくまでも試作薬の作成方法を記した部分で、このあと学生寮の自分の部屋で清書しようと思い、持ち歩いていたものだ。もしもルーカスがこのレポートを紛失したとしても、素材も製法も頭に入っているから問題ない。

 それに、ルーカスがおれのことに興味を持ってくれたのは、出会ってからこれが初めてのことだ。
 これをきっかけに、彼との関係性を少しでも向上できるかもしれない。

「分かってくれて嬉しいよ、リオ」

 おれが了承すると、ルーカスは満足げに微笑んだ。そしておもむろに、レポートを手にとったまま椅子から立ちあがる。

「ルーカス?」

「ああ、すまない。この薬について、早く試したいことがあるから先に帰らせてもらうよ。僕の分の会計は済ませておくから気にしないでくれ。では、お先に失礼」

「えっ、あ? ルーカス?」

 あっけにとられている内に、ルーカスはレポートを鞄の中にしまいこみ、外套を引っ掴んでさっさと部屋を出ていってしまった。
 あとにはポカンとした間抜け面のおれだけが残される。

 えーっと……あれ?
 今、ルーカスって「僕の分の会計は済ませておくから」って言った?

 じゃあつまり、おれはこの高級店のコース料理の代金、自分のぶんは自分で払わないといけない感じか? 

 い、いや、そりゃあお互い学生の身だし、アルファとオメガではあるけれど男同士だし、奢ってもらえて当然とは思ってないけれど……
 でも、最初から割り勘のつもりなら、もっとリーズナブルな店か料理にしてほしかったんだが。

 だって、このコース料理、おれが自分で注文したわけじゃないのだ。
 個室に入って着席してすぐに前菜が運ばれてきたから、ルーカスが個室の予約時にコースの注文もしていたのだろう。そして、味と量から判断して、注文されていたのはこの店で一番お高いコース料理だったと思われる。

 相手が一方的に店とコースをあらかじめ指定しておきながら料金は割り勘で、その上で「気にしないでくれ」って言われることあるの? マジで?

 もしもおれが持ち合わせがなかったら、どうするつもりだったんだ?

「はぁ……痛い出費になったな」

 くそ。もうこうなったら、ルーカスがとうとう最後まで手をつけなかったデザートも、おれが食べちゃおう。もったいないし。甘いものに罪はないからな。
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