完結 とある令嬢の都合が悪い世界 

音爽(ネソウ)

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姫巫女の真価

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海の街を見捨て、己達だけ難を逃れた姫巫女達だったが穏やかだった高原とて台風による影響が皆無なわけもなく……。

湖が貯えきれなかった雨水が下方の河川へ流れ出して氾濫が起きた。加えて山崩れが発生して土砂災害が同時に起きてしまったのだ。その土地は長年にわたり土砂災害に見舞われていなかった、ゆえに油断が生じ対策が遅れた。
被災した住人達が宿泊施設に助けを請い集まり、優美なホテルは野戦病院のように豹変する。

偶然そこに逗留していた姫巫女はまたも身勝手な連中に「今こそ神の奇跡を」と拝み倒されるのだった。
「なんなのよ!どいつもこいつも!信者でもない癖に!」
海から逃れたというのに、避難地でも同じことに見舞われて憤慨する姫巫女ドナジーナは爪をガリガリと噛んで苛立とを露わにした。

「左様でございますよ、信仰心の無い者に神とて袖にするはず!」
「姫巫女様、御安心を我らが盾となりましょう」
侍る司祭たちは癇癪を起しそうな彼女をどうか穏便にとへつらい宥めにかかる。そして、姫巫女の好物を提供して休暇を楽しむようにすすめるのだ。災害時というのになんとも呑気なことか。

だが、民たちは神に寵愛を受ける姫巫女が居るホテルにいさえすれば安全と考えた。噂を聞きつけた周辺住人は挙ってそこへ集結した。迷惑を被ったホテル側だが、被災者を無下にも出来ずホールを開放し受け入れる他がない。



その頃城では台風災害の報を受けて対処に追われていた。
宰相と国土省長官が指揮を執り海辺の街へ物資支援と保安の為に騎士団を向かわせていた。
「ふむ、幸いにも負傷者は発生していないようですな」
「海の民は嵐に備えていることが功を奏したようです、ただ一部の食糧と日用品などの流通が滞りまして――」
嵐に寄る被害で荷馬車が途中で難儀しているとの詳細を聞いていると空気を読まない王が割って入る。

「姫巫女は!彼女の安否はまだか!?」
護るべき民の生活の事より避暑地で豪遊している小娘のことを心配する国王に対して苛立った宰相は舌打ちをした。
「王よ、いまは優先すべきは被災者達です。姫殿には司祭らが護衛しているでしょうよ」
「んな!なんて呑気なことを!彼女は国に富と安寧を齎す…」
宰相は肩を竦めて王の言葉を遮る。

「王よ、その国の為に働くはずの姫巫女は現状で何もしていない。台風が迫る最中に自分達だけ逃げました。さらには逃走の地では被災民の助けを請う声を聞こうともしていないと報告がきておりますぞ」
「え……そ、そんなはずは」

「いまは民の生活の安寧と救出が最優先、土砂災害は広まりつつある一刻を争うのですよ」
「だが!」
尚も言い募る王に宰相と長官は額に青筋を立てた、怒鳴りつけようとしたその時に助け舟を出す声がした。
「父上、私が被災地に赴き姫巫女の様子を伺って参ります」
「おお!そうか、そうだよな!さすが余の息子!頼りにしておるぞリカルデルや!」
「ええ、ちゃんとね」

心強い言葉を吐く王子に気を良くした王は災害対策本部を抜け出してアルゴリオ教会へと急ぐのだった。
「ほんと見てきますよ、愚かな小娘の阿呆顔をね……行くぞお前達」
「はっ!」
「お任せを!」
側近で友人のバイロンとヴァレンが気持ちの良い返事をしてニッと笑った。


***

「え、なんですって……?」
「言った通りです、何度も言わせんでくださいよ」
被災地へ顔を出した王子達の姿を見るや小躍りしていた姫巫女ドナジーナだったが、顔色を悪くして後退していく。
嵐を沈める祈祷を行うように要請したのだが、荒行に等しいそれを行うことを彼女は拒否するのだ。王子は彼女に神通力のような才はないと知っていながらも「民がそれで安堵するならよし」と考えたのだ。


ホテルの一室を借りて姫巫女御一行と対峙した王子と側近、そして護衛騎士は何も成そうとしない彼女らへ侮蔑の視線を向ける。
「だ、だって彼らは私の支持者でも信徒でもないのよ?どうして私が身を削らなければならないの?」
「……神とは無償で慈悲を与えるものと思っていたのだが、キミらが崇め祀る女神ペスシモは随分と狭量のようだ」
王子はわざとらしく肩を竦めてヤレヤレと頭振る。すると侮辱されたことに腹を立てた司祭の一人が声を荒げる。

「王子殿下!その発言は許しがたいことです!我らが女がみ…」
「喧しい!身に程を弁えよ!この国おいて貴様はただの賤民だ!王族に断りもなく声を掛けるなど死にたいのか?」
「ぎひぃ!?」
気難しいバイロンが銀縁の眼鏡越しから鋭利な目を司祭に向けて怒鳴りつけた。その迫力は凄まじく王子も少し竦むほどだ。

「ひょえ、切れると怖いねお前……」
「軽口を叩くなヴァレン、己の主が下民以下の者に侮られたのだぞ。お前も怒れ」
「へいへーい、だってさ。騎士団長の息子ヴァレンが剣の錆びにしてくれようか?」
ヴァレンはにっこりと人懐こい笑顔を見せて腰巾着たちに向き合い切っ先を向ける。途端に姫巫女に侍っていた連中は悲鳴を上げて部屋から遁走していく。

「な!ちょっとあなた達ぃ?どこへ行くのよ!」
一人取り残されたドナジーナは後を追おうとしたが、ヴァレンがそれを許さない。

「話は途中だよぉ?ね?座ろうか、自称姫巫女ちゃん」
「ぎゃ、は……い」




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