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己の実力を過信していたレナンは惨敗して大怪我を負った、仲間に見捨てられた形で恒久の青剣は解散となった。
ギルドから派遣された救護班が彼らを穴から発見した時には虫の息だった。
大勢の冒険者がワーム退治に奮闘している最中に助けを請い続けていたが、混戦中という悪状況では誰も気が付いてくれなかった。
しかも、攻撃が逸れた電撃と炎、矢などが彼らの穴へと落ちてきてとばっちりを食らった。
落ちた衝撃で複雑骨折した上に打った箇所が悪く、半身不随になったレナン、顔に火傷を負い右半身が麻痺したキャロンは二度と冒険者には復帰できなくなった。
すぐに治癒が施されていれば酷い結果にはならなかったが、レナン達は運がなかった。
それなりの功績をギルドから称えられ、僅かばかりの見舞い金を受け取りレナンは若くして引退となった。
***
――悲惨なワーム討伐から二年が経った。
とある田舎町で長すぎる余生を持て余していたレナンとキャロンは、日々の糧を得るために資源ゴミを拾って暮らしていた。重度障害者認定をされて援助金を受け取ってはいたが、十分な生活費とは言いがたい額だった。
彼は粗末な車椅子に乗り路上やゴミ山などを漁るのが日課となった。その傍らには松葉杖をついて歩くキャロンの姿があった。
互いに見捨てずに寄り添い合っているのは感心なことだが、二人の目は輝きを失っていて「いっそ殺せ」とでも言いたげだ。死んだような目とはこういうものなのだろう。
その日の夕刻、仕事を終わりにしたレナンは、ガタガタと車椅子を転がして田舎町を移動していた。だが、その日は少し違った事が起きた。
塒にしていた廃屋へ帰る道すがらに、その濁った眼がある人物の姿を捕えて大きく見開いた。
微かに光を帯びた目は必死にその人物の動向を追う。
「あぁ!間違いないあれは……あの凛とした佇まいと黄金の髪の毛!見間違えるわけがない!」
「え?なによ、なにを見つけたのよぉ?」
彼の興奮を良くわからないキャロンは連れの視線を辿るが、夕刻の忙しい時間には行き交う人々が多すぎてわからない。
懐かしい姿を見かけたレナンは車椅子を精一杯に転がしながら追いかけ名を叫ぶ。
「待ってくれ!そこの……ミレディス!俺だ、レナンだよ!ミレディーース!」
その切羽詰まった大声は衆目を集めた、だが肝心の人物は無関心のようでスタスタと無慈悲に遠ざかった行く。敢えて無視を決め込んでいる彼女は振り向く仕草さえ見せなかった。
だが、お節介者が「あんたの事を呼んでないか?」と声をかけてきた。
ミレディスは大きな舌打ちをして「それは御親切に」と睨みつける。要らぬことをしたのだと気が付いた町人はそそくさと喧騒へ消えて行く。
やむを得ず足を止めた彼女はガタコトと迫りくるソレに侮蔑の視線を投げた、しかしレナンは気にしないようだ。
「ミレ!ミレディス!俺だ!レナンだよ」
「はぁ――今更何の用?私は忙しいの、新しく作り直したPTの申請に行くんだから」
「そ、そうだったのか!おめでとう!だったら俺を加入させてくれよ、昔のよしみでさ!なぁ良いだろ?」
「はぁ?」
剣も握れない状態だというのに愚かなレナンは必死にアピールする。
「あんたさぁ、前衛の癖にその形で戦えるわけ?援護も魔法も碌にできないでしょ」
「え……あ、あのええと……荷運びとか」
この期に及んで寝ぼけた事をほざくレナンは、ヘラヘラと笑ってかつての恋人にゴマを擦っている。
「荷運びねぇ、あんた自身が荷物だって理解してないわけ?」
「そ、そんなこと言わないでくれよ!愛し合った仲じゃないか!結婚しようって誓っただろ」
「それ、いつの話?妄言も大概にしてよ」
矜持をズタボロにされたレナンだが、やはり形振り構っておれない彼は言い募る。
「ほら二人の夢だった家を買ってさ、一緒に棲もうよ!な?きっと楽しい家庭が」
「その資金はどっから出るの?私に寄生しておんぶに抱っこする気よね。都合の良い事を並べて図々しい」
「なんでそんな事を言うんだ!俺の事を今でも愛してるんだろ?忘れられないだろ?だって別れ際は悲しそうに涙を浮かべていたじゃないか!素直になれよな」
しかし、ミレディスはその性根の腐った顔を見て吐きそうだと思った。
あの別れの時に見せた悲しみは、愛していたPTが壊れてしまった事のショックが原因なのだから。
子供の頃に知り合って十余年、ふたりの見えない絆はいつまでも繋がって不変だと信じているらしいレナンはニタニタと笑う。情に熱い彼女は自分の事を見捨てられるわけがないと思っていた。
「馬鹿じゃないの?」
「へ……どうしたのミレ?お前らしくないよ」
冷淡で温もりの片鱗さえ浮かべていない元恋人の顔に、漸く気が付いたレナンは蒼白になった。
再び目指す方へと歩き出した彼女の背はとても冷たく映る。それでも諦めない愚かなレナンは車椅子を動かして追う。
「ミレーーー!置いてかないでぇーー!俺にはお前が必要で、お前には俺が必要なはずだ!」
渾身の力で車輪を動かし声を振り絞って叫ぶレナン、行き交う人々は何事かと振り向く。そして、ミレディスが足を止めてゆっくり振り向いた。”しめた”と思うレナンは満面の笑みで両腕を広げた、彼女が駆け寄って来るのを待機しているのだ。
「あのさぁ、アンタに情けをかける価値があるとでも?勘違いするな」
「っ!」
***
元恋人に見捨てられた哀れなレナンは、かつての仲間を頼って助けを請うが相手にされない。
「てめぇが調子こいた結果だろうが!ミレディスあっての恒久の青剣だったんだ!それを裏切り分散させたのは誰だ?レナン、おめぇが招いたことだ」
「そんなこというなよ!再び結成したんだろう?俺を入れてくれよ!」
「去れ!二度と顔を見せんな勘違い花畑野郎が!」
「なっ!?」
頼りの綱をすべて失って打ちひしがれるレナン、そして手負いのキャロンもまともに動けないし可愛い顔は火傷を負い見られたものではない。
「お腹が空いたわレナン、ね~え?あの屋台の串焼きが食べたいのぉ、それからジュースも」
相変わらずに甘えてくるばかりの彼女に苛立った彼は要らんことを言う。
「寄るな化物!役に立たない乳だけの女め!」
「ひどっ!なんてことを言うのよ!レナンのバカ!」
キャロンは怒りに任せて魔法攻撃を彼に向って放った。精神が荒れた状態の魔力は幾度か暴走して周辺を巻き込んでから止んだ、後に事故現場を見分した憲兵は二人が消し炭になっていたことを確認した。
「甚大な魔力暴走で町の一角が半壊……だってよ、ミレディス」
仲間が号外新聞を拾って記事を読み聞かせてくれた、その傍らで長剣を磨いていた彼女は言う。
「へぇ、賢者の孫というのは法螺ではなかったのね、死んじゃったけど」
完
ギルドから派遣された救護班が彼らを穴から発見した時には虫の息だった。
大勢の冒険者がワーム退治に奮闘している最中に助けを請い続けていたが、混戦中という悪状況では誰も気が付いてくれなかった。
しかも、攻撃が逸れた電撃と炎、矢などが彼らの穴へと落ちてきてとばっちりを食らった。
落ちた衝撃で複雑骨折した上に打った箇所が悪く、半身不随になったレナン、顔に火傷を負い右半身が麻痺したキャロンは二度と冒険者には復帰できなくなった。
すぐに治癒が施されていれば酷い結果にはならなかったが、レナン達は運がなかった。
それなりの功績をギルドから称えられ、僅かばかりの見舞い金を受け取りレナンは若くして引退となった。
***
――悲惨なワーム討伐から二年が経った。
とある田舎町で長すぎる余生を持て余していたレナンとキャロンは、日々の糧を得るために資源ゴミを拾って暮らしていた。重度障害者認定をされて援助金を受け取ってはいたが、十分な生活費とは言いがたい額だった。
彼は粗末な車椅子に乗り路上やゴミ山などを漁るのが日課となった。その傍らには松葉杖をついて歩くキャロンの姿があった。
互いに見捨てずに寄り添い合っているのは感心なことだが、二人の目は輝きを失っていて「いっそ殺せ」とでも言いたげだ。死んだような目とはこういうものなのだろう。
その日の夕刻、仕事を終わりにしたレナンは、ガタガタと車椅子を転がして田舎町を移動していた。だが、その日は少し違った事が起きた。
塒にしていた廃屋へ帰る道すがらに、その濁った眼がある人物の姿を捕えて大きく見開いた。
微かに光を帯びた目は必死にその人物の動向を追う。
「あぁ!間違いないあれは……あの凛とした佇まいと黄金の髪の毛!見間違えるわけがない!」
「え?なによ、なにを見つけたのよぉ?」
彼の興奮を良くわからないキャロンは連れの視線を辿るが、夕刻の忙しい時間には行き交う人々が多すぎてわからない。
懐かしい姿を見かけたレナンは車椅子を精一杯に転がしながら追いかけ名を叫ぶ。
「待ってくれ!そこの……ミレディス!俺だ、レナンだよ!ミレディーース!」
その切羽詰まった大声は衆目を集めた、だが肝心の人物は無関心のようでスタスタと無慈悲に遠ざかった行く。敢えて無視を決め込んでいる彼女は振り向く仕草さえ見せなかった。
だが、お節介者が「あんたの事を呼んでないか?」と声をかけてきた。
ミレディスは大きな舌打ちをして「それは御親切に」と睨みつける。要らぬことをしたのだと気が付いた町人はそそくさと喧騒へ消えて行く。
やむを得ず足を止めた彼女はガタコトと迫りくるソレに侮蔑の視線を投げた、しかしレナンは気にしないようだ。
「ミレ!ミレディス!俺だ!レナンだよ」
「はぁ――今更何の用?私は忙しいの、新しく作り直したPTの申請に行くんだから」
「そ、そうだったのか!おめでとう!だったら俺を加入させてくれよ、昔のよしみでさ!なぁ良いだろ?」
「はぁ?」
剣も握れない状態だというのに愚かなレナンは必死にアピールする。
「あんたさぁ、前衛の癖にその形で戦えるわけ?援護も魔法も碌にできないでしょ」
「え……あ、あのええと……荷運びとか」
この期に及んで寝ぼけた事をほざくレナンは、ヘラヘラと笑ってかつての恋人にゴマを擦っている。
「荷運びねぇ、あんた自身が荷物だって理解してないわけ?」
「そ、そんなこと言わないでくれよ!愛し合った仲じゃないか!結婚しようって誓っただろ」
「それ、いつの話?妄言も大概にしてよ」
矜持をズタボロにされたレナンだが、やはり形振り構っておれない彼は言い募る。
「ほら二人の夢だった家を買ってさ、一緒に棲もうよ!な?きっと楽しい家庭が」
「その資金はどっから出るの?私に寄生しておんぶに抱っこする気よね。都合の良い事を並べて図々しい」
「なんでそんな事を言うんだ!俺の事を今でも愛してるんだろ?忘れられないだろ?だって別れ際は悲しそうに涙を浮かべていたじゃないか!素直になれよな」
しかし、ミレディスはその性根の腐った顔を見て吐きそうだと思った。
あの別れの時に見せた悲しみは、愛していたPTが壊れてしまった事のショックが原因なのだから。
子供の頃に知り合って十余年、ふたりの見えない絆はいつまでも繋がって不変だと信じているらしいレナンはニタニタと笑う。情に熱い彼女は自分の事を見捨てられるわけがないと思っていた。
「馬鹿じゃないの?」
「へ……どうしたのミレ?お前らしくないよ」
冷淡で温もりの片鱗さえ浮かべていない元恋人の顔に、漸く気が付いたレナンは蒼白になった。
再び目指す方へと歩き出した彼女の背はとても冷たく映る。それでも諦めない愚かなレナンは車椅子を動かして追う。
「ミレーーー!置いてかないでぇーー!俺にはお前が必要で、お前には俺が必要なはずだ!」
渾身の力で車輪を動かし声を振り絞って叫ぶレナン、行き交う人々は何事かと振り向く。そして、ミレディスが足を止めてゆっくり振り向いた。”しめた”と思うレナンは満面の笑みで両腕を広げた、彼女が駆け寄って来るのを待機しているのだ。
「あのさぁ、アンタに情けをかける価値があるとでも?勘違いするな」
「っ!」
***
元恋人に見捨てられた哀れなレナンは、かつての仲間を頼って助けを請うが相手にされない。
「てめぇが調子こいた結果だろうが!ミレディスあっての恒久の青剣だったんだ!それを裏切り分散させたのは誰だ?レナン、おめぇが招いたことだ」
「そんなこというなよ!再び結成したんだろう?俺を入れてくれよ!」
「去れ!二度と顔を見せんな勘違い花畑野郎が!」
「なっ!?」
頼りの綱をすべて失って打ちひしがれるレナン、そして手負いのキャロンもまともに動けないし可愛い顔は火傷を負い見られたものではない。
「お腹が空いたわレナン、ね~え?あの屋台の串焼きが食べたいのぉ、それからジュースも」
相変わらずに甘えてくるばかりの彼女に苛立った彼は要らんことを言う。
「寄るな化物!役に立たない乳だけの女め!」
「ひどっ!なんてことを言うのよ!レナンのバカ!」
キャロンは怒りに任せて魔法攻撃を彼に向って放った。精神が荒れた状態の魔力は幾度か暴走して周辺を巻き込んでから止んだ、後に事故現場を見分した憲兵は二人が消し炭になっていたことを確認した。
「甚大な魔力暴走で町の一角が半壊……だってよ、ミレディス」
仲間が号外新聞を拾って記事を読み聞かせてくれた、その傍らで長剣を磨いていた彼女は言う。
「へぇ、賢者の孫というのは法螺ではなかったのね、死んじゃったけど」
完
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