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7 恋という毒
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クリスティアナ視点
湖デートの約束の日。
待ち合わせに現れたのはヘイデンではなかった。
彼の護衛兼執事の男性が、申し訳なさそうに詫びの品を手渡して去って行った。
それは黄色い鬱金香の花束だった、添えられたカードには「穴埋めはするからゴメンネ」とだけ。
ドタキャンの言い訳すら書いていない、いったいなにを考えているの?
納得いかなくて贈られた花言葉を調べたら「希望のない恋」と知って目の前が真っ暗になって気絶してしまったわ。
私が倒れたことで、屋敷が大騒ぎになってしまった。打たれ弱い娘でごめんなさい。
彼の心変わりなら仕方ない、前回の花は「心変わり」を意味するランタナだったもの。
黒髪の派手なドレスの少女に夢中なのね。
でもどうして?
私のなにがいけなかったのだろう。
考えても考えても、わからない。容姿の事だったらどうしようもないわね。
それでも貴方に恋した心はすぐには納得してくれそうもないわ。
辛い、とても胸が痛いの。
二人で並んで図鑑を見たり、実際の草花を監察して本の説明書きと照らし合わせたり育てたり。
そんな些細な幸せな思い出が、涙と一緒に溢れてきて私を傷つけていくの。
どうしたら、もう一度振り向いてくれる?
切なくて手紙を出してみたけれど、ヘイデンから送られてきた返事には「キミの事が大好きだし、嫌うはずがない。どうか信じて欲しい、つぎの約束の日を待っていて。愛しいティア」
ほんとうに?
信じていいのかしら……。
彼と会えなくて鬱々とした日々を過ごしていたら、お父様とお母様が気晴らしに街に出て見なさいと言った。
少し多めにお小遣いまでいただいたわ、なんだか心苦しい。
せっかくだから仲の良い従姉を誘ってショッピングを楽しもうと出かけたわ。
私と同じクセ毛の従姉は二つ返事で了承してくれた。
ありがとう。
薄曇りだったけど、初夏の陽射しも穏やかな日で良かった。
両親にお土産を買いましょう、とても良い気分転換になりそうよ。
従姉が良く利用している雑貨店に入り、可愛い小物をいくつか買ってみたわ。
花柄の七宝焼きオルゴールと猫が刺繍されたハンカチがとても気に入ったの。
それから、書店に入って面白いものはないかと見て周った。
自然と図鑑はないかと探してしまったわ。
高価なものだからあまり冊数はなかったけれど、手頃なものがあったから買うことにしたわ。
ヘイデンにプレゼントしようかな。
気にってくれるかな?少しは笑ってくれるかな?
私をもう一度見てくれるかな?
物で釣るなんて浅ましいなんて怒られたらどうしよう。
でも、今できることはこれくらいしかないの。
図鑑ばかり眺めてたら、恋物語はどうかと従姉に薦められた、だけど今は気分じゃないから。
きっと先月だったら喜んで買っていたでしょう。
いまの私にはキラキラの恋話は毒でしかないのよ。
急にテンションが下がった私を心配して、従姉がカフェで休みましょうと言ってくれた。
二つ上の彼女はとても優しくて、気遣いがこまやかな人だわ。
***
「悩み事なら聞くわよ、ティア。遠慮しないで」
「え?」
洞察力が高い彼女に見透かされて恥ずかしい。
気恥しさに俯いてしまった私に、彼女はゆっくり待つと言ってくれた。
ゆったりと流れる時間がとても心地良く感じたわ。
あぁ、聞いてくれる人がいるのはとても幸せなことなのね。
紅茶を飲み終えた頃、私も落ち着いてポツポツと最近の出来事を零した。
従姉は”うん、うん”と頷き相槌を打っていた。
聞くに堪えない愚痴ばかりで申し訳ないわ。
お詫びにチョコレートケーキを御馳走しよう。
彼女は微笑んでケーキを食べながらこういう。
「ティアはなにも悪くないし、間違ってもいないわよ。安心しなさい」
その言葉に自然と涙がポロポロ零れて、モスリンワンピースに吸い込まれいった。
従姉はそっと手巾で涙を拭ってくれたわ。そして、とても心が軽くなった気がする。
うじうじしていても解決しないと意を決して、帰宅してすぐに彼に手紙を書いた。
二月後に迫ったデビュタントのことを相談する意味も含めて、次こそは必ず会いたいと綴った。
どうかこの思いが届きますように。
買ったばかりの図鑑を丁寧に包装して、大事な手紙も添えて侍従に託す。
モスリバー伯爵家へ荷を届けた執事が、受け取りの証としてヘイデンからのカードを貰ってきた。
私は逸る気持ちを抑え、ドキドキしてカードを開いた。
『図鑑をありがとう!とても嬉しいよ。やっぱりティアはボクを愛してくれてるんだね。安心したよ。』
『キミのヘイデンより』
え、これだけ?
次の約束の確認は?
デビュタントのエスコートのことは?
ドレスやタキシードは各自で揃えるのが当たり前だけど、婚約してる者は揃いの腕輪を着ける習わしがあるわ。
既製品でも構わないけど互いに贈り合うものだから相談したかったのに。
大丈夫かしら?
またドタキャンはしないでね。
お願いヘイデン、このままでは……私達は。
湖デートの約束の日。
待ち合わせに現れたのはヘイデンではなかった。
彼の護衛兼執事の男性が、申し訳なさそうに詫びの品を手渡して去って行った。
それは黄色い鬱金香の花束だった、添えられたカードには「穴埋めはするからゴメンネ」とだけ。
ドタキャンの言い訳すら書いていない、いったいなにを考えているの?
納得いかなくて贈られた花言葉を調べたら「希望のない恋」と知って目の前が真っ暗になって気絶してしまったわ。
私が倒れたことで、屋敷が大騒ぎになってしまった。打たれ弱い娘でごめんなさい。
彼の心変わりなら仕方ない、前回の花は「心変わり」を意味するランタナだったもの。
黒髪の派手なドレスの少女に夢中なのね。
でもどうして?
私のなにがいけなかったのだろう。
考えても考えても、わからない。容姿の事だったらどうしようもないわね。
それでも貴方に恋した心はすぐには納得してくれそうもないわ。
辛い、とても胸が痛いの。
二人で並んで図鑑を見たり、実際の草花を監察して本の説明書きと照らし合わせたり育てたり。
そんな些細な幸せな思い出が、涙と一緒に溢れてきて私を傷つけていくの。
どうしたら、もう一度振り向いてくれる?
切なくて手紙を出してみたけれど、ヘイデンから送られてきた返事には「キミの事が大好きだし、嫌うはずがない。どうか信じて欲しい、つぎの約束の日を待っていて。愛しいティア」
ほんとうに?
信じていいのかしら……。
彼と会えなくて鬱々とした日々を過ごしていたら、お父様とお母様が気晴らしに街に出て見なさいと言った。
少し多めにお小遣いまでいただいたわ、なんだか心苦しい。
せっかくだから仲の良い従姉を誘ってショッピングを楽しもうと出かけたわ。
私と同じクセ毛の従姉は二つ返事で了承してくれた。
ありがとう。
薄曇りだったけど、初夏の陽射しも穏やかな日で良かった。
両親にお土産を買いましょう、とても良い気分転換になりそうよ。
従姉が良く利用している雑貨店に入り、可愛い小物をいくつか買ってみたわ。
花柄の七宝焼きオルゴールと猫が刺繍されたハンカチがとても気に入ったの。
それから、書店に入って面白いものはないかと見て周った。
自然と図鑑はないかと探してしまったわ。
高価なものだからあまり冊数はなかったけれど、手頃なものがあったから買うことにしたわ。
ヘイデンにプレゼントしようかな。
気にってくれるかな?少しは笑ってくれるかな?
私をもう一度見てくれるかな?
物で釣るなんて浅ましいなんて怒られたらどうしよう。
でも、今できることはこれくらいしかないの。
図鑑ばかり眺めてたら、恋物語はどうかと従姉に薦められた、だけど今は気分じゃないから。
きっと先月だったら喜んで買っていたでしょう。
いまの私にはキラキラの恋話は毒でしかないのよ。
急にテンションが下がった私を心配して、従姉がカフェで休みましょうと言ってくれた。
二つ上の彼女はとても優しくて、気遣いがこまやかな人だわ。
***
「悩み事なら聞くわよ、ティア。遠慮しないで」
「え?」
洞察力が高い彼女に見透かされて恥ずかしい。
気恥しさに俯いてしまった私に、彼女はゆっくり待つと言ってくれた。
ゆったりと流れる時間がとても心地良く感じたわ。
あぁ、聞いてくれる人がいるのはとても幸せなことなのね。
紅茶を飲み終えた頃、私も落ち着いてポツポツと最近の出来事を零した。
従姉は”うん、うん”と頷き相槌を打っていた。
聞くに堪えない愚痴ばかりで申し訳ないわ。
お詫びにチョコレートケーキを御馳走しよう。
彼女は微笑んでケーキを食べながらこういう。
「ティアはなにも悪くないし、間違ってもいないわよ。安心しなさい」
その言葉に自然と涙がポロポロ零れて、モスリンワンピースに吸い込まれいった。
従姉はそっと手巾で涙を拭ってくれたわ。そして、とても心が軽くなった気がする。
うじうじしていても解決しないと意を決して、帰宅してすぐに彼に手紙を書いた。
二月後に迫ったデビュタントのことを相談する意味も含めて、次こそは必ず会いたいと綴った。
どうかこの思いが届きますように。
買ったばかりの図鑑を丁寧に包装して、大事な手紙も添えて侍従に託す。
モスリバー伯爵家へ荷を届けた執事が、受け取りの証としてヘイデンからのカードを貰ってきた。
私は逸る気持ちを抑え、ドキドキしてカードを開いた。
『図鑑をありがとう!とても嬉しいよ。やっぱりティアはボクを愛してくれてるんだね。安心したよ。』
『キミのヘイデンより』
え、これだけ?
次の約束の確認は?
デビュタントのエスコートのことは?
ドレスやタキシードは各自で揃えるのが当たり前だけど、婚約してる者は揃いの腕輪を着ける習わしがあるわ。
既製品でも構わないけど互いに贈り合うものだから相談したかったのに。
大丈夫かしら?
またドタキャンはしないでね。
お願いヘイデン、このままでは……私達は。
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