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ヘイデン視点


慌てて反論するボクに、アラベラは残念なものを見る目で肩を竦めた。
「やーね、たった一回で有頂天になるなんて!恋は単純じゃないし、女心は貴方が思うより複雑怪奇なのよ?」
「え?へ……?どういうこと?」

「この先彼女が裏切らないと言えて?誘惑はあちこちに転がっているわ」
「ハハハッ!ティアはそんな子じゃないよ。ボクは信じてるさ」

「あら、そう?ならば視点をかえましょ」


彼女は豊かな黒髪をふさりと掻き分けて、妖艶に微笑んで言った。
「例えば連続してドタキャンしたら、きっと彼女はこう思うわ。”あぁ、彼に嫌われたのかしら?どうしたら挽回できるの?そうだわ、彼の好きなものを献上すれば良い”ってね?」

なんの話だとボクは首を傾げた、すると再び呆れられてしまった。
「公爵令嬢の彼女なら潤沢にお小遣いを持っているわ。貴方のためなら高価な図鑑など容易く買えるわよね」
「な!?貢がせろと言うのか!冗談じゃない!」


激高して立ち上がったボクだったが、アラベラは悪びれる様子もない。
カッカしていたボクに落ち着けと手をヒラヒラさせ座れと言った。

「愛の試練よ、わかってないわねぇ。物品が全てではないけど、愛は形はないし見えないじゃない?」
「え?そりゃそうだけど」

「彼女の愛の重さ深さを知りたくないかしら。ヘイデンが望むものを拒むならそれは口先だけの愛なのよ」
「そ、そんな……。ティアは間違いなくボクを愛しんでくれてるよ。たぶん」


ボクはそう反論してみたが、ジクジクと心の奥で何かが蠢く。
とんだこじつけだと思った、でも……。
そう言えば、数度ほどティアが図鑑を取り上げて怒ったことがあったな。
二人だけの茶会をした時に、本に夢中になり過ぎて叱られ臍を曲げていたっけ。

微かにあった疑問にボクは青褪める。

「ほーら、思い当たる節があるのでしょ?女ってさぁ身勝手なところがあるのよ。私も女だもの良くわかるわ。きっと結婚なんてしたら趣味を減らすか辞めさせようと迫るわよ?うちの母もそうだもの~」

「そ、そんな!ボクから生き甲斐を奪うなんて許せるものか!」
例えティアが望んだとしても、そればかりは譲歩しかねる。


「ね、不安になったでしょ。貴方ばかりが我慢するなんて不公平よ。そうならない為に今すべきことを良く考えることだわ」
けれど、婚約者を軽んじる行為に承服しかねていたらアラベラが怒った。

「ガッカリ、貴方は骨がある男だと思っていたわ。せっかく強くなりかけていたのに残念だわ。友人関係を終わりにしましょうか」

「な!?待ってくれよ、キミはボクの理解者じゃないか冷たいこと言わないで!」

なんでも相談できる無二の親友で、貴重な図鑑を手頃な値段融通してくれる大切な商談相手でもある。
機嫌をそこねて縁を切らたらボクは大いに困る。


「私は小心者が一番嫌いよ。今回の取引も解消するわ」
アラベラは顔を顰めて「私と会うのは、どうせ図鑑目当てでしょ」とそっぽを向いた。


「そんなことを言わないでくれ!アラベラに絶交されたらボクは悲しいよ」
ボクは縋りつくように彼女に言い募った、ティアとは違う情をアラベラに持っているからだ。


「ふぅん、そうかしら?都合の良い相手なだけじゃないの」
「絶対それはない!ボクたちは幼馴染じゃないか、ティアと出会う前から一緒だっただろう」



ボクとアラベラは家同士が商売繋がりの付き合いだった。
紡績工場を経営している我が家と、製糸を買い取る商家のアラベラの家は良好な間柄なのだ。

大店となったアラベラの家は功績が認められて、平民からポロツークの姓を賜り準男爵となった。
ボクはそんな彼女の家を尊敬している。


貿易で国々を駆け回る彼女の父に憧れ、自分も商人になって広い世界を見分したいと思ったほどだ。
だが身分と立場的にそんなことは許されいし叶わない。

一度だけアラベラに「うちに婿入りすれば良いのに」と冗談交じりに言われもしたが有り得ない。
だってティアが一番大事だし、彼女と幸せになりたい。


「アラベラ~機嫌を直してよ、ボクは強くなるから友人として恥ずかしくないよう努力するよ」

「……だったら、わかるわよね?婚約者だって強い旦那様が良いはずよ恋人への躾はちゃんとしなさい。でないと将来苦労するのは貴方よ?」

「う、うん。そうだね、キミの言う通りさ。毅然とした態度を取れなきゃ……ね」


アラベラの指示と要求は少し強引な気がした。
でも、ボクを思っての進言なのだと受け止めるしかない。

親友を失くしたくないんだ。


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