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番外編

ブリジットの生涯

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物心ついた頃からブリジットは少し年上の従兄サムハルド王子に恋焦がれていた。
一見は冷たそうな印象な彼だったが、それだけではないと彼女は気づいていた。

側近候補である少年らが何かしら困っていれば直ぐに手を差し伸べて解決していた。お礼を言われても「気にすることではない」と謝礼金を受け取ろうとしないのだ。まっすぐに生きているサムハルドにブリジットは夢中になっていく。
そして最大の魅力は我儘娘のブリジットのお願いを邪険にしないことだ。
どこぞへ遊びに行きたいと言えばすぐに馬車の手配をするし、目に留まった品物を強請れば買い与えてくれた。
「私はサムの特別なのだわ」と勘違いするのは致し方ないことだったのだろう。

だが、実際は妹のカミラ王女と同行する際の”ついで”だったことをブリジットは知らない、いや気づかないフリをした。都合の悪い真実に蓋をしてしまえばブリジットは夢見心地になれたから。
「兄様!この指輪が欲しいです」
露店に並ぶ安価なものを欲しがる妹に「そんな子供騙しのもので良いのか」とサムハルドは呆れつつ買い与えた。無理矢理同伴していたブリジットもカミラ王女の真似をしてお強請りした。

たかが安物に金子を渋っては外聞が悪いと思う王子は仕方なく従妹の分も買うしかなかった。王族の端くれとして寛大に振る舞ったに過ぎないがブリジットを舞い上がらせるには十分過ぎた。
「サムから指輪を貰っちゃった!なんて素敵なの」
自宅に戻った彼女は早速と親たちに自慢した、彼女の都合の良い話を聞かされたレイゲ伯爵は「王子妃になれるかもしれない」と身の丈に合わない野心を燃やす。

「ブリや、お前は未来の王子妃、いいや王太子妃になるべきだぞ!父に任せろ!」
「ほんと御父様!?私は王妃になれるのね、すごい事だわ」
愚かな父子は野望と夢を綯交ぜにして、有りもしない豊かで輝かしい未来を描くのだった。
その後、適当に投資していた件でボロ儲けした伯爵は日和見する態度を改めて第一王子派を名乗った。そして、のし上がる為に金をバラ撒いて総務大臣にまで上り詰めた。

レイゲ伯爵家は順風満帆に力を備えていったが、世の中はそれほど甘くない。
遠く離れた地の海に面した国ライトツリーの姫君とサムハルド王子の婚約が成立したと耳に届いた。レイゲはあまりの事に愕然とする、なんの為にサムハルドを推してきたのかわからないと彼は勝手に激高した。
そもそもブリジットを嫁になど話も出なかったし、それとなく娘を売り込んではいたが女王アラベラは端から相手にしていない。
歯牙にもかけられていないにも関わらず、とんだマヌケなことだ。

「ブリジット!なんとしても王子を篭絡させろ、なんなら愛人でもかまわん!王子の子を成してしまえばこちらのものだ!」
「まぁ御父様、焦らずともサムは私に夢中なのよ?国の和平のために渋々婚約したに違いないわ」
「そ、そうなのか?大丈夫なのか?」
「ええ、もちろんよ!正妃は無理でも誰よりも愛されているんだから!側室だろうと問題はないのよ!」
またもおバカな父子は斜め上の思考でもって愚行に走るのだった。

***

そしてシャロンが嫁ぎ婚姻が結ばれたのだが夫婦仲は最悪のようにブリジットの目に映った。
無愛想が過ぎたサムハルドの態度に妃殿下は距離を取りはじめて避けるようになった。良い兆候ととったブリジットは遠慮をしない。
毎日のように登城しては甲斐甲斐しくお世話しに王子の執務室へ通った。だが、彼の側近達が黙っていなかった。彼女が現れる度に王子の機嫌が悪くなり仕事が滞るからだ。

そんな空気が読めるブリジットではなく、あからさまに拒絶されても「妃殿下に遠慮しているだけ」と曲解し続けた。「ほんとうに愛されているのは私だ」と何処から湧いたのか根拠のない自信はどんどん膨れて行く。

そして脳内花畑の彼女はやらかす。
冬まつりの場で主役の雪の女神の装いをして王族の前に出てきてしまった。雪の女神の選定は女王だけに許さることだ、それを無視した振る舞いに祭りに参じた民衆達にまで反感を買う。民を敵にするような人物が王妃の器ではないことは明らかである。

「どうして皆シャロンばかり贔屓するのよ!サムもあんまりだわ、恋人の私を邪険にするなんて、これは浮気だわ許しがたい裏切りよ!」
どこまで行っても勘違いしたまま暴走するブリジットは妃殿下暗殺にまで手を染めた。

狩猟会に乗じてシャロンを亡き者にしようと公爵の手を借りて企てた。
もとより公爵の思惑通りの事件だったが、サムハルドの機転とシャロン自身の魔法によって未遂に終わる。
始終を把握していたレックス王子が兵を動かしあえなく御用となったブリジットは地下牢へ投獄された。
外界から遮断された日々を過ごすブリジットは反省する色も懺悔の言葉も紡ぐことはなかった。

他所からやって来た邪魔な存在のシャロンへ逆恨みをしてばかりいた。
「あの女さえ来なければ……今頃彼の傍で笑っていたのは私なのに……くそう……畜生!」
彼女の中で膨れ上がって行く怨嗟の念は止まることはない、だが恨みつらみはブリジット自身の精神を壊すだけだった。奇声と異常行動が増えた彼女は北の牢獄へ移送されることになった。

看守さえおらず、ただ最期を迎えるのみのその場所でブリジットは静かに逝ったのである。
享年21歳の短い生涯だった。

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