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魔王ヴァリオーテ・アドルノヴァ

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朝夕関係なく暗雲に覆われる魔王国は常々夜の帳が落ちているようだ。
そのありように”瘴気溜まり”だと人間は恐れて近づくことは無かった、しかしそれはとんだ見当違いである。
実際は歴代魔王達から漏れ出る鴻大な魔力が上空に昇って蓄積しているだけだ。元より陽の光を嫌う魔族が多いので問題はないし、魔力のお零れも戴けるので幸せに暮らせていた。

闇黒魔法を極めた現魔王は退屈な日々を過ごしていた。
多種族からの干渉を一切受けなくなって数千年、大欠伸をしてダラダラと寝こけるばかりである。

彼に侍る側近らはそれなりに余興などを用意してご機嫌伺いはしているが、とうにネタ切れしていて似たようなダンスや歌唱を繰り返していた。魔王はそれらに一瞥もくれず瞼を閉じて何も反応することはなかった。


「ふああぁぁ……もう飽きた、適当に褒美を取らせて下がれ」
「は、はい……お目汚し失礼いたしました。」

その日も側近の一人といつもと同じやり取りをして、眷属たちはスゴスゴと城を後にしていった。
魔王はほぼ万能と言える存在だったので、居室に残る侍従も壁際に控えることはない。

「あぁ、なんてつまらん……刺激のない日々はいつまで続くのだ?」
魔王の立場を揺るがす脅威が全くないので、次代の王が現れるのはいつかすら見当がつかない。
悠久の時を過ごすうちに己の身体にコケでも生えれば面白いだろうにと虚しそうにつぶやく。

何度目かわからない大欠伸をして、金を練り込んだ菓子を噛んだ。
「まずい……硬くて、甘すぎて不快にしかならん」
嚥下するのも嫌な味だったが、吐くのも憚れたので我慢して果実水で流した。


「さて、どうしたものか。」しばし考えたが、惰眠を貪ってやり過ごすしかないと諦めた魔王ヴァリオーテ・アドルノヴァは長身の体躯をベッドに倒した。目を瞑ってみたが眠気などない。それをするしかないから身を寝具に任せているだけだ。

その時、苦し気な声が尖った角耳に届いた。
どす黒い怨嗟の念だった、妙齢の人間のメスのものだとすぐにわかる。

「ほうほう、近年見ないほど恐ろしく歪んだ心のようだ。いかようにしてそこまで汚くなったのだ?」
賤劣とは少し違う穢れた心を宿した人間に興味を惹かれた、その薄汚れたものを見て触れたいと思った。

「気に入った!お前の苛烈な邪心は素晴らしいぞ、もっと育てて捕食したらどのような味になるだろう!」
熟成させたワインを嗜むような言いざまに、廊下に控えていた護衛が震えあがる。
退屈を霧散させた魔王は湧き上がる黒い感情のまま死にかけの小娘へ念を届けた。

『その苦き悲憤、我は気に入った。小娘、我の元に来るが良い』


***

言うが早いか、魔王はこと切れる寸前の娘を目の前に召喚した。
「うむ、時期に死ぬな。この様子は毒か」

ガリガリで骨の浮いた彼女の腕に黒い爪を突き刺した、贅を尽くした絨毯に鮮血が滴ったが気にしない。
魔王はそれを舐めとると「毒の味がする」と言って笑う。

「猛毒に蝕まれて苦しんだのだろう。良いぞそのまま死ね!そして我のものになれ」
彼がそう言い終わると風前の灯となった娘は死んだ、その魂は醜い骸から浮き出て赤黒く光ってその場に佇む。


「甘美な死を迎えた下賤な者よ、反魂の儀により蘇り我が僕となれ」
魔王がそう言うと赤黒い魂は青白く染まり、屍へと戻って行った。どす黒く変色していた肢体が本来の肌色へと徐々に変化していく。

痩せ細った体はそのままだったが、色を取り戻した娘は生気に満ちていた。
「……あ、ぅ……」
目を薄く開いた娘はなにか告げようとしていたが言葉を上手く発せない。

「我が新しい下僕よ、無理をするな。一度は朽ちた身体だからな崩れたら益々醜くなるぞ、ゾンビかスケルトンのようにになりたいのなら止めんが生憎とそやつらは最も多くいる従属だから勘弁だ」

それを聞いた娘はビクリとして、それきり動かなくなった。
どうやらそのまま気を失ったようだ。


「うーむ、やはり人間は脆いな……我の加護を付けてやるか」
魔王は己の腕を引っ掻くと横たわる娘にビシャビシャと浴びせた、青い血は娘の身体に吸い込まれ瞬く間に消え失せた。
相性が良いようだと魔王は喜んで、毒女ぶすめの頬を撫でてやる。若干だが朱がさした気がした。

ただの魔女や妖魔では面白くないと考えた魔王は長考した、あれでもないこれも好かないと巡らせる。
「我は淫婦が好きだが誰にでも媚びるのは許せん……我の言葉だけに従順でなければ」

それから暫く悩んだが良い案がでないまま時間は過ぎた。


***

「誰ぞ良い案はないか!?」
城の大ホールで開かれていた悪魔の宴に、突如乱入してきた魔王に下僕達はたいそう驚き狂喜乱舞した。

「おお、我が君ヴァリオーテ・アドルノヴァ様!長く拝顔しておりませんでした」
「我が王が宴会に来られたのは実に600年ぶりです!」
「我が君!人間から掠めた神酒がございます、程よく浄化作用があり刺激的な味ですぞ」
ワイワイと好き勝手に宣い、群がってくる下僕たちに魔王は恫喝した。


「宴会にきたわけではない!我に新しい下僕ができたのだ!だが、せっかくだから良い力を授けたい!智慧を貸せ!」
顔を出しただけでも驚愕していた下僕達は益々混乱した。

「はて?叡智の神に匹敵するほどの傑物たる魔王様が我らに智慧を?」
「なんと!これは一大事!」

ハチの巣を突いた騒ぎになった会場は収集がつかなくなってきた。
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