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アリス・スペンサーの喜劇
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どうにも様子がおかしい。
長い事洗ってないから、そうなのかしら?
垢塗れの左足のせい?そういえば皮膚にピリピリとした痛みがあるわ。
泡塗れで体全体が良く見えないせいで不安を感じたが、丁寧に解されていき、やがて掛湯を浴びて入浴終了となった。
「さぁお嬢様、拭きますのでこちらへ」
「ええ、とてもさっぱりしたわ」
ふかふかの足ふきの上に立ち上がり、長い溜息をもらす。
拭かれるのは擽ったいけれど、纏ったシルクの肌着が気持ちが良いわ。
それからワンピースドレスを着せてもらう。
随分ゆったりじゃない?もう少ししまった感じのほうが……。
だってなんだか、不格好よ。
「ねぇ、他の服にしたいわ。私らしくないというか、これではまるで」
そう、まるで妊婦のようだわ。
設えられた姿見を見つめ、体を横向きに写してみる。
え?
なにこれ、最近のドレスデザインは斬新ね。
ぽっこりふっくら、まん丸がトレンドなの?嫌だわこんなの……。
私はつるりと腹部を撫でて過剰な膨らみを抑えようとしたが、どうにも上手くいかない。
「なんなのこれ、どういうこと!?」
私はふらつく体で姿見の間近に立った。
良く見れば顔の肌がとんでもなく荒れていた。
吹き出物がTゾーンにこれでもかと散らばって、存在をアピールしてきた。
「いやー!なにこれ、酷いわ。ひどすぎるわ!」
思わず癇癪を起した私に、侍女たちが大慌てになる。
申し訳ないけどパニックに陥って気遣いをする余裕がない。
だって、だって。
私のお腹がまん丸に肥え太っていたのだもの。
醜く肥え太った己の容姿が受け入れらず、私は大騒ぎした挙句に興奮し過ぎて気絶したのだった。
***
目が覚めたのは三日後のことだった。
寝ている間はたくさんの奇妙な夢を見たわ。
私が私じゃないという不可解な内容ばかりだった、知らないはずなのに知っている人々。
行ったこともない街、でもとても懐かしかった。
どういう事か嬉しいのに悲しくて夢の中で泣いていた、現実の両親とは全く違う夫婦がいて私のことを「カナミ」と呼んでいた。
その街の人々は珍しい黒髪に黒目、それから平べったい顔。
どうしてだか、夢の中の私は妙に馴染んでいて。
一緒にご飯を作ったり、知らないはずの少女たちと談笑しながら学校というのに通い。
帰宅の途中で買い食いというはしたないことをしていた。しかも歩きながら……。
貴族令嬢としては有り得ない。
外を侍従を連れず自由に出歩くなんて。
でも夢の中の世界ではそれが当たり前だった。
そして、私も当たり前に享受していて、友人たちと大声で笑いあったりしていた。
夢だからなんでもありよね、最初はそう思っていた。
でもあまりにもリアルで少し怖くなったわ。
ひょっとして、これが明晰夢というものかしら。
だったら納得がいくかも、きっとあまりにも眠りが浅いからこんなものを見てしまうんだわ。
そうして私は見知らぬはずの男性に手を引かれてデートを楽しんだ。
これは夢、夢なのよ――。
それなのにどうしてこんなに切ないの?
どれほど時間がたったのかわからないが、フッと私は目覚めた。
真上には見慣れた天蓋があった、いつもの日常へ戻れたのだと涙が零れた。
侍女に呼ばれたらしい両親がベッドの横で「良かった良かった」と小躍りしていた。
心配かけてごめんなさい、擦れた声でそう伝えたが届いたかどうか怪しい。
目覚めたばかりのその日は酷い頭痛に襲われ、ベッドから起き上がれない。
仕方なく背中にクッションを敷き詰めて貰って上半身を起こした。
結婚式まで日がない、でも焦った所で好転しないと諦めた。動けば頭痛に襲われてなにもできないから。
メイドが「今日届いた贈り物です」と言ってイーライからの届け物を寄越した。
なんだか開くのも億劫で、ベッドわきに放置した。
そんなことより、今まで見ていた夢のことが気になった。
鮮明に残っているうちに、たくさんメモをしておきたいと思ったの。
そうしないといけない気がして。
思い出せるものを必死で書いた。
知らないはずの文字がスラスラと頭から出てきて、当たり前のように書きなぐった。
怒涛のように頭の中から知識が噴き出して止まらない。
分けがわからないが、とにかく浮かんだものは全て書いた。
ちなみに、侍女にその文章を読んで貰い夢の中で喋った言葉で挨拶したが「まったく知らない言語です」と言った。
やっぱりね……どうして突然にこんな言葉が使えるようになったのか。
どう検証しても『夢』以外に原因がないと判断する。
信じられない、誰に相談しようか?
数日後、漸く頭痛がおさまったので起きてみることにした。
あれほど噴き出していた知識が落ち着いたお陰かもしれない。
厳密に言えば記憶ということだと思うが、学んだはずがないので混乱するわ。
気絶していたせいでリハビリも滞っている、まずは体力を戻さなければどうにもならない。
改めて鏡を見てガッカリしたのは言うまでもない。
ブヨブヨに肥えた体とブクブクの顔には吹き出物。可愛らしさのカケラもない。
日頃から甘やかし気味の両親だ。明らかに過剰な量で栄養過多の食事ばかり続いていたわ。
それに加えて毎日のように届いていた各家からの贅沢なお菓子たち、それをバクバク食べていた自分を殴りたい!
「なんてことなの……療養中にこれほど太ってたなんて、通りでイーライが会いたがらないはずだわ。だってこんなに醜いんだもの」
鏡に映った私はどこかで見た、化物のようだった。
なんだったかしら……、あぁそうそうゲームに出てくるオークだわ。
あら?ゲームとはなんだっけ?
とても楽しかった気がするわ。これも夢の影響かしら。
式まで半月を切っている、どうにか普通体型に戻したくてダイエットを試みる。
でもリハビリ中の私が過激なダイエットを行うなど周囲が許してくれない。
やむなく、必要最低限の食事を摂り、リハビリに専念するほかなかった。
醜いままの私は残念な結婚式を迎える事になったわ。
長い事洗ってないから、そうなのかしら?
垢塗れの左足のせい?そういえば皮膚にピリピリとした痛みがあるわ。
泡塗れで体全体が良く見えないせいで不安を感じたが、丁寧に解されていき、やがて掛湯を浴びて入浴終了となった。
「さぁお嬢様、拭きますのでこちらへ」
「ええ、とてもさっぱりしたわ」
ふかふかの足ふきの上に立ち上がり、長い溜息をもらす。
拭かれるのは擽ったいけれど、纏ったシルクの肌着が気持ちが良いわ。
それからワンピースドレスを着せてもらう。
随分ゆったりじゃない?もう少ししまった感じのほうが……。
だってなんだか、不格好よ。
「ねぇ、他の服にしたいわ。私らしくないというか、これではまるで」
そう、まるで妊婦のようだわ。
設えられた姿見を見つめ、体を横向きに写してみる。
え?
なにこれ、最近のドレスデザインは斬新ね。
ぽっこりふっくら、まん丸がトレンドなの?嫌だわこんなの……。
私はつるりと腹部を撫でて過剰な膨らみを抑えようとしたが、どうにも上手くいかない。
「なんなのこれ、どういうこと!?」
私はふらつく体で姿見の間近に立った。
良く見れば顔の肌がとんでもなく荒れていた。
吹き出物がTゾーンにこれでもかと散らばって、存在をアピールしてきた。
「いやー!なにこれ、酷いわ。ひどすぎるわ!」
思わず癇癪を起した私に、侍女たちが大慌てになる。
申し訳ないけどパニックに陥って気遣いをする余裕がない。
だって、だって。
私のお腹がまん丸に肥え太っていたのだもの。
醜く肥え太った己の容姿が受け入れらず、私は大騒ぎした挙句に興奮し過ぎて気絶したのだった。
***
目が覚めたのは三日後のことだった。
寝ている間はたくさんの奇妙な夢を見たわ。
私が私じゃないという不可解な内容ばかりだった、知らないはずなのに知っている人々。
行ったこともない街、でもとても懐かしかった。
どういう事か嬉しいのに悲しくて夢の中で泣いていた、現実の両親とは全く違う夫婦がいて私のことを「カナミ」と呼んでいた。
その街の人々は珍しい黒髪に黒目、それから平べったい顔。
どうしてだか、夢の中の私は妙に馴染んでいて。
一緒にご飯を作ったり、知らないはずの少女たちと談笑しながら学校というのに通い。
帰宅の途中で買い食いというはしたないことをしていた。しかも歩きながら……。
貴族令嬢としては有り得ない。
外を侍従を連れず自由に出歩くなんて。
でも夢の中の世界ではそれが当たり前だった。
そして、私も当たり前に享受していて、友人たちと大声で笑いあったりしていた。
夢だからなんでもありよね、最初はそう思っていた。
でもあまりにもリアルで少し怖くなったわ。
ひょっとして、これが明晰夢というものかしら。
だったら納得がいくかも、きっとあまりにも眠りが浅いからこんなものを見てしまうんだわ。
そうして私は見知らぬはずの男性に手を引かれてデートを楽しんだ。
これは夢、夢なのよ――。
それなのにどうしてこんなに切ないの?
どれほど時間がたったのかわからないが、フッと私は目覚めた。
真上には見慣れた天蓋があった、いつもの日常へ戻れたのだと涙が零れた。
侍女に呼ばれたらしい両親がベッドの横で「良かった良かった」と小躍りしていた。
心配かけてごめんなさい、擦れた声でそう伝えたが届いたかどうか怪しい。
目覚めたばかりのその日は酷い頭痛に襲われ、ベッドから起き上がれない。
仕方なく背中にクッションを敷き詰めて貰って上半身を起こした。
結婚式まで日がない、でも焦った所で好転しないと諦めた。動けば頭痛に襲われてなにもできないから。
メイドが「今日届いた贈り物です」と言ってイーライからの届け物を寄越した。
なんだか開くのも億劫で、ベッドわきに放置した。
そんなことより、今まで見ていた夢のことが気になった。
鮮明に残っているうちに、たくさんメモをしておきたいと思ったの。
そうしないといけない気がして。
思い出せるものを必死で書いた。
知らないはずの文字がスラスラと頭から出てきて、当たり前のように書きなぐった。
怒涛のように頭の中から知識が噴き出して止まらない。
分けがわからないが、とにかく浮かんだものは全て書いた。
ちなみに、侍女にその文章を読んで貰い夢の中で喋った言葉で挨拶したが「まったく知らない言語です」と言った。
やっぱりね……どうして突然にこんな言葉が使えるようになったのか。
どう検証しても『夢』以外に原因がないと判断する。
信じられない、誰に相談しようか?
数日後、漸く頭痛がおさまったので起きてみることにした。
あれほど噴き出していた知識が落ち着いたお陰かもしれない。
厳密に言えば記憶ということだと思うが、学んだはずがないので混乱するわ。
気絶していたせいでリハビリも滞っている、まずは体力を戻さなければどうにもならない。
改めて鏡を見てガッカリしたのは言うまでもない。
ブヨブヨに肥えた体とブクブクの顔には吹き出物。可愛らしさのカケラもない。
日頃から甘やかし気味の両親だ。明らかに過剰な量で栄養過多の食事ばかり続いていたわ。
それに加えて毎日のように届いていた各家からの贅沢なお菓子たち、それをバクバク食べていた自分を殴りたい!
「なんてことなの……療養中にこれほど太ってたなんて、通りでイーライが会いたがらないはずだわ。だってこんなに醜いんだもの」
鏡に映った私はどこかで見た、化物のようだった。
なんだったかしら……、あぁそうそうゲームに出てくるオークだわ。
あら?ゲームとはなんだっけ?
とても楽しかった気がするわ。これも夢の影響かしら。
式まで半月を切っている、どうにか普通体型に戻したくてダイエットを試みる。
でもリハビリ中の私が過激なダイエットを行うなど周囲が許してくれない。
やむなく、必要最低限の食事を摂り、リハビリに専念するほかなかった。
醜いままの私は残念な結婚式を迎える事になったわ。
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