なぜか淫魔になりまして

そらうみ

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 目が覚めると、そこには俺を覗き込む顔があった。
 俺がぼんやりと視線を合わせると、その人物は笑顔で俺を見ている。
「たっくん大丈夫?調子はどう?」
「イツキ…?」
「屋上で倒れていたんだよ。マサキ君と一緒に部屋まで運んだんだ。覚えてる?」
「あんまり…何だか記憶がぼんやりしていて…」
「たっくんは記憶喪失になりやすいね~。じゃあ…僕とチューしたことは?」
「え?…マジ?」
 そういえば…誰かと口を合わせた気が…まさかイツキと…?
「イツキ、冗談はやめろ」
 イツキの後ろで、マサキがすごい顔をして立っていた。初めて見る顔だ。イツキが笑いながら俺から離れる。
「わ~怖いな~。じゃあ僕は退散するね。マサキ君、今はたっくんに手を出しちゃダメだよ?」
 そう言って、イツキが部屋を出て行く。
  マサキはイツキが出て行ってからしばらくじっと俺を見ていたけれど、やがて俺の傍にやって来てしゃがんだ。そして不安そうな表情で俺を見ている。
 マサキがこんな顔するなんてーーー。
 俺はゆっくりと手を伸ばし、マサキの頬に触れる。すると、マサキが触れている俺の手をぎゅっと握ってきた。それだけで、マサキが俺の事をすごく心配してくれているのが分かった。
「マサキ…俺、屋上で倒れてたんだよな?」
「あぁ。イツキの使い魔が知らせてくれて、イツキと一緒に駆けつけたんだ。…タクミ、聞きたいことがあるんだけれど」
「…うん」
「…イツキの使い魔を…借りていたんだな…?」
「うん、俺が何処に居ても分かるようにだって」
「いつから?」
 マサキの声が低くなる。
「えっと、マサキの部屋に来る前から借りてるけど…?」
「…」
 マサキはしばらく無言だったが、やがて小さく息を吐いて質問を続けてきた。
「昨日、屋上で何をしようとしていたんだ?」
「それは…」
 俺は天使の事を言っていいのか分からなかった。それ以前に、俺が人間だったことも、今ここでマサキに言うべきなのか分からない。今の俺は、全てを上手く説明できる気がしない…。
 俺は思いついたことをそのまま言ってみることにした。
「月が綺麗だったから、近くで見てみたくなったんだ。そしたらそのまま、その場で眠っちゃったみたいだな」
「…」
 マサキは俺が嘘をついているのが分かっているだろう。俺だって分かり切った嘘を言っていると思っている。
「…月を見たかっただけ?」
「うん。すごく大きくて…綺麗だったよ」
 俺はマサキの反応をじっと待っていた。嘘をついている俺に、マサキはどう反応するのだろうか?
 すると、マサキが握っている手の力を強めてきた。俺もマサキも黙って互いを見ていた。
 やがてマサキが静かに息を吐いて、握っている手の力を少し緩めた。
「タクミ。俺がお前以外とやらないっていった意味、分かってる?」
 俺はマサキをじっと見る。そしてようやく口を開いた。
「まだ分からない…マサキは俺の事、好きなわけ?」
「…どうだろう?」
「おーい」
「強いて言うなら…お前以外とやるつもりないし、お前を手の届く範囲に置いておきたいし、ずっと触れていたいし、それにーーー」
「分かった。マサキ、分かったストップ」
「…だから、嫌だったんだ」
「え?ここに来て嫌とは?」
「こうなるから…”強欲”は嫌なんだ。欲しいと思えば手に入れるまで気が気でないし、手に入れたらその次も欲しくなる…」
 マサキは”強欲”として、今までどんな事があったんだろう?色んな事があったのかもしれない。
 普段からあまり周りに関心を示さないマサキ。けれど最近は…実際今だって、こんなに真っすぐ俺を見てくれている。
 マサキは今まで、自分の気持ちを抑えて生きて来たのだろうか?
 淫魔が他人から精力をもらわないといけないように、”強欲”にも色々あるのかもしれない。
「…俺も淫魔は嫌だよ。悪魔も大変なんだな」
「タクミはどこか悪魔らしくないとは思っていたけれど…それが屋上に居た事と関係あるのか?」
「まぁね。でも、もう淫魔だろうがなんだろうが…俺は俺でいるよ。俺はまだ、生きていたいんだ。このまま消えたくない」
「…死ぬつもりだったのか?」
「いや…死ぬとはちょっと違ったんだけれど…。でも今は、ちゃんと生きようとしているから」
「もう、昨日のようなことは無いんだな?」
「無いよ。淫魔が嫌だって言ってたけれど、俺はそれ以上に、俺で無くなることが嫌なんだ。俺は何よりも今の俺のままで生きていたい事が分かったから。
 そのために…生きるために、俺は今の俺で頑張ってみる。淫魔だけれど、それでも俺は俺だ。
 そして…そのためにはマサキが必要なんだ。今後は生きるために、マサキにしがみつくことにしたから」
 俺は笑ってマサキを見る。マサキは無表情で俺を見ている。
「…しがみつく?そこは…俺の事を好きだからとかではなくて?」
 俺はニヤッと笑って言った。
「悪魔っぽい?」
「悪魔っぽいって…悪魔よりたちが悪い」
 マサキが俺を見て笑っていた。


「え?どういうこと?」
 翌日、少し落ち着いた俺は、改めてマサキと向かい合って話していた。
「だから、あの夜に俺は”印”を付けた」
「と、言いますと…?」
 あの夜、マサキが俺に言いたかった内容を聞いているのだが、それは”印”についての事だった。
 満月の夜は魔力が高まっているから、その気に乗じてマサキは”印”を付けていたそうで…もちろん俺は意味が分かっていない。
「俺がタクミ以外とやろうとしたら、この”印”によりダメージを受ける」
「…ダメージ?」
 どういう仕組みだそれ。そんなもの付けていて大丈夫なのか?というか…そこまでしてもらって…。
「マサキ、なんか申し訳ないな。でもそこまでしなくても、俺は別に大丈夫だけれど…」
「…嬉しくない?」
「嬉しくないと言えば嘘になるけど…わざわざ、どうも…?」
 正直そこまでしなくてもいいと思うし、何かあって怪我したらどうするつもりなのだろうか?
 マサキはじっと俺を見ていたが、小さくため息をついてそれっきり何も言わなかった。

 その後イツキと二人になったとき、マサキが印を付けた事について話したら、イツキが言葉を失っていた。
「…”印”をつけさせるなんて…それも”強欲”に…うわぁ…何て言えばいいのか…」
「そんなに?あー…以前に、ご飯におかず一品って言ってたよな?別に俺も”印”が無くたって大丈夫だって言ったんだけれど…」
「え?たっくんそんな風に返したの?自分に対して印を付けた相手に?どれほど凄い事か分かってないよね?」
「だからご飯とおかず一品ーーー」
「その例えはもういいよ。そっか、マサキ君が…そっか…。本当に、僕が君たちとするのは、諦めるしかないかもね…」
 しみじみしているイツキ。おい、まだ俺ともやる気だったのかよ。

 マサキが”印”を付けた事は、学校内でも噂になっていた。皆が信じられないという感じで俺を見ていて、正直、今までとは違った居心地の悪い視線を感じる…。
 俺が思う以上に”印”ってなんだか大変な事のようだ。

 俺は部屋で、俺の背中にくっついているマサキに尋ねる。
「なぁ、マサキ。その”印”だけど、別に付けなくても大丈夫だと思う。あれから吸収も上手くいってるし…無くてもいい気がするけど?なんだか、俺がマサキを束縛しているようでーーー」
「…タクミ。タクミはこの”印”の取り方知ってる?」
「え?知らないけど?」
「俺が死ぬか、”印”の対象が死ぬかなんだけど」
「っなっ!?」
 重い!!!まじか!!!
 俺はくっついて話していたマサキを引き剥がす。
「何やってんだよ!!!若気の至りすぎるわ!!!重いわ!!!え?何?本当に俺としか出来ない?悪魔が?良いのかよ?」
「だからずっと言ってるじゃん。俺はタクミとしかしないよ」
「いや…うん…いや、でもなー…」
「嫌?」
「逆に聞きたい。どうしてそこまで俺に?最初はあんなに、俺に興味無しな感じだったのに…」
「タクミは俺の事…嫌いじゃないよな?」
「嫌いじゃ無いけどさ…」
「じゃあ、問題無しでーーー」
「ちょ…ちょっと!まだ話の途中ーーー」
 ”印”を付けてから、マサキが俺に容赦がない…そりゃ俺としか出来ないからだろうけれど…。
 その次の日。俺はここ一番と言っていいほど調子が良かった。

 マサキが”印”をつけた。それはもう、悪魔にとっては特別な事で、言えば俺だけのものだって感じだ。
 けれど…今はそれでいいかもしれないけれど、マサキがこれからずっとこの関係を続けてくれるかどうかは分からない。
 マサキが俺だけだと言ってくれたのを信じているし、これ以上疑ったらマサキに悪い。
 けれど…どうしても俺の中で、何かがずっと引っ掛かっている。
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