タロット・コンバッティメント

ウツ。

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第11章 呼び名

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「カッロのカードよ。願いを決めましょう。あいつのせいでだいぶ時間をロスしたわ」
拓人たちは街中のとある喫茶店にいた。お洒落な店内では咲も絵のように溶け込んで見えた。
注文したホットコーヒーにミルクを溶かしながら咲は話を切り出した。テーブルの中央に弓実の所持カードであった戦車のカードが置かれている。
「ねーえ、私のコーヒーは?」
咲の隣り席についていたリーチェが甘えたように尋ねた。それを聞いた咲は無言でミルクを溶かしたばかりのコーヒーを彼女に差し出した。
ここ数日で拓人はモルテたちのことを少しだが理解し始めた。
まず、彼らに食事は必要ない。カードのビジュアルだからなのか、少なくともモルテは食を求めない。
それを考えると、リーチェは飲食を一つの楽しみとしているだけなのだろう。
次に、モルテを例外として、今まで出会ったカードの人物はそれぞれの特徴を取り入れた容姿をしている。先ほどのカッロも、タロットカードの戦車の絵柄に描かれた人物と少なからず似ていた。あの創始者のカードはおそらく「世界」だ。まだ四人のカードしか見たことがないためはっきりとは言えないが、今の所、似ていないのはモルテだけだった。
「あなたも飲む?死神さん…モルテでいいのかしら?」
リーチェはモルテにホットコーヒーを差し出した。それは明らかにたった今リーチェが口をつけたものだ。
「モルテで構わない。俺苦いの苦手なんだ。遠慮しとくよ」
「あらそう。お砂糖大量投入しましょうか?」
にこやかに告げるリーチェに、モルテは困ったように拓人に助けを求める。普段拓人に上から目線のモルテが引けを取っているのは実に面白い光景だ。拓人はそのままそっとしておくことにした。
「リーチェのせいで話が逸れたわ。こっちは真面目に話してるんだから邪魔しないでちょうだい」
「はいはい」
リーチェの返事を聞くと、咲は再びカードに目を落とした。
「パートナー契約を交わした後の願いの説明をするわね。基本は契約を交わす前と変わらないわ。1カードにつき1つ。現実に起こりえないことは叶わない。つまり二人に対して願いは1つ。相談して願いを決めるもよし、どちらか一人が願いを叶えるもよし、ということよ。私は二人で相談して願いを叶える方が平等で平和的だと思うけど、どうかしら?」
拓人は咲の説明を聞いた上で考える。そして一つの答えを口にした。
「僕は黒薔薇さんが願いを叶えるべきだと思う」
「どうして?あと、黒薔薇さんって呼び方やめて。咲でいいから」
「え…、いや、でも一応先輩であるわけだし…」
拓人は困ったように視線をそらす。正直拓人は妹を除き、女子を名前で呼んだことがない。口にしたのはそのもどかしさの言い訳だった。そして拓人は話題をさりげなくそらす。
「今僕が生きているのは黒薔薇さんが助けてくれたからだ。だから僕は黒薔薇さんが願いを叶えるべきだと思う。恩はこれだけでは足りないほどだけど、少しでも恩を返すことができるなら、僕はそうしてほしい」
「本当にそれでいいの?」
咲は拓人に問うた。拓人ははっきり頷いた。
「じゃあ遠慮はしないわ」
咲はカッロのカードに向かってその願いを告げた。

「拓人が私のことを咲と呼ぶようにして」

「?!」
その言葉に拓人のみならず、コーヒーを挟んで言い合いをしていたモルテやリーチェも動きを止めた。
カードが淡く光を放ち、そして何事もなかったかのように再びただのカードと化した。
「ちょっ…!咲!そんな願い事…!」
拓人は言葉の途中で自らの口を押さえた。咲はそれを聞いて満足げに長い髪を後ろへ払った。拓人はそんな咲の小さな変化を見逃さなかった。
咲は笑っていた。
「そんな願い事で良かったのか?」
拓人の代わりにモルテが問う。
「ええ」
リーチェだけが動揺もせず、むしろ満足げに笑っていた。
拓人は何も言えず、机に突っ伏した。そのまま自分の頼んでいた口つかずのキャラメルマキアートをモルテの方へ差し出した。
モルテは目を輝かせると、そのキャラメルマキアートにガムシロップを二つ投入してから口をつけ、満足げに頰に手を当てた。
「なんで人を呼び捨てにしただけでそんなに狼狽えるのよ」
「咲にはわかんないさ…」
黒薔薇さんと呼ぼうと意識はしているのだが、拓人の口は無残にも少女の下の名を告げる。拓人は妙な恥ずかしさに襲われていた。
そんな拓人を横目に流し、咲はタロットカードのケースを取り出した。しかしそのケース内には10枚足らずしかカードが入っていない。咲はそのケース内から一枚のメモを取り出すと、箇条書きにされた文字列の中に「戦車」と書き足し、戦車のカードをケースの中にしまった。
「それは?」
拓人は相変わらず机に突っ伏したまま顔だけをあげてそのケースとメモを見た。
「これは今まで戦闘した人たちのカードが入っているの。メモはそのカードの名前よ」
「なんでそんなもの…」
「こうしていたら生き残っているカード所持者の人数が少しは把握しやすくなるじゃない。どのカードと戦ったのかも」
「なるほど」
拓人は素直に感心した。生き残っているカード所持者の人数がわかれば、おおよその残り戦闘回数がわかる。
「他のカード所持者同士ももちろん戦っているだろうから正確にとは言えないけれど。…大アルカナは今回が初めてね」
「あ、それなら僕前回マットと戦ったよ」
「マット…愚者ね。って大アルカナじゃない!よく勝てたわね。さっきの戦闘を見る限り、勝てるとは正直思えないけど…」
拓人は沙織を思い出し、再び目を伏せた。
「勝てたのは、僕が初心者で無知だったからだ」
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