青の王国

ウツ。

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第3章 隣国へ

劇団公演

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「それで、話し合いの成果はあったの?アル」
イザベラは尋ねた。
「ああ。二日後、この国に二週間ほど滞在することになった」
「え?!」
イザベラがいつもの冷静さからは想像できない声を出した。
「もちろん大臣にちゃんと許可をもらってからだけどな」
アルは笑って言った。
「クロード大臣、さっきの話し合いの内容をまとめてきてくれる?」
「わかりました。では私はここで失礼します」
エリスに言われてクロード大臣は皆に一礼すると城の方へ歩いて行った。
「クロード大臣いつもより緊張してたみたいだったし、城で書類をまとめてもらってる方が気が楽かな」
エリスはクロード大臣の背中を見ながら呟いた。
「エド、話し合いの内容を確認させて」
イザベラは前を歩いていたアルとエドに合流した。ロゼは自然と後ろをエリスと共に歩く形になった。
「ロゼさん、楽しんでる?」
「はい!とても楽しいです!」
「それは良かった。この先もいろんなお店があるから順に回ろうね」
ロゼがその言葉に返事をしようとした時だった。急に大勢の人が通りに流れてきたのだ。
「わ、急に人が…」
「あー、ちょうど劇団公演が終わったんだな」
「劇団公演?あ、アル!」
急な人の流れについていけず、ロゼたち二人の前を歩いていたアルたちの背中は人並みにもまれていく。
「ロゼさん、こっち」
人並みに紛れそうになったロゼの腕をエリスは掴み、通り横にある一軒の店にロゼを引っ張った。そのおかげでロゼたちは人並みから離れることができた。
「ありがとうございます。エリス王子」
「礼には及ばないよ。公演終了時間はこの通りは避けるべきだったな…」
エリスはそう言って店の窓から通りを見つめた。大勢の人はしばらく引く気配がない。アルたちを探すのは少し待ってからになりそうだった。
「あの、劇団公演って今日は何の作品をやっていたんですか?」
「今日は確かローカル・メイデンさんの孤島のシンデレラだったかな」
「ローカル・メイデンさん…孤島のシンデレラ…?」
「え?もしかしてローカル・メイデンさん知らない?」
エリスは驚いたようにロゼに尋ねた。
「ごめんなさい。そういうのちょっと疎くて…。劇団も小さい頃片手で数えるほどしか見たことなくて」
ロゼは自分から尋ねたのにごめんなさいと軽く頭を下げた。
「いいのいいの、気にしないで。ローカル・メイデンさんっていうのはこの国の天才脚本家でね、この国で公演されるのは大体彼の作品なんだ。彼は悲劇のラブストーリーを書くのが得意な方で、孤島のシンデレラもその中の一作品だよ」
そう言ってエリスは孤島のシンデレラのあらすじを軽く話してくれた。

親に捨てられた少女が偶然国の王子に引き取られ、少女が王子に恋をしていく物語。しかし王子は政略結婚が決まっており、少女は報われない恋に絶望を感じ崖から身を投げる。その後少女が自分のことを好きだったと知った王子は自分の少女に対する恋心に向き合い、後を追うように命を絶つ…。

「悲しいお話ですね…」
ロゼはあらすじを聞いて少し悲しい気持ちになった。
「ローカル・メイデンさんの作品はこんな感じのものが多いね。あらすじだけ聞くとバッドエンドのラブストーリーなんだけど、その作中には気持ちの葛藤とか、複雑な人間関係とか、人に気持ちを伝える大切さが書かれていて引き込まれる人が多いんだ。儚い恋心と残酷な現実感がすごく人を惹きつけるみたい」
「へぇ…。私も見てみたいです」
「たぶんアルの城の書物部屋に何冊か小説があると思うよ。脚本を元に小説化したもの」
「そうなんですか!書物部屋、城内案内してもらった時に見て回ったきりなので今度時間のあるときに探してみます!」
ロゼはスケジュール帳の空いたページに「ローカル・メイデン」と記入した。
そう話しているうちに通りの人はだいぶ減ったようで、ロゼたちは店から出ようとした。その時、背後から声をかける者がいた。
「あら、やっぱりエリス様だわ!お声をかけようか迷っていましたのよ。横の方は?」
声を変えてきたのはこの店の店員らしいエプロンをつけた奥様だった。慌てて入った店で辺りを見ていなかったが、どうやらここはお菓子屋さんらしく、かわいらしい砂糖菓子やクッキーなどが並べられている。
「こんにちは奥さん。急に入ってきて挨拶もしないで失礼しました。この子は隣国のメイド、ロゼさんです」
エリスは奥さんに丁寧に挨拶すると、ロゼを紹介した。
「まあ!隣国の!エリス様と一緒に女の子がいるものだからてっきりお見合いか何かだと…」
「違いますよ。さっきまで隣国の王子たちとも一緒だったんですが、公演を見てた人たちに紛れてはぐれてしまって。それにお見合いだったら城で夜会を開きますよ」
「ですわよね~」
エリスと奥さんは楽しそうに笑った。
「あ、そうだわ!ちょうど今ドーナツが揚がったところですの!よかったら食べていってくださいませんか?ロゼさんも」
「ありがたくいただきます」
「ありがとうございます!」
エリスとロゼは奥さんに案内されて奥の小さなテーブル席に腰掛けた。

「あれ?ロゼとエリスは?」
人並みが引いた後、話し合い報告に必死だったアルたちは初めて背後を振り返った。
「…はぐれたみたいね」
イザベラが呟いた。
「たぶんまだ近くにいると思われます。エリス様たちも探されているでしょうし…」
エドはそう言ってきた道を戻ることを提案した。
アルたちは通りを来た道に沿って歩き出した。その後、お菓子屋さんの横を通ったアルたちに、奥の席に座っていたエリスとロゼが気づくことはなかった。
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