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幕間 | 堅忍果決
堅忍果決 其ノ弐
しおりを挟む寒造りも落ち着いたころ、下の町に酒を上納せよというお達しがきた。
「十一代目、どうします?このお達し、新しいご家老様から来てますけど、ええ噂聞かへんのですよ」
喜作が眉間に皺を寄せながらいう。
「それも十一代目に直接来いって書いてありますやん。何様やねん。あ、ご家老様やけれども」
「まあ案ずるな。大丈夫だ、まかせておけ」
源蔵はお達しを丸めると、袂へとしまった。
「これもまた何かの縁かもしれぬ。せいぜい柳やの名を広めてくるよ」
「でた、十一代目の口癖『大丈夫だ、まかせておけ』。まあ断るわけにはいかへんのでしょうけど。じゃあ十一代目が胸張れるよう、うまい酒たっぷり詰めさせてもらいます」
それから数日後。
源蔵はお達しの通り、酒20樽と共に下の町にある城へと向かった。資金が潤沢にあるのであろう。至る所に煌びやかな装飾が施されている。
「こちらでお待ちください。まもなくご家老様が参ります」
そういって通された大広間で待つこと30分、1時間、2時間……ゆっくりと陽が沈んだ頃、「待たせたな」とご家老様があらわれた。
真っ白な髪をしてはいるが、やけに若く見える。ひょっとしたら自分とそんなに変わらないくらいかもしれない。源蔵は見すぎたことに気づき、慌てて頭を下げた。
「おもてをあげよ。ほお、そなたが柳やの十一代目か。噂は聞いておる」
源蔵が顔をあげると、ご家老様と目が合った。なんだか狐のような顔の男だ。表情がまったく読めない。
「遠くからご苦労だったな。おい、柳やの酒をこちらに持て」
ご家老様が家臣に声をかけると、徳利に入った酒がたくさん運ばれてきた。一樽分はあるだろうか?それがずらりと広間に並ぶ。
何ごとかと見ていると、源蔵の前に大きな盃が置かれた。
「毒見をしろ」
源蔵は最初何を言われているのかわからなかった。いや、わかるのにわからなかった。自分たちが命をかけて造っている酒に、毒など入れるはずがない。
「何をもたもたしている?飲めないのか?」
見れば盃にはなみなみと酒が注がれていた。ふと子供のころに見た酒蔵の景色が浮かぶ。
「毒など入れるはずがございません!私共はただただうまい酒をつくって、ここに持ってきただけでございます」
「では飲めばよい。何を躊躇しておる。飲めばよかろう?」
ご家老様の目に、意地悪い光が宿ったのが見えた。自分が酒を飲めないことを知っての嫌がらせだろうか。
しかしそんなことを考えている時間はなかった。ここで飲まなければ「柳やは酒に毒を入れた」とも言われかねない。源蔵は大きく息を吸う。
「……わかりました。ではいただきます」
そういうと盃を両手で持った。よりによって顔の大きさ程もある大きなものだ。それを一気に飲み干す。
「おお、いい飲みっぷりだ!どうやら酒に毒は入っていないようだな」
ご家老様が「ひょっひょっ」とおかしな声を立て笑う。
「いや、しかしこの樽には入っていなくとも、他の樽には入っている可能性がある。おい、次の酒をもて」
どうやら並べられた徳利には、すべての酒樽から酒を注いでいるようだった。すべての樽を確かめるために、20杯。そんなにたくさんの酒を飲めるはずがない……
源蔵は一瞬気が遠くなった。今の一杯で、座っているとはいえ既に身体がぐらつく。
「さあ、次だ。飲め」
またしても酒がなみなみと注がれる。盃を持ち上げようとした手が、大きく震えるのがわかった。「飲まなければならない」という意思に反し、まるで身体が拒否反応を起こしてるようだ。
「そうだ、お前のところの次男坊は下の町で酒問屋をやっているそうだな」
そんな源蔵の様子を知ってか知らずか、ご家老様がおかしそうに話しかけてくる。
「せっかくの柳やの酒を出しているというのに、傾奇者ばかりが集まっているそうじゃないか。くだらんやつらは、くだらんことをするもんだ。客を選べと言ったらどうだ?」
喜兵寿とつるが営む、下の町の卸酒問屋。その古いながらも大切に手入れされた店構えを思い出す。
「お言葉ですが」
次の言葉を発する前に、源蔵は盃を一気に飲み干した。
「酒は飲む人を選ばない飲み物。造り手としても、万人に楽しんでもらえるよう心を込めて造っております」
そういうと盃を逆さに振った。
「さあ、この酒は毒など入っておりません故、お飲みくださいませ」
「ほおよかろう。一杯いただくとしよう」
そういうとご家老様は家臣に酒を注がせ、一気に煽った。
「さあ、残りの酒も毒見せよ」
「……仰せのままに」
そこから18杯。源蔵は酒を飲み続けた。
血が出る程に爪を立てることで意識を保ち、親指が折れそうになる程に力を込め、身体を支えた。心の中で何度も何度も『大丈夫だ。まかせておけ』と呟きながら。
夜もとっぷりふけたころ。源蔵はすべての「毒見」を終えた。
「……もうよい。ご苦労であった」
おもしろくなさそうに吐き捨てるご家老様に頭をさげ、しゃんと背筋を伸ばしたまま、城を後にする。
「では。引き続きごひいきに」
門が音を立ててしまり、人影が見えなくなると同時に源蔵は茂みの中に倒れこんだ。
かつてないほどに回る世界に、吐き気と共におかしさすらもこみあげてくる。真夜中の空には、ぽっかりと満月が浮かんでいた。
「大丈夫だ……大丈夫。柳やも。喜兵寿もつるも。俺が守る」
朝になるころには、きっと酒も抜けているだろう。帰る前に奴らの顔でも見に行こう。
そう思いながら、源蔵は静かに目を閉じたのであった。
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