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第四章|泥酔蘭学者、ホップを知る
泥酔蘭学者、ホップを知る 其ノ拾壱
しおりを挟むホップを入手して戻ってくる頃には、きっと麦芽が出来上がっていることだろう。そうしたらいよいよビール醸造開始だ。いつも使っていたような設備はもちろんない。醸造に関しても大変なことだらけだろうが、そこは腕の見せ所ってもんだ。細かなことは失敗しながら考えればいい。
なおは胸が高鳴るのを感じていた。この時代にタイムスリップしてきてまだ数日程度だが、ビールを造っていたのは遠い昔のことのように感じる。一刻も早く、あのしゅわしゅわとした液体と出会いたかった。
ぶくぶくと発酵することで生まれるアルコールと、炭酸ガス。ビールだからこその光景を思い浮かべた時、なおは「あ!」と大きな声をあげた。
「どうした?」
3人が怪訝そうになおを振り返る。
「そうか、酵母も探さなきゃなのか!酒があるから酵母は当たり前に手に入るだろうって思い込んでいたけど……実際のところどうなんだ?」
現代では酒を醸す際に使用する酵母は、培養された粉末状や液体状の酵母を使う。でもここでは?なおは恐る恐る喜兵寿に問うた。
「喜兵寿、『酵母』って知ってるか?」
「こうぼ?なんだそれ」
「やっぱりかあああ!」
喜兵寿の言葉に、なおは頭を抱える。酵母は微生物だ。ちょんまげを結ったやつらばかりのこの時代。よく考えれば酒はあれども、酵母はその存在を発見されていなくても全然不思議ではない。
「いやいやいや、落ち着け、落ち着け。酒は醸造できてるってことは、酵母を使いこなしているということ。諦めるのは早い」
なおはブツブツと呟きながら、数回深呼吸をする。この時代の「酵母」について探ろうとするならば、やはり日本酒について知るのが手っ取り早いだろう。
「なあ喜兵寿、お前日本酒の造り方わかるか?」
なおの言葉に喜兵寿は明らかにむっとした顔をする。
「さっきからなんの話をしてるか知らんが、酒蔵の息子を舐めてもらっちゃ困る。日本酒の造り方は小さい頃から嫌という程見てきた。酒造りはまず”米づくり”から始まるわけで……」
喜兵寿は小さく息を吸うと、怒涛の勢いで話し始めた。わかっていたつもりではいたが、よっぽど酒が好きなのだろう。話すにつれ、どんどん熱量が上がっていくのがわかる。
「木樽の中に蒸した米と麹、そして宮水を加えて混ぜ合わせ、一晩寝かせる。それを櫂棒を使って丁寧に摩り潰してやるんだ」
「山卸しね!あれすっごく寒い季節の深夜にやるんだよね。お兄ちゃんと夜中抜け出して見に行って、よく怒られたよね~」
つるがくすくすと笑う。
「わたしは女で蔵には入れないから、源にいとお兄ちゃんが入り口の隙間から覗いてさ。様子を口頭で全部説明してくれるんだよね。「全員ふんどしで汗だくだぞ」とか「あの新入りはやはり踏み込みが足りなくて怒られてるぞ」とか。それでだんだん盛り上がっちゃって、誰頭に見つかるの」
「そうだったな」
喜兵寿も懐かしそうに目を細める。
「でもどんなに凍えそうでも、どんなに怒られても、『今日は山卸しだ』って日には、兄弟皆で絶対に起きてたよね。誰かが眠りそうになったら起こし合ったりしてさ。わたしいまだにあの時聞いてた酛摺り唄を夢に見ることあるもん」
そういって小さく歌を口ずさみだす。
「へえ。日本酒造りは歌いながらするのか。おもしろいな」
「びいるを造る時は歌わないのか」
喜兵寿が興味深げにいう。
「日本酒を造る時には、どの蔵でも唄を歌う。祖父曰く、唄が蔵人たちの士気をあげたり、動作を合わせてくれるそうだ」
「あと唄は『酒の神を降ろす』ね。蔵ごとに神様がいるって言われてるんだけど、それを唄うことでお招きするわけ。だから唄は蔵ごとに違うし、他の蔵に自分たちの唄を伝えちゃいけないの。もしも他の人に伝われば、神様はそこに行ってしまうかもしれないからって」
つるの言葉に、喜兵寿はうんうんと頷く。
「酒の神か!」
自分の見知ったやり方とは全く異なる酒造りに、なおはただただ「ほう」とか「へえ」と言いながら聞き入っていた。
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