44 / 170
第五章 | 樽廻船の女船長、商人の町へ行く
樽廻船の女船長、商人の町へ 其ノ弐
しおりを挟む新川屋の船は、約1700万石を積載する大きなものだ。帆をはためかせ、波を切り裂きながら大海原を進んでいく。
樽廻船は樽物、酒に酒樽を運ぶための船。重い酒を積み込むことができるよう、船体が深い。それ故他の小舟よりもかなり安定感はあるとのことだったが、それでもぎいぎいと揺れることには変わりなく、なおは必死で船べりにしがみついていた。
「俺まじで泳げないからな!もし海に落ちることがあったら絶対に停めて助けにきてくれよ!」
そんななおを見て、ねねと喜兵寿は盛大に笑った。そして「おらおら」と茶化すようにその場で跳ね、船を揺らす。
「だから!やめろっていってるだろ!ってかなんでこんな速く進むんだよ。危なくないのか?!」
「本当になおは怖がりだねえ」
ねねは船から身を乗り出し、跳ね上がる波しぶきを掴んだ。
「この船は酒を運ぶ船なんだ。もたもたしてたら酒が腐っちまうだろ?うちらのせいで酒が腐っちまったとしても、結局は造り手の責任になっちまう。魂込めて酒造ってるやつらを路頭に迷わせるわけにはいかないからね。一刻を惜しんで酒を運ぶってわけさ」
真っ黒な髪をはためかせながら、にやりと笑う。その目は力強い光を携えており、一目見ただけでねねがこの仕事に対しどれだけの情熱を傾けているかわかるようだった。
「最近ではこちらから大阪へと運ぶ酒もあるのだな」
船底の積み荷を見ながら喜兵寿が言う。
「少し前までは灘で造られた『下り酒』をこちらに運ぶのが主だったけどね。最近は上方で造った酒も大阪で取引されてるよ。でも今時期の荷は、ほとんどが酒じゃなくて奥羽からの米だね。お偉いさんの考えてることはうちらにゃわからないが、要望があれば何でも運ぶさ」
その時ぴゅうっと一陣の風が吹いた。それに乗るようにして鳥たちが空へと舞い上がっていく。それを見たねねは鋭く指笛を吹いた。
「甚五平!」
「なんですかい、ねねの姉貴イ」
甚五平が大きな声で答える。諸肌を脱ぎ、ふうふうと荒い息をしながら櫂をこいでいる。
「いい風が吹くよ!さあ、速度をあげな!」
「あいよ!」
甚五平は立ち上がると、野太い声で叫んだ。
「おいお前ら聞こえたかイ?気張って漕げよイ!」
それに対して漕ぎ手の男たちが「うおおおおおお」と呼応する。
「そこらの菱垣廻船に負けんじゃないよ!」
風を読みながら漕ぎ手を鼓舞するねねの姿を見て、なおは口笛を吹いた。
「さすがは女船長。お前ほんとかっこいいな」
なおが惚れ惚れと言う。
「誰それ構わず男をたぶらかす悪女、って聞いてたけど全然そんな感じじゃないな。あれは嘘か?」
「おいなお!お前はまた!思ったことばかり口にするんじゃない!」
喜兵寿にひっぱたかれるなおを見ながら、ねねは一瞬きょとんとした顔をしたが、次の瞬間には盛大に笑い出していた。
「あははははは!そんな風に噂されてんのかい!」
おかしくてたまらないといった様子で、腹を抱えて笑い転げる。
「いや……それはその、一部のやつらがそう言ってるだけで……」
しどろもどろにフォローしようとする喜兵寿に向かって、ねねは「いいからいいから」と手をふってみせた。
「海にばかりにいて、下の町にいる時間は少ないからね。自分がどう思われているか、知れてよかったよ。それにその噂自体、間違っているわけじゃないよ」
ねねは笑いすぎてこぼれた涙をぬぐいながら言う。
「いろんな男と関係を持ってるのは本当。別に隠してるわけじゃないから気にしなくていい」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
